赤い弓兵は新エリー都に降り立つ   作:相川

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見てくれる人が結構いて嬉しい。調子乗っちゃう。


弓兵とビデオ屋

 六分街の一角、商店街とでも言うべき通りにて佇んでいるそれなりに大きな建物。レンタルビデオ店Random_Play。

 

 ニコの案内でたどり着いたアーチャーは、彼女が開けた扉を支えて店内へと足を踏み入れる。

 

「いらっしゃい。おや、ニコじゃないか。何か用かい?」

 

 個人経営のビデオ屋と聞いていたため、趣のある内装をしているのかとイメージしていたアーチャーだったが、いざ蓋を開けてみると店内は清潔に保たれており、少人数ながらも利用客の姿もある。

 

 出迎えてくれた灰色の髪をした青年がこの店の従業員なのだろう。ニコに対して気軽に接している所を見るに、彼女はこのビデオ屋に頻繁に訪れていることが窺える。

 

 店内にあるビデオの数自体は特別多いわけではないが、パッケージを見るに異文化の娯楽であることは明白だ。些か興味が湧いてくる。

 

 内装は広いわけではないが、天井はかなり高く設計されており解放感を感じられる。

 

 アーチャーからの第一印象は良い店だな。という評価であった。

 

「そうよ。ちょっと込み入った話があるの。リンはいる?」

「リン? リンなら、今は……」

 

 そう言って、灰色の髪をした目つきの鋭い青年はチラッと視線を後ろに向けた。その先にあるのは、STAFFONLYと書かれた重厚な扉だ。バックヤードなのだろう。リンと呼ばれる人はその中にいるらしい。

 

「込み入った話というのは、そちらの人が関係しているのかい?」

「ええ、そうよ。とりあえず、話を聞いてくれない?」

「今はお客さんもいるし、営業中なんだけど……」

「お願いよ。少しでいいの!」

「……分かったよ。でも、見ず知らずの人に僕たちの工房を見られる訳にはいかないかな」

 

 小声で会話しているが、アーチャーには全て筒抜けだった。

 

 なるほど。STAFFONLYと書かれたあの扉の先に、隠し事があるのか。ニコは入っても良いところを見るに、信頼できる人間以外を入らせるつもりはないようだ。

 

 そんなことを考えながら、怪しまれないように目線をビデオに移しながら、さも店内を観察していて会話には参加していない風を装う。まあ実際、ビデオにはそれなりに興味を持っている。

 

「アーチャー。あたしはちょっと話をしてくるから、ここで待ってて」

「承知した。しかし、当事者である私をのけ者にするとは斬新なことだ」

「うるさいわね。あんた、いちいち余計なこと言わないと気が済まないわけ?」

 

 ここに来る途中何度も聞いたアーチャーの皮肉に対して、ニコが呆れたように反応する。そんな彼女の冷たい態度に、アーチャーは苦笑いを浮かべながらもあまり反省はしていない様子だ。

 

「まあまあ。それに、実際礼を欠いた行為だからね。すみません、諸事情があって中は見せられないんです」

「構わない。私も迷惑をかけている身だ。話を聞いてくれるだけでありがたいとも」

 

 これは本心だった。アーチャーからすればアキラにのっぴきならない事情があるのは察している。恐らく、ニコは正規の手段で解決しようとは思っていないのだろう。

 

 行く当てがないアーチャーの助けになってくれるかもしれない人だ。こちらにどうこう言う権利はないだろう。

 

「そういう素直さがあるんだったら、あたし相手にも出しなさいよ!?」

 

 とはいえ、アキラに対してやけに素直な態度を取る姿を見れば、今まで散々皮肉を言われてきたニコからしたら納得いかない物だった。

 

 そんな二人のやり取りに、アキラは困ったように笑う。

 

 どうにも、この赤い外套の男にとってニコのこの勝気で合理的、しかしどこかお人好しで抜けている性格は、かつて運命を共にしたマスターを彷彿とさせる物であった。彼女と接するとどうにも懐かしくなる。

 

「おや、そのように思っていたのか。失敬、次からは善処しよう」

「『善処する』なんて言葉を使う人間は、大抵改善する意思がないのよ。まだ少ししか話してないけど、あんたの性格は大体把握したわ」

 

 そう言い残して、ニコとアキラはバックヤードへと行ってしまった。

 

 一人残されたアーチャーは、暇な時間を潰すべく並んでいるビデオのパッケージを観察する。

 

(異なる国や地域の文化や風習を知る手段として、娯楽というのはバカにできない代物だ。映像作品ともなれば尚更。ここでの生活が安定した暁には、利用させてもらうこともあるだろう)

 

「ンナンナ!」

「……ん?」

 

 考え事をしながらビデオを漁っていたアーチャーの足元で、何やら気配がする。ふとそちらに目を向けてみれば、足元で兎のようなペンギンのような小型の生物のようなロボットがこちらに話しかけている。

 

「君は、先ほどまでカウンターにいた個体か。なんといったか……確か、ボンプだったか?」

「ンナ!」

 

 カウンターにいたボンプ―18号―は手に持ったビデオをアーチャーに差し出す。

 

「……スターライトナイト? ふむ。典型的なヒーローモノか」

「ンナナ!」

「これがおすすめということかね? なるほど、店員殿は人を見る目があるようだ。しかし生憎、今の私は無一文でね。冷やかしになってしまって申し訳ないが、借りることはできないのだよ」

「ンナ!?」

 

 無一文と言われ目を丸くするトワと、苦笑するアーチャー。何やら微笑ましいやり取りをしながら、彼らのビデオ吟味は留まるところを知らなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あれ、お兄ちゃんと……ニコ! どうかしたの?」

 

 工房へと入ったアキラとニコ。そんな二人を出迎えたのはソファで寛いでいた青髪の少女、リンだった。

 兄が入ってくるのは当然として、何の脈絡もなくニコがやってくるのは想定外だったリンは相応に驚いている。

 

「なんでも、ニコが僕たちに話したいことがあるんだってさ」

 

 アキラは言う。彼自身、ニコからどんな相談がされるのかまだ分かっていないのだ。

 とりあえず聞く姿勢を整え、ニコの説明に耳を傾ける。

 

 そうして、ニコは一通りアーチャーのことについて説明した。

 

 ホロウ内で出会い、記憶喪失だと言う。しかし、少し不可解なところもあるのだと。どうにかしてやれないかという懇願も付け加えて。

 

「……なるほど。ニコの言うことが本当なのだとしたら、何か事情を抱えていそうだ」

「記憶喪失の赤い人って、今お店にいる人だよね? 結構身長高いねー」

 

 扉越しアーチャーを見たリンは素直な感想を零した。

 ガタイが良く、身長も高い。何より目立つ格好をしている。この新エリー都において特徴的な格好をした人はそれなりにいるが、赤色というのは目立つのだ。

 

「そうでしょ? ウチの従業員にするっていうのも考えたんだけど、今月赤字続きで余裕ないし……」

「僕たちに払ってないツケも溜まっているからね」

「そ、それはその~……。め、目途が立ったらちゃんと払うわ! ……だから、もうちょっと待って」

『はいはい』

 

 プロキシ兄妹のため息交じりの声が重なる。ニコの借金に関しては、半ば諦めていると言っていい。

 

「それで、僕たちに何をしてほしいんだい? 正直に言えば、彼の身分をどうこうするのは僕たちの本分ではないのだけれど」

「素直に治安局に引き渡せばよかったんじゃない? 記憶喪失の男の人なんて、それで全部解決でしょ?」

 

 アキラとリンから尤もな意見が飛ぶ。

 

 しかし、ニコも相応の理由があってこの兄妹を頼ったのだ。これくらいの反論が飛んでくることなど予想していた。

 

「そう言う訳にはいかないの。治安局に引き渡したら、あたしがホロウレイダーをやっていたことがバレちゃうじゃない」

「治安局までの道を教えるくらいなら問題ないと思うけど」

「もしあいつが取り調べの時にあたしたちのことを口にしたらどうするのよ。その場にあたしがいなくとも、邪兎屋の名前を出されたら終わりだわ」

 

 それはアーチャーに口止めすれば良かったのでは? と兄妹は思ったが、もし治安局に目を付けられたら生活に支障が出るのだからそれくらい慎重になるのも当然かと納得する。

 

 この兄妹だって、この部屋を治安官に見られたいとは思わないし。

 

「……それに、ちょっと気になるところもあるのよ」

「そう言えば、そんなことも言っていたね。気になるところというのは、具体的には?」

「アーチャーは記憶喪失って言ってたんだけど、『ホロウ』について知らないっぽいのよね。これってあり得るのかしら」

 

 ニコのその言葉に、アキラとリンは揃って目を見開く。

 

 新エリー都。いや、この世界において「ホロウ」を知らない人間などいない。いたとしたらそれは非常識どころでは済まないほど問題視されるだろう。

 

 なにせ、物心ついたころには誰もが知っているのが「ホロウ」という災害なのだ。「ホロウ」と共に生き、その脅威を身を以て味わってきた人々が作り上げた人類最後の防衛ラインが新エリー都なのだから。

 

「お兄ちゃん、記憶喪失って『ホロウ』のことも忘れちゃうものだっけ?」

「場合によってはそういうこともあるだろうね。認知症とか。ただ、彼くらいの年齢で意味記憶を失うというのは、あまり聞かない事例だけれど」

「でも、アーチャーは他の知識は鮮明なのよ。無駄に知識が豊富で、ここに来る途中何度か言い負かされたわ。だから、『ホロウ』についての知識だけが抜け落ちてるって感じなのよね。あたしが共生ホロウで侵蝕症状について聞いたときも、侵蝕症状が何かすら知らなかったようだし」

 

 流石に、彼の言動はよく考えれば怪しく見えてくる。

 

 ニコが言うにはエーテリアスを片手間で始末できるほどの戦闘力を持っているとのことだったし、そのような人物が「ホロウ」のみを知らないというのは、なるほど不自然さが際立つ。

 

「記憶喪失っていうのも嘘なんじゃないかと思うくらいよ」

 

 実際嘘だ。

 

「『ホロウ』についての知識がない人物か……。ニコが僕たちに助けを求めたのも頷ける。これは少々、厄介ごとの匂いがするね」

「でも、これ以上話し合っても進展はなさそうだよ? あの人に直接話を聞かないと分からないことも多いし」

 

 アーチャーについての情報共有は終わった。

 

 邪兎屋として治安局に目を付けられたくないという理由以外にも、ニコがこの二人を頼った理由も大体納得できるものだった。

 

「そうなると、この部屋を彼に見せる必要が出てくるけど……」

「大丈夫じゃない? あいつ、プロキシが何かも分かってないでしょうし。見られたくない物があるのなら、今のうちに隠しときなさい」

 

 そう言って、ニコは部屋を出てアーチャーを呼びに行った。

 

 そうして真っ先に目に入ったアーチャーの姿は、先ほどまでの彼への印象を僅かに揺らがせるものだった。

 

「『ホロウ革命』……。インタビュー記録か。なるほど、これはかなり有意義なビデオなのだろう」

「ンナンナナ!」

「何、私が稼げるようになった暁には、真っ先にこのビデオ屋を使わせてもらうさ」

 

 ビデオを手に取り、パッケージの文章を読みながらボンプと会話している。見るだけで気が抜ける光景に、ニコは肩透かしを食らった気分だった。

 

「……あんた、何やってるのよ」

「見ての通りだが? ビデオ屋に来たのだから、ビデオを探すのは当然だろう」

「……はぁ。まあいいわ。ちょっと来てもらえる?」

 

 呆れた様子のニコは、バックヤードを指さす。そろそろ時間も閉店に近づいてきているからか、気が付けば店内も閑散としてきている。

 

 利用客はアーチャー以外には既にいない。

 

「私は構わないが、いいのかね? 部外者が入って良い場所ではないようだが」

「許可は貰ったわ。さあ、さっさと入って」

 

 そうして、アーチャーはSTAFFONLYと書かれた扉を潜る。

 

 そこには初めて見る青い髪の少女が、ソファに座って寛いでいた。

 

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