エヴァリーナと秘密の契約 作:大化の改新
エヴァリーナの日記 18
日付:9月1日、キングズ・クロス駅、9と3/4番線(続き)
柱を抜けた瞬間、私の目の前には、絵本で見たような真っ赤な蒸気機関車が、白い蒸気を噴き出しながら堂々と鎮座していた。そして、その周りには、たくさんの人々がひしめき合っている。
皆、私と同じようなローブを着ていたり、奇妙な動物を連れていたり、大きなトランクを運び込んでいたりする。プラットフォームには、甘いお菓子の匂いや、古い本の匂いが混じり合って、不思議な香りが漂っていた。まるで、私を歓迎してくれているかのようだ。
その光景に、私は完全に圧倒されてしまった。まるで、これまで生きてきた世界が、一瞬にしてひっくり返ったような気分だ。私の頭の中は、興奮と混乱でごちゃ混ぜになった。
こんなに多くの人が、私と同じように魔法の世界へ向かっている。それは、なんだか心強いことのように思えた。
混乱した頭で、私は周りを見回した。祖父も、オリヴィアも、もうそこにはいなかった。きっと、彼らはこことは違う本来のキングズクロス駅にいるのだろう。
私は本当に一人ぼっちになったのだ。でも、その寂しさは、すぐに新しい世界への好奇心に変わっていった。
一人ぼっちになったことに、一瞬だけ不安がよぎったけれど、すぐに私は冷静に、今すべきことを考えた。ここで立ち止まっているわけにはいかない。私の新しい人生は、今始まったばかりなのだから。
そうだ、ホグワーツ特急に乗らなければ。早く、この列車に乗って、あの屋敷から遠く離れたい。もう、二度とあんな場所には戻らない。
私はシェリーの入った鳥籠と、重いトランクを抱え、人々の波に逆らわないように、ゆっくりと列車に近づいていった。列車の近くからは、楽しそうに話す子供たちの声が聞こえてくる。私と同じくらいの年の子たちもたくさんいた。みんな、本当に楽しそうだ。
私も、あんな風に笑える日が来るのだろうか。新しい友達はできるかな。
少しだけ期待に胸が膨らんだ。
特急の扉は開いていて、中にはたくさんのコンパートメントが並んでいた。私は、できるだけ人のいない場所を探して、通路を進んだ。どのコンパートメントも、すでに誰かが座っていて、賑やかな話し声が聞こえてくる。
「誰かと一緒になるのは、ちょっと嫌だな…」
人見知りな私は、そうぼんやり考えていた。見知らぬ人と同じ空間で過ごすのは、少しだけ緊張する。
私は、できるだけ静かな場所がいい、とぼんやり考えながら、さらに奥へと進んでいった。一人になりたいような、でも、本当は誰かにいてほしいような、複雑な気持ちだった。私の心は、揺れ動いていた。
数分後、ようやく空いているコンパートメントを一つ見つけた。小さな窓があり、外の景色が見える。私はほっと息をつき、重いトランクとシェリーの鳥籠を棚に上げて、窓際の席に座った。
ようやく一息つける。この列車が、本当に私を遠くへ連れて行ってくれるのだと、改めて実感した。窓の外には、すでにロンドンの街並みが流れていくのが見えた。
座席に身を落ち着かせると、私は鞄から一冊の本を取り出した。ダイアゴン横丁で買った、魔法薬学の教科書だ。分厚い表紙の感触が、私を現実に戻してくれた。この本を読むことが、今の私にとって一番の落ち着く方法だった。
まだ何も知らない私には、この本を読むことが、唯一の安心材料だった。難しい言葉や、見たことのない植物や生物の絵が並んでいるけれど、それでも、この本を読んでいると、自分が本当に魔法の世界にいるのだという実感が湧いてくる。
これから、この本に書かれている魔法を、私が使えるようになるなんて、信じられない。どんな魔法を最初に覚えるのだろう?考えるだけで、わくわくした。
どれくらい時間が経っただろうか。列車が動き出すまで、まだ少し時間があるようだった。
私が本に夢中になっていると、突然、コンパートメントの扉が二回、コンコンとノックされた。心臓が、耳元で大きく鳴り響いた。列車の中にまで、あの屋敷の人々が追いかけてきたのではないかと、一瞬、身構えてしまった。
私の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
誰だろう?
もしかして、あの屋敷の人が、追いかけてきたのかしら…?いや、そんなはずない。祖父が言った秘密を、彼らが知るはずないもの。
緊張で体が硬くなる。もしかしたら、ルーカスお兄さまやノエルお姉さまのような、意地悪な子かもしれない。私は、身構えながらも、なんとか声を絞り出した。声が震えないように、必死で息を整えたてから。
もし意地悪な子だったら、どうしよう。また、あの頃のように、心を閉ざしてしまうのは嫌だわ。
「ど、どうぞ……」
扉の向こうに、一体誰が立っているのだろう。私のホグワーツでの生活は、ここから本当に始まるのだ。新しい生活は、希望に満ちているはずだ。でも、やっぱり少し怖い。この扉の向こうに、どんな運命が待っているのだろう。
エヴァリーナの日記 19
日付:9月1日、ホグワーツ特急のコンパートメントにて
コンパートメントの扉がゆっくりと開いた。そこに立っていたのは、私の予想とは全く違う女の子だった。ショートヘアで、ぱっちりとした瞳。顔立ちは愛らしく、どこかお人形さんのようだ。真っ直ぐな前髪が、彼女の大きな瞳を強調していた。
うーん、こういう種類の犬っていたよね。なんて名前だったかしら?とにかく愛嬌があって可愛らしい方ね。
その子は、私を見るなり、少しはにかむように微笑んだ。品がありとても可愛らしい少女だ。彼女の存在は、まるで一輪の美しい花が、この薄暗いコンパートメントに咲いたかのようだった。
「ねぇ、もしよければ、このコンパートメント、ご一緒してもよろしいかしら?空いている席、ここしかないみたいで…もしご迷惑でなければ、なのだけど」
その子が尋ねた声は、鈴が転がるように心地よかった。私は一瞬、どう返事をするべきか迷った。人見知りな私は、普段ならすぐに頷けない。でも、彼女のまっすぐな瞳を見ていたら、断るなんてできなかった。その瞳には、遠慮と、かすかな期待が入り混じっていた。
「ええ、もちろんです。どうぞ、お入りください」
私がそう答えると、彼女はにこりと笑ってコンパートメントに入ってきた。彼女は荷物を棚に上げると、私の向かいの席に座った。彼女の動作は、とても洗練されていて、まるで貴族の令嬢のようだった。
「私、パンジー・パーキンソンよ。よろしくね!気軽にパンジーと呼んでちょうだい!あなたのお名前は?」
彼女はとてもはきはきと自分の名前を名乗った。その明るさに、私は少し圧倒されながらも、小さな声で返した。パンジーという響きが、彼女の愛らしい顔によく似合っていると思った。
「エヴァリーナ・グラナダ=ウィンチェスターと申します。えっと……良かったら、イヴと呼んでください。私に、友達が…できると嬉しい、です」
私は、まだ慣れない敬語で、もごもごと言葉を紡いだ。初めて、自分から名前を名乗る以外で話すことが出来た。イヴと呼んでくださいとお願いするなんて、初めてでちょっと緊張する。心臓が、ドクドクと鳴り響いているのが自分でも分かった。
そんな私を他所に、パンジーさんは不思議そうに首を傾げた。
「ウィンチェスター? うーん、聞いた事のない家名ね……あなたは、純血の魔法使いなのかしら?それとも、どこかの分家かしら?」
純血の魔法使い?
その言葉の意味が、私にはよく分からなかった。ダイアゴン横丁でハーマイオニーが知っていたような知識は、私には何もない。私は、自分の無知が露呈するのではないかと、内心怯えた。
でも、母が魔法使いだったと祖父が言っていたし、きっと魔法使いの血が流れているのだろうとぼんやり考えた。しかし、私の父も魔法使いだとは限らないし、そもそも純血の定義も不明だ。ここは素直に答えておくべきだろう。正直に話すしかない。そう決意して、私はゆっくりと口を開いた。
「えっと、多分、私は……純血ではないと、思います…父は魔法使いではなかったかもしれませんし」
私の答えを聞いた途端、パンジーさんの顔から、さっきまでの愛らしい笑顔が消え去った。その表情は、まるで汚いものを見たかのように歪んでいた。まるで、目の前にいる私が、悪臭を放つ何かであるかのように。その変化に、私の心は凍りついた。
「なんですって!? マグル生まれだったの!? 信じられないわ! 穢れた血と一緒なんて……最悪だわ!ああ、今日なんて厄日なのかしら!よりにもよって、こんな狭いコンパートメントで一緒になるなんて、信じられない!いますぐ出て行ってよ!」
パンジーさんは突然、声を荒げて騒ぎ立てた。その声は、耳障りで、私の心を突き刺した。彼女の目は、憎しみと嫌悪で満ちていた。
その言葉は、私の心を直接えぐるようだった。
「薄汚い」「卑しい」「血が汚れている」
屋敷で何度も聞かされた言葉が、頭の中でこだまする。結局、外に出ても、私はまた、自身の血筋で蔑まれるのか。せっかく、あの地獄のような屋敷から逃げられたと思ったのに。この新しい世界も、結局は同じ場所だった。
私の目から、止めどなく涙が溢れ出した。視界が涙で歪み、パンジーさんの顔がぼやけて見えた。
ホグワーツへの希望。新しい世界への期待。それら全てが、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。こみ上げてくる悲しみに、私は抑えきれず、幼子のように嗚咽を漏らした。もう、誰も私のことを、ありのままに受け入れてはくれないのだ。そう思うと、絶望で胸が張り裂けそうだった。
「うっ、ひっぐ……あなたも、私の家族たちと、同じことを言うんですね。うっ、ううっ……私が、生まれてきたことが、そんなに悪いことなんですか……ひっぐ…」
私のその言葉に、パンジーさんは驚いて目を丸くした。さっきまでの怒った顔はどこへやら、呆然とした表情で私を見つめている。彼女の顔から血の気が引いていくのが見て取れた。
「ちょ、ちょっと、泣かないでよ! 私が悪者みたいじゃない!別に、そんなに泣くことないでしょう!?」
そう言って、パンジーさんは慌てて鞄から真っ白いハンカチを取り出した。そして、そのハンカチで、優しく私の目元を拭ってくれた。そのハンカチは、かすかに薔薇の香りがした。さっきまで私を罵っていた手とは、とても思えないくらい、優しい感触だった。
もう片方の手は、私の背中にそっと触れ、まるで過去にオリヴィアが泣き続ける私を慰め続けてくれたかのように、パンジーさんはゆっくりと私の背をさすり始めた。その小さな手が、私の背中を優しく叩いてくれた。混乱と悲しみの中で、その温かさが、私を少しだけ落ち着かせた。
もう何が何だか、分からないや。
さっきまで私を罵倒していた子が、今は私の涙を拭い、背中をさすっている。
この状況、一体どうなっているの?
私の頭の中は、疑問符でいっぱいだった。彼女の行動は、私にとってあまりにも矛盾していた。
一体、何が本当の彼女なんだろう?