皆様の暇潰しになれば幸いです。
感想、評価、誤字報告ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
禁書庫の中に響くのは、ページを繰る乾いた音と、時折鼻から抜けるため息だけだった。
膨大な知識の海を前にしても、五条悟の六眼は飽きることなく文字を追い続けている。もっとも、夜を徹して読みふけっていたせいで、かなりの時間が経っていることに気づいた。
夜更けに開いた禁書庫は、時間が経っても変わらぬ静寂と有無を言わせぬ荘厳さを知らせる。五条は本を閉じると、軽く肩を回した。
「...もう朝か、少し夢中になりすぎたかな」
この一夜だけでも、得たものは山のようにあった。マナの事、世界の事、そして魔法の事。
異邦の知識を浴びるように吸収して、気づけば夜は明けていた。
積み上げた断片は確かに彼の中で繋がりつつある。だがそれと同時に、頭の隅に引っかかるものがあった。
(......スバル。あのまま放っておいて大丈夫か)
彼の体調が万全でないことは、昨夜一目でわかった。気にならないはずがない。
一度区切りをつけ禁書庫を後にする決意を固めたその時、視線の先で巻き毛の少女が本の影から現れた。
「どこへ行くつもりなのよ」
傍らに立つベアトリスが視線を向けてきた。相変わらずの、退屈げで気怠そうな眼差しだ。
冷ややかというより平坦な声に、五条は肩を竦める。
「ちょっとね。友達の様子を見てこようかと思って」
「......ふん」
ベアトリスはそっぽを向いた。だがその態度の裏で、五条の胸の内には一つの思いが芽生えていた。
「その前に一つお願いがあるんだ。さっきの弟子入りの話、マジで受けてもらえないかな?」
空気が張り詰める。
五条の真剣な声音に、ベアトリスはぱちりと瞬きをした。
「...たしかに、お前の適正である陰魔法を学ぶならベティーは適任中の適任かしら。でも、ベティーはそこまで暇じゃないのよ。ましてやニンゲンのために時間を割くなんて――」
「わかってるさ。でも僕にとっては重要なんだ。どうしても知りたい。君の専門である“陰”の魔法もね」
五条は一歩近づき、穏やかな笑みのまま視線を合わせる。
黒い目隠し越しでもわかるのは、理性と決意。
ベアトリスはしばらく沈黙した。組んでいた腕を解き、ため息を吐く。
「...まぁここで会ったのも何かの縁なのよ。いいかしら、その心意気を買ってお前に魔法の何たるかを教えてやるのよ。ただし、二つ条件があるかしら」
「いいね、聞こうじゃないか」
「一つ。ベティーが暇な時しか教えない。二つ。教える度にお前からマナを徴収する。これで納得しないならベティーから魔法を教授するのはあきらめるのよ」
五条は笑みを崩さず、即座に頷いた。
「了解。十分だよ。それなら僕は“先生”に弟子入りするってことで」
「――ッ」
その一言に、ベアトリスの心がかすかに震えた。
思わず視線を逸らし、指先を胸の前でぎゅっと握る。
“先生”
忘れられない記憶を突き刺す言葉。
かつての関係性。自分を導いてくれたはずの人。そして、どうしようもなく失ったもの。
胸の奥底に隠していた後悔が、じわりと顔を出す。
「......?」
五条はその小さな変化を見逃さない。
「どうしたの?」
「...なんでもないのよ」
この白髪目隠し男は、どうにも自分の過去を刺激する要素が多いと評価しつつ、ベアトリスは鼻を鳴らしくるりと背を向けた。
心の揺れを悟られぬように。
五条はそれ以上追及せず、にやりと笑って軽口に変える。
「それじゃあ、これからもよろしく頼むよ、”先生”?」
五条は手をひらひら振り、禁書庫の扉へ歩を進める。
光を通さぬはずの扉が音もなく開き、差し込んだ朝日の光が二人の間を満たした。
その鮮烈な光を浴びるベアトリスの視線は五条悟に向けられており、その瞳は数多の感情が綯交ぜになった色に満ちていた。
*
廊下に出ると、朝の光が屋敷を包んでいた。
外から差し込む眩しさに思わず目を細める。
徹夜で本を読み続けたせいか、光の粒子がやけに鮮やかに見える。
「さて、と。スバルはどこにいるんだろう」
廊下に出てみても、昨夜禁書庫に入った扉ではなく、五条自身も来たことのない場所に出ていた。
そしてこの果てしなく広い屋敷――スバルを探すのに苦労が確定した五条は、少しため息をつきつつ長い廊下を歩いていく。
しばらく進むと、騒がしい声が耳に届いた。
「...お、ようやく見つけたかな?」
声のする方へ向かうと、扉が開け放たれた部屋があった。
五条は軽くノックもせず、音の主を確かめるように中を覗く。
「馬鹿な...この世界には、メイド服が存在するっていうのか!」
「大変ですわ。今、お客様の頭の中で卑猥な辱めを受けています、姉様が」
「大変だわ。今、お客様の頭の中で恥辱の限りを受けているのね、レムが」
「俺のキャパシティを舐めるなよ。二人まとめて妄想の餌食だぜ、姉様方!」
「お許しください、お客様。レムだけは見逃して、姉様をお使いください」
「やめなさい、レム。お客様は姉より妹のほうが好みみたいよ」
「超麗しくねぇな、この姉妹愛! お互い売るとか、そして俺は超悪役か!」
部屋の中には、昨日顔を合わせた双子のメイドと、彼女たちに見事なまでの不純発言を連打しているスバルの姿。
まるで舞台の即興劇のように、レムとラムは息を合わせては棒読み気味に「きゃーこわーい」と声を上げ、手を取り合って逃げる。
そして、スバルがベッドから飛び出して追いかけ――その瞬間、扉のそばに立つ五条に気づいた。
「......朝から元気そうで何よりだね、スバル」
低く静かな声に、スバルがびくりと動きを止めた。
メイド二人も足を止め、三人の視線が一斉に五条へと向く。
「ご、五条さん!? いやこれは違うんすよ! 誤解! マジで誤解っす!」
「どう見ても誤解しようがない現場だけどね」
五条は苦笑混じりに肩を竦めながら、部屋に入る。
「昨日あんな状態だったからさ、少し心配して見に来てみたんだけど...」
軽く顎に手をやり、部屋を一望する。
双子のメイド、そしてテンション全開のスバル。
「...まったく、元気そうでなによりだよ。おかえり、スバル」
その言葉に、スバルは一瞬きょとんとしたあと、照れ隠しのように頭を掻いた。
「へへっ、まぁこの通りっすよ。体も元気、心も元気、下心も元気です!」
「三つ目いらない」
五条の即答に、レムとラムが同時にくすりと笑う。
「朝から賑やかですね、お客様。静かにしていただけると助かりますわ」
「ほんとね。お客様の声が屋敷中に響いてたわ。騒音としては合格よ」
「いや、その評価どういう基準!?」
スバルの抗議に、ラムは淡々と視線を逸らす。
その仕草に、五条は小さく笑みを漏らした。
空気は完全にいつものスバルのペースに戻っている。
五条は心の中で小さく息を吐いた。
(......無事でよかった。本当に)
ただそれだけで、少し肩の力が抜けた気がした。
騒がしい声が再び部屋に満ちる。
ふと足音が聞こえて振り返ると、そこには銀髪の少女――エミリアがいた。
物音を聞きつけて部屋に来たのだろう。
五条の姿を確認した彼女は、ほっとしたように微笑んで小走りに駆け寄ってくる。
「サトル! 体の調子は大丈夫? 昨日はすごく疲れてそうだったから...」
「あぁ、その点はご心配なく。この通り、一晩寝たら元気ピンピンさ。心配かけてごめんね」
エミリアは安心したように胸に手を当て、柔らかく笑った。
その笑顔を見て、五条の頬にも自然と笑みが浮かんだ。
「スバルも無事に目が覚めてよかった...でも、これはいったいどういう状況?」
「聞いてくださいエミリア様。あの方に酷い辱めを受けました、姉様が」
「聞いてちょうだいエミリア様。あの方に監禁凌辱されたのよ、レムが」
「あなたたち二人にそんな悪ふざけ...スバルはしないなんて言いきれるほどは知らないけど、きっとやらないって信じてるもの。あんまりからかいすぎないの」
「「 はーい、エミリア様。姉様(レムも)も反省しています(いると思う)わ」」
「...使用人なんだよね? この世界ではメイド服が高貴の証だったりする?」
メイド二人の反省のなさそうな返答と歯に衣着せぬ物言いに、自分の常識を疑いたくなる五条だが、エミリアは特に気にしていない様子なのでこれがこの屋敷の常識なのかと納得した。
「それでスバル、体は大丈夫? どこかおかしかったりしない?」
「ん、あぁ、特に傷はついてなかったし、五体満足ばっちりだよ」
「それなら、私と一緒に散歩でもする?」
「散歩? ......ってなにすんの? 庭園を眺めたりするの?」
「ちょっと違うかな。精霊とお話しするの。毎朝、触れ合ったり話したりするのが契約条件の一つだから」
「精霊と...か。んじゃ、リハビリついでにご一緒しようかな。エミリアたんが精霊トークしてる間、いろいろちょこまかしてるよ」
「大声で騒いだりしなければ...え? いまなんて言ったの?」
散歩と精霊とのお話という異世界の目新しさと好きな子と一緒にいれるという魅力的な提案を受けたスバルは二つ返事で受ける。
エミリアは自身の独特の愛称に困惑しているようだ。
スバルとエミリアが駄弁っている中、五条は二人を邪魔しない程度に自然にフェードアウトする。
「んじゃ、二人とも朝の再会でも楽しんでてよ、僕はここらへんで」
「あら、そう。サトルもよければ誘おうと思ったんだけど...」
エミリアから友愛を込めた視線を向けられるが五条は軽く手を振って断る。
「若人の青春に僕みたいなのはお邪魔だし、それに僕は僕でやることがあってね。少し、体を慣らしておくよ。昨日からどうも、内側の“流れ”が落ち着かなくてね」
「......無理しないでね?」
エミリアは心配そうに一言添えると、スバルを連れて廊下の奥へ消えていった。
五条はその背中を見送り、静かに息を吐く。振り返って姉妹のメイドに目を合わせると、
「突然で申し訳ないんだけど、ここってお風呂ある? 昨日はもう泥のように寝落ちしちゃってね。無理ならいいんだけど」
「「お客様、それならば、大浴場がございますわ」」
「それならよかった、あとは服の用意とかもできる? ほら、この通り汚れちゃってるからさ」
五条の服は渋谷から変わっていないため、黒で目立たないものの改造人間を処理した時の血が付いたままであり、いい加減おさらばしたいところであった。
「姉様、ずいぶんと図々しいお客様でございますね」
「そうねレム、ずいぶんと要求が多いお客様だわ」
「ほんとにこれが普通なの?」
続くメイド姉妹の物言いに振り回されつつも、五条はついていく。
入浴が済んだ後は、
「僕の”無下限”について、少し確認してみるかね」
*
渋谷から異世界での一連の騒動の汚れを浴室で落とした五条は真新しいワイシャツに着替え、目隠し代わりの応急処置として包帯を巻きつつ、タオルで髪を拭きながら静かに息をついた。
屋敷の空気は清潔で、どこか柔らかな香草の香りもする。しばしのチルタイム、だが五条にはやることがある。
「...んじゃ、試してみるか」
静寂が支配する部屋で包帯を一部取り払うと片目のみ六眼が露わになる。
”蒼天を閉じ込めたような色彩の、すべてを見透かす”瞳、この場にだれかいれば思わず美しさと威圧感で押し黙るような瞳だが事この場においては何も起こらない。
しかし六眼を開いたことで五条の視界はより鮮明に、より研ぎ澄まされていく。
視界のノイズが増強されることにより比喩抜きに眼球が熱くなるのを感じるが五条は観測をやめない。
「...呪力操作はかなり回復したね、やっぱりマナと体系がごっちゃになってたからであって、識別できるようになってからならいける」
「...ただ、やっぱり“流れ”が違う。マナは...生きてる、か?」
視界の奥で、世界の構造が静かに姿を変える。
制御されていない呪力特有の澱み、揺蕩うようなものとはまるで違う、柔らかく、意思を持つかのような“光”が空間中に漂っていた。
六眼はそれらをすべて捉える。
当然情報量が桁違いであり、視界が白く霞む。
「さて、問題は術式だ。昨日はニュートラルな無下限は問題なかったけど...」
部屋の中心に小さな”蒼”を出現させるため今一度片目の六眼を見開き、呪力操作に全力を注ぐ。
指先に意識を集中し、空気をわずかに引き寄せる。蒼――引力そのものを具現化したような、空間の歪みが生まれる。
だが、維持時間が長くなるほどに周囲のマナに原子レベルの呪力制御を拒絶され、崩されるイメージ。
まるでぽろぽろと手から零れ落ちるように段々と制御を失っていき――
「ッ......ふぅ、まぁ無理だよねぇ」
昨日の”赫”のように強制的に呪力に四散させることで事なきを得る。やはり本格的な術式運用には呪力操作というより、”空間のマナを味方につける”しかなさそうだ。
「でもまあ、何もできないわけじゃなさそうだ。糸口が見えただけ良しとしよう」
彼は包帯を戻すともう一度、空気に指先をかざす。
軽く力を込めると、渦巻く呪力によって空間が波のようにゆらめき、埃がふわりと宙に舞った。
完全な無下限ではない。
だが、確かに“世界”が応答している。
「...悪くない。ここから少しずつ、修正していこうか。六眼も、術式も、“この世界の理”に馴染ませるようにね」
五条は窓辺に歩み寄る、外には朝の陽光。
その光が包帯越しに差し込み、彼の横顔を白く照らした。
「スバルは......あの調子なら今日も元気に騒いでるだろうな」
エミリアやパックと戯れる光景が脳裏をよぎり、わずかに口元が緩む。
そんな折――
コン、コン。
思考の海に沈んでいた意識が、ノック音で現実に引き戻される。
「......失礼いたします、お客様」
「お、だれかと思えばレムちゃんじゃん。この服ありがとね。それで、僕に何か用?」
姉がいないせいか、やや緊張した面持ちの青髪のメイドは一礼し、告げた。
「――当主、“ロズワール”様がお戻りになられましたので、どうか食堂へ」
こんにちは、真希ちゃん。僕も来たで、こっち(アニメ)側。
死滅回游先行上映、ドブカスももちろんよかったですが、全体通して音楽がすさまじく良かった。
久しぶりの投稿となりましたが、最近ようやくリアルが落ち着いてきたので少しは投稿頻度上げれる...かも?
追記:Xアカウント作りました。更新報告とかしかしないのでフォローしなくてもいいよ。
https://x.com/FFFm3647?t=aoMSIU41UCWY50T4KXf-AA&s=09
·禁書庫の描写について修正