皆様の暇つぶしに慣れたら幸いです。
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「――殺すとか、そんなおっかないこと、いきなりしないわよ」
言われたことが本気で心外な表情で蔵に入ってきたのは銀色の髪をした美しい少女だった。
腰まで届く長い銀色の髪をひとつにまとめ、理知的な瞳が射抜くようにこちらを見据える。
身長は百六十センチほど。紺色を基調とした服装は華美な装飾などなく、シンプルさが逆にその存在感を際立たせる。紫紺の瞳をした、美しい少女だった。
(ちょっと待って、まさかこの子は...)
先ほど道端で聞いた”魔女”だと蔑まれているという”銀髪”のハーフエルフの王選候補。
今、五条の頭の中で点と点が線になる。
「よかった、いてくれて。......今度は逃がさないから」
「ホントに、しつっこい女だな、アンタ」
「残念だけど諦められないものだから。......大人しくすれば、痛い思いはさせないわ」
忌々しさに歯ぎしりしそうなフェルトに対し、銀髪の女の声の温度はひどく冷たい。
実際、部屋の気温が急速に下がり始めているのを肌で感じとっていた。
後ずさるフェルトはすでに部屋の中央から奥側へと移動し、銀髪の少女は掌を扉に向ける。
微かに空気がひび割れる音が鳴り響いたと思えば、五条の六眼が周囲のノイズの乱れをとらえる。
瞬間、彼女の掌を起点に氷が発生し始める。
(あの氷、この世界のエネルギー......マナで構成されてる。おそらくあれがスバルの言っていた魔法とやらか)
五条は初めて見る魔法ににやりと笑う。
窓から夕陽が差し込む中、決定的な場面を迎える。
「私からの要求はひとつ。――徽章を返して。あれは大切なものなの」
宙を浮く氷柱の数は六本。先端が丸く潰されていて、威力は鋭さより重さを重視している。が、命中すれば飛礫と比較にならない打撃があるのは間違いない。
「......ロム爺」
「動けん。厄介事を厄介な相手ごと持ち込んでくれたもんじゃな、フェルト」
「ケンカやる前から負けなんて認めんのかよ?」
「ただの魔法使い相手なら儂も引いたりせんがな......この相手はマズイ」
挑発的なフェルトをたしなめるロム爺。
彼はその灰色の瞳をわずかに細めて、氷柱を展開する銀髪の女を見やる。
彼女を見下ろす双眸――そこに浮かぶのは強い警戒と、それを上回る畏敬。
「お嬢ちゃん。......あんた、エルフじゃろう」
唇を震わせてのロム爺の問いかけ、それに少女はしばし瞑目、それから小さく吐息して、
「正しくは違う。――私がエルフなのは、半分だけだから」
本人の発言で五条の予想が確信に変わる。
(ハーフエルフ、ね。なるほど──それが、この世界での彼女の“呪い”か)
この状況にフェルトは自嘲気味に笑うと、
「兄ちゃん。さてはまんまとアタシをはめたな?」
「なに?」
「その態度にまんまと騙されちまったが......路地の連中に横入りさせなかったのも作戦だろ? グルだったんじゃねーか」
そういうとフェルトは五条とスバルを怨嗟すら込められた視線で睨んでくる。
「.......? どういうこと? あなたたち、仲間なんじゃないの?」
こちらの仲違いを見て、少女がそれに反応する。
困惑している顔を浮かべるが、フェルトは鼻で笑うような態度で「ハッ」と息を吐く。
「小芝居すんなよ。追い詰められてんのはこっちだ。堂々と徽章を取り返して、アタシの間抜けさでも笑うといいじゃねーか」
「待ってくれ! 何か壮大な勘違いをされてる気がするんだが...」
「この状況に持ち込んどいてまだそんなことかよ。あーあ、クソ。騙された!」
彼女らの微妙にすれ違ったやり取りを見やりながら、取引がまずい方向に向かっているのを悟る。
「ちょっと待ってくれ、俺はサテ......君に徽章を届けるために......」
「何の話?というかそもそも私とあなたは初対面のはずだけど」
「じゃあやっぱグルなんじゃねーか。兄さん、アンタ、何なんだよ?」
スバルがなんとか誤解を解こうとするも、それは失敗に終わる。
スバルは助けを求めてロム爺を見るが、彼は太い腕を組んで、
「魔法でなく、精霊術が相手じゃ。滅多なことでは動けんよ」
新たなワードの登場が気になったがそんな五条の思考はすぐに引き裂かれる。
しびれを切らした銀髪の少女がその掌をこちらに向けてきたのだ。
「っ......来るぞ!」
六眼が捉えた。氷柱が弾けるように加速した。狙いは徽章を持っているフェルトだ。
「おい、危ない──!」
スバルが叫び、ロム爺が身を起こそうとするも、間に合わない。
ビタッ!
不可思議な音とともに、氷柱の進行が、ありえないところで止まった。
まるで、空間そのものにぶつかったかのように。
「え......?」
銀髪の少女は目を見開いた。
氷の軌道を正確に読んだ五条は、すでにフェルトの前に立っていた。右手は無造作に垂れ下がり、足元に乱れひとつない。
氷柱が五条の手前で完全に静止した理由、それは“無下限呪術”の絶対的な拒絶領域だった。
「この世界の“魔法”ってのも大したもんだ。けど、まあ──君の攻撃は、僕には届かないよ」
その言葉の直後、女の首から下げた宝石のようなものが光り、灰色の体毛の子猫のような小動物――五条の六眼からはノイズの中でひときわ目立つマナの塊が女の隣に出現する。
「......こいつ、やばいよ」
「やばい、って......パック?」
女が困惑気味に問い返すも出現した猫、パックの瞳は五条から一瞬も逸れない。
「陰魔法に少し似てるけど......現存の陰魔法とは体系が異なる。ボクも知らない、全く未知の力だ」
「そんな......」
猫の鬼気迫る声に銀髪の少女は戸惑う。だがそれは一瞬。
彼女の前に現れた男は、攻撃を無効化しただけではない。その表情にはまるで恐怖がなかった。
「......君の使ってるのが“氷属性の魔法”で、それをそこの猫...多分噂の”精霊”かな、が介してるのも分かったよ」
五条は一歩前に出る。踏み出すごとに、地面が軋んだような感覚すら起こる。空間そのものが捻れているのだ。
「パックっていうんだっけ? 察しが早いね。君の警戒、正しいよ」
その言葉に、パックは前足の片方を突き出した。小さな爪の先に、氷の魔力が集束する。
五条は、微笑を浮かべながらも一切の隙を見せない。
「だけど――僕も彼女を傷つける気はない。それに両者ちょっと気が早すぎない? フェルトに至っては少し認識の違いがあるみたいだし。ここはお互い剣をおろして――」
五条が続けようとした瞬間、滑るように黒い影がそっと、銀髪の少女の背後へと忍び寄る。
「――パック! 防げ!!」
――快音。
それは鋼が骨を断つ音ではなく、鋼がガラスを割るような響きでもって鼓膜を震わせた。
わずかに身を伏せる少女の後頭部、そこに淡く青に輝く魔法陣が展開。
それが叩きつけられる刃を正面から受け止め、凶刃からその白いうなじを完全に守り通していた。
「間一髪だったね、まさに」
身を前に飛ばして振り返る少女。
ピンクの鼻をふふんと鳴らし、パックはその黒い瞳でちらりとスバルを見る。
「なかなかどうして、紙一重のタイミングだったね。助かったよ」
「助かったのはこっちだ。あんがとよ」
スバルとパックがお互いに感謝を述べる一方五条は襲撃者を見据える。
(やっぱり呪力感知がないのは慣れないな。マナのほうはパックとかいう精霊のせいで全然わからなかったし)
一人心の中で反省をする中、奇襲を防がれた形になった襲撃者が立ち上がる。
「――精霊、精霊ね。ふふふ、素敵。精霊はまだ、殺したことがなかったから」
黒い外套、おっとりとした雰囲気。だが今回は明確な殺気を感じる。
ククリナイフを顔の前に持ち上げて、恍惚を浮かべる殺人鬼。
その唐突な出現に警戒するスバルと銀髪の少女。しかし、それに立ち上がり抗議をする少女がいる。
フェルトは殺人鬼に指を突きつけて、自分の持つ徽章を懐から取り出すと、
「徽章を買い取るのがアンタの仕事だったはずだ。ここを血の海にしようってんなら、話が違うじゃねーか!」
「盗んだ徽章を、買い取るのがお仕事。持ち主まで持ってこられては商談なんてとてもとても。だから予定を変更することにしたのよ」
「この場にいる、関係者は皆殺し。徽章はその上で回収することにするわ」
フェルトの恐怖を愛おしげに見下して、殺人鬼は酷薄に告げる。
「――あなたは仕事をまっとうできなかった。切り捨てられても仕方がない」
「――――ッ」
フェルトの表情が苦痛に歪んだ、その時
「てめぇ、ふざけんなよ――!!」
横にいたスバルが、実力差も無視して声をあげ始める。
「こんな小さいガキ、いじめて楽しんでんじゃねぇよ! 腸大好きのサディスティック女が!! そもそも出現が唐突すぎんだよ、外でタイミング待ってたのか!? うまくいくかもとかぬか喜びさせやがって、超恐いんだよマジ会いたくねぇんだよ! 俺がどんだけ痛くて泣きそうな思いしたと思ってやがんだ! 刃物でブッスリやられるたんびに小金貰ってたら今頃俺は億万長者だ! それは言い過ぎた!」
「……なにを言ってるの、あなた」
「テンションと怒りゲージMAXでなにが言いてぇのか自分でもわかんなくなってきてんだよ! そんなお日柄ですが皆様いかがお過ごしでしょうかチャンネルはそのままでどうぞ!」
意味不明なスバルの怒声に、殺人鬼は困惑したように呆れた吐息を吐く。
「時間稼ぎ終了――やっちまえ、最強さん!!」
「こういう時しか役に立たないからねぇ僕は。まぁ、“呪術師”の戦い方、見せてあげる」
その瞬間。
空間が“押し潰される”音が鳴った。
“蒼”を応用した超加速術式で、五条は殺人鬼――エルザ・グランヒルテの懐に瞬時に肉薄する。
「なっ――!?」
反応する暇すら与えない。
五条の拳が、正面から振り抜かれる。
ゴンッ!!!
骨が軋む鈍音。
だが、それは肉体ではない。
殺人鬼のナイフが、反射的に彼の拳と交錯していたのだ。
間一髪の防御。だがそれでも衝撃の質が違う。
五条の拳撃は、呪力強化を通した一点集中型の打撃。
ただ力任せに振るっているのではない。空間を裂くベクトルの一点にだけ呪力を収束していた。
その衝撃で、ククリナイフが根本からぶち壊れる。
エルザの表情がわずかに歪む。
その反対、殺人鬼を見据える五条はいつもと違う底知れない笑みを浮かべながら、
「そういえば、まだ自己紹介をしてなかったね。僕の名前は五条悟。この世界での力の使い方――その試運転くらいにはなってほしいな?」
そう余裕たっぷりの語り口で盗品蔵に堂々と宣言したのだった。
*
殺人鬼は、砕けた刃をちらりと見下ろし――血を舐め取った舌先で、艶めかしく笑う。
「“サトル”......ふふ、いい名前ね。精霊の腹も魅力的だけど......今はあなたの腸を見たくなったわ」
刃の折れたククリナイフを床に落とすと、懐から音もなく二本目の刃が抜き放たれる。
それに対し、五条は肩をすくめ、軽く首を傾げながら答えた。
「物騒すぎて泣いちゃいそう。さっきまで路地で仲良く世間話してたっていうのに......急に“猟奇的お姉さん”にクラスチェンジとはね」
「それはお互い様じゃないかしら。あの拳、ただの打撃じゃなかった......身体の芯が痺れる感覚、ひさしぶり。......ゾクゾクしちゃうわ」
恍惚とした笑みを浮かべる女。
その歪な好意を向けられ、五条はわずかに眉を上げ、気まずげに頬をかいた。
「いやぁ......そっち系はちょっと趣味じゃないんだけどね......」
そして場に視線を向けると、皆に向かってさらりと指示を出す。
「スバル、ちょっと下がってて。全員、その場から動かないでね。......巻き込むと、さすがに後味悪いから」
「りょ、了解......でも、ホントに平気なのか?いくら五条さんが強くてもあいつは化け物みてぇな女で...」
「ハハッ、心配してくれるのは嬉しいけど──」
そして、ふっと口角を上げて、敵をまっすぐに見据えながら言い放った。
「大丈夫でしょ。だってあいつ──弱いもん」
五条の何気ない一言で一瞬、その場が静まり返る。
その言葉を聞いた女は恍惚の表情に水を差されたかのように怒りを浮かべる。
唇を歪め、女は地を蹴った。刹那、肉眼では捉えきれない速さで間合いを詰め、曲刀が光を引く。
「──死んで、ちょうだい」
横薙ぎの一閃。常人ならば首から胴まで一刀両断の軌道だったが――。
ガッ!
刃が空を裂く音のあと、金属の擦れるような違和感が走る。五条悟の首はそこにあった。無傷のまま。
「......?」
刃は確かに届いた。しかし、斬れない。押しても、引いても、手応えがまるでない。
「なるほど。無下限、多少は安定してきたかな」
彼の目隠しの奥、その碧い瞳が女の動きと周囲の流れを完璧に捉えていた。六眼がマナの流れを掴みつつある証拠。エルザの異常な動きも、その背後の筋繊維の収縮すら視認していた。
「何をしたの......っ」
距離を取るエルザ。が、間に合わない。
五条の体がふっと前に出た瞬間、エルザの視界からその姿が消える。
「っ──ぐ!」
腹部に重く鋭い衝撃。彼女は瞬間的に身を捻り、致命傷は避けるも、肋骨数本が音を立てて軋む。反射的に刃を振るうが、それは既に彼の姿がない場所を裂いた。
「君、速いしタフだね。でも──」
ふっと、背後から声がする。
「その程度の力じゃ、僕には足りないよ」
振り向きざまに刃を振るうエルザ。だがまたも届かない。いや、“届いている”のに、“触れられない”。
そのまま隙だらけの胴体に一瞬で3発の拳が振るわれる。あばらが折れ、吹き飛ぶと同時に吐血する。
──無下限呪術。触れようとするあらゆるものに「無限の距離」を挿入し、絶対に到達させない術式。
「ふふ……ふふふ……っ。やっぱり、あなた、特別ね……! 私の中、見せてあげたい……!」
興奮と狂気に満ちた声。エルザの興奮は恐怖を超え、喜悦へと昇華していた。
女は満身創痍のままナイフを握り直し、構えながら口を開く。
「『腸狩り』エルザ・グランヒルテ」
彼女の口から初めて聞いた肩書と名前に笑みを浮かべ、流儀に倣い名乗ろうとするが、肩書について何を名乗ろうか一瞬迷う。
(『現代最強』? 『特級術師』? いまいちピンとこないなぁ...あ、そうだ)
頭に浮かんだ肩書をそのまま口に出す。
「『無下限術師』五条悟」
口から垂れる血を舐めながら名乗り上げを行うエルザに、五条も笑みを浮かべながら応じる。
黒衣の殺人鬼と軽装の呪術師が向き合い、これから決着へと臨もうとする二人。
その姿と圧に、スバルは息を呑む。
五条が動く。
「ちょっとだけ本気出すね」
次の瞬間、五条の掌が前方に突き出される。
ズンッ!
空間が歪む。見えない何かが圧縮されたかのような沈黙の後――
ドォン!
放たれた“圧”。呪力による単純な衝撃波。それでも空間に干渉する呪力の塊。
エルザはその圧をまともに受け、壁まで吹き飛ばされる。建物が崩れ、瓦礫が宙を舞う。
――呪力強化と無下限の応用だけで、ここまでやれる。
最小限の力で最大の効果を発揮するのが五条悟という男だった。
瓦礫の奥で、エルザが起き上がる。血まみれで、なお狂気の微笑を浮かべながら。
「あなた、ほんとうに、素敵……!」
「はいはい。じゃあ──お姉さん、そろそろ寝よっか」
五条はそういうと右手を銃口のようにしてエルザに向ける。
指の中心で、わずかに呪力が螺旋を描き、次の瞬間、その呪力が術式に流し込まれたことですさまじい”赫”の光を放つ。
(この世界に来てから、僕の六眼はずっと不安定だった。でもマナを情報として咀嚼し、分析ができている今なら!)
その光は急速に強まり、盗品蔵内を赤く染める。呪力という別種のエネルギーを乱反射したマナが光を拡散することでその赤はさらに強まり、盗品蔵の外まで届く。
「収束、発散。この虚空に触れたらどうなると思う?」
五条の問いとともに、その赤い光は最高潮に達する。
「術式反転――”赫”」
その宣言とともに、鮮烈な極彩色が爆ぜる。
「......なんてね」
爆ぜると思った光がやみ始めたころ、五条の凄まじい威力の蹴りがエルザの芯をとらえる。
骨が砕ける音とともに、彼女の意識が沈んだ。
次回、多分1章完結。
追記
終盤の描写がわかりにくかったため修正