「ボス、バーデ、使イ魔“スペードノ四”、消失シマシタ」
「補充する」
ウィキッド・ドロシィがトランプを投げると、空中でスーツ姿の使い魔に変化する。フロアに向かうよう指示して人員補充は完了だ。モニター監視は怠っていないが、トラブルがあった際にすぐ駆けつけてこそ人々に「ここはファミリーの支配が行き渡っている」と印象付けられるのだ。
「“プライベート・ルーム”の売上は?」
「ドウゾ」
「あと消防規定のリストも」
「ドウゾ」
部下がメモを持ってくる。今日も表向きのカジノ“パブリック・ルーム”とは比べ物にならない金が動いていた。
単に高レート版のルーレットやバカラといったメジャーな遊戯だけでなく、“パブリック・ルーム”側の客たちの金と命のやりとりも賭けの対象だ。
低レートなら、バーでの飲み比べ勝負で誰が勝つかの予想。高レートなら、借金してまで訪れたギャンブル中毒者が今夜勝つかどうかの予想。だいたい負けて破滅するから『負ける』という簡単な予想ではスロットでチェリーを揃えた程度の配当になっている。上乗せするのにはどんなリアクションで嘆くか怒るか崩れるかまで当ててもらう。
今夜も順調だ。表ではイカサマもなく治安維持も行き届いた明るいカジノ、裏では悪趣味な高レートゲームで大金が飛び交うカジノ。隠しているわけではなく、ただ会員制、紹介制という建前をとっているだけなので存在自体は周知だ。
(面倒くさい。でも常に勝ち続けなければならない。ファミリーを守るためには)
組織を守るために強固にすればするほど、たった一度の負けも許されなくなる。
合法化しクリーンさにもこだわったから、消防規定、建築法、外のお偉いさんに根回し、金の管理、やることが多い。
(私を拾ってくれた“西の魔女”《エルファバ》は、たった一度のミスで死んでしまったから)
たまたま弱点である「水の入ったバケツ」を置きっぱなしに。それだけのミス。
ウィキッド・ドロシィと先代“西の魔女”との間にはもっと込み入った事情もあったが、それはこの物語に関係ない。
ミスはしない。隙は見せない。そうやって胸を張ってここまでのしあがってきた。
「ボス。“プライベート・ルーム”ヨリ連絡デス」
監視カメラを巡らせ表側の客を映し出しているのは、単にゲームの対象にするためだけでない。何かと訳アリの客も多い都合、特定のターゲットが現れたら報せるよう注文をつけられがちなのだ。いちいち全部の要望を聞いていられないから、ゲームという形式をとって常に放映しておいて、何かあるならカジノ管理者たるウィキッドたちへ伝えるシステムを構築した。もちろん連絡一回につきそれなりの“手数料”《マージン》を取ることも忘れていない。カジノは胴元が儲けてこそだ。
「どの客からだ?」
「例ノ外国人デス。見ツケタ、追イ出セ、ト」
「ふむ……」
とある訳アリの客からの依頼だ。外国から来た長い金髪の男が現れたらそのモニターを出せ、探している相手かはこっちで確認するから――というもの。もっと詳細な依頼ならばそれを口実に“手数料”《マージン》を釣り上げられたものだが、なかなか金にがめつい男でマージンを釣り上げる隙を与えてくれなかったのが印象深い。
部下の報告を確かめたところ、例のバニーガール獣人勘違いトラブルおよび目押しジャックポットを出していたあの金髪の男がターゲットとのこと。
「例の裏取り調査はまだ時間がかかりそうか?」
「急イデマスガ、モウ少シ、カカリマス」
向こうの国の王様が認(したた)めたという紹介状も持ちこまれて“プライベート・ルーム”に何ヶ月も居座っている。金は払うこと、ファミリーのルールには従うことさえしてくれるのなら、ウィキッド側からも悪いようにしない。
頬杖をついて少し考える。
あの金髪男の“お坊ちゃん”《プリンス》感だと、暗殺者とかの類ではなさそうだ。瞳が綺麗すぎる。厄介な親戚とかでもなさそう。金や権力の相続トラブルはこっちじゃよくあることだが、そういう汚泥にまみれた感じがしない。
(まあ、どうでもいいことだ)
ふぅ、と休憩がてらの思索を切り上げ、指示を出した。
「やれ。抵抗するようならマシンガンの使用も許可する。せいぜい“プライベート・ルーム”の方も盛り上げてやらないとな」
綺麗な顔をした坊っちゃんの映像を送り、極上の一等地を選びでかでかと“プライベート・ルーム”に出させた。初見のはずだが初っ端から客同士で小競り合いを起こしたり目押しジャックポットを成功させたり、実は“プライベート・ルーム”で密かに注目されていた期待株だ。そういう好奇の視線に晒されていることを、彼は知らない。
今日はあまり刺激的なショーに恵まれず、残念なイカサマ未遂客が脱走失敗でどかんと砕け散ったくらい。よくある結末で終わってしまい、当てても大した儲けにもならない。エンターテインメントとして精彩に欠ける。やらない方がマシなレベルだ。そうやって退屈へのフラストレーションが静かに溜まっていて、客たちは刺激に飢えていた。
マイクに向い、ウィキッドは深呼吸する。ショーを始める際には必ず、カジノ運営側から案内するのだーー「どういう結末になるか、賭けてみないか」と。
*
一等地モニターでは今、ここの警備役でもある使い魔たちと金髪の青年ががちょっとしたアクション劇場を繰り広げていた。いつの間に着替えたのか、緑の衣にクロスボウのような武器を携えた出で立ち。白い羽根飾りが揺れる帽子などここらでは見かけない意匠なのもポイントが高い。
命が惜しい一般客はさっさと外へ逃げだしたので、よほど鈍臭いヒヨコでなければ残っていない。逃げ遅れたならテーブルの下で震えているに違いない。これで遠慮なし台本なしの戦いを思う存分やれる。
『く、逃げ場がない……!』
『グループA、右。グループB、ブロック裏デ待機』
金髪の彼ーーロビンがスロット機の裏で唸っている。遮蔽物に隠れても簡単に見つかっているのは辛いだろう。そして疑問にも思っているに違いない。使い魔たちの視線を切っているのに、と。
(焦っている顔もなかなかキュートだ)
あの“パブリック・ルーム”内に隠れる場所なんてない。だって彼が身を隠しているスロット機の裏側、苦悶する表情、矢を番えたクロスボウ、そのすべてがカメラで映しだされて見世物になっている。当然、使い魔たちの指揮官であるウィキッド・ドロシィも安全な場所ですべて把握して指示を出しているはずだ。たとえ全滅させたとしても時間さえ経てば再投入できる。そもそも“彼が生き残るかどうか”《デッド・オア・アライブ》が賭けの対象だからどう転がったってカジノ側は損しないというわけだ。フロアに掲げられたレート表を確認する。
(ま、『死亡』と『逃亡』はレートが低くて、『マシンガンで蜂の巣』か『マグナムで脳天をズドン』かまで当てなきゃまともな儲けが出ないんだけどね。あるいは……)
誰もがカジノを仕切るウィキッド・ドロシィ側が勝つと思っている戦闘ーー戦っている本人は知らないーーでありながら、ここにいるVIP客たちが釘付けになっていた。いきなりバニーガールが獣人と騒いで世間知らずっぷりを晒した時点で興味を持った者、目押しでジャックポットを引き出して異常な動体視力と繊細な指先に感心した者、そしてせいぜい数分で制圧されるだろうという前評判を覆した善戦ぶりに手のひら返しした者。
堅牢なルールと実力で支配されたこのカジノだが、表の世界に向けて積み重ねた信頼が仇になって、今やイカサマや盗みに入るような根性ある挑戦者は絶えて久しかったのだ。チンケなトラブルならあるが、あっさり発覚して制裁を受ける。
ズドドド! カララララッ。最高級のオーディオで弾丸と薬莢が主旋律を担当し、それを弾く筐体は打楽器役をする多重奏。ベース音として絨毯を踏んで走る音も備わっている。仕上げに肉と血の飛び散る最後のコーダが加わればゲーム終了、勝者への払い出しタイムになるわけだが、いつまでもそれがない。
安全地帯からの指示にはタイムラグを伴う。ロビンはその弱点を見抜いて上手く立ち回っていた。ツーマンセルで行動する使い魔たちの後ろをとって、数体はそのクロスボウの矢で射抜いてもみせている。至近距離と超遠距離のどっちでも十全の威力を見せており、密輸入武器を扱うヤツが同型のものがないかを調べさせるのも見た。
(ウィキッドも焦れているねぇ)
ターゲットには圧倒的に不利なのに負けないだけの実力があって、だが動きを見ていれば目的が盗みでも暗殺でもないのは明白でもある。何がしたいのか読めない、というのは不気味なことだ。サブモニターの方では一気にケリをつけるべく、爆発できるタイプの使い魔が壁のように円で囲んでいるのが表示されている。『銃弾で死ぬ』方に賭けていた客は『爆死』じゃ丸損だ。ため息をついて観戦を終える者もいた。もったいない。
『囲まれている……!』
よく気づいたね、と心の中で拍手する。
まるで天からフロア全体を見下ろすマップも頭に備わっているかのよう、使い魔たちの動向をよく把握している。動体視力もすごいが、異常なまでの空間把握能力もすばらしい。スロット機や装飾によって入り組んだカジノをまるで住み慣れた家のように分かっている。
じりじりと包囲網が狭まっていく。こいつらが一斉に爆破されたらなかなかの花火ショーになる。
脇にあるワイングラスに手を伸ばす。膝に冷たいものがかかった。
「おっと……クリーニング代も稼がなきゃね」
目を離せないままだったもので、うっかり倒してしまった。ウィキッドの使い魔だったら消えてしまっていたところだ。“パブリック・ルーム”は噴水やプールといった水に関するモノは設置されていないし、客に提供する酒や水さえも限られた場所で厳重管理されている。大量の水があったらフロアで逃げ回るロビンも対抗策があったろうに。
濡れたズボンに意識が逸れたとき、地震みたいな揺れとどよめきがあがった。揺れは上のフロアでの爆破によるもの、だがどよめきの方はあっけない結末への落胆でなく、感嘆のもの。
絢爛なシャンデリアにぶら下がっているロビンがアクション映画のクライマックスを繰り広げていた。小脇になにか抱えていると思ったら、逃げ遅れたのであろう子供だ。包囲網に追い込まれた大ピンチ、逃げ場がないと思いきや樹を登るよう上に脱出。しかも巻き込まれた一般人も見捨てない、金髪の美形ヒーロー。背景と音響はコストを惜しまない爆発で盛り上げてくれている。
手垢のついたシチュエーションでも、悪趣味なギャンブルにばかり没頭していた自分たちにはむしろ新鮮な味わいにすら感じられる。
このタイミングで立ち上がり、大仰な仕草で拍手してみせた。
「ブラヴォー!『追手から逃れ、しかも一般人を助け出す』なんてスバラシイ結果じゃないか! 誰か当てたかい?」
ことさらにカタギの子供を強調してやれば、煙の下からマシンガンの雨が注がれることはないだろう。ここの主は警告とルールに従わない人物に容赦はしないが、あの子供はどちらでもない。ただ避難しそこねた客の存在をこれまで見落としていたのなら、頭に血が昇ってそのまま気づかないままとも限らない。
(こっちからの助け舟はここまでかな。あとは頑張りなよ)
一連の戦闘でドアが吹っ飛んだか使い魔がそこから送られて来たのか、とかく今まで開いてなかったトビラに身を滑りこませるトモダチの姿をモニター越しに見送る。
賭けの結果や思いがけないショーへの興奮が冷めぬ“プライベート・ルーム”にて、悠然とVIP用椅子のひとつに腰を沈ませていた。