情けない命乞いをしながら引きずられていく代官の背中を見送り、ロビンはようやく壁に背を預けて座った。あれだけ念押ししたのだし、最後は帰ってこれるだろう……五体満足かは怪しいが。ウィキッド・ドロシィの世界の裁きと、ロビン・シャーウッドの信じる正義の世界の裁きとを両方受けてもらうまではしっかりしてもらわなければ。
身体の熱が鎮まるにつれて、負傷したあちこちが疼いてくる。それにびしょ濡れになったのもまだ乾かさなそうだ。そもそもまだフロアの床だって水が処理しきれておらず、座ったそばから尻がぬるく濡れ直している。
地下で時間感覚がすっかり狂っているが、入場したときで夜だったのだからもう日が昇っているかもしれない。少し眠たくなって、膝に顔を埋めてうとうとしそうだ。
ぴしゃ、ぴしゃ。そこで向かってくる足音。鷹揚とした足運びで、敵意も嘲笑の類の感じもない。
ゆっくり顔を上げると、目の前に錫杖……狼の装飾がついていて、黒コート、そして金仮面の男が立っていた。ウィキッドの使い魔が全滅するくらいの『大雨』があったはずなのに、コートの裾以外は全く濡れていない。あとはなぜかひとりで使い切れないほどの数の新品の傘をぶら下げていた。
「フフ、クリーニング代はしっかり稼がせてもらったからね」
「――貴方は“ウルフ”じゃないですか」
ロビンにこの“プライベート・ルーム”の存在を示唆してくれたのは確かに彼だった。裏世界の客であるというのはなるほど自然なことだ。
相変わらず同じ目線の高さに降りてきてはくれない。疲労でしゃがんだままのロビンを見下ろしたまま、だが聞き心地のいい声音で喋りかけてくれる。
「そうさ。一流は利用されたことにも気づかせない――ここでキミを利用したことをカミングアウトするのすら、特大サービスだよ。一刻も早く大事な王様にやりましたって報告すべく、もう発つだろう? 餞別ということさ」
「……確かに早くマリアンやジョンたちに会いたくもありますが」
「おっと、怖い“西の魔女”が来そうだから退散するよ」
どことなく思考を誘導されているような違和感、それを追求する前に行かれてしまった。入れ違いにウィキッド・ドロシィが戻ってくる。
ロビンとしてはこれといって話したいことがあるわけでもないが、物言いたげな感情が顔に出ていたようだ。『彼は何者なのか』という疑問だと解釈したウィキッドが話を継ぐ。
「あいつは裏社会じゃ詐欺王を名乗ってるヤツだよ。唯一、結果を当てて一人勝ちしやがったのさ」
通り名はキング・ウルフだという。
そこで何か点と点がつながった、気がついたという風に、ウィキッドの表情が苦々しいものに変わっていく。
「……あいつとグルでうちのファミリーから巻き上げたのか?」
ロビンにとってはカジノの案内もしてくれて、使い魔の弱点も教えてくれて、代官の居場所の手がかりをくれた友人。ウィキッドからすると初見の客に重大な情報リーク、また『代官の逮捕』という目的を抜け駆けで入手することで『ロビンとウィキッドの戦いの行方』という賭けゲームを出来レースに変えていた、とんでもない詐欺師だったということだ。
露骨に不機嫌になっていくウィキッドの姿に、ちょっと居心地の悪くなったロビンは懐をふと探った。レシートなる一枚の、すっかりヨレヨレになった紙が出てくる。
横からウィキッド・ドロシィもたくさん並んだゼロを背伸びして覗いてきた。さらに嫌そうな顔をして、吐き捨てる。
「換金忘れのまま帰ってくれてもいいぞ」
「私がイカサマをしていないことはそちらが保証してくれましたよね。……改めてひと勝負、お願いしましょうか。帰り賃と、故郷への土産がほしいのです。できれば酒ですね」
ちょっとはカジノのルールも学習できた。大当たりしたレシートも外へ持ち出せばただの紙切れ。なるべく早く獅子心王のところに戻るつもりだが、ウィキッドやキング・ウルフが急かすのに乗る必要もない。
「フッ……なら着替えてこい。私が直々にディーラーをしてやろう。ここで扱う酒はみな地元の名手が醸造した逸品さ。どれも高いぞ」
「受けて立つところです」
俄然、やる気が出てきた。首に絡められたままのネクタイも外して、交渉成立の証としてウィキッドに返す。
そして立ち上がると足早に、さっきは上から目線でいた背中を追いかけた。
「ちょっといいですか、詐欺王どの。これから一勝負するのですけど、同じテーブルでお付き合いいただけると」
詐欺王キング・ウルフは金仮面の下、掴めない笑みを口元に浮かべている。任務が終わったらやりたいことリストの六番目くらいにある「一発ガツンとやる」チャンスだ。ロビンはあくまで柔和な物腰で、だが力強く誘った。
Fin.