赤い弓兵は新エリー都に降り立つ 作:相川
弓兵と邪兎屋
気が付けば、男はそこにいた。
何の脈絡もなく、何の指示もなく、突如として崩壊した近代都市のような場所に転送されていた。
黒いボディアーマーを身に着け、その上から赤い外套を羽織った偉丈夫は、はぁと一つため息を吐く。
このように突如として駆り出されることには慣れているが、毎回毎回人使いが荒いったらないと、男は辟易する。
しかし、ここに来て男は自らが置かれた境遇を理解し困惑した。
「……どうなっている?」
聖杯に呼び出された訳でも、抑止に駆り出された訳でもない。自らを構成するエネルギーは魔力ではなく、それと非常に類似した別の物で補完されていた。有り体に言って、受肉していた。
少し調べてみても、この世界に抑止力は無く、聖杯からのバックアップもない。「守護者」としての仕事を任された訳でもなく、「聖杯戦争」におけるサーヴァントとして召喚された訳でもない。
特異点に呼び出された可能性も考慮したが、それにしては些か不可解なことが多い。
「まあいい。どのような場所に呼び出されたとしても、私のやることは変わらん」
どんな突拍子もない場所だとしても、昔の自分と対峙するようなことにはならないだろう。
そう男は自虐的な笑みを浮かべながらとりあえず情報収集をするために歩き出した。
と、その前に赤い外套を羽織った男はその両手に白黒の夫婦剣を投影する。突如としてその両の手に現れた双剣を無造作に払えば、男を殺さんと襲い掛かってきた異形の怪物の一撃を難なく弾いた。
「これはまた、随分な挨拶だな」
男は無粋にも襲い掛かってきた下手人を見やる。
全身が黒や緑色の鉱石のような物で覆われており、頭部に当たる部分には黒い穴のような球体が存在している。右手はブレードのように変形しており、左手は大盾となっている。
人型ではあるが、それだけだ。どこからどう見ても人ではなく、そしてその戦闘能力も一般的な人間からは逸脱している。
「……死徒か? いや、違うな。何にせよ、放置して良い相手ではなさそうだ」
そう言って、男は下手人を一瞥すると目にも止まらぬ速さで異形の裏を取り、コアを一突きして無力化する。
すると、異形の怪物はまるでゲームの演出のような派手なエフェクトを残して、跡形もなく消え去った。
一体、今襲い掛かってきた生物は何なのか。男は疑問に思いながらも歩き出す。
道中、似たような異形が何体も襲い掛かってきたため、その悉くを斬り伏せながら。しかし、戦闘力は最初の個体に比べかなり劣っていたが。
◇
「おい親分! こっちにはいねぇぞ!」
「こっちもよー! 全く、どこにいるのかしら」
やけに不愉快な物質が蔓延するこの空間を歩き回って数刻、男は何の手掛かりも得られないままただひたすらに異形を倒して回っていた。
もしかしたら、この異形を掃除することが「掃除屋」たる自分がこの場に呼ばれた要因なのではないかと考えてしまうくらいには、際限なく湧いてくる異形に辟易している。
そんな終わりの見えない作業の中で、遂に話が通じそうな人を発見した。
桃色の髪をした軽薄そうな格好をした女性に、全身が機械で出来た喋るロボット。それに、上半身はしっかりした装備なのに、下半身は何故かミニスカというチグハグな格好をした銀髪の少女。
約一名、本当に人と呼んで良いものか分からない人物がいたが、自然な会話をしている辺り自我はあるのだろう。
しかし、年頃の女性が、こうも肌を露出するとは……。厄介な手合いに絡まれたらどうするつもりなのか。
と、男は一体誰目線なのか分からないお節介を心の中で焼いた。
そう言えば、前回の聖杯戦争のマスターも服装のセンスが壊滅的だったなと内心呆れる。
「にゃあにゃあ、にゃあにゃあにゃあ」
「んにゃー」
銀髪の少女が、黒猫を相手に鳴きまねをしている。
どうやら少し会話が成立しているようだ。親分と呼ばれていた桃色の女性と、ロボットの様子を窺う限り、彼女らはこの猫を探していたらしい。
銀髪の少女は黒猫と少し会話をし、黒猫をその胸に抱きあげた。どうやら、心を許してもらえたようだ。
「ニコ、見つけた」
「でかしたわアンビー! ふう、これで一件落着ね」
ニコ、と呼ばれた桃色の髪の女性に対して銀髪の少女――アンビー――は、黒猫を見せながら話しかける。
ふむ。どうやら私の見当は当たっていたらしい。と、離れた場所から観察していた男は内心で独り言ちる。
こんな崩壊した場所で猫を探す三人組。何ともアンバランスな光景であるが、同時にどこか平和であり、男も張り詰めていた気を僅かに緩めるに至った。
しかし、このような微笑ましい領域にも無粋な闖入者というものは存在する。
「二人とも気を付けろ! エーテリアスだ!」
どこからか現れた先ほどと同じような異形が、三人組を囲う。
「ビリー、援護お願い」
「おう! 任せとけ!」
アンビーと呼ばれた少女が前線を張り、ビリーというロボットが二丁拳銃で援護、そしてニコと呼ばれた女性はアンビーから託された黒猫を抱えながらも要所要所で、その特徴的な鞄を用いて二人を援護している。
彼らのチームワークは男の目から見ても高水準で、何よりアンビーとビリーの戦局を見極める目は一入だ。
前後左右全て囲われているというのに、難なく処理していくその手腕は正しく本物だろう。
しかし、離れた場所から観察していた男の目には確かに映った。
背中がマントのような物に覆われている個体が、突如としてニコと呼ばれた女性の背中に出現したのだ。
それにいち早く気が付いたアンビーは、ニコを守ろうと駆けつける。しかし、一手足りない。ニコは黒猫を抱えているため咄嗟の事態に対応することが難しく、背後に現れたエーテリアス――タナトス――の凶刃を受けるしかない。
血が流れる光景を一瞬先に幻視したその場の面々は焦る。
だが、ここに一人、手が空いている者がいた。彼は右手に持っていた白い陰剣、莫邪を投擲する。
その剣は回転しながらエーテリアスのコアを寸分違わず貫いた。
「あっっぶなかったー!」
ニコはあからさまに安堵の表情を浮かべ、ビリーも表情こそ分からないがその身体を存分に活用して感情を表現している。
「助かったわアンビー。……アンビー?」
どうやら、ニコはアンビーに間一髪で助けられたと思っているようでアンビーに礼を言っている。
しかし、アンビーは未だ油断なく辺りを見回している。
己ではニコを助けることは不可能だった。それはアンビー自身がよくわかっている。加えて、エーテリアスを貫通し、地面に突き刺さった莫耶が消えるその瞬間をその目で見たのだ。
「誰? いるんでしょ、今すぐ出てきて」
冷たい声音で言い放つアンビーの様子に、ニコもビリーもただ事では無いことが分かったのかすぐに構える。
その様子に男は感心しながらも観念して三人の前に姿を晒すことにした。
「余計な援護だったかね?」
「そんなことないわ。助かった」
「ふむ。役に立てたなら何よりだ」
一応礼は言うアンビーだったが、その瞳から警戒の色は抜けていない。
真正面から警戒されている男であったが、彼はそこまで不快には思っていなかった。どころか、見ず知らずの人間を警戒し、一歩距離を置く彼女を好ましく思うほどだ。
「おい、アンビー。どういうことだ?」
「簡単よ。ニコを助けたのは私じゃなくて、彼」
「おいおい、そりゃマジかよ!?」
随分とコミカルな反応をする機械人間だと、男は内心独り言ちた。
しかし、ロボットがこれほど自我を持っているとは、どうやら思った以上に未来に呼び出されたようだ。と、赤い外套の男は思う。
厳密には、ビリーは人間であるが彼はそれを知らない。それに、技術の発展という点ではそれほど的外れなことは言っていない。
「アンタがあたしを助けてくれたのね。礼を言うわ」
「構わない。このような場所だ、お互い様ということにしよう」
ニコに礼を言われ、男は答える。
横にいるアンビーは、未だに警戒を続けているが。
「それで、貴方は何者?」
男は素性をアンビーに問われる。しかし、男としてはここで素直に自らの素性を明かすのは得策ではない。
この地がもし聖杯に所以のある場所だったのだとしたら、受肉しているとはいえサーヴァントである己が易々と名を明かすわけにはいかない。
尤も、男に限っては真名を口にしたところで痛くもかゆくもないのだが。
そうして、男は質問を躱すために、逆に問い返す。その際に、皮肉屋としての側面が出てしまうのはご愛嬌だ。
「……ふむ。人に物を尋ねるのなら、まずはそちらから名乗り出るのが礼儀ではないのか?」
「むっ」
少し鼻につく言い方だったが、アンビーもあまり強くは言えず口ごもる。その様子に、この場を円滑に進めようとニコが割って入った。
「あたしはニコ・デマラよ。それで、こっちがアンビーで、こっちがビリー。何でも屋『邪兎屋』をやってるわ。あんたは?」
向こうが自己紹介をしてしまったのなら、男も何も言えない。素直に名を名乗るのが礼儀だろう。しかし、真名を明かすのはもう少し情報が揃ってからの方がいい。
そう考えた男は、とりあえず仮名として聖杯戦争で呼ばれる際のクラス名を名乗った。
「……私のことは、一先ず『アーチャー』と呼んでくれたまえ」
「アーチャー? 変わった名前だな」
「ビリー、偽名に決まってるでしょ」
それが男の名だと真に受けるビリーに、呆れたように目を向けるアンビー。
「
「……私の見間違いじゃなかったら、剣を使っていたはずだけど?」
莫邪がエーテリアスを貫いた瞬間を見ていたアンビーからすれば、男が弓兵を自称するのは些か不自然だった。しかし、剣よりも弓の方が得意なのかもしれない。それ故に、そこまで気にしてはいなかった。
「剣を使ってたなら、アーチャーってよりかセイバーだな」
「……やめてくれ。その名は、私には荷が重い」
苦笑を浮かべつつも複雑そうな表情をするアーチャーに、三人は彼のことをセイバーとだけは呼ばないようにしようと決心するのだった。
「それで、アンタはどうしてホロウなんかにいるわけ? 調査員って感じじゃないわよね」
なるほど。ここは「ホロウ」という場所なのか。と、新たに明らかとなった情報にアーチャーは己の知識を照らし合わせる。しかし、該当するものはない。
「さてね。私自身、何故このような場所にいるのか、皆目見当も付かない」
「えーっと……それって、つまり?」
「現在の私は、記憶に混乱が見られる。有り体に言えば、記憶喪失と言う訳だ」