高い天井から吊るされたシャンデリアが煌びやかな光を落としている。その下を動き回る人々のうちロビンのようひりついた雰囲気をまとう者は一握りで、多くの客はチップを積み上げギャンブルに興じていた。
回転盤やカードが乗ったテーブルについて多人数でやるような遊戯もあるようだが、“ウルフ”が不在でいきなり飛び込むのは気が引ける。機械と人間が一対一で向きあうゲームならいけそうだ。ルールを知らないのでまずは観察する。
(ボタンを押して……絵を揃えるのか)
まっすぐ揃った場合に良いのは分かるが、それ以外の並びでもリアクションを見るに良いパターンがあるらしい。通路に近い台だとロビン以外にも見物人がいて、こうやって佇んでいても不自然と見られにくい。
さっきのイカサマ未遂のせいか、別のカボチャ頭スーツらが時々巡回している。今のところやましいことがあるわけではないが、バニーガールと獣人を間違えて騒ぎを起こしてしまった身だ。周りに合わせたふるまいをしておいた方がいいだろう。
(やってみよう)
思いきって空いている席に座ってみた。椅子が柔らかく尻を受け止め、思ったよりも深く沈む。
まずチップを入れる手順であるのは見ていたから、投入する。レバーを引くとドラムが回りだす。ボタンを押すと止まる。
そしてすぐ気付いたことなのだが、動くウサギの首筋に遠くから射るごとく、こちらの動作と結果が確定するまでにわずかなタイムラグがあった。機械そのものは目の前にあるのに距離差があるような、この独特のタイムラグを理解するまで悪戦苦闘する。ついムキになって、絵柄の配列やラグを見切るまでどんどんチップを投入していく。
気づけば残り数枚になっていた。ずしりとした金貨ならこんな気軽に放りこんでいなかったのに。一旦深呼吸。
動くウサギと回るドラムは同じ。周期的なだけこのドラムの方がよほど御しやすい。ひとたび意識を集中しだすと、スローモーションのように見えてくる。試していくうちに狙った絵柄で止めるコツも覚えた。
「……見えた!」
押してから止まるまでのラグも見越して、ボタンを連続で押す。まっすぐに“7”の絵柄が揃った。いきなり最高潮に音と光の洪水がロビンに押し寄せてきて肩をびくりとさせてしまうが、それ以上に今までは個人で一喜一憂していた他の客がどっと集まってきた方に面食らった。
慌ててつい追加のチップを入れてしまい、ドラムが回ってしまう。人垣の中心になってしまった。今度こそラストにしようと思い直す。
(一回上手くいったなら、もう一回できる)
周りが騒いでいるのを雑音として意識から切り離す。視覚に集中すると、またスローモーションのように視える。一度成功したならまたいける。思い出せ、初めて狩りを教わったときのこと、初めて侵入者を退けたときのとこ、初めての……。
息を詰める。
そして、これを最後に一旦退こうと思ったロビンの目論見は達成されなかった。
*
イカサマだイカサマ! いや目押しじゃんやるじゃないか。いや連続は無理だろ、どんな細工をしたんだ?
声と声と声に囲まれて、やってしまったと内心で汗だくになっていた。ムキになってしまった自分が悪い。
ロビンの座っていた台からはコングラッチュレーションと言いながら延々とチップが吐き出され続け、おこぼれを拾おうとする野次馬、それを止めようとするスタッフ、騒ぎがさらに人を呼び集めて収拾がつかない。
「私は――」
何か言おうとしても、混乱に呑みこまれてかき消される。席を立とうにも、チップはいまだ放出され続け新しいスタッフも集まってきていて、これを放置して立ち去るのは無理だ。
ついに人垣が分けられはじめた。だがロビンにとって嬉しいことではない。あのイカサマ未遂の客を爆破した、カボチャ頭のスーツたちがこちらに向かってきたからだ。もっと自由に動けるのならば逃げだせるのに、人でできた厚い壁に囲まれていて退路はそのカボチャ頭の方角だけだ。
鼓動が激しくなる。装備は隠してあり今すぐ手に取ることもできない。決してイカサマなんてしていないが、こんな大量のチップを吐き出させてしまって、偶然ではあり得ないであろう事象を起こしたのなら疑われるのは仕方ない。
対峙し、目と眼が合う。ロビンよりさらに背丈も胸板もあって圧迫感がある。
「…………バイタルデータ、計測チュウ…………」
ロビンの語彙にない何かを言われ、推し量られているような感覚。緊張感が走る。
さっきのイカサマ未遂客の末路が脳裏に浮かんだ。他の客たちも同様で、固唾を飲んでいる。
「………………不正検知、ナシ。オ客様、引キ続キオ楽シミクダサイ」
「……はい」
元の道をずんずんとカボチャ頭は去っていった。ばいたるでーたとかよく分からない単語も出てきたが、イカサマをしていないと信じてくれたらしい。大量のチップの処理に関しては、レシートなる一枚の紙にまとめるよう普通の人間スタッフが取り計らってくれた。小銭代わりに片手で収まる程度のチップも別にもらったが、あの大量のチップの方もちょっと自分の腕で抱えてみたかった。金品に執着があるタチではないが、文字通りあふれるほどの資産への憧れがないわけではない。友達と集まって吐くほど腹一杯に酒と肉を食べるとか、ちょっと憧れる。
「すみません、バーはどこですか?」
バーに行くと“ウルフ”は言っていた。彼が別れ際でやっていたよう尋ねたスタッフにもチップを分け与えると、一緒に付いてきて案内してくれることになった。
人と会って話すことで集中と緊張でくたびれた心身を癒やしたい。騒動の後はどこを歩いてもこっそり向けられる好奇の視線がむず痒いのだ。
機械とテーブルが詰まっていたフロアから離れるとあの喧騒は静まり、代わりに音楽家たち奏でるムーディで落ち着いた曲が流れてきた。バーに着いてみると、棚に並んだ瓶と磨かれた黒いカウンター、グラスを磨くスタッフがいる。絨毯も落ち着いた暗い色に変わっていたが、それでも赤い道としてフロアと繋がっていて、いつでもあちら側に戻れる距離感を演出されている。
ここに訪れて当初はうっとうしかった頭痛も治ったしここならば一息つける。享楽的な空気は変わらないが、一時の止まり木のような雰囲気がある。
カジノの遊戯はロビンにとって分からないことだらけだったが、バーは要するに宿所の酒場と似たようなものだ。店主に頼んで提供してもらい、交流や飲食を楽しめる場所。
「リクエストは?」
「ミルクを」
ロビンは酒が好きだ。大の好きだ。特にリトル・ジョンと飲むときなど最高に楽しくなるくらい好きだ。
だが代官を追う任務の最中なのだ。判断力や手元を狂わせる酒は、あくまで全部終わるまでおあずけ。そしてノンアルコールから選ぶならミルクが無難と考えたのは自然なことである。
しかし周りの客からの嗤い声が聞こえる。聞こえさせる声量のも、ひそひそ声のも。
「ミルクって……ガキじゃあるめえし」「こいつバニーガールも分かってなくてケンカ起こしたんだぜ、相当アレだよアレ」「腕っぷしはありそうだったから声を落とせって」
そうだ、イカサマ疑惑に加えて、入ってすぐに一悶着起こしてしまっていた。いつもの緑の狩人服は森でない、人工的で華やかな場所には適さない。そう考えて青い貴族服に着替えてから入ったものの、元から荷を減らすために一番上等な一着、しかも来た国が違うから、金刺繍など意匠も他と浮いていた。
ロビンから離れたところでいくつも瓶を開けている常連客たちを睨む。ひとりは目を逸らした――腕っぷしを認める発言をした男か?――ものの、他は舐めきった態度で観察し続けていた。
(私ならここにいる誰よりも樽を空にしてやる自信もあるのに!)
意気込んだ直後、お上品に光を反射するガラスの瓶が目に入る。ロビンがいた所ならここで大人でも抱えるのに一苦労するサイズ感の木の樽が出てくるところだ。やっぱり自分は余所者だという感覚が強調されるようで、不快感が呼び起こされた。
そこへ向こうから黒コートの青年が現れ、話しかけてくる。
「気難しい顔をしていると美形が台無しだよ。ミルク持ってきてやったのに」
「“ウルフ”ですか……ああ、ありがとうございます」
「キミは注目されているからね」
「嫌というほど味わっています」
見知らぬ人々に陰口を叩かれていると不愉快だったものだが、友人からさらっと言われるとロビンとしても余裕のある返しができる。やはり探しに来てよかった。
ぐいっと一杯、ミルクだが決める。瓶に映る景色には口周りに白い輪っかを作った自分がいたので、手で拭った。
「スロットをやるのだってあくまで渋々、それで目押しでジャックポットを出すちぐはぐ。遊びに来ただけの客じゃないなってことですっかりマークされちゃったねぇ」
「……分かっています」
カボチャ頭とは別の、だが同種のスーツ姿をした人型が代わる代わる付かず離れず窺っているのには気づいている。声を落とした。
「ま! こうしちゃえば溶けちゃうんだけどね!」
すぐ後ろを通りがかったスーツ人型の襟ぐらを“ウルフ”が掴んで、頭から瓶の液体をだばだばだば……派手にぶっかけだした。ロビンが慌てて止めにかかったがそれよりも驚くべきことに、人型ひとりがみるみる消えてしまう。残ったのはトランプのカードが一枚。
そのカードは“ウルフ”の手の中で弄ばれている。
「酔っぱらいの勢いってことにしちゃえば怒られずに済むから」
人間ではないスーツ人型たちは、水をかけると――溶けて消えてしまうという。
酒臭くない息を吐きながらいけしゃあしゃあとバーの店員に拭くものを要求していた。バー以外でやったら良くてつまみだされ、悪くて爆殺ということか。
さも当然のようにロビンに借りてきたタオルを渡してきた。受け取る。
「……捕まえなければならない、人を探しているのですよ。だがフロアにはいないようで……他の手掛かりが欲しい」
濡れた床を拭く振りでしゃがんで口元など見えづらいようにしつつ、こっそりとおのれの目的を開示した。“ウルフ”は人にやらせるだけやらせて無駄に堂々とした佇まいで立ったままだ。
「なるほどね。訳アリの客はこの“パブリック・ルーム”には少ないよ。だってキミみたいにいかにも挙動が怪しい新人さんでも堂々と歩き回れるくらいだ」
稚拙だと言われてムッと反感がこみ上げてきたが、言い返せない。任務が終わったらやりたいことリストに、一発ガツンと本音で文句を言うこともこっそり追加しておく。一番目は異国の酒を存分に味わうこと、二番目で無事に故郷へ戻って恋人に会うこと。文句を言うのは六番目くらいの優先度。
「本当の勝負は“プライベート・ルーム”じゃなきゃできない。ここまでがご新規さんへのサービス」
ロビンのような一見の客が出入りする場所と対比されるという“プライベート・ルーム”。「もっと詳しく」と言いかけたところで姿は消えており、床拭きの布を持たされたロビンだけ残されていた。