赤い弓兵は新エリー都に降り立つ   作:相川

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弓兵と六分街

「き、記憶喪失って、アンタそれ大丈夫なの!?」

「大丈夫か大丈夫でないかで判断するのならば、大丈夫ではないだろうな」

「そんな冷静に言うことじゃないでしょうが!」

 

 記憶を失っているとカミングアウトしたアーチャーに対して、ニコが驚愕しながらも心配する。記憶を失った状態でホロウにいるなど、新エリー都市民からすれば恐怖以外の何物でもない。

 

 下手したらあっという間にエーテル侵蝕が進み、エーテル適性が低ければすぐにでもエーテリアス化してしまうだろう。

 

 ビリーはあからさまに焦っており、アンビーもアーチャーの言うことを全て信用しているわけではないが、それでももし彼が本当に記憶喪失だった場合、緊急事態であることを理解している。その表情が先ほどとは異なる形で真剣になるのが目に見えて分かった。

 

 そんな彼らの反応に、アーチャーは記憶喪失と言っただけでここまで心配してくれるなんて、彼女たちはどうやらお人好しらしいと思う。

 

 それに、厳密にはアーチャーは記憶喪失でもないのだ。見ず知らずの場所に放り出された者として、記憶喪失ほど都合の良い免罪符はないと言うだけで。

 

 しかし、彼と彼女たちの間には致命的なまでの認識の差があった。

 

「ア、アーチャー? ちなみに聞くけど、どれくらいホロウにいたわけ?」

 

 そう言われたアーチャーは、少なく見積もっても数時間は経っているだろうと算出する。

 

 どこへ行こうと、この空間から抜け出すことができなかったのだ。

 

 突如としてこのよく分からない空間に現れてから、かなりの時間が経過しているだろうことは確かだ。

 太陽の位置で時間を把握しようにも、どうやら空間が捻じ曲がっているようで次の瞬間には太陽の位置が変わっていることは当たり前だった。

 

 気が付いたらこの場にいたアーチャーには時間を確認する術などなく。

 

 そのため、どれくらいホロウ内にいたのかに関しては、彼の感覚を頼りにするしかない。しかし幸か不幸か、幾度の戦場を越えてきたアーチャーの体内時計には寸分の狂いもなかった。

 

 ホロウ内での長時間に渡る活動がどれほど人体に悪影響を及ぼすかを知らないアーチャーは、何て事の無いようにそれを三人に明かす。

 

 別にこの場にいた時間が君たちに関係するとは思えないのだがね。

 

 などと思いながら、彼は素直に打ち明けた。それが問題だった。

 

「さて、正確な時間は分からないが、少なくとも半日はこの場に留まって――」

「今すぐここを出るわよ! さあ早く!」

「キャロットはある。私が先導するから着いて来て」

「俺は周囲の警戒をする! ニコの親分はアーチャーを頼むぞ!」

 

 人参なんて持っていたところで何の役に立つのだろうか、とアーチャーは少しズレた感想を抱きながらも恐らく何らかの専門用語か何かだろうと察する。

 

 それに、己がホロウで半日過ごしていたと言っただけでこの反応となると、少し見えてくることもある。

 

(なるほど。この空間での活動は危険を伴う物らしい。具体的なことは分からないが、恐らく人体に何らかの影響を与える物質が蔓延しているとか……そんなところか)

 

 道理で、先ほどから不愉快な感覚が肌を伝っているわけだとアーチャーは一人納得した。

 

 加えて、この物質が受肉に何らかの影響を与えているのも確実だろうとアーチャーは推測する。

 

「アーチャー! アンタ侵蝕症状とか出てないでしょうね!?」

「侵蝕症状とやらが何かは知らんが、今のところ肉体に影響はない」

 

 その言葉を聞き、ニコを始めとするこの場の面々は一先ず安心した。

 

 邪兎屋の面々は誰もが新エリー都でも上位の実力者であるが、アーチャーと比べると一歩劣る。アーチャーの実力は、軽く見積もっても『虚狩り』に引けを取らないレベルだ。

 

 もしそんな彼がエーテリアスにでもなった日には、何がどうなるか全く予想できない。下手したら、ニネヴェのような強力な特殊個体になる可能性も十分に考えられる。

 

「提案なのだが、私の目から見て今の君は些か荷物が多いように見える。そのアタッシュケースか黒猫、どちらか私に託してみる気はないかね?」

「なら猫を頼むわ! 正直言ってかなり走りづらかったのよね」

 

 鬼気迫る様子だというのに、呑気にニコへの気遣いをするアーチャー。そして、素直にそれに応じるニコ。場合によっては気が抜けるやり取りだったが、それに突っ込む者は誰一人いない。

 

 アーチャーからすれば、黒猫を抱えアタッシュケースを持ちながら走り続けられる体力があるニコの方にこそ驚いていた。

 アンビーもビリーもそうだが、とてもただの人間とは思えないほどの身体能力を有している。アサシンクラスの英霊くらいなら、宝具とスキルを抜きにしての真正面からの戦闘程度であればこなせる実力はあるだろう。

 

 まあ、英霊もかなりピンキリだから、あまり参考にはならないかもしれないが。

 

「次はこっち」

 

 アンビーの指示に従って、アーチャーは彼女たちの後を付ける。

 

 先ほどまで自分が探索していた時とは大違いだと、アーチャーは感心した。

 どうやってもこの異常な空間から抜け出すことができなかったというのに、これほど自信に満ちた様子で規則性のない空間を案内されると、こうも心理的負荷が異なるのかと思っていた。

 

 途中、何体かエーテリアスに襲われる事態となったが、それは周囲の警戒を怠らなかったビリーによって寸分たがわずコアを撃ち抜かれ消滅していた。

 

 その様子を見て、アーチャーは柄にもなくかっこいいなと思っていたりいなかったり。

 

 機械の体に二丁拳銃なんてロマンあふれる戦闘スタイルをしているビリーに関しては、初見時からアーチャーの心象は些か良い方向へ傾いている。

 

 まあそれは兎も角、アンビーの案内とビリーの護衛の甲斐あって無事安全にホロウから脱出することができた。

 

 抜け出した先は新エリー都ヤヌス区の一角。六分街へと繋がる場所であった。

 

「ふう。ひやひやしたわ」

「危うくとんでもないことになるところだったぜ」

「うん。肝が冷えた」

 

 三者三様の反応を見せる中、アーチャーは未だ一人取り残されていた。しかし、英霊というのはいつどこに呼び出されたとしてもアウェーとなるのが運命なのだ。この程度は慣れている。

 

 アーチャーは辺りを見回す。小規模のブラックホールを思わせる黒いドーム状の空間。これが、恐らくホロウなのだろう。

 

「私とビリーはこの子を依頼人の下に届けに行くわ」

「了解。なら、アーチャーのことはあたしが請け負うわ」

 

 ホロウから脱出したアンビーは、アーチャーが抱えていた黒猫を受け取ると猫の捜索依頼を出した依頼人の下へと向かった。そんなアンビーにビリーが付き添い、必然的にアーチャーの相手はニコということになる。

 

「また後でな!」

 

 と手を振って一時の別れを告げるビリーに対し、アーチャーは一言「ああ」と口にし、頷いた。

 

「さてと、記憶喪失ってことだけど、アンタ行く当てはあるの?」

「逆に聞くが、私に行く当てがあるように見えるのかね?」

「……それもそうね。どうするかしら」

 

 アーチャーの扱いに悩むニコを横目に見ながら、当の本人は六分街の街並みを観察していた。

 街並みは2000年代のアジア圏にありそうな建築物が並んでいるが、やはり文明は発展しているらしい。

 

 所々で純粋な人間ではない者たちの姿もある。

 

 獣人だろうかとアーチャーは考える。しかし、こうも人以外の種族が当たり前のように暮らしている世界なのであれば、やはりここは彼の知る世界ではないのだろう。

 

 それに、ペンギンのような1頭身の愛くるしいデザインの生物らしき何かも気になる。

 

 店番をしていたり、道端で座り込んでいたりと彼らも社会性を持っていることは確かだ。ンナンナと、謎の言語を発することやその特徴的な見た目が目を引くが、街行く人は当たり前のように受け入れている所を見るに無害なのだろう。

 

「とりあえず、Random_Playに行こうかしら。あそこの店長なら、何とかしてくれるかもしれないし」

「ふむ。私は特に異論はないが、そのRandom_Playとやらは、どのような店なのだ? 聞く限り、警察のような公的機関とは思えないが」

「えーっと、ただのビデオ屋よビデオ屋」

「つまり何かね。君はただのビデオ屋の店長に私のことを任せる気でいると?」

「だあー! うっさいわね! あそこの店長たちとは個人的な交流があるのよ。アンタのことを相談するのに適していると思っただけ!」

「……私が言うのも何だが、記憶喪失の人物を拾ったのであれば、交番に送り届けるのが普通だと思うのだが」

「うぐっ。あ、あたしにも事情があるのよ事情が」

 

 それ、もうほぼ答えを言っているような物ではないかとアーチャーは呆れた。

 

 まあ、このまま治安局にアーチャーの身柄を渡しに行けば、十中八九ニコはホロウレイダーをやっていたことを明かさないといけなくなる。そうなると色々と面倒なことになるのは確実だ。

 

 いくら世間からホロウレイダーやプロキシを擁護する声が一定数あるとしても、違法であることに変わりはない。治安局の目に留まったのなら、処罰する必要は出てくる。

 

 それに、アーチャーとしてもこの状況は好都合だった。

 

 彼はこの世界における常識を備えていない。そのような人物が警察に届けられたら、確実に何か調べられることになるのは目に見えている。例え記憶喪失だとしても、意味記憶を失うケースは稀だからだ。

 

 それに、医療機関に受診することになったら言い訳も効かなくなる。

 

 そうなると、アーチャーは身元不明の不審者に成り下がるだろう。

 

 そのような面倒ごとを抱えてまで正規の手続きに拘るほど、アーチャーも真面目ではなかった。

 

 しかし、あからさまに後ろ暗い所があるニコが頼りにするビデオ屋の店長とは、これまたきな臭いというか確実に何らかの事情を抱えているのだろうと察することは簡単だった。

 

 ホロウという災害に、エーテリアスという異形の生物。侵蝕症状に、こちらに来る途中で目にした新聞やホロウ内での建物の広告などから伺えた「エーテル」という物質。

 

 どうやら、未知の災害によって末期となった世界らしいと、ここに来てアーチャーは本格的に悟った。

 

 ならば抑止力に呼ばれた可能性が急激に浮上するが、ここまで来るとアラヤではなくガイアの領分な気もする。アーキタイプが全く機能していない所を見るに、やはりこの世界は彼の知る世界とは異なるのだ。

 

 そんなことを考えながら、アーチャーはニコの後ろに付いて歩く。

 

 目指すは六分街のビデオ屋、Random_Playだ。

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