SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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ヴェールを破るもの

「こちらへどうぞ」

 

「....わぁ」

 

そこを前にして、私は感嘆の声を漏らす。咲夜に連れられ、辿り着いたのは巨大な図書館だった。探索中には影も形もなかったのだが、それは壁をすり抜けた先にあった。VERITASですら先を見通す事はなかったのだから、どこぞの魔法小説のような凄まじい隠蔽っぷりだ。

 

「こんな場所があったとは....」

 

「ええ、"鼠"に入られる事が多いので、入り口を隠していますの」

 

「....」

 

何も言えなくなってしまう。勝手に紅魔館を探索していた私も、"鼠"の一種なのだろうか。

 

「そ、それにしてもこの本の数、個人的に入り浸りたいくらいの大図書館ですね....」

 

気まずい感情を払拭し、図書館を眺める。凄まじい知の宝庫だ。幻想郷外において見たこともないような本が数多に収蔵されている。まさに、宝の山というべきだろう。招かれたのは私一人だけ、ルーミアと椛は留守番だったが....なるほど、これは関係のない者を安易に入れるのも躊躇われる。

 

「それなら、是非またご来訪下さい」

 

「....良いんですか?」

 

「本に価値を見出す方はこの紅魔館においては多くありません。同好の士が増えるとあれば、パチュリー様もお喜びになるかと」

 

「パチュリー....」

 

それが図書館の管理者の名前なのだろうか?だとしたら、これだけの知恵を蒐集した妖怪、或いは妖精という事になる。是非会ってみたいが....

 

「──あの地図の件よりは楽しそうな話をしているわね」

 

「!」

 

「ああ、パチュリー様。息災ですか?」

 

「喘息を息災と表現していいのなら、息災よ。いつも通りに」

 

その願いは早々に叶ったようだ。私たちの前に、紫髪の少女が立っている。少し顔色の悪いその少女は、本を片手に、見定めるような視線をこちらに向けていた。その落ち着いた知的な雰囲気は、霖之助さんを思い起こさせるものがある。

 

「あなたは誰?」

 

「天戸と申します....あなたがこの図書館の館長ですか?」

 

「館長。そうね、実質的にはそんなものよ」

 

パチュリーはにこりと微笑む。どうやら"館長"とは彼女にとっては望ましい言葉であったようだ。

 

「いや、これほどの図書館は初めて見ました。浅学でお恥ずかしい限りですが、知らない蔵書ばかりです。今話していた通り、館長の意向に沿うのであれば是非また図書館に足を運びたいと考えているのですが.....」

 

そこまで話して、パチュリーが不思議そうに首を傾げている事に気付く。何か、知らずの内に礼を失していただろうか。

 

「....おかしいわね。こんな真っ当で礼儀正しい人間が紅魔館に来るなんて。明日はファフロツキーズかしら」

 

「普通の人間の来訪に怪雨を予感する事あります?」

 

「備える必要があるわね」

 

「ああ、予感が確信に至っちゃった」

 

霖之助さんも似たような事を言っていたが、幻想郷の"真っ当"の平均値はどうなってるんだろうか。

 

「....さて、単に本の愛好家が迷い込んで来ただけなら図書館を案内するのも吝かではないけれど....咲夜が出張っているのを見るに、それだけではないようね。何が目的?」

 

「パチュリー様も仰っていた"例の地図"の件で、お話が」

 

「ということは、そいつが....むきゅっ」

 

「えッ」

 

話の途中で、突如パチュリーが吐血する。僅かに垂れる程度ではない。血は、地面に複数の円状の染みを生み出していた。

 

「ちょっ....大丈夫ですか....?」

 

「大丈夫よ、最近会話をしてなかったから身体が驚いただけ」

 

「吐血は再現性がある方が不味いと思いますけど」

 

指摘を無視し、パチュリーは屈み込む。彼女が短い文言を唱えると地面に落ちていた血は浮き上がり、取り出した小さなボトルへと運ばれる。

 

「いいかしら、血というものは魔術における最良の素材なの。つまり、使い切れば吐血のデメリットは消失するわ」

 

「自分のことを金のガチョウとして位置付けてます?」

 

「黄金で足りるとは思えないわね、賢者の石を持ってきなさい」

 

「賢者の石のガチョウなら良いんだ」

 

パチュリーはそのまま立ち上がるが....ふらりと、身体が揺れる。

 

「ちょっ....!」

 

こちら側に倒れ込んで来た身体を抱き留める。ラベンダーの香りが鼻腔をくすぐるが、そんな事を考えている場合ではない。パチュリーはほうと息をつき、呟く。

 

「....貧血ね」

 

「言わんこっちゃない!」

 

彼女は立ち上がろうともぞもぞ身体を動かしているが、彼女の身体にとっても、私の精神にとってもその行為はあまりよろしくない。彼女を諌めるように抱きしめる力を強める。

 

「ひゃっ....」

 

「....パチュリー様の体調が優れないようでしたら、この件は後に回しても構いませんのよ?」

 

「だ、大丈夫よ。今までも体調の間が悪くて"あれ"への対策会議が遅れてたんだから、このくらい....」

 

「──いいえ、まずは休むべきです」

 

「....だから、いつもの事よ。そ、それより、身体を....」

 

彼女の頬が、微かに赤みがかる。なるほど、確かに多少回復したようだが....

 

「貧血を甘く見ないで下さい」

 

自分とて、奇跡論を行使する過程で貧血に陥る事はその未熟さ故に多々ある。危険性は熟知しているし、何より他人事とは思えない。

 

「対応策であれば幾らか持ち合わせています。話は、それを終えてからにしましょう」

 

「待っ....ひぅ.....」

 

服のボタンを外し、襟のリボンを解く。服をはだけさせ、その場で足の下に物を噛まして横にさせる。応急処置的にはこれが限界だが、幸運な事に私の手元には財団からの補給品と奇跡論がある。

 

「食事は取っていますか?」

 

「....と、取ってない....」

 

「では少しそこでゆっくりしていて下さい。咲夜さん、台所を使わせてもらう許可を頂きたいのですが....」

 

「....案内致します」

 

僥倖だ。咲夜の許可を取り付け、彼女の案内によって私は台所へと急行する。

 

.....何故か咲夜が若干呆れているように見えたが、気のせいだろうか?

 

 

 

・・・・・

 

 

 

奇跡論を含む圧縮料理を終えた私は速やかに図書館へと戻った。というより、咲夜が開いた図書館の扉はキッチンに直通していた。料理も含めて所要時間は数分ほどだ。明らかに空間が歪んでいるが、まあ今はどうでもいい。

 

パチュリーの様子を窺う。服の状態も、微かに朱に染まった顔もそのままだ。起き上がっている所を見るに急性の症状は収まっているのだろうが....床に乙女座りをした少女は、どこかぼうっとしたまま、虚空を眺めている。可哀想に、まだ酸素が足りていないのだろう。

 

「パチュリーさん、無事ですか?」

 

「....あ.....いや、だから、そんなに気にしなくても.....」

 

「いいえ、気にします」

 

簡易的な料理をパチュリーの目の前に置く。空腹時の貧血において、食事は注意が必要な行為であるが、必要な行為でもある。

 

「まずは、栄養補給を。とはいえ誤嚥が怖いので、体調が戻っていなければ──」

 

「あなたは....私を人間として見過ぎよ。この身体はもう、誤嚥なんてしないし、貧血が食事で治る事も........まあ、作ってくれたのなら、頂くけれど....」

 

パチュリーが料理に手を伸ばす。財団の補給品として、私は幻想郷に血液の生成を助ける複数の食材を持ち込んでいる。ドライフルーツを含むサラダに、濃い味付けのレバーに....補給品から作った料理はかなりシンプルなものであるため口に合うかが心配だが.....

 

「──ごちそうさま、で良いのかしら」

 

思いの外早く彼女はそれを完食する。食事を終え、一旦は平静が戻ったらしい。色白気味ではあるが、程よい血色をしているように見える。

 

「それなりに美味しかったけど.....あなた、いつも()()()()事をしてるの?」

 

「ああいう事....?」

 

パチュリーが肩を竦める。目立って奇妙な行動をしているつもりは無かったが.....いや、待て──

 

「....触られるのは苦手でしたか?だとしたらすみません....安易に抱き留めてしまって....」

 

他人にか、異性にか、何にせよそれが彼女にとって嫌悪すべき行為なのだとしたら申し訳ない事をしてしまった。と、思うの、だが....パチュリーが、なんというか、信じられないものを見るようにこっちを見ている。

 

「あなたはいつか刺されて死ぬわ」

 

「死の予言をするほど嫌だったんですか!?」

 

だいぶ恐ろしい予言をされ、崩れ落ちる。嫌われるのは致し方ないことだが、納得が悲しみを打ち消すわけではないのだ。パチュリーは悲しむ私を見て追い打ちを掛けるように溜息を吐く。そんなに....?

 

「....嫌ではない」

 

「えっ?」

 

「あなたに触られるのは、嫌ではない。幸か不幸か、体調を心配しているだけの人間を厭うほど、人間性を捨ててないわ」

 

「そう....ですか....」

 

剪定的な死の予言ではなかったらしい。ならどうして刺されて死ぬのかよく分からないが、まぁ、それもまた些事だ。パチュリーの両手をぎゅっと握る。

 

「....え....どうしていきなり手を....?」

 

「これからする行為に肉体的な接触が必須でして....嫌ではないとの事でしたので、良かったです」

 

「行為!?」

 

「手早く事を済ませますので、安心して下さい」

 

「手早く事を!?」

 

パチュリーの息が荒くなる。特徴的な呼吸音からして、喘息の気が強まっているのだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ちょっ....初対面でっ....咲夜も見てるのにっ....」

 

「──そもそも、人体というものは充分な鉄分を摂取させても、時には幾つかの要因によって意図的に欠乏させるものです。真に貧血に対応するのならば、不可逆的な変質を齎す力を注ぎ込む必要があります」

 

慢性的な貧血は身体構造の問題であって、にも関わらず彼女は人間でない。対処は"難しい"。この領域に限れば私は奇跡論の最先端に居ると豪語出来るが、それでも今より振るう魔法は、万が一の失敗に備えその構成要素の全てが完全に制御されていなければならない。自らの行為を言語化しながらも、反伝達の怪物と相対した時のように、思考を奇跡の深層へと埋没させていく。

 

「まだ貧血を治そうとしていたの!?と、というか、そ、注ぐって....た、確かに蛋白質は錬金術の領域でも、そうと知らずとも探求を続けられた物質よ....けれど、変質の極点、賢者の石に最も近づいたのはホムンクルスの生成で、それはフラスコの中に在ることが意味を持つもの。わ、わたしの胎に注いだら、それはもう........うう....た、確かに、五行でも行為は水に当て嵌まるから、わたし(陰水)あなた(陽火)に犯されることで水を維持したまま朱に染まる血を生み出せるだろうって結論に一定の論理がある事を認める....でも....その結論は....つ、つまり、わたしを....は....孕っ....」

 

「大丈夫、決してあなたを傷付ける事はしません」

 

「〜っ....!!」

 

思考の外から聞こえたまくし立てるような声は、パチュリーのものだろうか。私の魔術を前に不安を感じているのかもしれない....微かに残った判断力が安心を語ると、ピタリと声が止んだ。理解してくれたのだろう。

 

「....し....寝室....せめて....二人っきり....で....」

 

「──大事なのは見立て、幻想郷における説得力です。奇跡論においてすら、見立ては重要な要素となる。鉄分を摂取した。治療を施した。ならば内部構造とは無関係に、()()()()()()()()()()()()()

 

「........え?」

 

奇跡論を行使する。創造(ダブルシャープ)の魔法がパチュリーを包む。古代の魔術師がミイラを不可逆に変質させ、死体の防腐剤として使われる蜂蜜を無尽蔵に生成したように、魔法は少女の身体に微かな変化を加えた。つまる所は内部にて、蜂蜜の代わりに、少しばかり"血が満ち足りている事にする"算段だ。

 

「....調子はどうですか?パチュリーさん」

 

「は?」

 

治療を終えたパチュリーの様子を確認する。魔法に欠けはなく、調子も良さそうだ。しかし....顔を真っ赤にして、彼女は憤怒を滲ませていた。

 

「あなたを刺し殺すわ」

 

「純然たる殺意」

 

死の予言を自分で成就させようとはとんでもないマッチポンプだ。いったいどうしたというのだろう。彼女はプイと顔を背け、今度は咲夜をジトっと睨む。

 

「あなたもあなたでどうしてずっと見てるだけなのよ。あの状況になったら止めなさいよ。流石に」

 

「一度たりとも振り解こうとする試みが行われなかったので、それをご所望かと」

 

「....あいつの発言の魔法的正当性を考察するのに忙しくて....」

 

「頭より先に手を動かすべきでしたわね」

 

「....鬼にも似たような事を言われたわ」

 

大きく、それはもう大きく溜息を付いたパチュリーがしゃがみ込み、立ち上がる。

 

「....不服だけど、今ならどんなスペルでも唱えられそう....それは、本当に感謝するわ」

 

「ど、どういたしまして....」

 

「お礼はしてあげるから、時々図書館に来なさい。これは命令であり、強制よ」

 

「は、はい....」

 

元々入り浸りたいくらいだったので問題はないが、文末が非常に恐ろしい。貧血の事を考えても友好度が差し引きで-になっているような....

 

「もっと仲良くならないとな....」

 

「本気ですの?」

 

今度は独り言を聞き付けた咲夜に刺されてしまった。針の筵とはこの事だろうか。

 

「──さぁ、これでようやく本懐を遂げられるわ」

 

「本懐....」

 

雰囲気が変わる。こちらを見つめるパチュリーの様子は、今までとは異なる真剣な怜悧を纏っていた。

 

「異常存在の件ですか?」

 

「....話が早いのね。ええ、本棚をひっくり返しても理解の及ばなかった、正真正銘の異常。ずっと、専門家に判断を仰ぎたかったの──」

 

パチュリーが指揮者のように指を揮う。木箱が飛来し、彼女の手に収まる。華奢な手が、若干の苦戦の後に木箱の蓋を開ける。

 

「....これは....」

 

木箱の中に入っていたのは、古ぼけた、極小の地図だった。

 

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