#狂気太郎作品ホラーWEBアンソロ   作:塩漬鰯

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百物語の地平。

 樫村雄治。

 三島健一郎。

 日笠円蔵。

 

 三人は荒野に座って、コーヒーを飲みながら休憩している。

 

「これは遠い親戚から聴いた話なんだが……」

 

 ケンがおもむろに言葉を紡ぎ始めた。

 

 

 その親戚は火葬場で焼却炉を操作する仕事をしていたんだが、ある日、点検中に燃え残った指輪を見つけたんだ。

 棺を乗せる台から転げ落ちたんだろうな。遺族に連絡しようと思って指輪をロッカーに仕舞った。

 だけど、その晩から悪夢を見るようになったんだ。

 毎晩毎晩金縛りにあって、ゴウゴウと炎に焼かれる音と女のうめき声が耳について離れない。自分が棺桶に閉じ込められて焼かれてるみたいな気持ちになって、精神的にもまいっちまった。

 首をくくる前に指輪を焼却炉に戻した。それで、その日来た遺体と一緒に燃やしたんだ。

 指輪は跡形もなくなっていた。

 解決したと思うだろ? まだ続きがあるんだよ。

 悪夢は消えなかった。それどころか声ははっきり聴こえるようになってたんだ。

 なんて言ってたと思う?

 指輪、どうしてあの人にあげちゃったの。

 

 

「………」

 

「………」

 

「なあ、なんで指輪を燃やしたんだ?」

 

「話、聴いてたか?」

 

「聴いてたから訊ねてる」

 

「ムードの分からねえ奴だな……」

 

 ……怪談というのは、語り手だけでなく聴き手の協力があって成立するらしい……

 

「今の、怪談だったのか?」

 

「この野郎。お前が話してみろよ」

 

「そう言われてもな……あっそうだ。こういう話ならあるぞ」

 

 雄治がマグカップを置いて、語り始めた。

 

 

 小学生の時、夏休みで祖母の家に帰省した時の話なんだが、その家は古くてな、先祖の写真が並んでるんだ。

 俺は気になってひとりひとり指さして名前を聴いたんだよ。

 権蔵じいちゃん、正彦ひいじいちゃん、ええとそれから……思い出せないな。

 そんなことはどうでもよかったな。

 ひとりひとり指さして、名前を聴いて、五人目になって、それだけ若い女性だったな。妙なことをおばあちゃんが言ったんだ。

 この人は知らない。

 おばあちゃんが言うには、この家に移り住んだ時にはもう写真があったって言うんだ。

 うん。自分たちが建てた家じゃなくて、買い取った家だったんだな。

 前の住人はよくわからないけど、妙な病で全員死んでしまったらしい。

 買い取った時にその若い女性の写真が残されてて、捨てるのも忍びないからって、供養のつもりでそのまま飾ってたんだとさ。

 これだけなら全然怖くないよな。けどな、おばあちゃんが言うんだ。

 この遺影、たまに笑うんだよ。

 ……俺は見たことないけど。おばあちゃんはよく掃除の度に見てたらしい。

 

 

「………」

 

「………」

 

「ケン、大丈夫か?」

 

「は!? なにが?」

 

「今、どこも見てなかっただろ。一応俺も周囲は警戒してるけど」

 

「なんでもない!」

 

 ……私もいいだろうか。君たちに比べれば、つまらない話だろうが……

 

 コーヒーに白い触手を漬けたまま日笠が語り始める。

 

 

 この世界に電車がまだ走っていた頃の話だ。

 終電車に乗っていたその男はうとうとと目を瞑った。そして目を開いた時、いつの間にか女性が向かいの席に座っていることに気付いた。

 女性の手には黄色く酸化した紙と、なぜか脱いだ靴が握られていた。酔っ払いだろうかと男はまだ気にしなかった。

 目的地に電車が到着する。男は立ち上がって扉に向かった。そしてふと、女性の座っているほうを振り返った。

 座席に女性はいなくて、紙と両足の靴だけが残されていた。

 男は忘れ物を届けようと手に取った。その時、紙に書かれた文字が見えた。

 見つけてくれてありがとう。

 紙はじっとりと湿っていた。

 男は気味が悪くなって手紙を捨てたが、もう遅かった。ベルも鳴らずに電車が発車する。男は既に異世界へ入っていたのだな。

 男が顔を上げると、窓の外にその女性が……

 

 

「………」

 

「………」

 

 ……すまない、つまらない話だったな……

 

「なあ、そもそも百物語ってなんだったか」

 

 ……百個の怪談を持ち寄ることで怪奇現象を呼ぶ儀式の一種だ。たとえば、幽霊が出るなど、だな……

 

「ふうん」

 

「別に会いたくねえな」

 

「じゃあ、なんで始めたんだ。ただの暇つぶしか」

 

「こんな世界でできることと言ったら、殺し合いとこういう話くらいだ」

 

「楽しいわよね。殺し合うよりずっと」

 

「ああ」

 

 相槌を打って、雄治は振り返る。

 ケンは空を見上げる。

 日笠は、コーヒーの残りを啜り上げる。

 

「なにか言ったか」

 

「いいや」

 

 荒野に明かりはひとつとしてなく、ただ三人が座っているだけだ。

 

 ……意志力が世界を支配するとするなら、肉体を持たない魂、つまり幽霊が存在してもおかしくはないだろう……

 

 そのうちの一人、口を持たないテレパスの言葉が、彼らの頭に反響する。

 

 

  了

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