今日の祖父の九周忌には客がいた。
黒い和装の男は、神楽鏡影と名乗っていた。
葬列の先頭では住職が酒瓶を持っている。
そのすぐ後ろを空の白木の棺桶が、大八車に載せられて、村の若衆によって押されている。遺族である私たち家族はその後ろをついていく。
そういえば以前取材を受けた時に、仏教系なのに酒を使うのかと驚かれたことがあった。
この葬儀の形態が珍しいためか時に見物に来る者がいる。地方局の取材、映画監督の一行、大学生が論文を書くため観に来ていたこともあった。
しかし神楽はそのどれでもなく、メモを取るわけでもなく、ただじっと葬列を見つめて、ついてきている。
住職は首に数珠を巻いて指で数え、念仏を唱えながら、往く道に酒を振りまいている。念仏の合間に若衆たちが掛け声を合わせる。湿って車輪に踏み固められた土の上を進む。洞穴の社にお参りをして、また進む。
私は何とはなしに後ろに居る神楽に話しかけてみた。
「珍しいですか、やはり」
愛想笑いを投げかけてみる。
しかし彼はなにも答えない。肉食獣にも似た鋭い目で、葬列を見つめている。
愛想笑いをしたまま向き直った後だった。
「この土地では」
神楽が口を開いた。
「この土地では、こうして死者を弔うのですか」
「え」
神楽の言葉は、疑問形で終わっているが、質問ではないように聴こえた。
責められているような。
「いいえ、なんでも」
神楽はそう言って会話を打ち切った。
葬列は一周忌ごとに村を十周、それをくりかえして八十八周するまで続ける。
長老にその意味を聴いても知らないというし、他の者に聴いてもはぐらかされるだけだ。
今日は八周するだけでいい。
最後の一歩は我が家の前で止まる。若衆たちは柏手を叩く。これも驚かれたが、神仏習合の時に残った名残だろうと大学生の一人は推論していた。
残った酒をふるまわれ私たちは互いをねぎらう。私は酒が苦手なのでわずかに唇を湿らせるだけにする。
白木の蓋が、わずかにずれていた。
運んでいる間に衝撃でずれたのだろうか。
私は棺桶へ近付いた。
後ろから声がする。
「弔うというより、生き返らせようとしていますね」
蓋を掴んだ。
なぜか寒気がして、手が震えて上手く直せない。
蓋の隙間から。
蓋の隙間から見えたのは、白木の底だった。
私は手を合わせ、蓋を直した。
宴会の席で、神楽に改めて挨拶をした。
「珍しいでしょう。この村の葬儀は」
神楽は鋭い目のまま笑ってみせた。尖った犬歯が覗く。
「ええ、大変興味深いものでした」
「ぜひ、またいらしてください」
以前、この地を訪れた宗教学者は念仏の言葉を解読してくれた。
輪廻転生を繰り返し永遠の命を得ることを願っているらしい。解脱を最終目的とする根本仏教から大きく外れた、研究に値しない分派だと結論付けて去って行った。
「御爺様」
神楽にそう呼ばれ、私は頷いた。
コップに注がれた酒を、一息に飲み干した。
終