ARMORED CORE6:Re.life in Kivotos 作:トリミングチキン
これは、キヴォトスの外の話だ。
ある子供がいた。
賭けに負けたか、攫われたか、はたまた親にでも売られたか。
今となっては知る術は無い。ともかくその子供は売り物として強化手術を受けた。
お前達には馴染みがない言葉だろう。
強化手術とは、人間の機能を強化する手術の総称だ。
その中でもACーーお前たちが今日と一昨日に見たようなロボットと神経を接続するデバイスの追加が主な目的だ。
要するに兵器を扱う生体パーツとしての役割の強化だ。
しかし、そいつが受けたのは『旧世代型』と呼ばれる型落ちの手術だった。
さらに失敗が重なったせいだろう。記憶も身体機能も、そのほとんどを失った。
当然、型落ちの出来損ないが売れるわけがない。
そいつは長い間、ラップ巻きの冷凍品として保管され続けた。
だが、そんなアンティークを買った変わり者がいた。
ウォルターという初老の男だ。
廃棄寸前の売れ残りはハンドラー・ウォルターの猟犬として新たな生を得た。
そのハンドラーはお人好しだった。
ボロ雑巾のようだったそいつのため、普通の人生を買い戻すための仕事を与えてくれた。
意思も感情もない強化人間はACを駆り、ハンドラーの取ってきた依頼をこなし続けた。
その過程で、人との関りと莫大な金銭を手に入れ、大昔に失っていた人らしい感性と肉体を取り戻した。
やがてハンドラーの元を離れ、1人の人間として歩き始めた。
それから2年の月日が流れたある日、理由も分からずキヴォトスに飛ばされた。
目を覚ました場所はゲヘナ自治区。
先程の風紀委員会の管轄だ。
そいつは彼女らに拾われ、風紀委員として短い時を過ごした。
傭兵として生きた経験と強化手術による身体能力があったからな。規則違反者が跳梁跋扈するゲヘナでも苦ではなかった。
だが、平和など知らないそいつの肌には合わなかった。
だから、ゲヘナから逃げ出した。
「これで俺の話はおしまいだ」
(だいぶ真実をぼかしたが、これでいいだろう。こいつらには似つかわしくない話だ…)
面白いところは全て省いてしまったつまらない身の上話を語り終え、改めて机に座る皆の顔を覗く。
誰一人として口を開かない。
言葉では表せない重い空気だけが教室を満たしている。
静寂に耐え切れず俺から切り出した。
「何か聞きたいことは?」
アヤネが小さく手を挙げた。
「あのロボット……ACとイツキちゃんは、どういう関係なんですか?」
二機とも俺が殺した奴らの機体だ。
だが、そこまで話す必要もないだろう。
「……あいつらは、さっき言った依頼の時に会った奴らの機体だ。青い方のパイロットとは何回か会ったこともある」
再び教室が静まり返る。
だが以前とは異なりホシノも精神的に安定している、これなら話しても問題ないはずだ。
「察しているとは思うが、あの機体の狙いは俺だ。これ以上お前たちに迷惑をかける気はない。アビドスを辞めさせてもらう」
席を立ち、扉に手をかけた。
その瞬間だった。
「イツキちゃん」
後方のホシノ先輩がゆっくりと立ち上がった。
「一人で抱え込まなくても、みんなに頼っていいんだよ」
随分と落ち着いた声だった。
「……あんたには言われたくないな」
気付いた時には、小さく零れていた。
誰にも聞こえないような、小さい声ではあったが、確かに零れた本音だった。
「居場所が割れているのは不都合だ。お前たちのために出ていくわけでは無い」
廊下を出る。
静かに扉を閉め、二階まで向かった。
階段を上るとすぐ目の前の教室に先生とヒナの姿が見える。
そのまま教室に入った。
二人の間に会話は無く、思い思いに過ごしていた。
ヒナは両手でスマホを触り、先生はヒナをゆったり眺めている。
適当な椅子へ腰を下ろし、ヒナの方を向く。
「待たせたか?」
「仕事しながらだったから、もう少し遅くても良かったくらい」
そう言ってスマホを机に置き、こちらへ向き直る。
「早速で悪いが、聞きたいことがある」
「……ウォルターという名に聞き覚えはあるか?」
彼女は少し考えた後、静かに頷いた。
「…なんで分かったの?」
連邦生徒会襲撃の時、先生は俺とウォルターの繋がりを見抜いていた。
「渡されたあのコート、先生によるとウォルターの私物らしいじゃないか」
ヒナは目を見開く。
「ちょっと待って…先生もあの人のことを知っているの?」
少し声量が大きくなった。
それに対して先生は困ったように笑い、普段より小さい声で答えた。
”…昔、あの人にお世話になってね”
「そう、先生も…」
ヒナの口元が自然と緩んだ。
「それについて聞きたい。ヒナとウォルターはどういう関係だ?」
ヒナは少し視線を落とし、思い出を辿るように、ゆっくり話した。
「…大した関係じゃないわ」
「一年生の頃、お世話になったの。仕事でもプライベートでも手伝って貰ったことが多くて」
「恩人だったの。私にとっても、ゲヘナにとっても」
「私以外にも、三年生なら関りが有る生徒も多いと思う」
キヴォトスに来たばかりのころのセナのセリフが脳裏をよぎる。
『……はい、一人だけですがキヴォトスでヘイローを持っていない人を見たことがあります』
救急車両の中で彼女はそう言った。
(
「俺に目をかけていたのは、その恩のせいか?」
「全くなかったとは言わないけど、ウォルターさんのこと抜きにしても……」
ヒナは言葉を詰まらせる。
「……あの人とあなたを重ねてた部分も、あったかもしれないわね」
ヒナは俺からほんの少し目をそらした。
「それでも、俺が世話になったのは変わりない」
軽く頭を下げた。
「礼を言う」
するとヒナが尋ねた。
「ところで、ウォルターさんは今どこにいるの?」
先生は息をのんだ。
目を見開き、席を立ちあがる。
”ヒナ、ウォルターさんは……”
「キヴォトスの外で元気にやっている。最近、足が悪くなってはいたが、それ以外はこれといった不調は無い」
先生の言葉にかぶせるように言い放つ。
彼が真実を伝えるか、嘘をつくかは分からなかったが、考えるよりも先に舌が回った。
ヒナは安心したように息を吐いた。
突然、彼女の携帯から通知音が鳴る。
ヒナが画面に目を通すと、立ち上がって机に置かれていたロングコートを羽織った。
”誰からのメールだったの?”
「うちの行政官からよ。例のロボットは姿を消したみたい」
”そっか、ならもう帰っても大丈夫かな”
先生はこちらに目配せし、俺は静かにうなずいた。
「イツキちゃーん。お取り込み中に悪いんだけどさー」
声が聞こえるとともに扉が開き、ホシノの姿が見えた。
「えーっと。そっちにいるのはゲヘナの風紀委員長ちゃんかな?」
「…一年生の頃とはずいぶん雰囲気が変わったのね。小鳥遊ホシノ」
ホシノは教室に入りもせず突っ立っている。
”……二人とも知り合いなの?”
「いいえ、私が一方的に知ってるだけ。情報部にいた頃、危険人物はすべて頭に入れていたから」
ヒナは手袋を締めなおす。
「じゃあ私は帰るわ。でもまだ安心できる状況ではないから、二人とも用心してね」
ヒナはホシノの横を通り、扉から出て行った。
”私は校門まで見送りしてくるね”
先生は駆け足で扉の外に出て行った。
ホシノは先生の背中を見届けてから、こちらに振り向いた。
「さっきの話だけどさ……やっぱり考え直してくれないかな」
「私がアビドスにいられる時間は長くない。でも、イツキちゃんがいてくれたら―――」
「ホシノ先輩」
遮るように名を呼ぶ。
「お前が卒業するまであと一年ある」
「あいつらなら直ぐにでも強くなるだろう。特にシロコは今の俺よりずっとだ。あいつは伸びしろがある」
ホシノは引き下がらずに再び口を開く。
「それでも今のアビドスには……」
ホシノは俯きながら奥歯を食いしばっていた。
「話は終わりだ。みんなによろしく言っておいてくれ」
席を立ち、ホシノの隣を通り過ぎる。
階段を下り、下駄箱から見える限りは、先生一人だけが校門に立っているようだ。
停めていたバイクを押しながら近づく。
「ヒナはもう行ったのか?」
”うん。ゲヘナの子たちって空飛べるんだね”
「……あれは、ヒナだけだと思うぞ」
先生の隣まで行く。心地よい風が吹いていた。
”ホシノは何の用だったの?”
「俺がアビドスを辞める件についてだ」
”イツキはそれでいいの?”
「あぁ。ここに居ても互いに損しかない。元々は少しの間拠点にするだけのつもりだった。長居しすぎたくらいだ」
”…わかった。でも、いつでも頼ってくれていいからね”
「了解した」
バイクに跨りながらエンジンをかける。
「先生はまだここに残るんだろ」
”うん、まだ片付いてない問題があるからね”
「それなら、アビドスが売却したあらゆる物の記録を洗っておいた方が良い。それと、ホシノ先輩のことはよく見ておけよ」
クラッチを握り込み、バイクを発進させた。
見慣れた景色を駆け抜けながら、ホシノの家へ戻る。
バイクを停め、合鍵で扉を開ける。
灯りも点いてない玄関で靴を脱ぎ、部屋の中に入る。
制服を脱いで、パーカーとジーンズに着替えた。
幾つかの私物をバイクのケースへ詰め込む。
荷造りはすぐに終わった。
少し物が減った部屋に脱いだ制服と学生証を目につくように、机に置く。
『悪いが処分しておいてくれ。』
スーパーのチラシの裏にそう書き込み、制服の上に置いた。
玄関で散らかした靴を履いて外に出る。
扉を閉じ、鍵を閉める。
(この鍵どうしたものか……また会った時にでも返すか)
バイクに跨り、スマホで地図を開く。
「……次はアクセスのいいD.U.辺りにするか」
アクセルを握り込み、排気音と共にアビドスの住宅街を駆けて行った。