ジャックポット&ウィッチ&ハンター   作:黒木紫雨

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プライベート・バトル

「聞いたか、客ども! みなこのゲームの行方を好きに賭けるがいい」

 

 ウィキッドが指を鳴らすと中型のモニターが照らされ、『ウィキッドの勝利』『挑戦者の勝利』『挑戦者が逃亡』『挑戦者が使い魔二体と相打ち』『ウィキッドが十発以内に射殺する』『記述フリー(※配当は個別対応)』等々、結末の予想がまず並ぶ。そして対応する配当金のレート、それらに客がいくら賭けられているかがリアルタイムに更新されていた。

 

 とりあえずゲームに参加はするが損はしたくない、あるいは金の問題ではなく観戦そのものを楽しみたい者たちの掛け金は『ウィキッドの勝利』へと流れこむ。いつものことだ。だいたいその通りになる――その同意ができているから、当てたところで配当金もごくわずか。このカジノに土足で入りこむ不届き者たちは無事で済んでいない、そういう信用があるからからこそ裏世界の客もここに集まってきている。

 しかし先よりも、挑戦者の側へ賭けられた金額が増えていた。ウィキッド・ドロシィは客席を見据えながら、“パブリック・ルーム”での戦いを経たレート変化の意味を咀嚼する。どんなギャンブルでも、勝率の低いベット自体に快感を覚える物好きはいる。だが中にはカスタムして、準備したリストにない結末に大金を投げ入れた者までいた。

 

 本気でこの、瞳の汚れていないお坊ちゃんが成し遂げると、そう思っている者たちがいる。

 ここまでディーラーとして客たちの対応が第一だった。関心がだんだんと興味へ移っていく。

 

「“挑戦者”《チャレンジャー》……名前はなんだ?」

 

 お前は何者だ。

 ウィキッド・ドロシィという名前は本名じゃない。でも“悪いドロシィ”でみなから認識されているし、自認している。名前とは家族を、所属を表し、それを捨てて別人に成ることもできて、行動を積み上げることで名声にも悪名にも昇華されるもの。

 お前はどういう人間だ。

 

「私はロビン・シャーウッド。貴女がたとは主義が違うようだが……悪しき者を射抜くため、この弓を振るう者です」

 

 ああ、青臭い。

 

 

   *

 

 

 ロビンが名乗ると、ウィキッドは慈しみとも蔑みともともつかない表情を覗かせた。すぐに元の顔に戻る。

 

「そうか」

 

 そう言って彼女が投げた四枚のカードはそれぞれ宙で変化してカボチャ頭になった。前に“ウルフ”がバーでカボチャ頭にぶっかけたら溶けてカードになってしまったときとちょうど逆だ。

 屈強なカボチャ頭に左右を固めさせてウィキッドが宣言する。

 

「ゲームのルールは分かるな? 上でやったのと同じさ。カジノから貴様を追い出すのが客の依頼だったから、“投降”《フォールド》するなら命までは取らないよ」

 

 ホルスターから取り出した銃を天井へ向けて打ち鳴らす。すると今まで薄暗い中でスポットライトで二人だけを照らしていたのが消えて、部屋全体が均質な明るさに戻った。正直なところあのライトでずっと居場所を発覚させられ続けていたら勝ち目がなかったので、ここだけは内心で胸をなでおろす。

 そのつもりはなかったが、安堵が表情に出ていたのだろう。ウィキッドに鼻で笑われた。

 

「こちらのテリトリーとルールへわざわざ飛び込んでくれたのだ。これくらいの平等感はくれてやらないとな」

「……どうも、淑女的なはからいに感謝しますよ」

 

 ウィキッドやカボチャ頭の挙動を見逃さないようにしつつ、部屋を見渡す。前哨戦になった“パブリック・ルーム”のときは事前にカジノ内を歩き回る時間があった。今はその、開戦前の貴重な時間だ。

 広さ、天井の高さといった規模は同程度。遮蔽物になってくれる機械やテーブルは減っているが、地下にあるこの部屋を支える装飾が掘られた柱が各所にそびえ立っていて、石造りの遺跡のような荘厳さがあった。総合するとやはり変わらなそうだ。遊戯のための機械が少ないが、他の装飾はむしろ高級品になっている。上で見たそれよりさらに豪奢になったシャンデリア、上のバーで見たそれより洗練された佇まいの瓶が並ぶガラスケース。

 さらには天井近くから始まって下へと流れ落ちる水のカーテン。そして流れを受け止めるピラミッド状に積まれたグラス。細かく跳ねた水滴と複雑に組まれたガラスによる光の屈折によって、その周辺だけ異空間のようで目を引きつける。

 

「あれは……?」

 

 水のカーテンの周りには色とりどりのドレスやタキシードを着た上客が集まっていた。ピラミッドを構成するグラスのいくつかを手にとっては好きに飲んでいた。みな宝飾で彩られた仮面をしていて、遠目でだと人形にも見える。

 そんな中、ロビンはおのれのターゲットたる代官の姿だけは判別できた。顔を覆っているくらいで間違えない、絶対の確信がある。

 瞬時に絨毯を蹴った。

 

(説得とかはあとでいい!)

 

 アドバイスをくれた“ウルフ”には感謝してもしきれない。獅子心王から代官を逮捕する命令が出てから今日に至るまで、ずっと逃げられていた。ここで捕らえなければ。

 

 突然に駆けだし向かってくるロビンの姿に、悠々と過ごしていた客たちが慌てふためいているが、間に合うまい。もちろん代官もだ。国を越えてずいぶんと逃げ回っていたが、ここまで辿り着ければもう。

 

「おっと、イエローカードだ」

「ぐっ!?」

 

 ロビンよりも速いなにかに割り込まれ、走る体勢が崩された。そのまま積まれたグラスのオブジェに突っ込んでしまい、グラスが砕ける音と大の男が水を浴びる音が響く。

 頬に破片で切り傷を負ったロビンがガラスと水の海から起き上がった頃には代官は姿を隠していた。外へ逃げだしてしまったというのはなさそうだが、品のない唸り声が出てしまうくらいには忸怩たる思い。

 

「シャンパンタワー一気飲みをするほどノドが渇いていたか?」

 

 ウィキッドはハンドガンをロビンに向けて構えた姿のまま嘯く。

 鼻をつく独特の匂いはアルコールだ。上から絶え間なく注がれ浴びた水は全部が酒であった。金の力にものを言わせた趣向ということらしい。

 

「あいにくですが、罰ではなく宴のために飲みたいんですよ」

 

 頬の血を拭うが、傷口が閉じなさそうだ。文字通り浴びるようなアルコールが消毒の役目をしてくれることだけ幸いか。ロビンが脇腹の方を確かめると、狩人服がガラスとは別に切り裂かれていた。いつも着ている鎖かたびらが肉まで削がれるのは防いでくれている。

 

 戦いの火蓋は切られた。挑発に挑発で返すだけ返して、すぐに物陰に身を隠す。

 上の“パブリック・ルーム”での戦いは見世物にされていたとのことだが、子供を庇いながら逃げに徹していたのが幸いして、クロスボウでの超近距離射撃、遠距離射撃以外でロビンの武器は見せていない。

 

(罠など上手く使えれば)

 

 同じく狩人をしている恋人ほど手際よくできないが、動き回りながらトラップを仕掛けることはできる。ハンドガンで離れていても撃てる彼女がそう簡単にトラップを踏んでくれるとは考えづらいが、手下のカボチャ頭が踏んでくれるならば動きやすくなる。

 

 陰から陰へ、トラップを設置しながら移っていく。ロビンを追ってカボチャ頭も動いていく。

 頭数と弾丸の数に任せ押しつぶす戦術で攻めてきた上での戦いと違い、ここにいるのは四体だけだ。しかし数が少ない分、それぞれへの命令が細やかに行き届いている。一体はウィキッドのすぐ横で待機、残りの三体が連携して追いこみにかかっている。

 

「これは見ものだ」「ビリヤード台の裏。何か撒いてたよ」「余計なこと言うな、使い魔一体分に十万張ってる」「あのトラップでは仕留めきれまいよ」

 

 客たちは会場外周の席から好き放題言っている。スポットライトが追いかけて照らしてくることはなかったが、設置したトラップの場所を言われてしまうのには痛手が半分、やりようはあるという分析が半分。

 基本は上のときと同じくロビンを中心に包囲するよう距離を詰めている。そして客たちの野次を受けて、設置ポイントは避けるように微妙にズラしてもいる。すると、わずかに包囲の輪が乱れるタイミングが生まれる。トラップそのものが起爆できなくても次善策は考えてある。

 乱れた輪の端に忍び寄り、一気にカボチャ頭の胸ぐらに掴みかかる。肉より軽い、藁の塊のような手応えだった。

 

「……ガッ!」

「今度は貴方が呑まれなさい!」

 

 場所も誘導してある。さっきロビンが文字通り酒を浴びせられた滝の傍らだ。

 水を浴びれば消えてしまう――あの“ウルフ”が教えてくれた弱点。

 

「よく調べ上げているじゃないかっ」

 

 ウィキッドが一発ハンドガンを撃ってくるが、どこにも当たっていない。勢いのまま酒でできたカーテンに埋もれさせた。大男のかたちをしていた手応えが溶けるようになくなって、代わりに手に収まるほどのカードが残る。

 

(いけた!)

 

 やってやったという気持ちで視線を向けると、ウィキッドはむしろ余裕の表情をしていた。

 

「満足したか? 首筋はお留守だぞ」

 

 何をされたのか、急所を名指しされて背筋に寒いものが走る。襟のあたり、赤いカードが妖精、あるいはカワセミかのように宙を漂っていた。手で振り払いながら飛び退くが、正確に追尾してくる。

 

「こちらにはまだ、隠し弾がある」

 

 ウィキッドの合図と共にまたスポットライト――でない、複雑な文様を描いた陣がいくつもロビンの足元に。

 カードに続いて陣。ただの銃撃なら避けておしまいだが、すぐに何もしてこなかったそれらに警戒し続けなければならない。緊張の糸が限界まで張り詰められ、息継ぎをしようと緩んだ一瞬。

 ロビンの頭上にも同じ陣が現れ、その間で爆発。

 

「ぐうぅっ!」

「灼熱の雨は止まないぞ」

 

 衝撃で転がってもウィキッドは手を止めず、笑いながらハンドガンを向け追撃していく。

 痛む身体を叱咤しつつ、スロット機の裏に身を隠した。その間にも注意を絶やさず、まだ残っているカボチャ頭の位置も把握し続ける。

 まず自分が扱うようなトラップを疑う。だがロビンの優れた動体視力は、ウィキッドの銃から放たれている物が鉛の玉でなくカードであると捉えていた。爆発の前に予告じみたことを彼女が言ったことといい、あのカード自体が手品のタネだと考えられる。

 

 銃弾代わりのカードは、近くを通るだけで自動的にロビンにまとわりつく。そう、まとわりつくだけ。カボチャ頭たちが数に任せて命をも刈り取る気で雨あられを浴びせてきた“パブリック・ルーム”の戦いよりはいくらかマシ――普通ならそう考えるだろう。

 

(まただ! 走り続けなければ!)

 

 しかし次々と陣が現れては爆発していた。放たれたトランプがロビンにまとわりついてはビーコンの役目をしているに違いない。より威力の高い爆破攻撃への布石だ、さすがに今度もしも直撃したら負ける。

 

(降参なんて絶対にするものか)

 

 ルーレット台の下をくぐり、スロット機の裏にまわり、ビリヤード台の脇を抜け、とにかく足を止めない。広大なシャーウッドの森で番人をしている日々が動き回る基礎を作ってくれている。友であり王と崇める獅子心王に付き従って、森の外もたくさん巡ってきた。

 その獅子心王が信頼し託してくれた使命は、絶対に果たす。

 

(負けてなるものか)

 

 爆撃をかわしながらまたカボチャ頭の一体に近づき、クロスボウの早撃ちよりもさらに小回りの利く武器――ビリヤードのキューで足を払って転ばせ、ロビンを狙った爆発に巻きこんだ。なかなか上等な棒だったがこの一撃で折れてしまう。

 集団で包囲されていたのが厄介だったのであり、数を減らせばあとは個別に対処するだけだ。得意の遠距離射撃を連射、もう一体のカボチャ頭の襟と袖と裾を撃ち抜いて壁に縫い付けた。行動不能にしたら十分だ。

 

「……これでは貴様を仕留められないらしいな」

 

 最初の一撃以外はまともに当てられず、むしろ逆利用したロビンの奮闘で“プライベート・ルーム”は熱気に包まれていた。賭けはもう締め切られているが、もしも今から再募集すれば『ウィキッドの勝利』と『挑戦者の勝利』でレートの差は大きく縮まるに違いない。

 

 ロビンは次の手も考えてある。

 会場はすっかり色々なものが破損してたが、その中に酒の保管ケースがあった。そして転がり出ていた酒瓶も目ざとく把握していて、キューをあの中で拾っていたのと同様に、酒瓶ももう手にしていた。たっぷりと中身が詰まっている。

 惜しいとかそういう雑念は最初から起こらず――全力で投擲。狙いはウィキッドとその傍らのカボチャ頭のペア。

 

「小賢しい」

「撃ち抜く!」

 

 音を飛ばすのは鏑矢で、火を飛ばすのは火矢で、だが水は弓矢では飛ばせない。だから代わりに酒が閉じこめられた瓶を投げて、矢でそれを割ってみせる。瓶は弧を描いて飛ぶし、矢はほぼ直線で飛ぶ。さらにウィキッドたちの頭上というピンポイントで軌道が交差しなければ浴びせられない。

 そんな曲芸じみた射撃も、ロビン・シャーウッドならできる。

 

 バリィン! そう割れる音と共に、酒とガラスの雨が降り注ぐ。

 バサッ、そう布を広げる音と共に、雨傘が差し出される。

 

「ボス、大丈夫デスカ」

「よくやった。……それくらい、対策していないと思ったか」

 

 傘だ。一人用にウィキッドと肩幅の広いカボチャ頭が収まっているから手狭だったが、ロビンがもたらした通り雨を凌ぐには十分。

 お互い決定打を与えるには至らない。

 

「ところで、対等なテーブルに降りてきたと思わない方がいいぞ」

 

 ウィキッドが誰もいない方に向けてトリガーを引く。すると流れる滝のあたりで一体、ルーレット台やスロット機が並ぶあたりで一体、カボチャ頭が立ち上がる。酒で濡らして倒した方は足取りがおぼつかないようだが、爆発に巻きこんだ方はもうダメージがなさそうである。もたもたしていたら残りの一体も拘束を解いて戦線に戻ってくることだろう。

 やはり水なら効くようだが、他は時間稼ぎ止まりだ。しかし水の利用は対策されている。別の弱点を探るべきか。

 

(……効くか分からない一手はギリギリまで伏せておきたかったですが……)

 

 眼帯で隠れていない方のウィキッドの瞳とロビンの眼が交錯する。注意深く矢筒の中を探り、目当ての矢を探し当てた。

 

 ――あんたの装備さぁ、狩りには十分だけど人間同士でやりあうには足りてないわけよ。

 ――森の外へ行くっていうんなら、止めないけど。

 ――じゃ、持っていきなさいよ。

 

 出立の前に恋人と交わした言葉。自分が何を言ったかは覚えてないが、彼女の様子はよく覚えている。心配する感情が滲みでた眉、手ずから加工した矢を受け渡す手、送り出すときには力強く背中を叩いてきた衝撃。

 

「仕方ありませんね。究極の妙技、披露して差しあげましょう」

 

 手元を見せずにクロスボウに矢を番え、一気に放つ。直線にしか進まないはずの軌道が扇状に広がった。一本ずつをすばやく繰りだす速射とはまた違う。五本もの矢を重ねつつも別々の方向へ放つ同時射撃だ。

 それを一回のみならず、何度も。倍、また倍と波状攻撃になる。

 観客たちからは曲芸師の芸を見たかのように低い歓声が上がった。この会場はたとえ戦いという名のショーが激しかろうと流れ弾などで害を及ばないよう、堅牢に作られたガラスやその他設備が備わっている。

 

「ボス、ウシロニ」

 

 雨傘を掲げていたカボチャ頭が一歩前に出て、今度は自らを盾にする。巨躯の後ろにそれより小柄な女を隠されてしまえば、いくら曲芸射撃といえども後ろに回りこむのは無理だ。

 代わりに、ウィキッドの視界も大きな背中で遮られる。今が好機。

 

(……ここだ!)

 

 森では無用の長物でも人間との戦いには役に立つ、そう渡された矢をまとめて放った。先端に加工が施されていて、射出されると宙で発火し小さな炎をまとう。

 青白い光の空間に、火の粉で赤い尾を伸ばした矢が駆け抜ける。

 火矢がカボチャ頭に突き立ち、衣服やすでに刺さっていた矢にも引火した。しかし朽ちる様子はない。後ろからこちらを窺うウィキッドの表情も動かない。手を止めればまたあちらから仕掛けてくる。

 この撃ち方は重ねて手数で攻める分、一本一本の威力は落ちるのが短所だ。一撃の重たさを重視すれば変わるか。さっきの酒瓶による雨でなく、矢と火の雨なら。カボチャ頭本体には効きが悪かったが、あの傘を燃やせばまた水を浴びせるチャンスが得られるかもしれない。

 

「降り注げ、百の矢の雨よ!」

 

 重ねて同時射撃するのはそのままに、篭手と一体化したクロスボウを掲げて上へと放つ。夜も眠らず享楽に耽るカジノにて降り注ぐの火の雨は“裁きの雨矢”《ジャッジメントレイン》とでも呼ぶべき様相。

 このようにロビンが新しい手を見せるたびいちいち観客サイドがどよめく――が、その質が違っていた。ロビンもウィキッドもその異様なざわめきの方を見る。

 火矢が酒の滝にも落ちて引火した。燃えやすい高濃度のアルコールが惜しげもなく流されていたため、一瞬にして業火の奔流へと姿を変える。

 水流とは逆方向に、ピラミッド状に積まれたグラスの頂点へ、さらに上へ、火柱になり、ついには水のカーテン全体が炎の帳に反転した。カジノ全体の冷ややかな照明と、シャンデリアが乱反射させる燃焼の色が互いに絡まりあう。

 みながあっけに取られる中、ウィキッドだけ舌打ちをした。

 

「チッ……作動してしまう」

 

 ジリリリリ、と耳に刺さるベルの音。警告を発する類のものだ。

 別の音が警報音に紛れる。パンッ。注意をウィキッドに戻すと、彼女はハンドガンを構えていた。貫かれた感触はない。

 

 状況を確かめる暇もなく今度は違う機械音がして、銀色の装置が規則的な並びであちこちから天井に現れた。ロビンたちの真上だけでなくフロア全体に及んでいて、こいつらからあの爆破のような攻撃が発せられたらさすがに逃げ場がない。ここまでは正義感から燃える闘志に満ちあふれていたが、ついに心臓が冷えるような感覚に陥ってしまう。

 

 シューッ……と空気が抜けていくようなわずかな音をロビンの耳が捉えた。

 

(っ、なんでしょうか?)

 

 擬音語で表せないほどの、重たい振動も続いて感じ取れた。地の下でなく、天井や壁の中からの振動が柱を通じて伝わってきている。

 一瞬だけ時間が止まったかのよう、空気の音も振動も止まってから。

 

 ジャジャア、ザザアァ――。閉鎖された“プライベート・ルーム”全体に豪雨が降り注いだ。

 高く昇っていた炎の壁も消火され、真水と酒の混ざった液体が絨毯に染みて広がる。

 

 命のやりとりを高みから見下ろしにしながらゲームにする狂乱に冷や水が浴びせられた。

 酒瓶を使ったときは雨傘で防がれたが、この有り様ではとてもでないが役に立たないだろう。視界も水のせいでままならないくらいだ。

 

「決着かな」「防火基準はちゃんと守ってるってわけか、律儀だねえ」「やあ、アンブレラはどうだい。五万で」「貴様は準備がよすぎる」「贅沢の極みだ、火事一発にオアシスごと買い取ったようなものだよ」

 

 客席では濡れたドレスやタキシードを持て余す者やこんな状況でも金稼ぎに転じさせる者、濡れることより賭けの結果に関心がある者などそれぞれが囁いている。終わりか、と。

 ロビンは終わった、などと全く思っていない。

 

(……まだ、狙われている!)

 

 ロビンはクロスボウを、ウィキッドはハンドガンを扱うから交戦距離は他人が思うより遥かに長い。離れた場所に立つ黒いシルエットから殺意を感じ続けている。ロビンの方は少々の水濡れで狙いが狂うような装備ではないが、大炎上を消火できるほどのこの水量ではさすがに過信できない。

 それはあちらも同じ条件であり、向こうもまたロビンのシルエットと気配に神経を張り詰めているはず。

 降り注ぐ水音の中、囁くような声が届く。

 

「ひとつ、運試しをしようか」

「!」

 

 これまでロビンに襲いかかっていた陣と似た光がウィキッドの足元で輝く。

 伏せられてきた手札に、わずかな動きや音も逃すまいと感覚を研ぎ澄ませ、捉えたのは――

 

「……勝利の女神は私のものだ」

 

 捉えたのは、耳先にかかるぬるい吐息。

 こめかみに触れる銃口の冷たさ。ロープのような、違う、彼女が着けていたネクタイの布が首にかけられる。まるで絞首刑の執行待ち。

 どういう手品か――最後に見たあの魔法陣で何かしたのだろうが――一瞬のうちに背中を取られていた。

 燃え上がっていた炎も鎮められ、フロアに降り注いでいた雨も止んでいった。

 

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