エヴァリーナと秘密の契約 作:大化の改新
エヴァリーナの日記 16
日付:8月30日、ウィンチェスター伯爵家
今日の午後、私の部屋の窓を叩く音がした。最初は気のせいかと思ったけれど、もう一度、コンコンと規則的な音が聞こえた。誰かが私を呼んでいるのかと、少しだけ身構えた。屋敷の中で、私の部屋の窓を叩く者などいないはずなのに。
見上げると、一羽の大きなフクロウが、まるで絵本から飛び出してきたかのように、窓の外に止まっていた。そのフクロウは、賢そうな大きな琥珀色の目をしていた。
こんなに間近でフクロウを見るのは初めてで、思わず息をのんだ。フクロウの足には、小さな革製の袋が結びつけられていた。私は驚いて、そっと窓を開けた。
フクロウは、私の足元に鍵付きの魔法の日記帳が入った紙袋を落とすと、静かに羽ばたいて空へと消えていった。その羽音が、まるで魔法の音のように静かで、私の心に深く響いた。フクロウの姿が見えなくなっても、その残像が目に焼き付いているようだった。
紙袋の中を覗くと、確かに黒い革装丁の、見慣れない日記帳が入っていた。その革はなめらかで、手に取るとひんやりとしていた。表紙には、見慣れない金色の紋様が刻まれていて、どこか重厚な歴史を感じさせた。そして、添えられていた手紙には、整った筆跡でこう書かれていた。
「親愛なるミス・ウィンチェスターへ。貴女が日記をつける習慣をお持ちだと伺いましたので、入学準備の一助となればと存じ、お送りいたします。ホグワーツで、貴女の新しい物語が綴られることを楽しみにしておりますね。ミネルバ・マクゴナガル。」
マクゴナガル先生からの贈り物だった。私の小さな習慣を、あの先生が知っていたことに驚いた。
一体どうして、先生は私のことを知っているのだろう?もしかして、私がこの屋敷でどんな思いをして過ごしてきたのかも、知っているのだろうか。
そんなことを考えると、少しだけ胸が温かくなった。もしかして、私のことをずっと見守ってくれていたのかもしれない、なんて、ちょっと恥ずかしくなってしまった。
そして、この日記帳が「魔法の日記帳」だということに、私の胸は再び高鳴った。
もしかしたら、この日記帳には、私が知らない秘密が隠されているのかもしれないわ。
普通の紙ではないような、不思議な手触りだった。この日記帳が、私のどんな秘密を記録してくれるのか。どんな魔法が込められているのか。期待で胸がいっぱいになった。
私はすぐに、新しい日記帳に今日の日付と、フクロウが手紙を運んできたこと、そしてマクゴナガル先生の心遣いについて書き込んだ。この日記帳を開くたびに、魔法界への扉が少しずつ開かれていくような気がする。
ペンを走らせるたびに、心が温かくなるのを感じた。まるで、魔法の言葉が、私の心と繋がっているみたいに。
屋敷の人々は、私が寄宿学校に行く準備をしていると思っている。彼らが私に見せる嫌悪感やいじめも、もうすぐ終わりを告げるだろう。あと数日で、私はここを出る。
あの人たちの顔を見るのも、もう最後になる。そう思うと、心が少し軽くなる。この屋敷での全てが、悪夢のように消え去る日が、もうすぐそこまで来ているのだ。
私は、魔法界で、本当の自分を見つけることができるだろうか。家族ではない、本当の友達と出会えるだろうか。
あのハーマイオニー・グレンジャーさんのような、素敵な友達ができたら嬉しいな。もう、誰にもいじめられない場所で、自由に、私の人生を歩んでいきたいわ
この日記帳には、私のこれからのホグワーツでの日々、そして、まだ見ぬ魔法の冒険が綴られていくのだ。この日記帳が、私の新しい人生の始まりを、ずっと見守ってくれるだろう。
私の心は、不安と期待でいっぱいだ。早く、あの場所に行きたい。
ああ、この冷たい屋敷から、本当の自由へと早く飛び立ちたいわ。私にも羽が生えたら、どこまでも飛んでいけるのにね。まるで、鳥籠の鳥が、初めて空を見上げた時のように、私の心は高鳴っていた。
自由という言葉が、こんなにも胸を締め付けるほど美しいものだなんて、知らなかった。
エヴァリーナの日記 17
日付:9月1日、キングズ・クロス駅、9と3/4番線
ついに、この日が来た。ホグワーツへ旅立つ日だ。昨夜は、期待と不安でほとんど眠れなかった。寝返りを打つたびに、新しい生活への期待と、慣れない場所への不安が交互に押し寄せた。
朝、オリヴィアが私の身支度を手伝ってくれた。彼女の指先は、少し震えていたけれど、そのまなざしは優しかった。まるで、娘を送り出す母親のように、細心の注意を払ってくれた。
今日のために仕立ててもらった、柔らかなワインレッドのワンピースに袖を通す。足元には、控えめで上品な黒い黒いローヒールのパンプス。鏡に映る私は、見違えるほど変わっていた。髪は、オリヴィアが丁寧に梳かし、可愛らしいリボンで飾られた低めのお団子にまとめてくれた。
普段はくすんだ色ばかりの服を着せられていたから、こんなに明るい色の服を着るのは久しぶりだ。なんだか、私じゃないみたい。でも、この服が、私に新しい勇気をくれるような気がした。
まるで、おとぎ話に出てくるお姫様みたいだ。でも、本当にこんな私が、魔法の学校に行くなんて、まだ夢を見ているようだなと、ぼんやりとした気持ちだった。
この豪華な装いが、私という「私生児」の心を隠してくれることを願った。まるで鎧のように、私を守ってくれることを。
屋敷を出る前、祖父が私を呼び止めた。祖父は私を優しく抱きしめ、小さな箱を差し出した。その腕の温かさは、私を深く安心させた。祖父の体からは、古い書物と、かすかな煙草の香りがした。
「イヴ、入学祝いだ。新しい世界で、お前が輝けるように。これは、お前の母、ヴァイオレットが昔、大切にしていたものだ。お守り代わりに持っておきなさい。困難に直面した時、きっとお前を助けてくれるだろう」
箱を開けると、繊細な細工が施された、キラキラと母との紫色の瞳に似た宝石が輝く、可愛らしいブレスレットが入っていた。小さな真珠がいくつか散りばめられていて、光に当たると虹色に輝いた。あまりの美しさに、思わず息をのんだ。母と同じものだというそのブレスレットは、私の心に温かい光を灯した。
そして、祖父の足元には、真っ白な羽を持つ、とても美しいフクロウが止まっていた。そのフクロウは、私の瞳をじっと見つめていた。
私は、あまりの嬉しさに、抑えきれずに涙が溢れてきた。ポロポロと頬を伝う涙を拭いながら、私はフクロウにそっと触れた。フクロウの羽は、想像以上に柔らかく、温かかった。その小さな体が、私の手に優しく寄り添った。
「ありがとう、おじいさま。この子の名前は、シェリーにするわ。きっと、シェリーは私にとって、大切な家族になってくれるでしょう」
白い羽が、私の指に柔らかく触れた。シェリー、きっとあなたも私と同じように、新しい場所で頑張るのね。寂しくなったら、この子に話しかけよう。そうすれば、きっと心が落ち着くはずだ。
祖父とオリヴィア、そして私とシェリーは、車に乗ってロンドンへと向かった。目指すは、キングズ・クロス駅。
道中、オリヴィアは私の手を握り続け、祖父は時折、遠い景色を眺めていた。その横顔には、寂しさと、それでも私を送り出す決意が見て取れた。
たくさんの人が行き交う大きな駅は、私の知っている世界とはまた違う、都会の喧騒に満ちていた。初めて見る大勢の人々に、少しだけ圧倒された。ここに来る前の屋敷での生活が、どれほど閉鎖的だったかを痛感する。
人の波に飲み込まれそうになりながら、私は祖父の背中を追った。祖父は私たちを連れて、人が少ない、大きな柱が並ぶ場所へと進んでいく。
この駅から魔法の学校に行くための列車が出ているなんて、一体誰が想像できるだろうか。私の心は、まるでジェットコースターのように上下していた。
そして、祖父は立ち止まって、とある柱を指差した。
「ここだ。イヴ、この中に向かって、ゆっくり歩いていきなさい。懐かしいなあ、ヴァイオレットもここを不安げな顔で進んでいったんだ。しかし、一度この壁を越えれば、もう後戻りはできないぞ。覚悟は良いか?この先は、お前自身の力で切り開いていくのだ」
突然のことに、私とオリヴィアは顔を見合わせた。柱の中に、歩いていく? そんな、ことをしたら壁にぶつかってしまうじゃない!
「そんなことできるわけないわ!」と叫びたかったけれど、言葉にならなかった。
オリヴィアも、「伯爵様、何を…お嬢様が、壁にぶつかってしまわれますわ!この方法は危険すぎます!別の方法を探しましょう!!」と困惑した声を上げた。
でも、祖父の目は真剣で、冗談を言っているようには見えなかった。祖父の真剣な眼差しが、私に「信じろ」と語りかけているようだった。私は、祖父の言葉を信じるしかなかった。
私は、言われた通りにゆっくりと、その柱に向かって歩き始めた。一歩、また一歩。目の前の柱はどんどん大きくなっていく。
心臓がドキドキして、足がすくみそうになった。本当にぶつかってしまうんじゃないか、とぼんやり考えていた。もしぶつかってしまって、みんなに笑われたらどうしよう?そんな、子供らしい恐怖がよぎった。足が鉛のように重く感じられた。
柱にぶつかる寸前、私の体はぴたりと止まった。
なぜだろう? まるで、見えない壁に触れたような、不思議な感覚だった。壁は、温かく、そして柔らかく感じられた。
すると、手のひらに、ほんの少し、温かいような、冷たいような、不思議な力が触れたような気がした。その力に触れた時、私は直感的にここを進めば本当に2人とお別れしてしまうのだと理解した。
この一歩が、過去との決別なのだ。そう思うと、少しだけ寂しくなったけれど、それよりも、新しい未来への期待が勝った。
私は慌てて振り返り、祖父とオリヴィアを見た。二人は、心配そうに私を見つめていた。二人の顔が、涙でぼやけて見えた。彼らの顔を、もうしばらく見ることができない。そう思うと、また涙が込み上げてきた。
「行ってきます。おじいさま、オリヴィア、本当にありがとう。二人のおかげで、私はここまで来ることができました」
私がそう言うと、私の体は、柱の中に吸い込まれるように、すっと消えていった。まさか、本当に柱の中に入ってしまうなんて。でも、私の足元は、コンクリートの上を歩いている感覚のままだった。
これは夢じゃない。本当に、私は新しい世界へと足を踏み入れたのだ。体が、まるで魔法にかかったように、軽くなるのを感じた。
目の前には、真っ赤な蒸気機関車と、たくさんの人で賑わうプラットフォームが広がっていた。ここは、本当に魔法の学校へ向かう場所なのだと、改めて実感した。
この光景は、私が見たどんな絵本よりも鮮やかで、息をのむほど美しかった。空気が、まるで魔法の粉でできているみたいに、きらきらと輝いているように見えた。