SCP財団:幻想部門   作:鮫肌猫

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■■■■入門

「ここにあるの?閑古鳥の妖怪が居るんじゃなくて?」

 

「地図上ではその筈ですが....」

 

闇球と共に、私はずんずんと道なき道を進む。人里においてルーミアがこの形態になるのはあまり望ましくないが....人里と呼べるような場所は、とっくに通り過ぎている。

 

というのも、掲示板を確認した後に、私達は魔法の森の入り口にまで足を運んでいた。魔理沙に案内してもらった訳ではなく、掲示板に書いてあったものだ。香霖堂という店舗はそこに建っているらしい。

....そう。私は真っ当な仕事が乱立する中で、自ら奇っ怪な求人に飛び込むことを選んでいた。

 

興味を引いたのは"マジックアイテム・希少品・外の世界の産物などを含むありとあらゆる道具を扱う"という1節だ。どうやら、このような店は幻想郷において香霖堂の他にないらしい。

 

人里に住まう事を目標とした理由でもあるが、情報収集は異常存在の確保に欠かせない。香霖堂で得られる幻想郷のあるゆる道具についての知見は、異常存在の確保において大いに役立つだろう。おまけに自力で魔法の森の場所を知っておけば、魔理沙への借りも一つ少なくて済む──

 

「....どうも、閑古鳥の妖怪"は"居なさそうですね」

 

「雨だー」

 

魔法の森の入り口に、香霖堂は確かに存在していた。しかし雲一つない快晴の中で、奇妙な事に香霖堂の周囲にのみ激しい雨が降っている。逡巡する必要もない。それは、明らかな異常現象だった。

 

「なるほど、傘が必要というのはこういう....」

 

傘を差し、聖者が云々のポーズをしているルーミアに寄せる。

 

「....?」

 

「いや、不思議そうな顔をしないで下さい。濡れたら不味いでしょう?」

 

「人間も水を浴びてるのに」

 

「うーん、水分平等主義者」

 

彼女はまるで雨を気にしていないようだった。人里と関係していない分、傘の概念もないという事だろうか。しかし彼女はそれが密着の理由になると知るや否や、私ごと抱き寄せる。雨に濡れる事はないが、このままでは二人一組の闇の怪物と勘違いされないか心配だ。

 

「ごめんください」

 

「くださーい」

 

VERITASによって、売り場に店員らしき男が立っている事は確認していた。洋服とも和服ともつかない奇妙な服を着用し、眼鏡を掛けた白髪の男だ。扉を開き、その為にあるらしい布の上で傘の水を落としながら、なるべく人当たりよく挨拶を行う。

 

「....ふむ」

 

「──僕も長い間この商売をやって来たけれど、闇そのものが客になるのは流石に初めてだな」

 

ああ、やっぱり勘違いされている。私は一歩横に逸れ、闇の中から顔を出す。

 

「すいません、中の人一号の天戸です。求人を見て訪問しました。店主の森近霖之助さんでしょうか?」

 

「私は中の妖怪一号?」

 

「如何せん彼とは初対面なので外の妖怪一号になってくれると嬉しいですね」

 

「そうなのかー」

 

彼女は思いの外簡単に闇を消滅させる。家の中であればそこまで抵抗はないようだ。或いは、天候の問題か....

 

「採用」

 

「えっ」

 

あまりにも早い鶴の一声に呆気に取られてしまう。今の所私はただ敷居を跨いだだけなのだが。

 

「その、採用の試験などは....?」

 

「言われた通り傘を持参し、入り口で水を落とし、妖怪を従える実力がある。この幻想郷にあってこれ以上の人材を望むなら最低でも一年は必要だろうね」

 

「....ええっと、妖怪を従えている以外の要項は全て当然の事なのでは?」

 

「本当にそうなら良いんだけど」

 

辟易した様子の彼を見るに、どうやら私は本当に希少らしい。ちょっと幻想郷が恐ろしくなって来たが、採用される分には喜ばしい事だ。あまりにも簡単な第一関門の突破を喜びながらも

ふと広がった視野に興味深い"商品"の数々が映る。

 

「....あれは....()()()()()()()?」

 

「──」

 

その瞬間、霖之助の瞳がキラリと輝く。なんだか非常に既視感がある。具体的には、どこぞの大魔法使いが同じような目をしていたような──

 

「ほう、コンピューターを知っているのかい? 何処でその名前を聞いたのか、興味があるね」

 

....好奇心に満ちた瞳だ。私は何度同じ間違いをすれば気が済むのだろう。

 

「そんなに大した事ではありませんよ。道具屋で働く訳ですから、道具の名前を勉強するのは当然です。霖之助さんがそうであるように....」

 

「同じ....同じか」

 

彼は徐ろにコンピューターに触れる。

 

「名称はコンピューター。用途は多様であり、情報伝達に特化している。外の世界の式神であるが、"名が体を表し"、"パターンを創る事で心を道具にする"普遍的な式神に相反し、元となる姿が存在しない。これは元々、単なる道具として開発されている。つまり恐らくは、"パターンを創る事で道具を心にする"、付喪神に似た形質を持っているものと推察できる。コンピューターには15を最大とする進数法が使われている。十五夜が満月を示すように15とは古来より"完全"を意味する数値であり、恐らくこの式神は月の魔力によって稼働する──」

 

彼は突如としてコンピューターについて語り始めた。用途と名称以外のほぼ全てはまるで的外れであり、その乖離には疑問を感じるが....何故か、私は間違いの中に底知れない智慧を感じ取る。それは、アリストテレスが自らの理論において間違いながらも偉人として数えられるように、思考を止めなかった事に抱くフィロソフィア(知を愛する者)への畏敬だ。彼は解説を終え、こちらを向く。

 

「──以上がコンピューターに対する僕の理解だ。少なくとも、用途と名前については間違いない。なぜなら、僕は"道具の用途と名前が分かる程度の能力"を持ち合わせているからね」

 

「....」

 

「ちなみに、この名前を知っているのは僕と常連客くらいのものだ。もしも常連客から聞いたのなら、是非その親切な誰かの名前を教えてくれ。君のような賢明な人間に求人を紹介した礼をしないといけない」

 

彼は....どうやら、私が外来人である事をとっくに確信しているようだった。私は早々に言い逃れを諦める。

 

「....その必要はないでしょうね。外の世界ではコンピューターの存在は常識ですから」

 

「よし、給料は2倍とする」

 

「時価で!?」

 

時価が2倍になる事には本当に意味があるのだろうか。まぁ、損ではないが....

 

「その代わり外の世界の叡智を是非僕に教授してくれ。勿論、コンピューターについても。この風変わりな式神には大いに興味があるんだ」

 

....どうやら仕事が増えるらしい。私は特に意味がない事を知りながらも、助けを求めるようにルーミアの方を見る....居ない。

 

「ん、私じゃないよ」

 

彼女はいつの間にか近くの席に座っていた人々の輪の中に収まっていた。

 

「話し合いの時間を終了し、投票に移るわ」

 

三色のドレスを着た大人びた女性が、そう宣言する。どうやら何らかのゲームをしているようだ。人狼ゲームだろうか。

 

「人間だと思う相手に投票して」

 

人間ゲームだったらしい。座っている人々をよく観察してみると、その内の一人の背中と耳に当たる部分から羽根が生えている....

 

もしかして全員妖怪?

 

 

 

・・・

 

 

 

妖怪達と人間ゲームに興じ始めたルーミアはさておき、私は霖之助さんから仕事のイロハを学び始めていた。どうやら彼は新人教育の一環として外の世界を知ろうとしないだけの理性を持っているらしく、仕事への理解を極めて速やかに終える事が出来た。つまり、難しい事は何もない。主要業務は店舗と商品の清掃。そこに警備の仕事が付いてくるだけだ。

 

「....ふむ、これだけの数のコンピューターを清掃するとなると中々手間がかかりますね」

 

「そうだろう。正直、外の世界の人間は外面に拘らなすぎじゃないか?」

 

「こうして掃除をしていると中々反論し難いなぁ....」

 

一つの陳列棚につき一つ商品を置くこの高級志向には大いに感謝しなければならないだろう。複雑な機器を山ほど清掃するのは流石に面倒臭い。

 

さて、コンピューターを清掃し終え、次の商品に移る。それは、不気味な像だった。極度に目が強調されたヒトガタが首を捻り、頭を抱えながらこちらを見ている。

 

「なんだか不気味ですね....霖之助さん、この像

 

 

 

 

商品の清掃を終えた私は、霖之助さんから飲料を受け取る。瓶にはコーラと書いてあるのが見て取れる。まさか、幻想郷にまで進出していたのか?

 

「これってコーラですよね?」

 

「ああ、やっぱり知っていたか。外の世界から箱ごと流れ着いてね。こうした甘露は希少だが、今回は数が数なもので扱いに困っているんだ」

 

なるほど、それなら納得だ。しかしコーラのイラストはどうも一般的なものと違う。限定版の類いだろうか。だとしたら、外の世界の基準でもかなり貴重品な気がする。

 

「さて、貴重な甘露を開けた君にそろそろ最後の仕事を頼みたい....つまり、求人は見ただろう?」

 

求人に、本題。その二つから、彼が何を言いたいのかは概ね理解をしていた。

 

「"黴の妖精"の件ですね?」

 

「ああ。梅雨は黴雨とも呼び、即ち黴の妖精は梅霖の妖精と言いかえられる。その力については、君が香霖堂に訪問した時に味わった通りだ」

 

「なるほど、あの奇妙な雨はその妖精の仕業だったと....」

 

「以前にも同様の事態があったが、放置していると面倒な事になる。恐らくは、屋根裏に潜んでいるんだろう。追い払ってくれるかい?」

 

恩を売ってから大きな頼みごとをする辺りは流石商売人というか、中々にちゃっかりしている。しかし、裏を返せば私であれば恩を無碍にはしないであろうと評価されているとも解釈出来る。勿論、断るつもりはない。

 

「ええ、やるだけやってみます──」

 

 

 

・・・

 

 

 

香霖堂の屋根裏。充満する黴の臭いは黴の妖精によるものなのか、このような環境だから黴の妖精が住み着いたのか....適当に積まれた品々からして、多分後者なのだろう。

 

「....妖精らしい方は見つかりませんね」

 

私自身、幻想郷における"妖精"という存在への理解は浅い。知っている事と言えば空を飛ぶ能力がある事、そして少なくともルーミアと会話を交わす能力はあるという事くらいだ。もしも数センチ程度の大きさだとすれば、見逃している可能性も充分にあり得る。

 

「あー....妖精さん。ケーキをあげるので出てきてくれませんか?」

 

「ほ....ほんとぉ....?」

 

物陰から、陰気な雰囲気を纏った少女が現れる....本当に出て来てしまった。

 

「すいません、嘘です」

 

「そんなぁ〜....」

 

崩れ落ちる少女の周囲にぱらぱらと白い粉が舞う。一見して美しくも見えるが、あれは....

 

「あなたが黴の妖精ですか?」

 

「は、はいぃ....」

 

おどおどと怯えて縮こまる少女を見ていると、かなり追い出しづらいが....店が大いに迷惑している事に間違いはない。私は心を鬼にして言う。

 

「あなたが此処に居る事でこの店の周りでは雨が降りしきり大変な事になっているんです。よろしければここから離れて欲しいのですが....」

 

「....よろしくないです....」

 

「よろしくないかぁ」

 

「だ、だからあなたを、追い出しますね....」

 

黴の妖精は白い粉を収束させ、球体を生み出す。どうやら思っていた以上に好戦的らしい。しかし、武力に訴えるというのなら....申し訳ないが、好都合だ。

 

妖精が放った球体を避け、突進する....反応が遅い。彼女が次の攻撃に移るよりも早く、足を払い、地面に押さえ付ける。

 

「ひぃぃっ"....」

 

一瞬で制圧され、怯えきった少女に、私はあくまでも微笑みかける。

 

「ここから離れてくれますか?」

 

 

 

・・・

 

 

 

黴の妖精を追い出した私は、霖之助さんから"時価の2倍"の給料を受け取り、幻想郷での初仕事を終えた。正直、時価の部分は非常に心配だったが....実際に彼から受け取った給料はかなりの額だ。妖精を追い出した分の上乗せもあるだろうが、この仕事は大当たりと言って良さそうだった。

 

「お仕事はおしまい?」

 

私の事を待っていたらしいルーミアが、妖怪の集まるテーブルから離れ、こちらに飛んでくる。後ろからは羽根を生やした少女が付いてきていた。

 

「へえ、あんたがこの子の....飼い主?」

 

その少女の声は、何故か聞き覚えがあるように思えた。しかし投下された話題が話題だけにあまり気にしている暇もない。

 

「ううん、その言い方は本当に危険かと....」

 

「でも、首輪を付けてるわよね?」

 

「....」

 

ルーミアは首輪を大層気に入ったようで、渡してからは常に身に着けていた。人間の里の外でも、だ。その上、当のルーミアは....

 

「わおーん」

 

「なんか狼にランクアップしてるな」

 

この有様である。ルーミアとの関係への誤解を解くのは大分難しそうだ。

 

「ねぇ飼い主さん。あんたは焼鳥って好き?」

 

「嫌いではありませんよ」

 

突拍子もない話題に疑問を感じながらも、私は自然体のまま答える。しかし彼女は、不穏な笑みを浮かべて私に近付く。なんだろう、圧が凄い。

 

「食べたんだぁ。鳥肉を、ねぇ?」

 

「....えっと、その....」

 

私はその少女が持つ鳥の羽をもう一度見て、自らの失敗を悟る。彼女が鳥に関連する妖怪なのだとすれば、鳥肉を食うことは人間視点の人食いと同一なのかもしれない。

 

「....私の指とかって要ります?」

 

とりあえず自分の指を犠牲に事を収めようとすると、横からルーミアが抱き着いてくる。

 

「駄目だよ、天戸の肉は私の....私が食べる」

 

どうやら私の指が犠牲になるのはやっぱり確定事項らしい。哀れにも姿を消す事になる指の葬式を心の中で済ませていると、鳥の羽を持つ少女がケラケラと笑い始める。

 

「あはは、冗談冗談。私だって人間を食べてるし、そんなことで怒らないよ....焼鳥を撲滅しようとしてるのはほんとだけど」

 

平然と暴露される人食いに恐怖を感じないと言えば嘘になるが、ルーミアの例もある。それに、どちらかというと焼鳥撲滅の方が気になる。一体何をしているんだ。

 

「ふむ、撲滅というと....?」

 

「すごく美味しい八目鰻屋を出して皆に焼鳥以外の良さを知ってもらうの」

 

「ああっ、健全....」

 

かなり理性的な手段に驚きを隠せない。幻想郷の妖怪は少女にしか見えない姿も含めて、なんとも不思議だ。そういえばルーミアが八目鰻屋の話をしていたが、もしや彼女の屋台の事なのだろうか──

 

 

 

その後、私達は雨の止んだ香霖堂を後にし、遮光されたテントにて1日を過ごした。夜、首輪を付けたまま同衾し甘えてくる可愛らしい少女の姿を見て、私はまた速やかに金を稼がなくてはならない理由を想起する....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かを忘れている気がする

 

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