エヴァリーナと秘密の契約 作:大化の改新
エヴァリーナの日記 13
日付:8月10日、ダイアゴン横丁にて
ぐにゃりとした感覚の後、私たちの目の前には、どこかの家が現れた。目の前にあったのは、ごく普通の小さな家だった。
本当に屋敷から一瞬で移動してきたなんて、信じられないわ。まるで、夢でも見ているみたい。
マクゴナガル先生は、その門のベルを鳴らした。ドアが開くと、私と同じくらいの歳くらいの女の子が顔を出した。
その子は、ふわふわの茶色い髪で、とてもしっかりとした目つきをしていた。その子の目は、好奇心と知性で輝いているように見えた。
「お久しぶりですね、ミス・ハーマイオニー・グレンジャー……さあ、準備はよろしいでしょうか」
マクゴナガル先生は、その女の子にも私と同じように、丁寧な敬語で話しかけた。私だけが特別じゃない、みんな同じなのだと、少しだけ安心した。
「はい、マクゴナガル先生!いつでも大丈夫です!もう何週間も前から、ずっとこの日を楽しみにしていました!」
その子ははっきりとした声で答えた。彼女は、グレンジャーという姓らしい。なんてはっきりした声の子だろう。私とは全然違うわ。
私たち三人は、またマクゴナガル先生の手のひらから伝わる不思議な感覚と共に、別の場所に移動した。またあのぐにゃりとした感覚。慣れないけれど、なんだかちょっと面白い。
今度は、レンガの壁の前だ。先生が杖で壁を叩くと、レンガが動き出し、隠されていた通りが現れた。
そこは、本当に信じられないような場所だった。私は思わず、息をのんだ。こんな場所が、本当に存在するなんて!
曲がりくねった石畳の道には、カラフルで奇妙な建物がぎっしり並んでいる。店の窓には、動物のふくろうや、魔法の杖、空飛ぶほうきのようなものが飾られていた。人々の服装も、皆、変わっていて、私の知っている世界とは全く違う場所だった。
まるで、絵本の中に迷い込んだみたい。これが、魔法界なのね!
マクゴナガル先生は、そんな私とグレンジャーさんを連れて、店から店へと向かった。私の心は、期待と驚きでいっぱいだった。
「まずは、教科書を買いに行きましょう。その後、ローブ、その他必要な望遠鏡や大鍋などを購入してから、最後に杖を購入しますよ」
グレンジャーさんは、私とは違って、この場所に全く動じていないようだった。それどころか、先生に次々と質問を投げかけていた。
「マクゴナガル先生、質問です!ホグワーツでは年に何回試験が行われるんですか?それから、マグル生まれの魔法使いでも箒で空を飛ぶことができるようになりますか?それから、眠り薬の魔法薬の材料は…あと、歴史の授業はどこまで進むんですか?」
彼女は、まるで魔法界のことを以前から知っていたかのように、色々なことを尋ねていく。それらの全てが、魔法界に生きる人間の常識を超えた質問で、私は少し肩身が狭くなるような思いをした。私なんて、何も知らないのに。彼女は、どうしてこんなに詳しいのだろう?
私は、そんなグレンジャーさんを、心の中で尊敬した。私なんて、ホグワーツという名前すら、さっき知ったばかりなのに。私も、いつか彼女みたいになれるかしら?
お店に入ると、グレンジャーさんは「この本は、既に読みました」だとか、「この呪文は…この魔法史の記述は、少しばかり古いようですね」とか、まるで何年も魔法の勉強をしているみたいだった。
私は、ただ先生とグレンジャーさんの後ろについて歩いた。正直、少しだけ居心地が悪かった。
初めて出会った同年代の子が、私とは全く違う世界に生きていることに、私は戸惑った。人見知りな私は、グレンジャーさんに話しかけることもできず、ただ彼女の知識に驚いていた。「私も、何か話しかけてみようかな…でも、何を話せばいいんだろう?」そんなことを考えているうちに、どんどん時間は過ぎていった。
このダイアゴン横丁での体験は、私にとって初めての「自由」と「驚き」だった。
同時に、私は自分がどれだけ知らない世界に生きていたのか、そして、これからどれだけ多くのことを学ばなければならないのかを痛感した。
でも、この場所は、あの屋敷とは違う。ここには、私を傷つける人はいない。そう思うと、私の心は少しだけ、温かくなった。この温かさが、ずっと続けばいいのに、と願った。
エヴァリーナの日記 14
日付:8月10日、ダイアゴン横丁にて(続き)
教科書を用意してもらっている間、私たちは自由に店の中を見て回った。店の棚には、見たこともないような奇妙な道具や、動物たちが飾られていた。どこもかしこも、驚きでいっぱいだ。
"フローリシュ・アンド・ブロッツ書店"
グレンジャーさんは目を輝かせて棚に並んだ分厚い本を眺めていたけれど、私はただ呆然と立ち尽くすばかりだった。マクゴナガル先生がリストを読み上げると、店員さんが次々と教科書を渡してくれた。「こんなにたくさんの本を読むなんて、大変そう…」と、正直なところ、少しだけ尻込みしてしまった。
グレンジャーさんは自分のリストに照らし合わせながら、全ての教科書が揃っているか、熱心に確認していた。その姿を見て、私はまた「すごいな」と感心してしまった。彼女の探求心には、本当に頭が下がる。
次に、私たちは「マダム・マルキンの洋装店」へと向かった。店内には、様々な種類の洋服が吊るされていて、あまりの多さにびっくりした。ドレスばかり着ていた私にとって、ローブという響きは、新鮮だった。
私もグレンジャーさんも、身長や腕の長さを測ってもらい、ホグワーツの制服となるローブのサイズを測り、仕立てをお願いした。生地の感触も、匂いも、何もかもが真新しい。このローブを着て、本当に魔法の学校に行くのだと思うと、胸の奥が温かくなるような、不思議な気持ちになった。
これが、私の新しい生活の始まりなんだ。
そう思うと、少しだけ、不安が和らいだ。
その後も、私たちは次々と店を巡った。ピカピカの大鍋、持ち上げるとずっしりと重い望遠鏡、羽根ペンや羊皮紙、ガラス製の薬瓶など、入学に必要なものが書かれたリストを片手に、必要な教材を全て購入した。
どれもこれも、今まで見たことのないものばかりで、私の頭の中は新しい情報でいっぱいだった。まるで、新しい言葉を学ぶように、一つ一つの品物の名前と用途を、必死で覚えようとした。
そして、最後に訪れたのは、薄暗くて埃っぽい、けれどどこか厳かな雰囲気の漂う店だった。店の前には、古びた看板が揺れていて、そこには埃を被った杖の絵が描かれていた。
"オリバンダーの店"
ここが、杖を売っている店なのだとマクゴナガル先生が教えてくれた。杖……私の魔法の力を引き出してくれるものだという。
杖ってどんなものなのかしら?可愛らしいものが良いわ。
店に入ると、痩せた白髪の老人が、私たちの姿を見るとすぐに現れた。オリバンダーさんだ。彼は、私の顔をじっと見つめ、何かを測るように、私の瞳の奥を覗き込んでいるようだった。まるで、私の魂の奥底を見透かされているような、不思議な感覚だった。
最初に、グレンジャーさんの番だった。オリバンダーさんが、何本かの杖をグレンジャーさんに差し出すと、彼女は一本を手に取り、軽く振った。すると、すぐに金色の火花が散った。
「おお、素晴らしい! この杖はあなたにぴったりのようだね、ミス・グレンジャー。ブドウの木とドラゴンの心臓の琴線。聡明で強い意志を持つ者にふさわしい杖じゃ!」
グレンジャーさんの杖は、あっという間に決まった。
「すごい!一発で決まるなんて!」と、私は思わず心の中で呟いた。
そして、私の番が来た。
オリバンダーさんは、私に次々と杖を差し出した。私は言われるがままに杖を手に取り、振ってみるけれど、何も起こらない。杖が私を拒否しているような、そんな感触があった。一本振るたびに、心が不安でいっぱいになる。
「私には、魔法の力がないのかしら…」
オリバンダーさんは、棚の奥からさらにたくさんの杖を取り出してきた。
「ふむ、これはまた……随分難航しそうですねね。ミス・ウィンチェスターの杖は、少々気難しいものかもしれませんな。しかし、ご心配なさいますな、杖が魔女を選ぶのですから。」
オリバンダーさんが、少し心配そうに呟いた。彼の言葉に、少しだけ安堵したが、同時に焦りも募る。
私の手には、もう何本もの杖が渡されただろうか。どれも、私にはしっくりこなかった。
この杖が、本当に私の中に眠る魔法の力を引き出してくれるのか。不安で不安で、心臓がバクバクしていた。まるで、私の心臓が、杖とリズムを合わせようとしているかのように、激しく鼓動を打っていた。
何本目かの杖を手に取った時、指先から温かい光がじんわりと広がったような気がした。オリバンダーさんが差し出した、最後の杖だった。その杖を握った瞬間、体中の血が、熱く巡り始めるのを感じた。
「おお!これは興味深い!サンザシの木、不死鳥の羽根、26センチ、僅かにしなる。これこそが、あなたを選んだ杖だ、ミス・ウィンチェスター。なんと珍しい組み合わせじゃ!あなたの秘めたる力を、きっと引き出すでしょう……しかし、あなたは本当にあの時の少年と似ておるのう」
そう意味深な言葉を呟いたオリバンダーさんに気付かず、私は胸の中が喜びと感動でいっぱいだった。この時の喜びを忘れないように、ケーキとロウソクでお祝いしたいくらいだった。
その杖を握りしめると、私の心臓が、まるで杖と共鳴するように、トクン、と大きく跳ねた。私の指先から、金色の火花がパチパチと音を立てて弾け、部屋の中に温かい光が満ちた。
私の周りに、まるで金色の蝶が舞うかのように、火花が降り注いだ。こんなに美しい光景は、生まれて初めてだった。
これが、私の杖。私の魔法の力なのだ。私は、この杖が私を選んでくれたことが、何よりも嬉しかった。
全ての買い物を終え、ダイアゴン横丁を後にする時が来た。姿くらましでさきにグレンジャーさんを送り届けてから、私の屋敷へ向かうそうだ。グレンジャーさんとの別れ際、私は勇気を出して、自分から彼女に声をかけた。
「また、お会いできる日を楽しみにしていますね、ミス・グレンジャー」
グレンジャーさんは、少し驚いたような顔をしてから、にこりと微笑んでくれた。
「ええ!ミス・ウィンチェスター。次は、ホグワーツで会いましょう!じゃあ、またね!ホグワーツで会うのが、今から楽しみだわ!」
初めて、家族以外の同年代の子とちゃんと言葉を交わせた。胸の中に、温かい光が灯った。
私は、この新しい世界で、グレンジャーさんのような友人ができるかもしれないという、ささやかな希望を胸に、マクゴナガル先生と共に、再びぐにゃりとした空間のねじれを感じたのだった。あの冷たい屋敷から、本当の自由へと、一歩ずつ近づいているのだと実感した。
エヴァリーナの日記 15
日付:8月11日、ウィンチェスター伯爵家
ダイアゴン横丁から戻ってきてから、私の日常は少し変わった。祖父は以前にも増して私を気にかけ、時折、私の部屋で、今後のことについて話してくれるようになった。祖父の書斎に呼ばれることも多くなった。そこでは、魔法界の地図や、古い魔法の本を見せてもらうこともあった。
「ホグワーツでは、勉学に励むのだぞ、イヴ。ヴァイオレットも……あの学校では、生き生きとしていた」
遠い目をしながら語る祖父の姿を見るたび、私の胸には、新しい世界への期待が膨らんでいく。母が生き生きとしていた場所。私も、きっとそうなるだろう。
オリヴィアも、叔父夫妻たちの目を盗んで、こっそりと屋敷の書斎で、魔法や魔女などに関する情報を集めてくれている。夜遅くまで明かりがついている書斎を見るたびに、オリヴィアが私のために頑張ってくれているのが伝わってきた。
先日、魔法の歴史が書かれたらしい古い本をどこからか見つけてきて、「お嬢様、この本に……古代魔法のことが書かれておりました」と、震える声で教えてくれた。オリヴィアの献身と、祖父の隠れた愛情が、私を支えている。私の周りには、こんなにも私を思ってくれる人がいるのだと、改めて感謝の気持ちが湧いた。
しかし、オリヴィアに手渡された本はどれも非魔法使いの視点で書かれた魔法使いを批判するものばかりで、中には中世の魔女狩りについて記述されたものもあった。正直あまり役に立つとは思えないが、少なくとも現代科学や物理学を学ぶよりは有益だと考え、時間があれば目を通すようにした。
それから数日が経過した。
屋敷の空気は以前にも増して冷たく、重く感じられるようになった。私が「遠くの格式高い寄宿学校」に行くことが決まったと知らされてから、叔父夫妻とノエル、ルーカスの態度は、以前にも増して不愉快なものになった。彼らの言葉は、まるで氷の刃のように、私の心に突き刺さる。
「はぁ……こんな薄汚い子が、まさか格式高いベネンデン・スクールに通うだなんて、なにか粗相をしてしまいそうで恐ろしいわ。お祖父様も、どうかしていらっしゃるわね」
カミラおばさんが、あからさまに嫌そうな顔で私を罵った。その声は、いつもよりも一層、ねっとりと、そして耳障りに響いた。
ベネンデン・スクールは母がホグワーツに通いながら人間界で単位を取得し、卒業した学校らしい。ノエルもその学校を受験したが、残念ながら合格できずセント・メアリースクールに通うことになった。だから、私がベネンデン・スクールに通うことに相当苛立っているのだろう。
「カミラの言う通りだ。ノエルならまだしも、イヴが中途入学をして勉強についていけるのか非常に心配だな」
エリオットおじさんも、カミラおばさんの言葉に頷き肯定の言葉を述べた。そして最後に、「いくら外見を取り繕っても、中身は変わらない」と、私に吐き捨てるように言った。彼らの嘲笑が、私の心に重くのしかかる。
ノエルお姉さまは、私の新しい服を指でつまみながら、「イヴ、この色のワンピース、あなたには似合わないんじゃない? それにどうせすぐに汚してしまうんでしょう?この服が可哀想だわ」と、ねっとりと嫌味を言ってくる。
ルーカスお兄さまは、私が祖父から貰った新しい羽根ペンをわざと床に落とし、足で踏みつけた。「やめて!」と叫びたかったけれど、声が出なかった。
「あはは……お前にはもったいないよ、こんなもの!」
その目は、怒りと嫉妬で燃えているようだった。彼らは、私がこの屋敷を出ていくことを、心底不愉快に思っているようだった。
彼らは私が屋敷を離れることを喜んでいるはずなのに、まるで自分の大切なものを奪われたかのように私を憎んでいる。彼らの悪意は、もう私の心に届かないはずなのに、なぜか、胸が締め付けられるような気がした。きっと、私が自由になることが、彼らには許せないのだろう。
きっと、これは、私がこの屋敷での地獄のような日々から解放されることへの、彼らの最後の抵抗なのだろう。もうすぐ、この悪夢は終わる。そう信じて、私は耐え続けた。
おじさんたちは、私に消えて欲しかったはずなのに、どうして私が出て行こうとすると引き止めるような言葉を吐くんだろう?
はぁ、とっても不思議でよく分からないわ。あの人たちと同じ人間だなんて、とても信じられないわね。
彼らの感情が、私には全く理解できなかった。