赤い弓兵は新エリー都に降り立つ 作:相川
思ったより生活感がある部屋だな。と、扉を潜ったアーチャーは思った。
そこそこ大きめのソファに、懐かしのアナログテレビ。かと思えば、最新式らしきデスクトップパソコンまである。そういう面ではあまり統一感はなく、2000年から2020年を網羅したような文明の利器に、アーチャーはやや戸惑った。
「貴方がアーチャーさん? 私はリンだよ! よろしくね」
「僕はアキラです。以後お見知りおきを」
部屋に入って目に映った青髪の少女が、元気よく自己紹介をしてくる。それに追随して、灰色の髪をした青年も同じく自己紹介をしてくれた。
この二人が、ビデオ屋を経営している人物なのだろうとアーチャーは推測する。あまりの若さから、初めはただの店員かと思っていたが、ニコが接する様子を見るに彼らが店長で間違いはないだろう。
中々強かな兄妹だなと思いながら、アーチャーは彼らに対して自己紹介をする。
「アキラに……リンか。なるほど、この響きは実に君たちに合っている。……そうだな、私のことは、差しあたってエミヤとでも呼んでくれればいい。敬語も不要だ」
「……エミヤ、さん? アーチャーではないのかい?」
「無論だとも。まさか、それが本名だと思っていたなどとは言うまい?」
「はは。勿論だよ」
横から妹にジト目を向けられるアキラに、あからさまに驚いたような表情を浮かべているニコ。
今までアーチャーとしか名乗っていなかったのに、アキラとリンに対しては本名を明かすなんてと、不平等感がニコを襲った。
彼が本名を名乗ったのには理由がある。ここまでやってくる道中や、このビデオ屋で知った知識を統合して、真名を明かしても問題ないと判断したからだ。
エーテルという物質と、それを活用した文明。それを考慮すれば、魔術が成立するほどの神秘は既にこの世界には存在しないだろう。
エーテル――ここで言うエーテルとは彼がよく知る魔術的な物ではなく、この世界に存在する物質――が、魔力の代替品となり得てしまうと仮定したら尚更だ。サーヴァントを呼び出せるほどの魔術師も、願いを叶えられる聖杯も、この世界には存在し得ない。
アーチャーがこの世界にやってきてしまった理由として考えられるのは、この世界に起因する何かではなく、元居た世界で第二魔法か何かに巻き込まれたと考えるのが……妥当かどうかは置いておくとして、最も可能性が高い。
聖杯戦争でないのなら、アーチャーなどという違和感まみれの仮名を名乗るより、本名で生活した方が怪しまれないだろうという合理的な考えもあった。
「あんた、自分の名前を思い出せたのね」
「思い出せたという表現は、適切ではない。元より記憶など失っていなかったのでな」
「はんっ! どうせそんなことだろうと思ってたわよ。あたしを騙すなんていい度胸じゃない」
「騙していたつもりはないが、不快にさせたのなら謝罪しよう。しかし、私にもそうせざるを得ない事情があったのだと知っておいてくれると助かる」
素直に謝罪したエミヤに対して、ニコは勢いを削がれた。どうせまた皮肉が飛んでくるのだろうと決めつけていたニコは、何も言えなくなってしまった。
会話に一段落間が開いたことで、リンが疑問に思っていたことをエミヤに問う。
「えっと……エミヤさんは、何で記憶喪失なんて言ったの? 記憶があるんだったら、態々そんなことする必要ないよね?」
至極真っ当な疑問に、エミヤもなんて答えたものかと困る。
「それなのだが、私は確かに記憶はある。だが、どうにもこの記憶では説明のつかない事象がこの世界にはあるようでな」
「……ホロウについて知らないというは本当みたいだね」
「その様子だと、ニコから聞いたか。なるほど、流石に誤魔化すことはできなかったらしい」
エミヤも薄々気づかれるだろうなとは思っていたが、こうも早いとはと、ニコの洞察力に感心していた。
ホロウについて無知であると明かしたことで、更に疑問は深まったようだ。今度はアキラからの質問攻めにあう。
「ホロウを知らないなんて……言い方は悪いけど非常識にも程がある。エミヤさん、もしよかったら僕たちに事情を説明してくれないかい?」
「かなり突拍子もない話になるが、それでも構わないかね?」
「ああ。覚悟の上だ」
アキラはそう答えた。「ホロウ」を知らない人間なのだ、どんな重たい過去を聞かされることになったとしても偏見なく受け入れて見せると、内心奮起していた。
しかし、返ってきた答えはアキラもリンも、それにニコだろうと肩透かしを食らうような、本当に突拍子もない話であった。
「端的に言おう。私は、この世界の人間ではない」
エミヤから放たれた一言によって、この場の面々は目が点になる。
それもそうだろう。異世界から来た人間など、オカルト以外で聞いたことがない。現実に現れるなど、その人の狂気を疑った方がまだ現実的だ。
「えーっと……。つまり、エミヤさんは異世界人ってこと?」
あまりに非現実的な言葉が、この如何にも生真面目そうな男から放たれた事実に放心してしまったアキラとニコに代わり、リンが問う。
「ああ。だから言っただろう? 突拍子もない話だと。私のいた世界に『ホロウ』などという災害は存在していなかった。エーテル物質も、エーテリアスもな」
「異世界から来たってことは、魔法とか使えたりする? 映画とかだと定番だよね!」
「……私の世界を何だと思っているのやら。『ホロウ』という空間異常がなかったという点以外、文明や文化は君たちと似たような物だとも」
まあ、『魔術』ならば存在した世界だったが。神代と呼ばれる時代には、神だって存在していた。しかしそんなことを今明かせば、話が本筋からずれることは目に見えている。特に、リンに教えた暁には、夜明けまで質問攻めに合う未来が見える。
「ホロウ」が存在しなかった世界。そんな場所からやってきたのだと言うエミヤに対して、アキラはまた別の可能性を考えていた。
「……もしかしたら、エミヤさんは旧文明の時代からやってきた人なのかもしれない」
そう言ったアキラに対して、リンとニコはまだこちらの方が納得できると頷いた。
二人の反応に興味を持ったエミヤは、アキラに旧文明について問う。そうして分かったのは、旧文明とは「ホロウ」が発生する以前の文明のことらしい。
そう言えば、ビデオにそのようなあらすじの物があったか。と、エミヤは思い出す。
「でも、どちらにせよ非現実的だという事実は覆せないか」
しかしエミヤにとってこの情報は意外と有用な物だった。
(その話が本当なのだとしたら、そちらの方が現実味がある。遥か未来に召喚されたという方が、何よりも納得できるからな。だが、抑止力が存在していない説明にはならないか……)
もし彼らの言う「旧文明」が本当に自分たちがかつて生活していた世界だというのなら、未来に召喚された英霊という図式が成り立ち、これまで感じていた違和感が一気に解消される。
だが、そう上手い話ではないだろうとエミヤは半ば察していた。
何より抑止力がない。この事実だけは、どうしても覆せないのだ。
「タイムスリップか並行世界移動か、その議論は今や意味を為さない。重要なのは、私が『ホロウ』の存在しない世界にいたという事実だけさ」
「……それもそうだね」
「ちょ、ちょっとプロキシ! そんなにあっさり信じちゃうの!?」
非現実的よ! と叫ぶニコ。それに対してリンが言う。
「仕方ないでしょ、ニコ。それ以外に辻褄が合う理由が思いつかないんだし、私としては『ホロウ』を知らない理由として、これくらいしか納得できる物もないと思うけど」
「それに、こんな突拍子もない嘘を言う理由もないからね」
そうして、エミヤの境遇については一先ずの理解を得られた。
そこで一度会話を落ち着かせ、各々休憩に入る。アキラは客人が来ているということで、お茶か何かを出そうと席を立ち、それに追従する形でエミヤが手伝いを申し出た。
ニコは手に持った携帯で邪兎屋のメンバーと連絡を取り、Random_Playにいることを伝える。
そんなこんなでワイワイガヤガヤ、ブレイクタイムを楽しむこととなった面々。
エミヤが元居た世界について、リンに積極的に問われ、エミヤはエミヤで何も面白いことなどないと言いながらも彼が送ってきた濃い人生のその一端で起こった、少し愉快な出来事を話す。
やがて依頼人に猫を届け終えた邪兎屋の二人も合流し、彼らに対してもエミヤの境遇を説明。ビリーに大いに驚かれ、アンビーは映画みたいだと目を輝かせた。
そうして雑談に花を咲かせていた面々だったが、ようやく本題が再開される。
最初に口火を切ったのはリンだった。
「それで、ニコは私たちにエミヤさんをどうにかできないかという話を持ち掛けてきたんだよね?」
「そ、そうよ。この世界を知らないそいつを放っておくのは寝覚めが悪いでしょ?」
最初は記憶喪失であるエミヤを案じてのことだったが、結局目的は変わらない。
「確かに、別の世界から来たとなると不便なことも多いだろう」
今のエミヤはスマホも持たず、住所もなく、銀行口座もない。職に就こうとも住所と連絡先がないのでは話にならないだろうし、スマホを契約するには住所と口座、身分証が必要だ。では家を得るには? 勿論、個人情報が必須である。
「ニコの親分。エミヤの旦那を俺たち邪兎屋に迎え入れるってのはどうだ?」
「それは考えたわ。考えたけれど……あたしたち最近赤字続きでしょ? 雇えるだけのディニーがないわよ」
トホホ。と聞こえてきそうなほどしょんぼりした表情で経営難をカミングアウトするニコ。彼女に対してエミヤは、衣食住さえ提供してくれるのなら金銭など些細なことなのだがと考えていた。
しかし態々それを口にすることは無い。口にする理由もないからだ。
かつての自分なら、困っているというだけで手を貸したのだろう。だが生憎、異なる世界にやってきて、自ら不利になるような契約を結ぼうとは思わなかった。
「エミヤさんの身分については、僕たちの伝手を頼るよ。多分何とかできるだろうし、住む場所については……」
「私たちの家でいいよ!」
「……そうだね。エミヤさんが契約できる家を見つけるまでは、繋ぎとして僕たちの部屋を使ってくれて構わない」
「それは……ありがたいが、その……良いのかね? 今日会ったばかりの私を受け入れるなど、かなりの負担となるだろうが……」
「もちろん、お店の手伝いはしてもらうよ! それでいいでしょ?」
「無論だ。全霊を尽くして働こう」
なんともお人好しな兄妹に、部屋の一角を貸してもらえることになった。あっさりと部屋を貸してくれることになったという事実に驚きながら、エミヤはこれは返しきれない恩ができてしまったなと内心で礼を言っていた。
そうして話が纏まった所で、アキラとリンはエミヤを歓迎する。
『改めて、新エリー都へようこそ!』