混ざり物の騎士 紛い物の騎士   作:竜崎

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第1話 人と魔

「まだ、間に合う。まだお前は生きていられる」

 

 甘い囁きだ。血の海に転がった惨状でなければ、きっと鼻で笑って終わらせていた。

 片腕の感覚はとっくの昔に消え失せている。再生に期待したいところだが、もうそんな力は残っていない様だ。指一本動かせそうにはない。

 挙句、粘り気のある血に顔の半分が沈んでいる。このままでは衰弱死よりも先に、間もなく自分自身の血で溺れ死ぬだろう。

 

「ただ一言、契約すると言え。それだけで良い。本当にここで死ぬつもりなのか!?」

 

 無論死にたくなどない。果たすべき使命があり、殺すべき相手がいる。道半ばで倒れるなどあってはならない。

 足音が聞こえてくる。ずっしりと土を踏み締める音は、脳裏にあの巨体を思い起こさせる。

 大股で死が迫る。

 

 

「お前は―――」

 

 死が、落ちてくる。

 

 

「旦那、そろそろ街に着くよ。準備しな」

 

 商人の声に微睡から覚める。眠るつもりなどなかったのだが、どうやらふとした拍子に落ちてしまっていたらしい。

 偶然であった商人の馬車乗り込み、目的の街まで進む事数時間。少し気を緩めていたか、とこめかみを押さえながら一人ごちる。

 

『あそこで眠れるとか、ちょっと感動しちゃう! ダーリンってもしかして、不感症? 不感症でしょ! えっち楽しいのそれで』

「……うるさい」

 

 胸元からの声に心底うんざりした声色で応えると、『キヒヒヒ」と笑い声だけが返ってくる。まともに取り合うべきでない相手なのは承知しているが、それでも四六時中この声を聞くのはいつまで経っても慣れない。

 と、馬を走らせる商人が「ん~?」と不思議そうな声をあげ、

 

「旦那? どうかしやしたか? いや、確かにガタガタ荷物が音を立ててうるせぇとは思いますが」

「なんでもない。居心地は悪いが、落ち着けて良い馬車だ。俺は嫌いじゃない」

「褒めてんだか貶してんだか……まぁいいや、教会の方に乗ってもらえたんなら名誉でさぁ!」

 

 能天気な声色である。街への道中で馬車がぬかるみに嵌まったところを助けてやったところ、命の恩人などと大袈裟に言い出して街まで運んでくれた事はありがたい。が、このやかましい声はゴトゴトと揺れる様々な荷物よりも耳障りだ。

 馬車と荷台の間まで這って行き、荷台を覆う布を手で払って外の光景を覗き込む。商人の言う様に、街が見えてきた。『イチブ』、さほど大きい街ではないが、商人達の間では『止まり木』と呼ばれている。国を縦に横に飛ぶ鳥達を迎える、憩いの場というわけだ。

 

「しかし旦那。なんだってあんな街に用なんです? そりゃあそこは物取りやら何やら色々いるけど、教会の方が出張ってくるだなんて珍しい」

「―――悪魔を狩りに来た」

 

 ぽつりとそう呟くと、商人はちらりと乗客の腰をちらりと窺う。そこに収まっている剣を何に使うのか、想像しているのだろう。

 ふっ、と鼻で笑い、商人の肩を軽く叩く。すると彼は命を奪われるとでも思ったのか、びくんと体を震わせた。

 

「冗談だ。教会の仕事と言っても、ちょっとした使いだとも。気にせず進め」

「は、ははぁ……旦那ってば、人が悪いんだから!」

『嘘つき~。嘘つき~。ダーリンの嘘つき~』

 

 声を無視し、馬車が向かう先をじっと見据える。馬鹿正直に伝えるべくもないと思い冗談で済ませたが、イチブでの目的は『悪魔狩り』である。

 命令が下されたのは数日前の事。わざわざ、教会の指導者からの直々の指名と来ている。

 

―――イチブに悪魔の気配あり。

 

 

「世話になったな。駄賃だ」

 

 イチブに到着すると既に陽は完全に落ちていた。街の入口まで運んでもらったところで馬車を下り、金貨の入った袋を商人へと投げる。受け取った彼はずっしりとした袋の重みに目を剥き、中身を見て更に口をあんぐりと開けた。

 

「こ、こんなに受け取れねぇよ旦那!」

「良いから受け取れ。俺は持っていたところで使わんからな。それより、街が騒ぎになり始めたらここに戻ってこい。良いな? 帰りにまた乗せてもらう」

「??? あ、あいよ」

 

 流石は商人の『止まり木』と言ったところか。入口の時点でずらりと露店が並び、陽が沈んだと言うのに人々は眠りにつくどころかここからが本番と言わんばかりに盛り上がっている。

 なるほど、確かにこれでは生半可な騎士ではどうしようもない。見つける前に、人混みに揉まれるのがオチか。

 胸元に下げているネックレスを手に取る。長髪の女を象った、悪趣味な意匠が施されているソレは仄かに光を放っている。 

 

「仕事だ。何処にいるのか、お前の鼻で嗅ぎ取ってくれ」

『ヒトの事犬扱いするんだ~? ふーん?』

 

 馬車の時から聞こえる声。それはこのネックレスが発するものである。傍から見れば奇怪そのものな光景であるが、騒がしい通りならば気にならない。事実、行き交う人々はネックレスに話しかける男など気にも留めていない様子だ。

 それにしても、生意気な物言いをする。これまでの関係がなければきっと今すぐにでも首飾りなど握り潰しても良い。

 

『は~~~~~仕方ないな~~~~~ホントに仕方ないな~~~~~ダーリンは。ワタシがいないとホントダメなんだからも~~~~~』

「やるのかやらないのか、どっちだ」

『んー、やっぱりぃ~? オネガイの呪文が欲しいな~~~』

「……」

『あーハイハイ。わかりましたわかりましたよ。ん……アハハ、これホント? すっごいわこれ! ダーリン、あのね―――』

 

 声は目的が何処にいるのかを教えてくれた。その居場所は、確かに『彼女』が言う様に凄い。

 商人の街、『イチブ』。追いかけている悪魔は、驚くべき事にその中心部……人々を支え導く、教会に潜んでいるという。

 

 

『近い。凄く近いよダーリン。間違いない、ビビッと来た!』

「……灯台下暗しなどと言うが、まさか教会とはな」

 

 厳かな雰囲気を持つ庭園へ足を踏み入れる。一体何処から金を捻り出したのかはわからないが、えらく豪勢だ。

 石畳を踏みしめながら、聖堂へと向かう。本来ならばもう体の節々にピリピリとした刺激がやってきそうなものだが、全く感じない。

 

『ダーリンさ、何も感じないの?』

「ああ、感じない。つまりそういう事だ。ここは見てくれだけの、ただの巣と言ったところだろう」

『うわぁ。ヤッバ。それでなんで今までウチらの目をかいくぐれたワケ?』

「隠れる術がわかってきたんだろう。お前の時とは違う」

『……ウザ』

 

 聖堂に近付くと、誰かの声が聞こえてくる。高らかに、歌う様に何かを唱えている。

 入口に立ち、門をゆっくりと押し開く。その先には幾つもの椅子が並ぶ、見慣れた光景が広がっている。大理石で作られた、清廉を表すかの様な空間が。

 幾つもの蠟燭の灯に照らされ、ズラリと並べられた椅子には若い男から老いた女まで腰かけ、何事かブツブツと呟いている。耳を傾けると、どうやら告解を行っているらしい。

 

「おお、罪深き者達よ。貴方達の持つ富をここに落としていきなさい。それは貴方達の罪でもあるのです。清き場に遺し、拭えぬ咎を洗い落としていくのです」

 

 最奥に作られた祭壇を前に、仰々しい衣服に身を包んだ老人が叫んでいる。恐らくこの教会の主なのだろうが……中に入った時点で、ビリビリと何かが全身を駆け巡った。悪寒、否、戦慄とでも言うべきか。

 教会の主はこちらに気付くや否や、目を細める。皺まみれの顔をくしゃっと歪め、

 

「なんと、その白装束は……! 間違いない。教会を……世を護る騎士の方ではありませんか!?」

「騎士……」

「騎士だって……」

「まさか、私達の後悔が届いたのか!」

 

 老人の声に応じて、人々が口々に高揚に満ちた様子で声を張り上げた。熱に浮かされた様な、不気味な光景である。皆一様に、何かに取り憑かれているとさえいえる。

 絨毯を踏みしめ、祭壇へと歩いていく。喜びに打ち震える人々は自分達のすぐ真横を歩く、剣を携えた男に気付かない様だ。

 

「―――この街で、人が消えていると報せがあった。それも商人達がな」

 

 老人は呼びかけに対し、白を切る様に手を広げる。自分は正しき聖職者だと言わんばかりの仕草だが、既にその内面は露見している。つまりはこちらを煽る為の仕草というわけだ。

 

「それは恐ろしい話だ。きっと、彼らは自らの罪に耐えきれなかったのです。他者から金銭を巻き上げる己の重く苦しい咎に! ああ、嘆かわしき事です」

「そんな事はどうでもいい。幾ら他人を騙そうが、陥れようが興味はない。ただ一点……商人達が『誰の腹の中に消えたのか』が気になってな」

 

 老人がカッと目を見開く。人ならざる白濁した瞳は、既にその裡が人ならざるものに移り変わっている事を示していた。胸のネックレスが赤く輝き、胸の内からもバクバクと早鐘の様に鼓動が聞こえてくる。

 間違いない。この老人こそ、探している『悪魔』だ。

 

「ほぉ……! ただの騎士ではないな。そうか、貴様が話に聞く『混ざり物』とやらか! ならば私も、丁重にもてなそうではないか!」

 

 『混ざり物』。その言葉に少し苛立ちを見せ、腰の剣を引き抜くと共に一歩踏み込む。瞬間、天井の薄暗い資格から幾つもの影が一斉に襲い掛かってきた。 

 特に驚く事でもない。むしろ、この程度の抵抗は目に見えていた。剣が振るわれ、光の軌跡が宙に描かれる。

 一度、二度、三度、四度。何かを切り裂いた手ごたえのある感覚が伝わる。サッと切り捨てれば、質の良さそうな絨毯に異形の死体がゴロリと転がった。

 

「―――え?」

 

 そこでようやく、祈りに集中して周りが見えなくなっていた人々は目の前で起きた信じがたい出来事に気付いた。無理もない、絨毯の上に倒れ伏しているのは輪郭こそ人間だが、その外見たるや焼け爛れた死体の如き悍ましいものだ。挙句、口からは乱杭歯がズラリと並んで悪魔とでも呼ぶべき姿である。

 気の毒にすぐ足元に斬り落とされた異形の頭部が転がってきてしまったらしい女性が、呆気に取られた後に金切り声をあげた。

 

「ば、化け物―――!!!!!」

 

 そこからはこちらが促す必要もない。正気に戻った人々が一斉に教会を飛び出し、バラバラに逃げ去っていく。後は知った事ではない。まだ懺悔とやらを繰り返すもよし、今夜見た事を夢と思うもよし。自分には関係のない事だ。

 祭壇に視線を戻すと、そこには老人の姿はない。どうやら逃げ出した様だ。仲間をけしかけその隙に逃げるとは、なかなかどうして薄情なものだ。

 追いかけるか、と一度剣を鞘に戻そうかというところでネックレスが輝きを増し、更には振動し始める。まさかと思い視線を落とすと、今にも『彼女』は動き出そうとしていた。

 

『むっ! 逃げても無駄無駄。ワタシからは逃れられない! ダーリン、先回りするからね!』

「待て。お前一人で何を……」

『とりゃーっ! 変身!!』

 

 『彼女』は制止を振り切り、光と共に『器』であるネックレスから飛び去り、祭壇を飛び越えて更に奥へと進む。ため息をつきながら追いかけると、どうやら老人が逃げ出す為に使ったらしい裏口がそこにはあった。

 呼び止めるよりも先に光は裏口を抜けていってしまう。一人で何をするつもりなのか知らないが、面倒な事だけは避けたい。舌打ちと共に『彼女』を追いかけるのだった。

 

 

「はあっ、はあっ、はあっ」

 

 迂闊だった。人間の罪の意識を利用して、金を巻き上げつつ『食料』にする策は上手くいっていたが、欲張りすぎた。

 二か月に一度。罪を清める日などと銘打ち、ずる賢い商人達を集めて食っていたが『騎士』に捕捉されてしまっていた。

 老人、否、その皮を被った『マモン』の名を持つ存在はブツブツと呟きながら細い道を進んでいく。

 

「クソっ。欲張りすぎたか……」

「そっ! 強欲だったのは人間もアンタも一緒ってワケ!」

「ッ!?」 

 

 人間が通らない、薄暗く不気味な道を選んだ。夜目が利かない者達ならば決してここを見つける事さえできない、そんな通りを阻む女が一人。マモンは女の姿を確かめようと目を凝らし、そして驚愕する。

 一対の角、一対の黒翼、らんらんと光る目……それはマモンと同じ魔性のモノが持つ特徴だ。

 

「なん、なんだ。どういう事だ? 貴様、何故……『同族』がそちら側に立つ?」

「ふっふっふーん、どうもこうもないっての。あのね、こういう奴もいるワケ」

 

 女の言葉は理解ができなかった。マモンは、マモンの『存在』は人間を糧として生きている。人間と共に歩む事などもっての他だ。

 だが眼前の女はどうか? 人間と共にいる? 人間と共に、自分を追ってきている?

 マモンには理解しがたい事態であり、そして許す事のできない蛮行だった。

 

「あの、あの『混ざり物』と手を組んでいるのか!?」

「はーっ! その呼び方やめなさい? 悪魔が差別とかまったくもって失礼極まりないから、ホント!」

 

 女が石畳を蹴り、近付いてくる。得物は自分自身の四肢と言ったところか。

 マモンは飛び掛かってきた女の飛び蹴りを両腕で防ぎ、そして三日月の様に口の端を歪める。

 弱い。威勢は良いが、力はてんでない。反撃は容易く、マモンは女の足をそのまま鷲掴みにすると勢いよく地面に叩きつけてやった。

 

「ふんっ!!!」

「ギャッッッ!」

 

 石畳が叩き割れ、骨の砕ける小気味良い音がした。弱い。驚く程弱い。硬い地面に四肢を投げ出し、白目を剥く女の姿は拍子抜けも良いところだ。

 

「は、はははは。なんだ、どういう経緯かと思えばこの程度の雑魚だからか。自分の身も守れぬから、あんな『混ざり物』の力を借りているのだな。なんて無様な、みじめな奴め、ええ!?」

「コ、イツ……んぎぃぃっ!!」

 

 まだ威勢よく言い返そうとしてくる女の腹を思い切り踏みつけてやると、みっともない声をあげて泡を吹いた。

 これは面白い、とマモンは笑った。こんなにもか弱い悪魔など初めて見た。これでは下手な人間にも膂力で負けてしまうだろう。

 

「これは僥倖。貴様で金を稼ぐとしよう。首輪付き、悪魔の娼婦……きっと物好きな人間達が喜ぶぞ!」

「んの、スケベジジィ……!!」

「そのやかましい舌、引きちぎってやるとしよう!!」

 

 追手が大した敵ではないと気付くや否や、マモンは気を良くして女の口に指を突き入れる。「ゔぅ」とか細い悲鳴が上がるが、気には留めない。このまま舌を引き抜けば悲鳴も上げられなくなるだろう。

 まずは何処かに連れ帰り、それから従順になるまで犯してやるとしよう。見たところ非力で頭も軽そうだが、体は上物だ。きっと良い稼ぎ口になる……下卑た笑いを浮かべながらマモンが女の舌を鷲掴みにし、

 

「だから言っただろう。お前一人で何を、と」

 

 一閃。暗がりに光が差し込んだかと思えば、マモーの片腕が宙を舞う。割って入る様に振るわれた騎士の剣によって切り飛ばされていた。

 

「ぐッ!?」

「ダーリン!」

 

 腕を失った衝撃、人間如きに肉薄を許した屈辱。一度に襲い掛かってきた感情を抑え込み、マモンは一度距離を取る。

 闇の中でも良く見える、純白のコート。そこに刻まれた十字は正道を征く騎士の証明。剣を携えた男はどっしりと構え、その双眸でマモンを見据えてくる。

 

「貴様……」

「生憎、この女は俺のモノだ。悪いがお前にはやれん」

「え、やだ、嘘ダーリンそんな……そんなのプロポーズじゃん! やだもー! やだー!!」

「少し黙れ。勝手に動くな」

「はい、ごめんなさい、ホントごめんなさい」

 

 理解しがたい二人組だ。一人は魔を狩る騎士と、魔そのもの。こんな組み合わせ見た事がない。邪なるモノを決して許さない騎士団が、何故この様な存在を許容しているのか!

 煮えたぎる怒りを抑え、斬り落とされた片腕を庇いながらマモンは男をじっと睨みつける。

 

「『混ざり物』……貴様は知っているか? このイチブの街がどの様に成立しているのか?」

「……」

「搾取だ。街の貧民達から商人は金を奪い、また別の商人に金を奪われる。そしてまた別の、そのまた別の商人に奪われる。私は……私が成り代わった人間はこの構図の一番上に立っているに過ぎない。社会の中に一単位として存在しているのだよ、私は」

「だから、なんだ」

「……貴様に欲しいものはあるか? 貴様の噂は聞いているぞ。人にもなれず、魔にも染まれず、侮蔑の目を受け続ける、生きる罪と!」

 

 男が目を細める。会話のペースを、マモンが握った。

 

「貴様はこれで良いのか!? 人間から蔑まれ、魔には嘲りを受ける事に屈辱はないのか? 私は……私は平等だ。平等に奪ってきた。貴様に対して、平等に『商い』を仕掛けてやろうではないか!」

 

 マモンは声を張り上げ、空いている腕で男を指差す。どんな言葉でも良い、ほんのわずかでも彼の気を逸らせばそれで良いのだ。

 

「貴様の欲しいものはなんだ? 用立ててやる。金があればどの様な望みも叶えられるぞ。安息の地か? 仲間か、それとも……」

「命」

「ええ?」

 

 男はぽつりと呟き、マモンの言葉を遮る。何と言ったのか理解できず、思わず口から情けない声があがった。

 

「命だ。俺が欲しいのはお前の命だよ」

 

 その声色は、ゾッとする程低い。

 マモンはその時ようやく男が向けてくる、恐ろしいまでの殺意に気付いた。

 使命ではない、責務ではない。騎士としてなどという題目もなく、男は単純にマモンを殺したいという純然たる殺意のみを迸らせている。

 つまるところそれは懐柔など不可能で、逃げ場などなく、ここで死ぬ事を結論付けていた。

 

「オ、オオオオォォォォォォォッッッ!!!」

 

 そこでマモンは決壊する。人の皮を捨て、悍ましい鳥へとカタチを変え、男目掛けて突撃する。もはや捨て身の特攻だった。どうせ死ぬというのなら、せめて腕の一本は奪わねば話にならない。

 予想と異なり、男は剣を振るう前に倒れ伏している女の悪魔に手を伸ばし、そして……何事か唱えた。

 

「―――うん、良いよ」

 

 女が口元を綻ばせたのが見えた、直後。光と共に男がマモンに倣うかの様にその姿を変化させる。

 白いコートが弾け、漆黒の鎧が男を包む。

 手に持つ剣が禍々しく輝き、やがて牙を思わせる程に鋭く尖る。

 瞬く間に男は甲冑に身を包み、そしてマモンを一撃の下に両断せしめていた。

 

「ゴ、ア……」

 

 なんと、呆気ない最期。一撃を浴びせる事すら叶わないなど誰が想像できようか。

 びしゃびしゃと血をまき散らしながらマモンは石畳に倒れる。おびただしい量の血液がみるみる内に地面を染め上げていく。

 金属音と共に騎士が近付いてくる。トドメを刺すつもりなのだろう。

 

「お、の、れ」

「お前に聞きたい事がある。月の名を持った魔女を知っているか?」

「なに……?」

 

 騎士のくぐもった声にマモンは戸惑う。思わぬ問いかけに、数秒程言葉を失っていた。

 月の名を持つ魔女。耳にした事など一度もない。何故そんな事を知りたいのか。まもなく死にゆく頭では思案などまともにできはせず、悪魔は力を振り絞ってこう言い返す。

 

「―――しる、か」

「そうか、じゃあ死ね」

 

 騎士は吐き捨てる様に呟き、完全にマモンの頭部を粉砕した。

 

 

「ハズレだ。こいつも知らない」

 

 騎士は頭部が潰れた死骸を前にぽつりと呟く。返り血を浴びた黒い鎧は月明かりでぼんやりと照らされていた。

 死骸が音を立てて崩れ落ちていく。人ならざるモノにしてはあっさりとした、何処か虚しささえ覚える最期だ。

 鎧が光と共に掻き消え、後には剣を握ったままの男と一対の角を持った女だけが残った。

 

「イエーイ! ダーリンの勝利、イェイ! ほらハイタッチ、ハイタッチ!」

 

 女が元気な声で腕を振り回し、勝利の喜びを分かち合おうと男にしつこく迫る。だが相方の弾ける様な笑顔に対して、彼は不機嫌そのものと言った表情でねめつけて返した。

 これには女もバツが悪そうに視線を彷徨わせ、指をもじもじとさせる。完全に叱られる流れである以上、ふざける余地など何処にもない。

 

「いやその、役に立ちたいなーなんて思っちゃったりして、さ……ごめんて、ホントに。もうしないから」

「……そんなのどうでもいい。口約束など信用できるか」

「あ、うん、そだね……ごめん」

「―――もう無茶をするな。傍を離れられると、守ってやれない」

 

 それだけ言って男は踵を返して立ち去っていく。ぶっきらぼうな物言いであるが、しかし確かな気遣いを感じさせる言葉だった。

 嫌われたかもしれない、そんな不安な気持ちに表情を曇らせていた女はぱあっと顔を輝かせ、その後を追いかけた。

 

「え、ダーリン、今のもう一回言って今の。お願ーい、ね!ね!」

「断る」

「良いじゃん!? 減るもんじゃないし! 無茶苦茶キュンと来たし!」

「良いからネックレスに戻れ!!!」

 

 

―――男の名は、ソリスと言う。

―――そして付き従う魔性の名はサングレース。

―――魔を狩り、打ち滅ぼす『騎士団』の異端。戒律を捨て、邪道を進むが故にその名は……『破戒騎士』。

 

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