私は暗い墓所を歩いていた。九鬼さんを支えながら。
昔から霊感だけはあった。自分にしか見えない人をちょくちょく見ることがある。
けれど怖いと思ったことはない。家はお寺だし、輪廻の途中にいる魂に対して、必要以上恐れることはないと教えられてきた。学校からの帰り道は墓所を通ったほうが早いし。このことを友達に話すと引かれるからあんまり言わないけど。
友達とゲーセンで遊んでいて少し遅くなった。黄昏時、墓所の入り口へ向かうと、そこに黒いコートの男性がうずくまっていた。
「どうかしましたか?」
あたしは声をかけた。
「なんでもありません、少し、疲れてしまいまして」
男性はかなり背が高い。うずくまっていてもわかった。この暑い中ロングコートを着込んでいて、頭には天辺が丸い帽子、山高帽?って言うんだろうか、をかぶっていて、暗くてよくわからなかったけど仮面をつけていて、胸元に赤い宝石のネクタイ留めが光っていた。
「あたし、仙草って言います。お名前は?」
「九鬼です」
彼の腕をあたしの肩に回して支える。体重をあずけられたらこっちが潰れるだろうけど、ないよりはマシだろう。
「すみません」
「お家はどちらですか」
「家はもうありません。追い出されたので」
九鬼さんはなんでもないことのように言った。彼を家に上げることにした。
太陽が沈んでいく。青い空気が墓所を包んで、雰囲気だけは怖い。
「お墓にオバケなんていませんから」
彼に語り掛けるつもりで言った。
「おじいちゃんとお父さんが毎日お経をあげて供養されているんです。未練の残った亡霊なんていませんし、いたとしても悪い亡霊なんかじゃありません」
「私は別に……」
「勉強してますから、あたしも。安心してください」
九鬼さんはなにか言いたげだったけど、深いため息をついて話を変えた。
「見えるのですね、あなたは」
突然言われたからあたしは驚いて、転びそうになった。けどしっかり九鬼さんを支えて姿勢を立て直す。
初対面で見抜かれたのは初めてだ。なんだか、この人には全てを見透かされてるような気がする。
「はい、お寺の子供だから、じゃないと思いますけど」
「その力を、誰かのために使いたいですか」
「誰かのため?」
変な質問だと思った。九鬼さんは続ける。
「霊視はそう珍しくない能力です。死者と対話し、生きた者との橋渡しをするだけで莫大な富を得ることもできる。あなたはそのような夢を描いたことはありませんか」
あたしはお墓に挟まれた道を歩きながら、少し考えて、言った。
「少し考えたことはあります。遊ぶお金は欲しいから。……けど、この世を彷徨ってる魂だって必死で生きて来た人だと思うから、あたしの都合なんかで利用するのは、違うかなって」
「………」
あたしのたどたどしい答えを、九鬼さんは黙って聴いていた。
「霊視? ができる他の人がどう生きてても、別に知らないけど、あたしは別の事で人の役に立ちたいかなって」
墓所を抜けた。生垣の間を通って、彼の腕を引っ張る。
手がすっぽ抜けた。
もう一度彼の腕を掴もうとするけれど、掴んでも手ごたえがない。煙のように薄れていく。
「九鬼さん?」
「ここでは成仏できないようです」
九鬼さんの声がした。生垣の向こうを覗いてみても、仮面は見当たらない。
「どうか、その心をお忘れなく」
あたしが連れて来た大男は、煙のように消えた。
翌日、お父さんが逮捕された。
家族が見てないところで檀家さん相手に二束三文の壺に色を付けて売ったり、あくどい商売をしていたらしい。おじいちゃんは気まずそうに視線を逸らすだけで何も言わなかった。おばあちゃんが話してくれたけど、若い頃に同じことをしてたらしい。
あたしは世界ってこんなもんなんだなあと思った。学校の机に『サギ師の娘』と落書きされたりしたけれど、一番仲のいい友達は見捨てなかったし、彼女に会いに行くために学校へ通って帰りにゲーセンで遊んだ。
クレーンゲームで恐竜のぬいぐるみを取ろうとして、何度も失敗しながら彼女と笑い合った。
ふと、背後に大きな気配を感じた。
「九鬼さん?」
あたしは振り返る。
「誰、クキサンって」
「ううん、気のせいだった」
クレーンにうまくタグがひっかかって、ぬいぐるみが取り出し口に落ちた。
了