SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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天国への飛翔

「ここから離れます」

 

「あっ....天戸....?」

 

私は混乱するルーミアの手を掴み、半ば強引にその場を後にする。対策なく異常な状況に暴露し続けるのは得策ではない。いつの間にか自らの思考さえも染められる可能性がある。幸運な事に、死体を引き裂く事に集中していた村人達は私達の離脱をさして気にしていなかった。

 

「ルーミア、少し手厳しい質問を行う事を許して下さい。あの状況を理解して、あなたはどう思いましたか?」

 

「....良い匂いで....美味しそうだった。けど....よく分かんない....どうして死んじゃったの?」

 

ルーミアの動揺は本物だ。私では彼女の価値観に完全な理解を示す事は出来ないが、それでも、彼女は今の村人達よりも、よほど"正常"に近い。

 

「私にも原因は未解明です。しかし、村人達がこうなった理由、諸悪の根源が何かある筈....ルーミア、ここの村人達はいつから"飛ぶ"概念を重要視していたか分かりますか?」

 

「それも....よく分かんない。けど、妖精から悪戯の話を聞いた事があるよ。その時は、怒られて逃げたって」

 

「妖精とは空を飛ぶ存在ですか?」

 

「よく飛んでるよ」

 

怒られた、ということはその時点では空への奇妙な敬意は存在しないか、薄かったと推測出来る。やはり、この地に長く根付いた思想ではない。

 

「....逃げる?なんだか怖いし....」

 

「いいえ」

 

私は即答する。この場で異常存在に対抗するノウハウを持っているのは私だけだ。逃げ出す訳にはいかない。

 

「私は....逃げるつもりはありません」

 

「──じゃあ、暗闇(わたし)も行かないと」

 

「えっ──」

 

彼女は私と同様に即答し、私の服の裾を掴む。想定外の答えだ。今度こそ、お別れだと思っていた。報酬に釣られた訳でもなく、私は同行を頼み込みすらしていない....しかし彼女の美しい瞳からは静かな決意が見て取れる。

 

「....」

 

「....ありがとうございます。あなたに、心の底からの感謝を」

 

「んふふー♪」

 

理由は分からない。それでもルーミアの存在は本当に心強かった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「それで、何をするの?」

 

村人達の狂騒から逃れた私達は、木陰に隠れて次なる対策を話し合っていた。村人達が解散するまでには、恐らくもう少し時間がある。

 

「まず、彼らの思想を歪めたであろう感染ベクターを特定する必要があります」

 

「感染....?広さ....?」

 

「ヘクタールじゃないです」

 

宇宙ルーミアと化した彼女を見て、説明を変える。

 

「つまり、彼らがああなってしまった原因ですね。あのような狂気にも、大抵の場合、法則性が存在する。何かを知ったのか、何かに踏み入ったのか、何かを見たのか....この場合、前者の2つは考え辛いでしょう。それなら私達にも少なからず影響がある筈ですから」

 

「なら、目立つものを全部壊してけばいいの?」

 

「流石に果てしないなぁ....それに今のはあくまでも凡例ですから。何かを見たことが影響を及ぼしているかは不明で──」

 

いや、待った。何かが記憶に引っかかる。急速な変化。目立つ物。視覚による影響。老婆が関係のある話をしていたような──

 

「...."絵画"」

 

「?」

 

はてなを浮かべる彼女の頭を撫でる。

 

「お手柄です、ルーミア」

 

 

 

・・・

 

 

 

暗闇の中で、私達は目的地へと向かって走る。朝であるにも関わらず視界が黒に塗り潰されたままなのは、ルーミアの能力によるもの。即ち、認識災害への対策だ。見てはならないものが、その先にはある。

 

「この先にあるのが感染ヘクトールなの?」

 

ルーミアは老婆との話を忘れていたようで、いまいち得心していないようだった。それにしても感染する英雄は怖いな....

 

「....お婆さんは絵画について、それが飾られてから"めでたい"事が増えたと言っています。めでたい事が死と同一視されている以上、絵画は汚染と同じ時期にこの村に出現したものと考えられる....言ってはなんですが、この小さな村に、絵画がです。あまりにも怪しい」

 

足を止める。極限まで"画質"を下げた超知覚(VERITAS)の演算機能が辛うじてここが村の中心である事を示していた。前方を眺める。詳細な構造は何も分からないが....そこに、キャンバスのようなものが存在している。希釈された"何か"が脳に入り込む感覚が、推測を確信へと変える。

 

「ルーミア、前方に闇を」

 

「分かった」

 

キャンバスの付近が完全に闇に包まれる。私はキャンバスへと近付き、魔法を起動する。全てを覆い隠す暗闇は、奇跡論的な"収容"と極めて相性がいい。私は闇を掴み、形を成し、暗幕をキャンバスへと掛ける。代償は血液一滴、バックラッシュは砂埃。しかし、奇跡論的にキャンバスと同化した暗幕は、私以外の誰かが取り払う事はまず不可能だろう。完璧だ。

 

「....よし。闇を解除しても構いません」

 

闇が消え失せ、朝の日差しが私を刺す。急激な変化にくらくらしながらも肉眼によってキャンバスを見つめる。暗幕に包まれたそれが、私に対して何らかの影響を齎す事はない。

 

「もう終わったの?敵も、弾幕ごっこもなし?」

 

「弾幕....?ええと、自律性を持たない異常物品の回収は、異常性にさえ気を付ければ単なる荷物運びと変わりません。勿論、村人には適切な処置を行う必要がありますが──」

 

ルーミアの態度は、拍子抜けと言わんばかりだった。弾幕ごっこ....というのはよく分からないが、恐らく彼女は何らかの大きな戦いが発生する事を想像していたのだろう。しかし、異常存在(アノマリー)は、その殆どが自律性を持たない。この絵画は代表的な例だ。単にその姿を認識した物に認識災害を齎す機械的な存在──

 

「ひとまず、これを人の寄り付かない場所に運び込みましょう」

 

キャンバスを持ち上げる。かなり軽い....本当に中身が入っているのだろうか?

 

──存在は既に確認している。布越しに触れば、板のような感触が感じられる。問題はない。

 

風が吹き、暗幕が揺られる。こんな暗幕1枚に効果があるのだろうか?

 

──奇跡論による生成物だ。その安全性には間違いがない。

 

であれば、同様の奇跡論によって解除されたら?

 

──それは天が落ちる事を憂するようなものだ。

 

しかし、村の人々に認識災害を齎した絵というのは、どのような造形をしていたのだろうか。

 

──それは興味深い疑問だ。命を絶ちたくなるほどの地獄のような風景を描いているのだろうか、それとも、存外に普通の絵なのだろうか。普通の物品が異常性の感染ベクターになるというのもよくある話だ。単に林檎が存在するだけの習作なのかもしれない。或いは、想像を絶するほどの芸術が待っているのかもしれない....とても興味深い。

 

()()()()()()()()()()

 

「あ──」

 

それは天国だった。美しい湖があった。荘厳な神殿があった。蠱惑的な少女が笑っていた。あらゆる美が転がっていた。果実は甘い味がする。美酒佳肴が氾濫している。天使が浮かんでいる。光が天上を照らしている。天上....ああ、そうか、天上、天上だ。

 

「そうか、そうか、そうか、そうか──」

 

ちょっとした誤解だったのだ。ヴェールによって覆い隠そうとしてきた真実、長い時間を経て人生に求む究極の真実を私は得た。ここには異常なんてなかった。無意味な誤解だ、全て。彼らは何もおかしくなどない。空へ飛翔しなければならないのだ。天国は天上にあるのだ。そこに向かわなければ人生とは無意味な試行の連続に過ぎない。ああ、皆に真実を知らせなくては、はやく、はやくしないと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──天戸?」

 

不安げな、少女の声が、聞こえた。

 

「〜〜ッ!?」

 

全身から汗が吹き出る。絵画を突き飛ばし、影響を受けた認識を除染する。辛うじて、思考は正常へと回帰していく。

 

「はぁッ....はぁッ....」

 

いつからだ? いつからおかしくなっていた? 絵画を見るべきであるとする観念が浮かび上がった時、あの時点で、私の思考は誘導されていた。VERITASを通した軽度の認識災害が私に通る筈がない。だとすれば、この絵画は....

 

「自律的に精神影響を齎したのか....?」

 

「大丈夫?」

 

「ええ、なんとか──」

 

裏向きに倒れた絵画から視線を外し、意味がないとは知りつつもルーミアに向けて笑みを浮かべようとする....その過程で、気付く。大量の村人が、周囲に立っている。

 

「うちの絵画に、何してんだ?」

 

村人の中から1歩前に出てきた男が、真顔でそう問い掛ける。その場の全員が、農具や工具....可能な限りの武器を携帯していた。誰も私達の行動には気付いていなかった筈だ。しかし実際問題彼らはここに居て、私達ににじり寄ってくる....

 

「....」

 

ルーミアは無言のまま、懐から高密度のエネルギーを内包した"カード"のようなものを取り出していた。即ち、村人達を武力的に無力化するつもりだろう。しかし、私にはその行動を止める時間さえ残されていなかった。

 

ガタン。隣から不吉な音が聞こえる。振り向く.....絵画だ。絵画が自律的に立ち上がっていた。裏側に刻まれた文字によって、私はその絵画の名を知る。"天国への飛翔"。そう題された絵画は、ゆっくりとこちらへと振り向き──

 

「──消し飛べ」

 

その瞬間、咄嗟に私が取った打開策は、財団職員としてあるまじき手法だった。可能な限り大量の血液を消費し....破壊の概念を絵画へと押し付ける。生半可な耐性すら貫通する純然たる破壊、世界からの攻撃が絵画を襲い、諸悪の根源たるそれは、呆気なく消え失せる。

 

「ぐ....」

 

それとほぼ同時に、貧血の目眩によって私が、精神影響からの解放によって村人達がその場へと倒れ付す。残されたルーミアは私のもとに駆け寄る。差し込む光が、安息の暗闇によって上書きされる。

 

「や、やっぱり大丈夫じゃなかった....?しっかりして....!」

 

心配そうにこちらを見てくる少女に、私はどうしたものかと思案する。声が出ない。咄嗟の調整だったので、少し血を使い過ぎた。正直、そろそろ意識を手放しそうだ....いや、待て、そういえば、まだバックラッシュの制御を行っていない。大規模な破壊、小規模な創造....曖昧な思考の中に、"花"の1文字が飛来する。そうだ、それがいい。何か、安心させられるような花言葉を....

 

「....?」

 

意識を失う直前、生成した1輪の花をルーミアへと手渡す。アングレカム(ずっとあなたと一緒)....ううん、もしかして、今の私はものすごく変なヤツなんじゃないか? もう少し気の利いた花言葉があるような気が....うっ──

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