Re:ゼロから始める無下限術師の異世界生活   作:Griмм

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皆様の暇つぶしに慣れたら幸いです。
感想、評価、誤字報告ありがとうございます。皆さんの応援が力になってます。



第七話:始まりの終わり

 

 

五条の蹴りをくらい昏倒したエルザはそのまま壁に激突。衝撃で壁が崩れ、土煙を巻き起こす。

全員が目を覆い、しばし視界を失う。

 

 

静寂――

 

 

舞い上がった埃が晴れた頃、五条は片手を上げていた。

黒い影――エルザが地に落ち、今度こそ完全に意識を失った。

 

 

「……終わり、かな?」

 

 

周囲は静まり返っていた。

誰も、五条に言葉をかけられなかった。

 

 

「まさか、あのエルザを、こんな……」

 

 

スバルの震えた呟きが、重い空気に沈む。

その横で銀髪の少女を守るパックはその光景を目に焼き付けながら唸る。

 

 

「化け物だ、あの男……」

 

 

少女も目を見張るばかりだ。

戦いの構図は一方的でエルザの攻撃は全く当たらず、五条は一発一発の打撃が必殺級。

――こんなの、まるで反則じゃないか

五条以外の誰もが、そう思った。

 

 

たまらずスバルが叫ぶ。

 

 

「おいおい五条さん! 最強とは言ってたけどさすがに強すぎんだろ! ...ていうか、絶対普通の人間じゃないよね! ほんとは異世界人ですって言われたほうが納得できんだけど!」

 

 

「うん。まぁ……異世界人、ってことでいいんじゃない? そっちの方が都合よさそうだし」

 

 

「答えになってねー!」

 

 

 

自分の知っている地球の人間とは何もかも違いすぎて頭を抱えるスバルとそれに対して適当に返答を返す五条。

緊迫した空気がようやく緩み始める。

 

 

「無事に、終わったの?」

 

 

「ああ、ホントの意味でどうにかな」

 

 

銀髪の少女も先ほどの空気が抜けきらないまでも、冷静さを取り戻し始める。

弱々しい問いかけに答えて、スバルは立ち上がろうとする彼女を支える。

その裏で五条はひとり、先ほどの戦闘を思い出す。

 

 

(基礎的な呪力とニュートラルな無下限はもう問題なく扱えそうだね。流れで”赫”もできればよかったんだけど......そううまくはいかないかぁ)

 

 

先ほど撃とうとしたのはエルザが吹き飛んでしまうことも加味して通常より威力を抑えつつ、術式制御に全力を注いだ赫だったが、それでも大気中に蔓延するマナが原子レベルの呪力操作を乱すことで崩壊、暴発を察知した五条はすぐに術式を解き、光をフェイントとして使用することにシフトした。

 

 

(でもこの感じだとただ六眼のバグを解消するだけじゃ、この世界で満足に無下限を使えなさそうだなぁ)

 

 

解析が進んだことで表出した新たな問題に頭を悩ませる五条。

思考に一旦区切りをつけてスバルたちの方を向く。

 

 

立ち上がった彼女は己の銀髪を梳き、まだ頼りなげな足でスバルの庇護を離れる。

立ち上がった少女をスバルは上から下まで眺めて、

 

 

「じろじろと、どうしたの? すごーく失礼だと思うけど」

 

 

「手足はもちろん、首もちゃんとついてるよな」

 

 

「……当たり前でしょ? 恐いこと言わないでくれる?」

 

 

「そうだな、当たり前だよな。もちろん、俺の手足もついてるし、背中にナイフが生えてもいなけりゃ、腹にでかい風穴が開いてたりもしないぜ!」

 

 

「まるでこの子の首なし状態を見てきたみたいな言い草だね」

 

 

「どわぁ!」

 

 

音もなく近づいてきた五条に怖いものを見たかのように悲鳴を上げる。

気を取り直してスバルは五条に向き合い、

 

 

「まだ礼を言ってなかったよな。ありがとう五条さん、マジ助かった。あんな少しの情報で俺をこんなに助けてくれて......」

 

 

「いいのいいの。こういう空気僕には似合わないし、それにこんなの僕にとっては街角でアンケート取られたみたいな片手間で済むことだからさ」

 

 

そう笑みを浮かべて言葉を返す五条。

あの光景を見てしまった後では五条の発言が冗談なのかマジなのか分からなくて、少々不格好な笑みになってしまうスバルだが、それでもこれでようやく一件落着か。

 

 

――そう思ったとき、ようやく気づく。

 

 

(...なんだ? マナが、凪いでいる?)

 

 

周囲を六眼で見渡してみて、やけに動きが静かなのを観測する。

まるで、嵐の前の静けさのような――

 

 

――そして、その“変化”に応じるように、風が吹いた。

風向きが、変わる。

一陣の風が、盗品蔵の開け放たれた扉から吹き抜け――

 

 

その先に、“彼”はいた。

 

 

「不審な反応があったから、念のため確認に来たが......これは......」

 

 

そこにはまるで紅き炎を具現化したような男がいた。実際、五条の六眼からはノイズ越しでもはっきり分かるほどの、まさしく炎のようなオーラを纏っていた。その下には真っ直ぐで、勇猛以外の譬えようがないほどに輝く青い双眸がある。

異常なまでに整った顔立ちもその凛々しさを後押しし、それらを一瞥しただけで彼が一角の人物であると存在が知らしめていた。

すらりと細い長身を、仕立てのいい黒い服に包み、その腰にシンプルな装飾のされた剣を――

 

 

「ハハハ......」

 

 

そこまで見たところで思わず乾いた笑いがこみあげてくる。

赤毛の男単体でもあの”両面宿儺”かそれ以上の圧を感じていたがこの剣はそれすら凌駕する。

 

 

たとえこの世界が滅びようとこの剣だけは残り続ける。

 

 

そう理由のない直感を五条が感じる程に尋常なまでの存在感を主張し続けている。

六眼が捉えた“異質さ”には、微かな戦慄があった。

 

 

(この男......まるで世界の意志が、彼を守ってるような......)

 

 

突如として現れた自分を超えるかもしれない規格外に最大限の警戒を募らせ、五条は問いかける。

 

 

「......君、何?」

 

 

青年は一歩前に出て名乗る。

 

 

「王国近衛騎士団、『剣聖』の家系、ラインハルト・ヴァン・アストレア。あなたがこの騒動の中心か?」

 

 

その名が告げられた瞬間、空気が変わった。

スバルは感じた。先ほどまで五条悟が放っていた圧倒的な“異質さ”とはまた違う、“王の剣”とでも呼ぶべき絶対の気配。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 悪い奴じゃないんだ、こいつは.......いや、たぶん、だけど!」

 

 

スバルは慌てて二人の間に割って入った。殺気が漂っていたわけではない。だが、それでもこの二人の間に流れる緊張は、どこか危うくて──。

 

 

「へえ、王国の騎士様か。良い目してるね。君はさっきの“光”を見てきたってこと?」

 

 

「見ただけじゃない。あの力.......何か奇妙だった。魔法の類にしては、あまりにも根本が違う」

 

 

「だろうね」

 

 

一つ二つ問答を交わした後でも二人の剣呑さは抜けない。

どうしたものかと思ったとき、

 

 

「......ラインハルト?」

 

 

銀髪の少女が赤毛の男の名前を呼ぶ。

その声を聴いたラインハルトは驚きに表情を染めながら、

 

 

「......あなたがなぜここに――」

 

 

そう問いを返そうとしたとき、

 

 

「――兄ちゃん!」

 

 

これまで沈黙を保っていたフェルトが声を上げるとともに、意識が釘付けになっていたことに気が付く。

廃材が跳ね上げられ、その下から黒い影が出現する。

 

影は黒髪を躍らせて、血を滴らせながらも力強く足を踏み出し、加速を得る。

 

ひしゃげたククリナイフを握りしめ、無言で疾走するのは流血するエルザだ。

 

 

「てめぇ――ッ!」

 

 

五条が確実に意識を沈めたはずの殺人者の目には漆黒が宿っている。

怒りも恍惚も介入できない、漆黒の”殺意”が。

 

 

接触までのわずかな数秒、その間にスバルの思考はめまぐるしく回転する。

ひしゃげたナイフ。一瞬の邂逅。おそらくはたった一発に賭けている。狙いはどっちだ。彼女を守る。

 

守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る守る!

 

とりとめのない思考の中で棍棒を拾ってそれを腹にあてがいながら、銀髪の少女をかばう。

 

 

「狙いは腹狙いは腹狙いは腹ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

スバルがそう叫び決死の覚悟を決めた瞬間、先ほど見せたワープのような速度で五条が前に立つことで、その刃は阻まれる。

 

 

「意識外からの攻撃もダメ。どうやったらこの壁を突破できるのかしら」

 

 

エルザが悔し気に舌を鳴らしながら立ち尽くす銀髪の少女に目を向けるが、

 

 

「――そこまでだ」

 

 

それを赤毛の青年が見逃すはずもない。

ラインハルトは油断ない仕草で前を見て、覚束ない足で立つエルザを見据える。

 

 

「黒髪に黒い装束。そしてくの字に折れた北国特有の刀剣――それだけ特徴があれば見間違えたりはしない。君は『腸狩り』だね」

 

 

「ラインハルト――そう、騎士の中の騎士。『剣聖』の家系、ね。あぁ、最高の舞台がそろっているのに本当に惜しいけれど、今日はもう無理ね」

 

 

そういうとエルザは手の中、ククリナイフをラインハルトへ投擲。五条には盗品蔵に落ちていた盾を放り投げる。

五条は無限、ラインハルトはナイフをはじくことでダメージはないが、ナイフは足止め、盾は目くらましの役割を果たしそのままエルザは曲芸じみた動きで離脱を始める。

 

 

「いずれ、この場にいる全員の腹を切り開いてあげる。それまではせいぜい、腸を可愛がっておいて」

 

 

そう捨て台詞を吐いて屋根を踏み、身軽に建物を飛び越え逃げていった。

短距離ならまだしも長距離の蒼の空間圧縮は暴発を生むかもしれない。そう結論付けた五条はエルザを見送る選択をした。

 

 

遠ざかる背中を見送って、ラインハルトは銀髪の少女に駆け寄る。

 

 

「ご無事ですか――」

 

 

「私のことはどうでもいいでしょう!? それより......」

 

 

端正な顔に焦燥感を走らせるラインハルト、彼の言を振り払い、少女は緊迫した状況で腰が抜けているスバルに駆け寄る。

それを見送りながら、伏し目がちになるラインハルトに五条が近づく。

 

 

「天下の剣聖さんでも心の移り変わりにはあんまり敏感じゃないみたいだね」

 

 

「...その二つ名は今の僕にはまだ重すぎます。恥ずかしいところをお見せしました、先ほどの光は『腸狩り』を対処するための光だったんですね。不要な疑いをかけてしまい申し訳ない。そして、彼女たちを守っていただき感謝します」

 

 

五条はその言葉を聞いて、肩をすくめながら笑みを浮かべる。

 

 

「いやいや、ちゃんと話が通じる人で助かったよ。それに僕はあのヤバい女に対処しただけ。いろいろ先回りしてたのはスバルだし、ここに来たのも彼に連れられてさ。...疑いに関しては僕にも非がある。こっちも初対面で警戒したしね。……ま、君ほどの男にあんな目で見られたら、さすがにちょっと背筋がゾワるっての」

 

 

「それでもあなたは、一歩も引かずに構えていた。……正直、驚きました。僕は多くの強者と剣を交えてきましたが、あなたほど“異質な強さ”を持つ者は初めてです」

 

 

ラインハルトの瞳は、まっすぐ五条を見据えていた。そこには恐れも敵意もなく、ただ純粋な“理解”と“敬意”があった。

 

 

「……そっか。ま、“異質”って言葉は僕にぴったりかもね。ていうか僕と君声そっくりじゃない?」

 

 

話題がよくわからない方向に逸れそうになるも、ラインハルトは笑みを浮かべながらも少し真剣な面持ちになる。

 

 

「今は静観としておきます。ですが、いずれあなたとは改めてお話を伺いたい」

 

 

五条は少しだけ目を細めて言う。

 

 

「光栄だね。『剣聖』のお呼びがかかるなんて、初めての経験だ」

 

 

軽口を叩きながらも、五条の表情に油断はない。

 

 

「さて、僕らの腹の探り合いはいったん置いておいて......さぁ、ヒロインとの再会だ」

 

 

五条がそういうとラインハルトも銀髪の少女とスバルのほうを向く。

 

 

「君の名前を教えてほしい」

 

 

視線を向けた方向で決定的な瞬間が繰り広げられる。

”彼”の世界の始まりを告げる、瞬間が。

 

 

「ふふっ」

 

 

銀髪の少女は諦めた笑みでもなく、儚げな微笑でもなく、覚悟を決めた悲愴なものでもない。ただ純粋に、楽しいから笑った。それだけの微笑みを浮かべながら、一言。

 

 

「――エミリア」

 

 

「私の名前はエミリア。ただのエミリアよ。ありがとう、スバル」

 

 

「私を助けてくれて」と彼女は手を差し出した。

その掌にスバルは感慨深い顔を笑みでゆがめながら口にする。

 

 

「ああ、まったく、わりに合わねぇ」

 

 

ただのひとりの少年が、たったひとつの手を取った。

それは誰かを守り、選び抜いた結果としての答え。

五条はその様子を見ながら、どこか満足げに鼻を鳴らす。

 

 

「うんうん、青春ってやつだねぇ……」

 

 

ラインハルトもまた微笑む。

それは、騎士としてではなく、一人の青年として心を動かされた証だった。

 

 

そして、盗品蔵の静寂の中――

“世界が動き出す音”だけが、確かに、鳴っていた。

 

 

 

 

 

 

――と、ここで終わっていればいい話で終われたのだが。

 

 

「あぁ...? なんだこれ...世界が真逆に...」

 

 

「え!? ちょっと、スバル!?」

 

 

エミリアの切羽詰まった声が聞こえるとともにスバルが倒れる。

急いでエミリアが治療を行おうとするが気を失っているだけだとわかると盗品蔵内の一同がホッと息を漏らす。

 

 

「多分初めてのことばっかりで気を張りすぎちゃったんだろうね」

 

 

「もう、心配かけて...スバルのオタンコナス...」

 

 

五条とエミリアがそうやり取りをする中、ラインハルトがエミリアに近づく。

ラインハルトはその足下に膝をついて頭を垂れる。所作ひとつひとつによどみのない、完璧に礼式に則った姿勢だ。

 

 

「何はともあれ、皆様がご無事でよかった。そして改めて、『腸狩り』から彼らを守ってくれてありがとう。サトル」

 

 

五条は、珍しくその表情から軽口の色を消し、真っすぐにラインハルトを見返した。

 

 

「……礼を言われるほどのことじゃないよ。僕はただ、“目の前で死なせたくなかった”だけさ。たとえここが僕の世界じゃなくても、それだけは譲れないからね」

 

 

その言葉に、ラインハルトはわずかに目を見開いた。

そのまま頭を下げたまま、静かに続ける。

 

 

「その覚悟に、心からの敬意を表します。……サトル。いや、ゴジョウ・サトル殿」

 

 

「ふふ、名前で呼ばれるのはくすぐったいね。ま、仲良くしようや、剣聖さん」

 

 

どちらともなく微笑みが漏れ、再び重たかった空気が緩んでいく。

 

 

エミリアはそんな二人のやり取りを見守りながら、優しくスバルの頭を撫でる。

その掌からは微かな癒しの魔法が流れており、スバルの表情も幾分穏やかになっていた。

 

 

「ところで、今日はずいぶんと軽装だけど……」

 

 

ラインハルトを見ながら、ふと気付いたようにエミリアが呟く。

 

 

「今日は久しぶりの休日でして。普段の近衛の制服は着ていないんです。甲冑は城内に置いてありますし、騎士としての自分は今日はこの剣ぐらいしか」

 

 

外していた剣を腰に差し直し、その爪痕が目立つ宝剣をエミリアと五条の視線にさらす。

色褪せないその剣の凄まじい覇気にぎょっとする五条。

 

 

「非番なのに悪かったね、こんな面倒ごとにつき合わせて」

 

 

「いえいえ、非番とは言え騎士ならば当然の行いです。お気になさらず」

 

 

話がいち段落するとふと、ラインハルトはこちらを見る視線に気が付く。

ラインハルトが視線を返すと、金髪の少女はその視線を受けて振り返り、気まずげにその瞳を伏せた。

 

 

「エミリア様、彼女とは......」

 

 

「ラインハルト。色々と力になってもらってありがとう。助けてもらって感謝してる。でもその上でお願い。ここから先のことに、口出ししないで」

 

 

金髪の少女、フェルトはエミリアのその発言に目を見開き、

 

 

「もっと、すげーきつくくるかと思ってた」

 

 

「そう、ね。さっきまでのままなら、そうだったかもしれないけど。毒気抜かれちゃったのかもね。だから少しだけど、あの子の顔に免じてあげる」

 

 

そんな彼女の仕草と、眠るスバルを指差されて金髪の少女はしばし顔を伏せ、それから「ごめん」と小さく謝罪を口にした。

 

 

「命を助けてもらったんだ。恩知らずな真似はできねー。盗ったもんは返す」

 

 

そういうとフェルトは懐から赤い宝石が輝く徽章を差し出す。

 

 

「んじゃ、返す。――大事なもんなら、今度から盗られねーように隠せよ」

 

 

「あなたにその忠告されるのって変な気分ね。......できれば、私だけじゃなくもうこんなことはやめてほしいけど」

 

 

「そりゃ無理な話だ。言っとくが、アタシは今回だってアンタが命の恩人だから返すって考えてるだけ。悪いことしたとは思ってねーし、やめる気もねーよ...ほらよ」

 

 

そうしてエミリアに徽章を手渡そうとする。五条から見ても、はめ込まれた宝石は夕刻と同じような光を放っていて――

 

 

「――え」

 

 

「ラインハルト……?」

 

 

「なんてことだ……」

 

 

震える呟き。それはラインハルトの口から紡がれたものだ。

その言葉に反応したのはエミリアだった。彼女はその紫紺の瞳に動揺を浮かべ、

 

 

「ちょっと待ってよ剣聖サン、これから大団円を迎えようって時に水を差すのはどうかと」

 

 

「違うんだ、サトル。僕が問題にしているのは、そんなことじゃない」

 

 

鬼気迫る表情のラインハルトに五条も押し黙る。

 

 

「……君の名前は」

 

 

「ふぇ、フェルト……だ」

 

 

「家名は? 年齢はいくつだい?」

 

 

「こ、孤児だぜ? 家名なんて大層なもんは持っちゃいねーよ。年は……たぶん、十五ぐらいって話だ。誕生日がわかんねーから。っつか、放せよ!」

 

 

「エミリア様、先ほどのお約束は守れなくなりました。――彼女の身柄は自分が預からせていただきます」

 

 

そういうとフェルトに手刀を放ち気絶させる。

それを見たロム爺は、怒りをあらわにし、

 

 

「貴様! フェルトに何をするか!」

 

 

「すみませんが、あなたも眠っていただきます」

 

 

そういうと一瞬で背後に回り、ロム爺も気絶させる。

 

 

五条はそれを見て、眉をひそめながらも、ラインハルトの目を見据えた。

 

 

「......なんのつもりだい、剣聖さん」

 

 

ラインハルトは、気を失ったフェルトを抱きかかえながらも、沈痛な面持ちで静かに答える。

 

「サトル......これは、僕個人の感情や判断だけで行動したわけではありません。――エミリア様、また近いうちに呼び出しがあるかと思われます。ご理解を」

 

 

意識のない少女の手から徽章を優しく奪い、エミリアに対して差し出す。

竜を象った徽章はまさしく、『親竜王国ルグニカ』の象徴そのものだ。ラインハルトの手の中で、うっすら鈍い光を放っている赤い宝珠――それがエミリアの手に渡ると同時に、持ち主の下へ戻ったのを喜ぶかのように眩く輝く。

 

 

強い風が吹き、ラインハルトの赤い前髪が踊る。

その隙間から空を見上げ、すでに夕闇に沈んだ王都の上空――月が浮かんでいる。

 

 

「落ち着いて月を見れるのは、今日が最後かもしれないな――」

 

 

そう一人囁いたラインハルトは、金髪の少女を抱えて夜の闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

ラインハルトの背が闇の中に溶けていくと、盗品蔵内にはしばしの静寂が訪れた。

エミリアはスバルの顔をそっと見下ろし、彼の頬に落ちた汗を指先で拭う。

 

 

「――さて、どうしようか」

 

 

ふと、沈黙を破ったのは五条だった。

エミリアはゆっくりと立ち上がりながら、その言葉に視線を向ける。

 

 

「屋敷に戻るわ。スバルの体も心配だし、今日は色々とありすぎた……少しでも休ませてあげたい」

 

 

「そっか。……じゃあ、僕も一緒に行こうかな」

 

 

「えっ?」

 

 

意外そうな顔を浮かべるエミリアに、五条は片目を細めて笑ってみせる。

 

 

「興味が湧いちゃってね。スバルも、君のことも、それからこの“世界”のことも。少し、近くで見ていたいと思った」

 

 

その言葉にエミリアはほんの少しだけ警戒した様子を見せたが、次の瞬間にはゆっくりと頷いた。

 

 

「……わかったわ。スバルのこと、よろしくね」

 

 

「もちろん」

 

 

五条はそう言って、すでに肩に背負っていたスバルの体を軽く持ち直す。

まるで重さなど感じていないように、軽々と。

 

 

「じゃあ、案内をお願いしてもいいかな、お姫様」

 

 

「ふふ……その呼び方、やめてって言ってるでしょ」

 

 

軽口を交わす二人の背後で、夜風が再び盗品庫の扉を揺らす。

静かに、ゆっくりと。

 

 

やがてエミリアと五条は、王都の喧騒も過ぎ去った路地を並んで歩き始める。

その歩みの先には、これまでとはまったく違う未来が待っているのかもしれない。

 

けれど。

 

――それでも彼女は歩き出す。

その手を、まだ眠ったままの少年の手に添えて。

 

 

月が照らす夜の道を、三人の影が静かに進んでいった。

 

 

 





第1章完結。
正直詰め込みすぎて文字数がヤバいことに。ここから原作との乖離を徐々に見せていけたらいいなと思います。
そしてリアルのほうが忙しくキリもいいため、連続投稿はこれで終わります。これからは不定期な更新になるとは思いますがどうか気長に待っていただけたら幸いです。
それでは、これからも無下限術師の異世界生活をお楽しみください!


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