ジャックポット&ウィッチ&ハンター   作:黒木紫雨

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メンテナンス・ルート

 ロビン・シャーウッドが侵入した先は施設全体のメンテナンス用の通路だった。しかし機械に疎いロビンにはここがどういう役割の空間か分かっていない。ただ、落下防止の手すりの先は薄暗い闇が下へ下へと続いていた。

 代官を捕まえられないまま尻尾をまいて帰るわけにはいかない。

 爆風でひしゃげたトビラはもはやただの金属板で、だが無理矢理に入口に押しこんで適当なつっかえをいくつか噛ませたら当分の時間稼ぎにはなってくれそうだ。残った力を振り絞って押しこんだ。

 

 とにかく肩でしていた呼吸を整えていく。吸い込む空気の悪さにも文句を言っていられない。金属特有の重たい臭気は、古井戸の底で腐った水の臭いに似た不愉快さで、全体的に湿度が高いのも拍車をかける。汗が狩人服の中を伝った。

 

(あの子供は保護されたらいいのですが……)

 

 あの後、彼が言っていた“プライベート・ルーム”なるものの手掛かりを求めてあちこち聞き耳を立てたりスタッフの挙動を注視したり――どこかで目をつけられていたのだろう。まずスーツ姿のカボチャ頭からカジノから去るよう警告され、それを無視したら実力行使となって今に至る。

 

 戦闘になってしまってすぐ、まずロビンが気にしたのは巻き添えになる人々の存在だった。向こうも一般客がほぼ逃げてから本格的な攻撃に切り替えてきた。しかし不運、ヒューマンエラーとはよくあること。怖がってテーブルの下に隠れてしまっていた子供は見落とされていたのだ。ロビンにしてみれば銃弾の雨あられの中で「逃げ遅れた子供がいるからストップ!」などと悠長に呼びかけるタイミングなどなかった。子供のことを気にしないで戦えたのなら、罠や大量の矢も使ってもう少し巧く立ち回れただろうに。

 

(信じておきましょう)

 

 あのとき爆発するカボチャ頭に囲まれ、上へ飛び上がったのは苦肉の策だった。森なら高い樹の隣には同じくらいの樹が伸びているが、天井のシャンデリアからさらに飛び移れるような場所はない。一緒に抱えた子供ごと追撃されるリスクはあった。しかし実際には攻撃されずに済んだのだ。ただ、これを慣用句としてでも「賭けに勝った」と表現したくない。ロビン自身が怪しげな挙動をしてしまったのが悪かっただけで、カジノ側にも善性があったのだと思いたい。

 

 プシュッ、という音。頭上で何かが吹いた。濡れた霧だ。トラップかと身構えたが、何も起こらなかった。緊張がほどける。

 塞いだトビラの外の音が改めて耳に入ってくる。休憩は十分だ。そして追われている身では先に進むしかない。

 壁に絡みつく黒いツタがある――と思ったら金属の紐だった。これを手掛かりにして下の空間へ進めないか考える。そばにあった「Danger! 感電注意」という板が目に入る。読めない単語もあるがどうやら警告らしい、触らない方がよさそうだ。

 暗がりに目を凝らすと、金属の太いパイプが大樹の幹のよう地下へ伸びている。足がかりにしていけば下へと降りていける。

 

 ガッ、ガッ……パイプの中には何か通っているのか、飛び移るたびに重たい音、そして足裏になんとも言えない振動が伝わった。塞いだトビラが突破されたようで、上の方がにわかに騒がしくなる。闇の中を降りていくと最下層に着地できた。

 

「明かりが……」

 

 暗闇に慣れた眼が漏れた光を捉える。ここまで降りてきたのは道なき道を往く不法侵入だったわけだが、ちゃんと取っ手のついたトビラの向こうからだ。決して正門ではないだろうが。

 

(何があっても大丈夫か?)

 

 トビラに手をかけようとして、動作を止める。

 おのれの状態を確認する。

 身は問題なし。いくらか疲労はあるが、逃げに徹していたおかげで被弾はない。矢もクロスボウも万全の状態。

 心も大丈夫だ。あくまで悪さをした代官の逮捕がロビンの目的である、そう話せば分かってもらえるはず。緊張はしているが萎縮はしていない。

 

 取っ手を引くと重量感が手に伝わる。

 トビラの隙間を少しだけ広げると、冷たい紫色の光が差しこんできた。空気も深夜のようなひんやりとした感触で、向こう側は全体が落ち着いた間接照明を主としている。“パブリック・ルーム”とは色々と対照的だった。人工的な空間なのに、なぜか薄明かりの中で滝のような水音が絶え間なくしている。

 

(人の気配が……ない?)

 

 革製のソファやガラスの装飾など、内装は客をもてなすためのもので飾り立てられているのに人の喧騒が欠けていた。営業終了しているのならありがたいが、酒もギャンブルも夜こそが本番だ。

 

 慎重に踏み入れたところ、目潰しかと錯覚するほどのライトでロビンが煌々と照らしだされた。

 身構えて襲撃に備えるが、先のような攻撃の気配はない。代わりにロビンと対照になる位置にカウボーイハットと眼帯をした女が同じくライトで照らされ、ロビンにでなくこの部屋全体へ舞台挨拶のように語りだす。

 

「さあギャラリーたち、まずは精算だ。『感電死や落下死せず、ここまで辿りつく』に賭けてた連中は配当だ」

 

 数体のスーツ姿たちが現れてロビンは身構えたが、それの脇を抜けていって無視される。銃火器でなくたっぷりの金貨を抱えていて、ロビンらを囲むようにいた人間たちに配ったり逆に回収したりしていた。金貨を受け取った人物らはそれなりに満足げで、没収された方は不満げで舌打ちしたりしている。

 それだけなら上の“パブリック・ルーム”でも見たような光景で、彼らもまたカジノの客ということだ。しかしその多くが仮面で顔を隠していたのが異様だった。

 

「ようこそ、“プライベート・ルーム”へ」

 

 表情を歪めているロビンを見て女が笑う。

 

「ここは“表舞台に立てない者”《アウトロー》、“とんでもない掛け金を積める者”《ミリオネア》、“信頼できる者”《シグネチャー》、そんな連中のボードだ。そして貴様はルーレット盤を転がる玉と同じなのさ」

 

 彼女は自分よりも年下かもしれない風体だが、背筋を伸ばした堂々たる姿とプレッシャーは本物だ。意識して深く呼吸し、雰囲気に呑まれないようにしつつ問う。

 

「貴女がここのボスですか」

「ウィキッド……口さがないやつは、私をそう呼ぶのさ」

 

 以前にカジノの主について“西の魔女”《ウィキッド》と客が呼んでいたのを確かに聞いた。肩書きのイメージに反して、魔法の光よりも硝煙の煙が似合う出で立ちだ。青いジャケットと赤いネクタイの組み合わせは、手を焼かされたカボチャ頭スーツたちの親玉としてよく似合う。

 

「ここにいるはずのある人物を探しています」

「残念だがファミリーの面子がある。うちの客をお前のような賊に会わせるわけにはいかないな」

「正義のためなら力ずくでも成し遂げる」

 

 ロビンひとりに百の視線が注がれている。ロビンは好奇の目を跳ね除け、ウィキッドを真っ直ぐに見つめる。

 彼女は眼帯で隠れていない方の目を細め、そして挑発するよう指を動かして告げた。

 

「そうか。お前が勝ったらその正義とやらを貫くチャンスをくれてやる。掛け金は貴様の魂だ」

 

 一体何の勝負を仕掛けられるのかは言われていない。敵陣へ単身で行くのは危険だと理屈では分かっている。だが返事は決まっていた。

 

「受けて立ちましょう」

 

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