SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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暗闇の中に

村から少し離れた森の中。私は時空圧縮式のテントを設営し、眠る事にした。はっきり言ってこれは悪手だ。起きた時に私の身体がルーミアに貪られていない保証などはどこにもない。それでも私は、自らの直感を信じる事にした。彼女は.....そう、彼女は、あくまでも....人食いの怪物だが。私は不思議と危険な予感を感じていなかった。

 

 

 

・・・

 

 

 

自分の身体が繋がっている事に安堵しながら、私は目覚める。気分としては心地の良い朝だ。起き上がろうとするが....お腹の辺りに、何かが乗っている。そこまで重くはないが、流石に起き上がるのは少し辛い。

 

「あ、起きた」

 

声で気付く。どうやら、ルーミアが乗っているらしい。彼女が華奢な体格であった事に感謝する。そうでなければ、少し前の私は悪夢に魘されていた事だろう。

 

「ああ、ええっと....おはようございます....?」

 

....しかしそもそも、この瞬間が悪夢なのではないかという疑念が拭えない。小鳥のさえずりに暖かな陽気。にも関わらず、世界は暗闇に支配され、何も見えない。超知覚(VERITAS)だけが問題なく機能し、お腹の上に乗っているルーミアの存在を私に伝えている....

 

「ええっと、すいません。幻想郷の朝というのは、こんなにも暗いものなんでしょうか?」

 

「私の周りはいつもこう。陽の光が嫌いだから、闇で包んでるの」

 

原因は即座に判明した。どうやら彼女は周囲に闇の帳を降ろす力....拡大的に解釈すれば、闇を操るような能力を持っているらしい。

 

「なるほど、それなら仕方ありませんね」

 

何気ない返答。しかしルーミアは私に密着し、こちらを不思議そうに見つめて来た。近付かなければ顔が見えないのだろうが、流石にこれは全体的に近すぎる── 

 

「闇のこと、嫌いじゃないの?」

 

「ええ、まあ。この闇の中でなら私の"視界"は機能するようですし....それに」

 

その次に浮かんだのも、何気ない言葉。財団職員としての、最も基本的な信条。

 

「──私は一生を暗闇の中で生きると決めていますから」

 

"我々は暗闇の中に立ち、それと戦い、封じ込め、人々の目から遠ざけなければならない"

その言葉を胸に刻んだ日の事は、今でも鮮明に思い出せる。私にとって闇とは恐れるものでも避けるものでもない。立ち向かうべき存在だ。

 

「....」

 

そしてルーミアは....私の話を聞いたっきり、黙り込んでしまった。とはいえこの状況は困る。このままでは動きようがない。

 

「あの、ルーミア?そこから退いてくれるの助かるのですが....」

 

「村に行くの?」

 

「ええ、まあ、そうなるでしょうね」

 

「また帰ってくる?」

 

ようやく質問の意図を理解する。なるほど、"妖怪"である彼女は人里に立ち入る事は出来ない。自分の意図しない別れに一抹の寂しさでも感じているのだろうか....いやいや、待て私。昨日会ったばかりの人間がそんな印象を与えているのだと考えるのは傲慢だ。多分、指と花火を求めているのだろう。

 

「ううん....いっその事、一緒に行きますか?」

 

「一緒に?いいの?」

 

「ですが、私以外の人間は食べては駄目ですよ」

 

朝を迎えた今、それはかなりの名案であるように思えた。ルーミアの言から、異常実体である妖怪と人間が対立しているであろう事は見て取れたが、どれだけ苛烈な対立なのかは分からない。であれば、妖怪と共に人里を訪ね、さっさと対立の程度を計ってしまうのも有意義だろう。この場合、村に住む事は不可能だ。まず間違いなく追い出されるだろうが、普通の人間相手であればルーミアを守る事は容易であるし...後はそのまま指を犠牲に彼女を雇い、幻想郷を探検すればよい。ルーミアを信頼し続けるという前提の上では、眠らずの見張りを続ける彼女の存在は野宿の安全性を跳ね上げていた。

 

「分かってるよ。でも....」

 

「....?」

 

「それって、村でならあなたはもっと食べてもいいってこと?」

 

「今ここで指一本食べていいのでそれは勘弁してください」

 

「わぁい」

 

今度は中指が食べられた。流石に昼の村で花火を打ち上げる訳にはいかないし、そもそも私達を囲む闇は恐らく光を通さない。治癒のバックラッシュは地面に押し付けたが....ルーミアは、かなり残念そうにしていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

黒球を形成したルーミアと共に、私は近くの小さな村へとお邪魔する。余裕のある古の農村をそのまま再現したような牧歌的な村だ。人影を探すと、そこには一人、踏み固められた道を行く老婆の姿があった。老婆を驚かすのは気が引けるが....ルーミアの話によれば、幻想郷において妖怪はありふれている。魂消るほどの事ではないだろう。

 

「すいません、少しよろしいでしょうか?」

 

老婆が振り向く。彼女は私と黒球を交互に見て、微笑む。

 

「おお、旅人さんに、妖怪さんまで。何かご用ですかえ?」

 

「んー?」

 

....想定していた以上に友好的な反応だ。闇の中で首を傾げるルーミアの様子を見るに、通常の反応ではないのだろう。

 

「ああ、いえ、大した事ではないのですが....もし宜しければ、幾つか質問させて頂けないでしょうか?」

 

会話が可能である事から、目的をシフトする。幻想郷の人間へのインタビューは行っておきたかった事の一つだ。

 

「あぁ....構いませんよ」

 

「それではインタビューを開始します」

 

録音機器を起動し、思考を整理する。とはいえ現状、どうしても聞いておきたい事柄というのは特にない。随分と気が楽だ。

 

「あなたは妖怪に対して悪感情を抱いていないように見えますが....幻想郷ではそれが普通なのでしょうか?」

 

「いやぁ、そんなことはありませんよ。この村以外じゃあ、皆が皆、妖怪を恐れてるでしょうねぇ。若者がどうかは知りやしませんが──」

 

「なるほど。この村でのみ妖怪への悪感情が薄い事には何か理由があるのでしょうか?」

 

「そりゃあ....妖怪は飛んでるからねぇ」

 

「飛んでる?それはどういう....?」

 

「空ですよ、空。空を飛んでるんです」

 

「....なるほど」

 

なんとも奇妙な理由だが、老婆の口調は妙に確信的だ。この村では、飛行能力は余程神聖視されているのだろうか。

 

「なぜ空を飛ぶ事が重要なんでしょうか?」

 

「そりゃあ、めでたいですからねぇ。空を飛んだら、めでたいでしょう。明日の朝も皆で集まって、一人飛ぶんです。めでたい、めでたい──」

 

「それは...."空を飛ぶ祭り"という事でしょうか?」

 

「祭り!ああ、確かにそうかもしれませんねぇ....」

 

どうやら推察は当たっていたようだ。ある祭りが神話の戦いを再現するように、空を飛ぶ姿を再現し、祝う。土着の信仰という奴だろう。中々に興味深い。

 

「絵画を真ん中に置くようになってからは、本当にめでたい事ばかり....ああ、そうだ。お二方も集まったらどうです?宿なら私の家がありますからねぇ....」

 

「ふむ....」

 

録音機器を止め、ちらりとルーミアを見る。

 

「ルーミア、あなたはどうしますか?」

 

「一緒にいるよー」

 

どうやら人の家に招かれる事に特段の拒否感は無いらしい。となるとこれは幻想郷の文化を知るにおいて願ってもない提案だ。

 

「──では、お言葉に甘えてご厄介になります」

 

 

 

・・・

 

 

 

老婆の家は、村の端にある一軒家だった。なんとも古めかしいその家は、独り暮らしにしては中々に広い。掃除には随分と手間が掛かりそうだ。

 

「はいお餅。どうぞ、妖怪さん」

 

「あ....ありがとー....? うん、八目鰻屋くらい美味しい」

 

多少小さくなったとはいえ、未だに闇の塊として部屋に座り込んでいるルーミアは、老婆によって大いに饗されていた。そんな状況に....ルーミアは、明らかに困惑している。

 

「....ねぇ」

 

彼女は私の耳元にまでにじり寄り、囁く。前が見えないので、超知覚(VERITAS)によって食事と箸を観測する。今の私は邪怪技術を最もしょうもない事に使っているに違いない。

 

「人類って、皆あなたみたいに優しくなったの?」

 

「それは....そもそも私が優しい人間なのかという問題がありますね。正直、あまり優しくないんじゃないでしょうか」

 

過去を遡れば遡るほど、自分が優しい人間である自信はなくなっていく。人類が全て私だったとしたら....世界は滅んでいるだろう。

 

「人類は誰も優しくないなぁ」

 

「えっいきなりどうしたんですか?闇堕ち?」

 

「闇は私だよ?」

 

「....じゃあ、光堕ち?」

 

「"ルーミア"は光だよ?」

 

「もしかして話を反芻(ルーミア)させようとしてます?」

 

ルーミアはクスクスと笑い、闇の帳が私から離れる。彼女との会話は、どうにも掴みどころがない。だが、私はそんな会話を楽しんでもいた。

 

「それにしても、八目鰻屋か....」

 

ふと出てきただけの言葉ではあるが、中々に興味が唆られる。幻想郷での生活基盤を整える事が出来たら行っても良いかもしれない....ふむ。何故だか耳に残った"あの"歌声が再生され、周囲の闇が深くなったように感じる。まあ....気のせいだろう。どう考えても夜に響く凶声と八目鰻屋の間には何の因果関係も存在しない。

 

....しないよね?

 

 

 

・・・

 

 

 

それから老婆は、祭りについて様々な事を教えてくれた。曰く、祭りは不定期で、いつ行うのかはその時になるまで分からない。祭りの主役は天国へと向かう事が確約される。祭りの主役は家族を持つ者から優先して選ばれる。そうすれば、家族を天国へと迎えてくれる──

 

次の日の朝。私達は老婆に案内され、物見櫓へと向かった。周りには他の村人も集まっており、異様な熱気に包まれている。

 

「今日は誰が飛ぶんだ?」

 

「お隣の息子さんだべ」

 

「そうか、そうか、そりゃあめでたい」

 

彼らは口々に祭りの話をしながら、物見櫓を見つめていた。櫓は、周囲に立ち並ぶ木々が低く思えるほどに高い。どうやら祭りにはこの櫓を使用するらしい。

 

「ほら、来ましたよ。あの人だ」

 

老婆が物見櫓の頂上に立つ男を指差す。祭りの主役に選ばれた事に高揚しているのか、その男は笑みを浮かべていた。

 

「本当に、立派になったねぇ....」

 

老婆はしみじみと呟く。このような小さな村では全員が知り合い同士なのだろう。

 

「「飛ーべ、飛ーべ、飛ーべ、飛ーべ」」

 

どうやら、その時が来たらしい。村人たちが合唱する。櫓の上に立った男は合唱に応え....()()()()()()()()()

 

「──え?」

 

ぐしゃり。人体が壊れる音がする。

 

「....は?」

 

その身体は地面に打ち据えられ、人体としての原型を喪っていた。あらぬ方向へ曲がった手。潰れた足。大きくへこんだ顔が、こちらを向いている。彼は.....満面の笑みを浮かべたまま死んでいた。

 

「「飛んだ、飛んだ、飛んだ」」

 

物見櫓から飛び降りて無残にも死んだ男。彼を囲んだ村人達が真っ先に発したのは、歓声だった。

 

「凄い飛びっぷりだったなぁ」

 

「流石、若者は違うべ。良いもんを見せてもらった」

 

「んだな。ああ、残った肉はどうすんべ?」 

 

「ミンチにして畑に播いときゃ良い」

 

「おお、そりゃあきっと豊作になるだろうなぁ。めでたい、めでたい」

 

「ああ、めでたい、めでたい」

 

誰も、仲間の死を悼んでいない。状況にそぐわない悍ましいも平常な言葉の羅列が、私に恐怖を抱かせる。これが....幻想郷の人間なのか?幻想郷の"普通"が、これなのか?

 

油の足りない機械のように、私はぎこちなく横を向く。漆黒の塊が、ゆらゆらと揺れている。

 

「....なっ....え....?なんで──?」

 

闇を貫き、ルーミアを見つめる。視界が機能していない彼女は、しかし音によって状況を推察し...ひどく当惑していた。少なくとも、彼女にとってこれは幻想郷の"普通"ではない──

 

「....まさか」

 

仮にこれが幻想郷に由来する思想でないとすれば....一つ、心当たりが浮かび上がる。それは、私達が直面し続ける馴染み深き超常。形而上にありながら、唾棄すべき悪意を以て人類を蝕む暗黒の尖兵。幻想郷もまた同類として分類されたが....知る限りにおいて、幻想郷が保有する"悪意"などというのは、下の下だ。

 

「他の異常存在(アノマリー)によるもの、なのか....?」

 

その可能性に行き着いた時、私の背筋は地獄の如き光景にさえも増して、凍った。

 

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