赤い弓兵は新エリー都に降り立つ   作:相川

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対ホロウ6課

 エミヤがビデオ屋に居候させて貰うようになってから数日。彼は既にこの家の家事を完璧にこなしていた。

 

 洗濯に限ってはアキラやリンに任せているが、その他の家事は全てエミヤの手によって熟されている。

 あまりに洗練された身のこなしに、かの「パエトーン」であっても驚きを隠せなかった。とてつもなく高クオリティで家事を行え、料亭さながらの料理の腕前を持つエミヤ。彼を受け入れてたった数日しか経過していないが、最早彼はただの居候ではなく、執事や家政夫と言って差し支えないポジションに収まっていた。

 

 兎に角、料理が美味い。

 

 普段はあまり自炊をしないアキラやリンは、既にエミヤの手料理の味に虜だった。

 

「起きたかね。それは重畳、早起きは三文の徳だ。できることなら、寝る前にブルーライトを浴びないよう心がけて欲しいものだが」

「ふぁ~……。おはよう、エミヤさん。今日も早いねぇ」

 

 リンとアキラが部屋から降りてくる。

 既にエミヤは朝食の支度を終えており、丁度リラックスしている時であった。

 

 リンは元気よく挨拶し、アキラは落ち着いた様子で挨拶をした。そんな彼らに対して、エミヤも反応する。

 

「おはよう。目覚めのコーヒーはいるかね? 昨日、六分街にある喫茶店のマスターと少し話す機会があったのだが、コーヒーを淹れる際のちょっとしたコツなどを教えて貰ってね」

 

 そう言って、彼はリンとアキラにコーヒーを差し出す。

 

 目覚めたばかりの二人は素直にそれを受け取り、ゆっくりと喉を潤していった。

 

 そうして二人の目が覚めてきた頃に、エミヤは用意していた朝食を配膳する。食パンに野菜類、それからベーコンや目玉焼き、ソーセージなど。典型的なブレックファーストと言ったラインナップだ。

 

 誰でも簡単に調理できる食材だが、シンプルながらこそ、そこには料理人の腕が現れる。彼の作った物は、どれもバランスの良い焼き加減を誇っていた。

 

「うわー! 相変わらずだけど、エミヤさんって料理上手だよね! いただきまーす!」

「うん。確かに美味しそうだ。でも、僕には少し量が多いような……」

「アキラ、君はもう少し朝食を摂った方がいい。なにせ、君たちは個人事業主なのだ。表も裏も含めてね。体調を崩してしまえば、その分ダイレクトに損失となる。朝食は一日のエネルギーの源なのだ。体調管理も、立派な仕事の内だと考えたまえ」

 

 ここ数日で、エミヤは仮の身分証を手に入れるに至っていた。「パエトーン」たる兄妹の伝手を頼りに、裏社会の様々な人脈を漁ることで一人の人間の身分を確立させることは案外容易だったのだ。

 

 その過程で、エミヤはこの兄妹がプロキシという非合法の稼業に身を投じていることやインターノットで「パエトーン」と呼ばれていることを知った。

 

 彼としては、年頃の兄妹がそのような犯罪に手を染めるなどできればやめてほしいと思っていたが、ここ数日で学んだこの世界の情勢を知れば、迂闊にそのようなことを口にしようなどとは思えなかった。

 

 身分証が手に入ったことで出来ることは大幅に広がった。ここ数日で、エミヤはプロキシ兄妹の力を借りて口座を開設し、スマホを契約するにまで至った。

 

 後は職場探しと賃貸契約のみなのだが、前者に至っては既に見当が付いていた。

 

「二人とも、突然だが私の職場が正式に決まった」

「えっ!? い、いつの間に!」

「つい先日、この世界を知るために新エリー都を散策していたのだが、その際に良縁に恵まれてな。ルミナスクエアにある喫茶店で、厨房担当として雇われることとなった」

 

 どうやら、エミヤは先日この世界を知るためにルミナスクエアに足を運んだ際、どうにも困っている人物を発見したらしい。

 

 そうして話を聞いてみれば、急に自分が経営している喫茶店の店員が辞めてしまったとのことだった。家庭の事情ですぐにでも仕事を辞めなければならないという事情を聞かされた店長は、二つ返事で許可を出してしまった。しかし、元より店員の数が多くなかったその店で欠員というのは致命的な物であり、業務効率に多大な影響が出てしまう。

 

 それを承知で許可を出したものの、突然のことだったので臨時の助っ人に当てがなく。常連客が多い店だったこともあり、お客さんに迷惑はかけたくないのだと懊悩していた。

 

 ならば、私で良ければ臨時で務めよう。と、話を聞いたエミヤは言い出した。

 

 そうしてその日を無事に乗り越え、喫茶店のマスターからは大いに感謝されるどころか、あまりにも料理の腕が良かったので、君さえ良ければ今後ともウチで働かないかと誘いを受けたらしい。

 

 プロキシ兄妹ばかりに迷惑をかけるわけにもいかないと考え、他の職場を探していたエミヤはこれを承諾。

 

 晴れてエミヤはルミナスクエアにある喫茶店の厨房を任されることとなった。

 

「それは何と言うか、エミヤさんらしいエピソードだ」

「うん。エミヤさんって、案外お人好しだから、なんか納得かも」

 

 エミヤの話を聞いた二人は、納得したような表情になる。

 

 しかし、彼が自らの職場を見つけたということはこの家に居候をする期間もそれほど長くは無いのだろう。

 

 彼自身、あまり二人に迷惑をかけたくないと思っている律儀な性格であるから、いずれそうなるだろうとは思っていたが。

 

「でも、エミヤさんが独り立ちする時が近づいているなんて……。もうこの生活に慣れちゃったら、エミヤさんがいない生活なんて考えられないよ」

「それもそうだね。エミヤさんが来てから、僕たちの生活の質は著しく向上した。これで元の生活に戻る日が来ると考えると、少し惜しいな」

 

 既にこの兄妹の生活の根幹を無意識に握ってしまったエミヤ。さもありなん。元よりビデオ屋としてもプロキシとしても活躍する二人は、あまり規則正しい生活ができているとは言えない。

 

 そんな彼らの生活を一手に担った彼の存在は、この兄妹からしたらお金を払ってでも欲しかったものだった。

 

 ビデオ屋の店長としての人柄は多方面から認められているが、私生活に関しては目を瞑りたくなってしまうのが現状である。

 

 そんな彼らの様子に、エミヤも呆れる。

 

「……はぁ。君らは優れたプロキシであり、愛されるビデオ屋の店長なのだろうが、その生活習慣は見直した方がいい。ソファで寝落ちするなど、健康的とは言えない」

「はは。これはまた手厳しいね」

 

 そうして、朝食を済ませた面々は仕事に就く。

 

 兄妹はビデオ屋の営業を、エミヤは今日から赴くこととなったルミナスクエアにある喫茶店へ。各々がやるべきことをやるために、一日は始まる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ここの所、エミヤはこの世界の情勢についてかなり積極的に調べていた。

 

 魔術はない。エーテルという物質も、彼の知るそれとは異なることは確認済みだ。「ホロウ」という異常空間に抗っている世界。新エリー都は表面的には賑わっているように見えるが、その実態は酷く過酷な物だろう。

 

 終末世界であることは明白。人類最後の砦となっているこの都市も明るい一面ばかりではないのは、彼の長年の経験が察知していた。

 

 いつどこで命を落とすか分からない世界で、富を拡大させ私腹を肥やす者たちもいるだろう。そして逆に、貧しい思いを強いられている市民たちもそれほど少なくはあるまい。

 

 シリオンという動物の身体的特徴を持った人々に、機械人間が共存している。恐らく、過去を遡れば種族間での抗争もあったはずだ。

 

 全く以て、どこの世界でも人間が統治する世の中というのは、こうも醜悪な側面があるようだ。

 

 しかしそれでも。いつどこで「ホロウ」が発生するか分からない世の中で、逞しく生きている市民たちもいる。あの金ぴかの英雄王が見れば、高らかに笑って機嫌を良くするであろう気概に満ちた人々がいる。

 

 そこを見れば、この世界も悪いばかりではないのだろう。

 

 少なくとも、彼がこの世界に降り立って最初に出会った人々は気持ちの良い面々だった。

 

 プロキシやホロウレイダーという、決して善とは言えない立場の人々だったが、その人柄に関しては間違いなく善性寄りだ。

 

 プロキシやホロウレイダーに関しては、容認すべきだという世論もある。公的機関では手が回らない所を対処してくれるという面があるのだから、必要悪として見逃されているのだろう。

 

 まあ尤も、中には情状酌量の余地のない犯罪者も混ざってはいるが。

 

 なんて、ここ最近収集した情報を整理しながらエミヤは考える。

 

 容易い世界ではないだろう。だが、地獄ならば既に飽きるほど見てきた。飽きることなどなかったが。

 

 そのようなことを考えながら、エミヤは職場へと向かう。

 スタッフ専用の入り口を開け、バックヤードで制服に着替える。店長に挨拶をして厨房に入れば、準備は万端だ。

 

 フライパンの使い勝手も、コンロの火力も申し分ない。道具も十分すぎるほど揃っている。

 最低限の仕込みも終えた。後は開店を待つのみだ。

 

「やあ、エミヤ君。今日からよろしくね」

「ああ。よろしく頼む。微力ながら、この店の評判を落とさないよう力を尽くそう」

「ハハハ。謙遜も過ぎれば毒だよ。君の腕前は昨日よく見せて貰ったからね」

 

 そう店長に声をかけられ、仕事を始める。

 

 開店し、ぼちぼちと仕事をこなしていればカウンター席にいる常連の客から新しく入った人かと質問され、無難に対応している。店主は良い人材を発掘したものだと言われれば悪い気はしなかった。

 

 そうして仕事に精を出していれば、時刻は既にお昼時。利用客もじわじわと増えてくる頃合いだ。

 

 とは言え英霊たるアーチャーがこの程度で体力切れを起こすようなことは無く、平然と調理を行っていた時のことだった。

 

 何やら視線を感じて面を上げてみれば、テーブル席に座っている一団の中の一人がこちらをじっと見つめているのが目に入った。

 

 制服に身を包んだ一団で、四人組だ。

 

 一人は黄色い鉢巻を身に着けた飄々とした男性。一人は桃色の髪をした身長の高い眼鏡の女性。もう一人は青い肌に二本の角を額に生やした鬼の子ども。最後に、こちらをじっと見つめてくる大和撫子という表現が似合っている狐のシリオンの女性だ。

 

 一目見ただけで彼ら全員が相当な手練れだと分かる。ただ者ではないことは確かだろう。特に、あの狐の女性は頭一つ抜けている。眼鏡をかけた女性も相当な実力者であるが、彼女には及ばないだろう。

 

 狐のシリオンである彼女に関しては、目算で下位の英霊くらいならば真正面戦闘で勝利を収めるだろうイメージが容易に想像できた。それだけの気迫が彼女にはあった。

 

 制服をよく見れば、対ホロウ6課であることが伺えた。

 

 この世界に来て日が浅いエミヤでも聞いたことがあった。対ホロウ6課の課長であり、最年少で『虚狩り』の称号を得た若き天才、星見雅の名を。

 

 ならば彼女がそうなのだろう。あれほどの実力者が都市の守護者とは、意外とこの世界は安泰なのかもしれんなと思うほどだ。

 

「課長? どうかなさいましたか?」

「いや、何でもない。少々気になることがあっただけだ」

 

 そんな会話が聞こえてきたような気がする。少し嫌な予感がした。

 

「最近は市政選挙が近づいているということもあって、色々と話題が尽きませんね~。僕としては、あまり仕事を増やしてほしくはないんですが」

「浅羽隊員。気持ちは分かりますが、あまりそのようなことを口に出さないように」

「はぁ~い」

 

 なんとも気の抜ける会話をしながら、彼女たちも注文した料理を口にする。

 

「ナギねえ、これ美味しいよ!」

「あら。本当ね」

 

 どうやら、対ホロウ6課は隊員同士の仲が良好らしい。良いことだ。

 

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