「....勝っちゃった」
「勝ちましたね」
私達は、魔理沙との戦いに勝利した。しかしルーミアは実感が湧かないようで、倒れた魔理沙をぼうっと見ていた。
「ここから妖怪10本指になって襲い掛かってきたりしない?」
「代表となる特徴が悲しすぎません? 私達みんな10本指ですよ」
「そっかぁ....えへへ」
彼女は嬉しそうに抱き着いてくる。なんとも可愛らしい行動だが....くらりと視界が揺れ、私は尻もちをついてしまう。
「....? どうしたの?」
「失礼、血が足りないようで....」
血液は1日や2日で回復するようなものではない。貧血による気絶から回復した直後に血液を消費すれば、当然ながら貧血の悪影響も再発する。
「私の血、いる?」
彼女は口を開け、自分の指を近付ける。これは....自分の指を噛み千切るという事だろうか。いきなり行動が怖すぎる。
「いえ、大丈夫です。私は吸血鬼とかではないので....」
「人間は血を飲まないの?」
「トマトジュースと血ならほぼ確実にトマトジュースを選ぶ感じです」
「うーん」
ルーミアは少し悩んだ後、ぽんと手を打つ。何か閃いたようだ。
「私は自分の血を飲んだ事がない」
「まぁ、普通はそうでしょうね」
「もしかしたらトマトジュース味かも」
「か細い希望だなぁ....!」
そこまでして自分の血を飲ませたいものだろうか。私の事を心配してくれているのは分かるのだが....
「じゃあ、膝枕する?」
「血と膝枕って同じラインに存在してるんですか?」
「うん」
まさかの肯定にびっくりしてしまった。もうちょっと自分の血を大事にして欲しい。しかし彼女は、沈黙を否定と見なしたのか、寂しそうに言う。
「膝枕も、要らない?」
「....それはお願いします」
私の身体は明らかに休息を欲していた。彼女の膝枕の上で休めるのなら、それは.....つまり....人間工学的に最善だ。人間工学的に。
・・・
戦闘の終結から少しして、魔理沙は目を開き、ムクリと起き上がる。
「起きたー」
「....空を飛ぶ夢を見てた気がする」
「魔女の軟膏でも使ってました?」
「おいおい、クスリを使わずとも空くらい飛べるぜ、私は」
彼女は自分の手足を確認して、私に問い掛ける。
「あれだな、そこの人喰いに齧られてないのは良しとしよう。だが、縄の一本も巻かないなんて捕虜に対するもてなしが足りてないんじゃないか?」
「あなたをもてなすのに充分な縄なんてどこを探してもありませんよ」
「なんだ、よく分かってるじゃないか」
彼女はニヤリと笑う。起き上がり、服の埃を叩く。その口調はあくまでも友好的だ。初対面においては拗れた....というより、ほぼ当たり屋的に戦闘を仕掛けられたが、やはり本気で殺すつもりはなかったらしい。
「まあ、私が死んでないとこを見るにお前たちは虐殺の主犯ではないみたいだし....やれやれ、また探し直しだな」
「それは無駄な努力でしょうね。村を襲っていた脅威はとっくに壊してしまいました」
「壊した?どういう事だ?」
彼女は怪訝そうに尋ねる。恐らく、幻想郷にあのような
「マジックアイテムとでも言うべきでしょうか。邪悪な力を持つそれが、村人達を操っていたんです。破壊する事には成功しましたが....村人達は倒れ、記憶を失ってしまいました。記憶と仲間を失った村人達が村の中で妖怪を見たとしたら....どうなるかは、火を見るよりも明らかでしょう?」
「退治されそうになっちゃった」
「なんだ、お前たちも"こっち側"だった訳か。そいつは災難だったな」
納得したらしい魔理沙の話に、とりあえず頷いておく。"こっち側"が何を意味しているのかは分からないが、この辺りは案外フィーリングでなんとかなる。
「ええ、まぁ、そうですね。ところで私達は大きな人里を目指しているのですが、もし宜しければ災難ついでに案内して貰えませんか?」
「この幻想郷で人里に案内? おいおい、もしかして外来人か? こっち側も何もないじゃないか」
しまった全然フィーリングでなんとかならなかった。
「案内するよー?」
それはちょっと、今度こそ遭難する未来が見える....
「嘘を付いてすいません、普通に外の人間です。幻想郷についてはまるで無知なので是非人里に案内して頂けると....」
「私のような真性の善人には手酷い仕打ちだぜ。まぁ、貸し三つで案内してやってもいいが....そこの宵闇妖怪はどうするんだ?」
「必ずしも定住するつもりはありませんが....ううん、二人で人里の外縁に住むという形でなんとか....?」
「そいつは名案だな。1日試してみたらどうだ? おっかない巫女が戸を叩いてくるだろうが」
「うっ──」
やはり最善は野宿だろうか。しかし、魔理沙はどうも他の選択肢を知っているようだった。
「本気で妖怪を連れて行くつもりなら、せめて使い魔だと分かるようにしろ。首輪を付けるとか....」
「それは流石に....」
絵面としてもかなり危ないが、それ以上にルーミアの意向を無視し過ぎている。自らを下に置くことは彼女自身が望まないだろう──
....ルーミアの手が前に垂れる。
「わん」
「ここまで情報量が濃い鳴き声は初めてですよ私」
どうやら全然良いらしい。いやしかし、問題はそれだけではない。
「首輪を付けたとしても、暗闇に包まれていればそれは見えませんし....やはり、人里に住むのは難しいのでは....」
「陽の光を我慢すればいいよ」
「それは大丈夫なんですか?」
「陽の光は"嫌い"。死にはしないし、それに──」
ルーミアは優しく微笑む。
「嫌いより大好きなあなたの方が大事」
「....」
あんまりにも健気な発言に心臓が掴まれる。これからもこの好意に晒され続けるという事実は、何故かとても危険なものに感じた。
「あー....責任は取れよ?」
「誤解です」
魔理沙はルーミアの太腿に頭を乗せたままの私をじっと見る。
「ええっと、私が何に対して誤解してるって?」
「....誤解です」
....こればっかりは血が足りないのだから仕方ない。
・・・
魔理沙の魔法によって体調と傷を癒やした私とルーミアは、不服にも使い魔と使役者という形で人里へ向かう事になった....のだが。
「おいおい、ちょっと待て、あれだけ戦えるくせに空は飛べないってのか?」
「逆にお二人はどうしてそんな簡単に空を飛べるんですか....?」
どうやら魔理沙は空を飛びながら案内を行うつもりだったらしい。奇跡論上において飛行は不可能ではないが、今の状態でそのような奇跡論を行使したらまず確実に倒れる。当然、飛行どころではない。
「──ったく、しようのないヤツだな....ほら、ここに乗れ」
魔理沙は箒に跨ったまま、後ろを指差す。二人乗り、という事だろう。
「天戸を後ろに? ええー?」
「人を抱えたお前が私より早く飛べるならそれでも良いんだぜ?」
「ぐぅ」
「ぐうの音は出ましたね」
魔理沙はルーミアの意見を一蹴し、箒の後ろに乗るように促してくる。選択の余地はないようだ。
「しっかり掴まれよ。ん....それでいい」
私は魔理沙にぎゅっと掴まり、空へと飛び立つ。重心がズレてひっくり返らないものかと心配していたが....どうやら飛行中はベクトルの掛かり方も変化しているらしい。意外にも、空の旅は快適そのものだった。
「....凄い光景ですね」
空から見た地上の光景に、私は素直に感動していた。自分で空を飛べない訳ではないが、実際に空を飛び、ましてや風景を楽しめるかというのは別の問題だ。私達の世界では人が飛べば如何せん目立つ。運悪く人々にその光景が目撃されてしまえば、フライングヒューマノイド辺りにでも認定され、ヴェールへの危機を齎す事になる。
だが超常に満ちた幻想郷において、そのような事を考える必要はないのだろう。異常が許容される楽園....凄まじい力を持つ実体群がこの幻想郷へと留まる理由が、少しだけ分かったような気がした。
「なんだか子供を相手にしてる気分だ。おしゃぶりでも要るか?」
「私がそれを必要としていたら多分手遅れなので殺して下さい」
「火葬をご所望なら、私の葬式は高く付くぜ、一先ず全財産をいただこう──」
「死人に口なしだなぁ....」
魔理沙はケラケラと笑う。こうしていると、彼女は思っていたよりも気のいい人物だった。必然的に、彼女自身についての興味が湧いてくる。
「そういえば魔理沙さん」
「なんだよ、随分と他人行儀じゃないか?魔理沙様と呼んでくれて構わないぜ」
「魔理沙さんも今から向かう人里に住んでいるんですか?」
「100点の回答に0点の疑問だな。残念ながら住んではいない....実家を勘当されてるんだ」
「あぁ....それは....すみません」
当たり障りのない質問のつもりだったが、まずい事を聞いてしまったかもしれない.....しかし目の前の少女が気にする様子はない。
「いや、待て待て、そんな大した事じゃない。飛び出して行ったのは私だし、今住んでる魔法の森は魔法使いにとっては随分と居心地のいい場所だからな。勘当されてからの方がいい暮らしをしてるくらいだ」
「....なるほど。魔法の森....是非一度行ってみたいですね」
「貸し一つで案内してやってもいいぜ」
「合計四つかぁ....そろそろ魔理沙さんに逆らえなくなりそうだ....」
「しかし──」
魔理沙は悪戯っぽく笑う。
「なんだかいきなり私の事を聞き始めたな。もしかして私にもコナをかけようって魂胆か?」
「この状況でコナをかけるとか最早英雄の所業ですよそれは」
「やっぱり村一つ救った英雄サマは違うな」
「私を英雄に当て嵌めてコナ掛け野郎に仕立て上げようとしてます?」
「コナ....?」
「──おっと。もしかしてあれが人里でしょうか」
あまりよろしくない単語に興味を持ったルーミアを遮るように、私は遠方に浮かび上がる輝きを指し示す。VERITASが視る限りにおいて、それは村というより数世紀も前の時代の大きな町のようで、懐古趣味を疼かせる不思議な魅力を放っていた。