SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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ほおずきみたいに紅い頬

「んぐ....」

 

──闇から意識が浮上する。瞳を開くが、目の前に広がったのも、やはり闇だった。これがマトリョーシカという奴だろうか? それにしても、随分と固いものに寝かされているようだ。しかし枕だけはとても柔らかく、暖かい。寝具の質を枕だけに極振りしたようなひどい格差だ。

 

「起きた!」

 

元気そうなルーミアの声が響く。超知覚(VERITAS)を起動し、ようやく私は現状を理解した。月光の下、どうやら私はルーミアに膝枕をされていたようだ....地べたで。

 

 

 

・・・

 

 

 

ルーミアは起きた私に、私が倒れた後の出来事を語ってくれた。

 

精神影響から解放された村人は1時間も経たず意識を取り戻した。しかし彼らは、精神影響を受けた頃から、今までの記憶を全て忘却していたらしい。記憶もないままに時間だけが過ぎ、多くの村人が"失踪"し、目の前には闇球を生じさせる奇妙な妖怪が独り──

 

全ての元凶をルーミアへと押し付けるのは、悲しくも当然の帰結だった。村人は何故か手に持っていた武器によってルーミアを退治しようとし、ルーミアは私を連れて森へと逃げ込む.....当初予想していた通り、我々は追放されてしまったと言えるだろう。

 

「....」

 

説明を聞いて、私は頭を抱えていた。異常存在(アノマリー)の終了による複数の問題の発生。それは正に財団が終了を嫌う理由の一つだ。状況から鑑みるに、終了の判断自体が間違ったものであるとは思っていない。自律的に精神影響を齎す異常存在を本部の支援も収容ユニットも無しに収容しようなどというのは、私のように精神影響に抵抗し得る人員が居たとしても無謀だ。それにしても....何かあったのではないだろうか。せめて、気を失ってなければもう少し状況に介入する事も出来ただろうに.....

 

「はぁ....」

 

海外でも、私と同じようなGOCからの転向組が極めて強大な現実改変能力者を終了しようとして凄まじい事件(クレフ/コンドラキ)を起こしたという話を聞いた事があるが....今となっては、私は彼を笑えない。

 

「──そういえば」

 

随分と辛気臭い私の雰囲気を察してか、ルーミアは服のポケットに入っていたアングレカムを取り出す。

 

「この綺麗なお花はなぁに?作って....倒れちゃったけど」

 

「あぁ....」

 

冷静な頭で考えると、なるほど当然の事だった。花言葉を一々覚えている人など殆どいない。妖怪ならば尚更だ。つまる所、花というか、花言葉で安否を確認するという発想自体がかなり変だった。

 

「私の魔法の副産物....例の光と同じようなものですね。あの時は声が出せなかったので、花言葉で無事を表明しようかと....」

 

「花言葉?」

 

「ええ、この花はアングレカム。花言葉は、ずっとあなたと一緒──」

 

「えっ?」

 

「すいません忘れて下さい」

 

ルーミアに聞き返されてしまう。そりゃそうか。無事を表明するにしてはちょっと重すぎる。野菜を切るのにギロチンを使っているようなものだ。

 

しかし....ルーミアは1輪のアングレカムをぎゅっと抱き締める。

 

「だめ、絶対に忘れない」

 

そう言って悪戯っぽく笑う彼女の姿を見て、私はしみじみと思う。

 

あまりにも良い子すぎる。

 

何故か花言葉で情報を伝達しようとして重すぎる花を選ぶという貧血の大ポカに対して冗談めかしてこの反応だ。失敗の連続によって沈んだ気分が多少は上向きになってくる。正直に言ってしまえば、私はルーミアの事を人喰いの異常存在というよりも、この世界における唯一の仲間として見ていた。

 

「ルーミア、少し真面目な話をしてもいいですか?」

 

「....いいよ」

 

少し緊張した様子ながらも、彼女は私の話に耳を傾ける。私は、"次"に意識を切り替える。

 

「今回私達は悪意に満ちた異常存在を破壊しました。しかし一度でも現れた以上、二度目がないとは限りません」

 

「そうなのかー」

 

何故か少し拍子抜けした様子のルーミアに私は続ける。

 

「私はそうした異常存在を確保し、皆の目から遠ざける事を使命としています。ですが....一人では限界がある。今回の件もあなたが居なければ危険な状況に追い込まれていたでしょう。ですから、その....」

 

意を決して、頭を下げる。異常存在に対するこのような交渉はあまりよろしくないものだが、知った事ではない。私が今話しているのは"ルーミア"だ。

 

「私にはあなたが必要です。どうか、一緒に来てくれませんか?」

 

「ひゅいっ」

 

ひゅいっ? まずい、肯定なのか否定なのか分からない。幻想郷に特有の文化だろうか? しかし彼女は、疑問を氷解させる前に私の背後を取り、そのまま抱き着く。宙に浮かんでいるのだろう。彼女の頬が私の首に触れた。なぜだかとても熱い。

 

「ずっとあなたと一緒」

 

彼女の囁きが耳に快の信号を送る........事ここに至って、自分は知らずにとんでもない事をしてしまったのではないかという不安が湧いてきた。

 

「....あ、ありがとうございます....」

 

いや、現地の住民と友好的な関係を結んだのは素晴らしい筈だ....きっと....おそらく....密着と蜜月の雰囲気が生じさせる不純な感情を振り払いながら、私はあくまでも深い友愛の対象としてルーミアの頭を撫でる──

 

 

 

「──おいおい、妖怪退治に来てみたらこれかよ」

 

「えっ」

 

森の中から、突如として金髪の少女が顔を出す。魔女帽を被り、可愛らしくも魔女らしい服に彩られた彼女は、辟易したような表情を浮かべていた。超知覚(VERITAS)なしで彼女の事を認識出来ている通り、現在は夜であり、ルーミアの完全な暗闇に隠れている訳ではない....確実に見られていた。

 

「....こんばんは」

 

「あっ、あの時の人間」

 

不味い。非常に誤解されそうな光景であるのもそうだが、彼女は今、妖怪退治に来たと言っていた。それはつまり....

 

「こいつらが村人を山ほど殺した邪悪な妖怪? 妙だな、私の目にはいつぞやの雑魚妖怪と人間がイチャついてるようにしか見えないぞ」

 

「どちらも誤解です」

 

「イチャついてるよ」

 

ルーミアさん?

 

....いや、兎に角だ。やはり我々は村人殺害の咎と酷い誤解を同時に背負わされていたらしい。攻撃を警戒して魔法の準備をしていると....彼女はニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。

 

「おっと、この魔理沙様を前にして"本気で"やるつもりか?」

 

──どうやら勘付かれたようだ。金色の光が魔理沙と名乗った少女の周囲を照らしていく。

 

「眩しい....人間じゃなくて蛍の妖怪だったの?」

 

「蛍雪の功だな。お前達を倒す程度の事は面倒な宿題と変わらないぜ」

 

「輝きようのない真の暗闇を教えてあげる!」

 

キャッチボールからキャッチを抜いたような二人の会話は戦闘の火蓋を切るものであったらしい。その瞬間、魔理沙の周囲に魔法陣が出現した──

 

 

 

・・・

 

 

 

私は目の前の少女を真っ先に超知覚(VERITAS)で見る....見なければ良かった。機械越しの彼女は、黄金に発光している。そのような様子は未だ観測された事がない。即ち、彼女が魔法使いであるとしても、その魔法は私にとって完全に未知の魔法である事を意味している。対抗策も限界も分からない。

 

「見てるだけじゃ勝てないぜ」

 

「痛い〜」

 

観測の時点で、既に戦況は目まぐるしく動いていた。ルーミアは瞬時に魔理沙へと飛来し肉弾戦へと持ち込むが、箒によって打ち返される....魔理沙の周囲に張り巡らされた魔法陣が輝く。

 

「....っ....」

 

光の波が無差別にあらゆる方向へと放たれた。あまりにも単純な物量による攻撃は、木々を薙ぎ倒しながら私達に襲いかかる。回避不能....そう結論付け、私はルーミアの前に立つ。

 

「感動的なシーンだな。しかし逆じゃないか?」

 

魔理沙の軽口に反応している暇もない。私は地面を隆起させ、光の波を受け止める。岩石は粉々に砕け散るが、私自身が壁となりルーミアへの被弾を防ぐ。ダメージは殆ど無い。防御術式様々だが....血が足りない。奇跡論の行使は小規模のものをもう一度だけ。それが限界だ──

 

「ルーミア、大丈夫ですか?」

 

「妖怪は頑丈、大丈夫」

 

なるほど、逆とはそういう事か。確かに彼女は魔理沙によって打ち返されたにも関わらず、さしたるダメージを負っていないようだった。

 

「おっと、人間の方も想像以上に頑丈だな。それならこいつにも耐えてくれるよな?」

 

ルーミアから視線を外す。魔理沙は私が余所見をした一瞬の間に、弩級の魔法陣を描いていた。手には八卦の刻まれた奇妙な角盤を持っている。観測しても、内包するエネルギーの底が見えない。なんだ、あれは──

 

「"恋符:マスタースパーク"」

 

極光が、角盤より放たれる。超高速、超大規模の光線は対策を思案する暇もなく私達を呑み込んだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

「ぐ....」

 

私は全身に走る苦痛を切り捨て、立ち上がる。極光が過ぎ去った後、そこには一直線の巨大な溝と、ボロボロになった私達二人のみが残されていた。収容房すら消し炭に変えかねない異常な火力だ。

 

「そっちこそ、大丈夫....?」

 

ルーミアもまた、私の怪我を懸念しながら立ち上がる。私が壁となっていた為か、彼女のダメージは私と比べて小さい。

 

「ええ、なんとか....」

 

「おいおい、人間のくせにマスタースパークの直撃を受けて立ち上がるとか、どういう化物だ?」

 

「そんなものを放てる方が化物じみているという自覚を持って欲しいですね」

 

宇佐見上級研究員といい、目の前の魔法少女といい、インチキじみた力を当然のように振るってくるのはちょっと勘弁してほしい。

 

「....ですが、弱点は掴みましたよ」

 

「む?」

 

彼女の戦術はその単純さから既に露見していた。速戦即決だ。しかし、効率を完全に度外視した全方位攻撃に、異常な火力の大魔砲....あまりにも速戦が過ぎる。

 

「これだけ勝負を急いでいるのを見るに、魔法の燃費はさぞ悪い事でしょう。あなたがガス欠になるまで耐え抜ければ....私達の勝ちだ」

 

「....ふむ」

 

その瞬間、巨大な魔法陣が2つに分裂する。

 

「え」

 

「ガス欠になれば....なんだって?」

 

2つの魔法陣が同時に輝き始め、八卦の角盤が呼応する。彼女はカードのようなものを取り出し、砕く。

 

「"恋心:ダブルスパーク"」

 

2つの極光に対して私は咄嗟にバックラッシュを起動する。地面の隆起に対して、地面の陥没を。私とルーミアは自由落下によって辛うじて魔砲の射程圏内より外れた。落下するルーミアを抱いて、地面へと着地する。

 

「ひゃっ....」

 

ルーミアが上げた可愛らしい悲鳴を一旦思考から追い出し、魔砲の終息と共に私達は地上に顔を出す。

 

魔法陣は、3つに分裂していた。

 

「ミニ八卦炉は山一つを焼き払う。ガス欠狙いなら七々の四十九日は火に耐えて貰うぜ?」

 

「んな無茶な....」

 

八卦の角盤は、名をミニ八卦炉というらしかった。それが私の知るもの(八卦炉)と同様の性能をしているのであれば、本格的に勝ち目が──

 

....いや。

 

「ルーミア、目を瞑っていて下さい」

 

私は最後の魔法を起動し、ルーミアを抱いたまま魔理沙に向かって突進する。

 

「遅いな、遅すぎるぜ、それは」

 

当然ながら、魔理沙に届く事はない。3つの極光は私達を襲い、そして....()()()()()

 

「....ああ?」

 

八卦炉。それは西遊記にて太上老君が孫悟空を焼き殺す為に使った炉の名前だ。金鉄にして不死身の孫悟空さえも灰燼に帰す八卦炉の炎。しかし孫悟空は風の領域(巽宮)に潜り込む事でこれを凌いだという。

 

私達の周囲には、風が吹いていた。奇跡論的に創造された事を除けば、それは単なる風でしかない。恐るべき極光に対抗する力などはない。だが、それでも、低現実性(ヒューム)領域において、()()()()()()()

 

「ルーミア、闇を!」

 

「ん」

 

ルーミアを下ろす。簡潔な要請に答え、完全な暗闇が周囲の領域を支配する。

 

「そいつは....悪手だ」

 

魔理沙はカードを取り出し、それを砕こうとする。満ち満ちた黄金のエネルギーは、カードが周辺の尽くを破壊しうる力を持っているのだと示していた。使()()()()、だが。

 

「うおっ....!?」

 

魔理沙の下へ到達した私は、彼女の腕を叩き伏せる。結界によって身体を護っているらしく有効打とはならないが、衝撃によってカードが落ちる。この場において唯一、風によって灼かれた火眼金睛(VERITAS)のみは世界の構造を認知していた。

 

魔理沙は箒によって私を殴り付けようとするが、当てずっぽうに放たれた攻撃に当たるような訓練は積んできていない。

 

「お前、まさか見えて──」

 

彼女の鳩尾に正拳を叩き付ける。破壊のバックラッシュを込めたそれは、相乗効果によって彼女を覆う結界を破壊する。苦悶を浮かべ、彼女が蹲ろうとした瞬間。手を広げ、その胸元を掴む....背を向ける。浮遊、そして、落下。光輝の大魔法使いは背負い投げによって全身をしたたかに打ち付け、意識を失った。

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