魔法科高校の転生者〜暴虐の魔王の力を継ぐもの〜 作:Aibelnik
──静寂。
それが、最初に感じたものだった。
耳鳴りもない。世界が凍り付いたかのような沈黙。
「……ここは……」
ゆっくりと瞼を開ける。白い天井、無機質な蛍光灯の光。鼻をつく消毒液の匂い。
(病院……か)
体を起こそうとしたが、鉛のように重く、わずかに首を傾けるのがやっとだった。
視線を動かすと、簡素なベッド脇の椅子に制服姿の将輝が突っ伏して眠っていた。乱れた上着を枕にしている。
(……生きてる。よかった……)
胸の奥がじんわりと熱くなったその時。
「……っ! 目を覚まされたんですね!」
看護師が慌てて立ち上がった。すぐさまナースコールを押し、走り去っていく。
数十秒も経たぬうちに、病室のドアが乱暴に開かれた。
「悠也!」
飛び込んできたのは父・一条剛毅だった。あの戦場で見せた“家長”の顔とは違い、今は血相を変え、ただ息子の生を確かめる父親の顔をしていた。
「……父さん」
安堵と怒りとが入り混じった声で剛毅は言った。
「目を覚ましてくれて……よかった。本当に……」
「俺は……どうなったんだ?」
剛毅は数秒黙り、重く口を開いた。
「お前が意識を失った直後──敵は壊滅した。研究施設ごと、消し飛んだ」
「……っ」
悠也の心臓が跳ねる。
あのとき感じた焼け付くような熱。剣が変貌した瞬間。全てが現実だった。
「敵は、研究所を拠点にした不法武装集団だった。だが……あの規模の武装と魔法装置、背後には国家か大企業が絡んでいたと考えるべきだろう。研究所は瓦礫になり、生き残った者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げた」
淡々とした声に、戦場の残酷さが滲んでいた。
「……そして。お前の戦いぶりを見た者たちが、勝手に呼び始めた名がある」
剛毅はわずかに顔を曇らせ、口にした。
「“黒の魔王”。──いや、“黒の怪物”とも、“死神”とも呼ばれている」
「黒の……」
呟いた悠也の胸に、重たい感覚が広がる。
戦いの最中、己を焼き尽くさんばかりに溢れ出た力。その光景を目にした者にとって、自分はもはや人間ではなく、災厄として映ったのだ。
「マスコミは面白がって“黒の魔王”と煽っている。兵士の間では“黒の死神”が定着しつつあるようだ。どちらにせよ……お前は、この国で特異な存在になった」
まるで悪い冗談のような呼び名。だが父の表情は冗談ではなかった。
「戦場にいた味方の兵士ですら震え上がった。理を滅ぼす剣で敵を消し去る姿は、人の枠を超えた“魔王”そのものだったそうだ」
「……」
言葉が出ない。
敵を殺すつもりはなかった。ただ守るために力を振るったはずだったのに。
「国防軍はすぐに動いた。『兵器として管理下に置くべきだ』と通達が来た」
「兵器……」
血が凍る。
人としてではなく、ただの武器としてしか見られていない。
「もちろん俺は拒否した。一条家の長男を軍の駒にされてたまるか」
剛毅の声には激しい怒気が滲んでいた。
「十師族の一条家を無視することはできん。政府も軍も板挟みになり、結局お前は“監視対象”として扱われることになった」
つまり──逃げ場はない。
悠也は深く息を吐き、決意を固めた。
「父さん……頼みがある」
「なんだ」
「訓練の場を用意してほしい。この力を……制御できるようになりたい」
剛毅は悠也の瞳を見つめ、やがて頷いた。
「……わかった。ただし俺の目の届く範囲でだ」
数日後。
俺はあの騒動からほどなくして病院を退院し、一条家の地下訓練場に足を運んでいた。
あれから気づいたことがある。
──俺の体は、色々とおかしくなっていた。
まず、身体能力。
目を覚ましてからというもの、視界の解像度が異常に高い。
遠くの針の穴すら見通せるほどに。
筋肉の反応速度も、以前とは比べ物にならない。
拳を軽く振るだけで空気が悲鳴を上げ、病室のカーテンが大きく揺れた時は、本気で看護師に睨まれた。
そして脳。
膨大な情報が一度に流れ込んできても、混乱しない。
むしろ瞬時に整理され、答えが浮かぶ。演算能力そのものが跳ね上がっていた。
「……やっぱり、あの時の力のせいか」
そう呟きながら、俺は訓練場の中央に立った。
あの戦場で暴れた“何か”を放置するわけにはいかない。
制御できなければ、自分も周囲も滅ぼすだけだ。
剛毅父さんの伝手で、地下訓練場はすぐに用意された。
結界と強化壁に覆われ、国防軍でも使えるレベルの施設だ。
ただし、本来は十師族の研究用に使われているものを借り受けただけ。
「壊すなよ」と釘を刺されたが……正直、自信はない。
深呼吸して、手を前に出す。
まずは意識を内側に沈め、あの時暴走した感覚を探る。
すると──視界が、揺らいだ。
「……来たか」
瞳孔の奥が灼けるように熱い。
自分の意思ではなく、勝手に開いていくような感覚。
眼の奥に渦巻くのは、破壊の衝動そのもの。
──破滅の魔眼。
目に映った機材が、音もなく震え始める。
結界壁に走る細かな亀裂。
金属ラックが軋み、設置された計測器が異音を発する。
「……っ!」
慌てて瞼を閉じる。
数秒後、破滅の衝動がようやく引いた。
冷や汗が背中を伝う。
「なるほど……これが俺の“魔眼”か」
ただ見ただけで、対象を壊す力。
制御できなければ、人も、建物も、あっという間に瓦礫に変わるだろう。
「悠也……今のは……何だ?」
背後から低い声がした。
父さんだ。
訓練の様子を観察するために立ち会っていたが、想定外の現象に顔を強張らせていた。
「……俺にも、はっきりとはわからない。ただ、見れば壊れる……そんな“眼”だ」
「馬鹿な……そんな能力、聞いたことがない」
「俺だって知らないさ」
父さんの瞳に、一瞬だけ恐怖がよぎった。
だがすぐに、それを怒りでかき消した。
「制御できなければ、ただの災厄だぞ」
「わかってる。だからこそ、訓練が必要なんだ」
俺は拳を握りしめ、再び深呼吸する。
次は魔眼ではなく、別の力を試す。
あの戦場で使った、創造の魔法。
手のひらを空中に掲げ、意識を集中させる。
「創造」
イメージしたのは小さなナイフ。
シンプルで、壊しても問題のないもの。
瞬間、空気が震え、光が凝縮していく。
「……っ!」
だが、完成する寸前で形が歪んだ。
刃の部分が過剰に膨張し、鋭利な破片が四方に飛び散る。
結界に弾かれたが、壁に亀裂が走った。
「やっぱり……簡単にはいかないか」
肩で息をする俺を、父さんが険しい表情で見つめていた。
「悠也。お前の力は危険すぎる。国防軍が言うように“管理下”に置かれる方が安全かもしれん」
「……っ!」
その言葉に、胸がざわついた。
国防軍──あの戦いの後、俺を「兵器」として組み込みたがった連中だ。
だが父さんが拒み、一条家として突っぱねてくれた。
「父さん。俺は……兵器じゃない。俺は俺だ」
「……」
「だから、力を制御する。CADについて学ばせてほしい。自分のための道具を、自分で作る。そのための勉強がしたい」
父さんは腕を組み、しばらく黙り込んだ。
地下の静寂に、機材の軋みだけが響く。
やがて、深い溜息。
「……好きにしろ。だが、制御できなければ本当に……」
「わかってる」
その時だった。
訓練場のドアが、強く叩かれる音がした。
「一条剛毅殿、国防軍です。ご子息の件で──」
父さんの眉が吊り上がる。
「……またか」
どうやら、あの戦いの余波はまだ収まっていないらしい。
国防軍は、何度も俺を“管理下”に置こうと働きかけている。
「悠也。お前は部屋に戻っていろ。俺が話をつける」
父さんは低い声で言い残し、扉の方へ向かった。
背中から伝わる気配は、怒りと決意そのものだった。
俺は拳を見つめた。
破滅の魔眼、制御できない創造。
確かに危険すぎる。だが、だからこそやるしかない。
数日後──。
国防軍との交渉の結果、妥協案が示された。
「……第一高校に入学する。監視と育成を兼ねて、だとよ」
父さんが不機嫌そうに告げた。
国防軍が望んでいた“兵器管理”ではなく、表向きは教育機関への進学。
その裏で、監視と研究を兼ねていることは明らかだ。
だが、それでいい。
俺にとっては、制御と学びの場が必要だった。
父さんの言葉に、深く頷いた。
そうだ。
黒の魔王でも、兵器でもない。
俺は──俺として生きる。