マッチング&ファイト 作:○○もりもり
「黙祷」
厳かな空気が支配する。
しかし、悲しみはなかった。
「長生きしたな。建像さん」
「ああ、大往生だよ」
隣で過去を懐かしむ話が聞こえる。
齢にして90歳。いつ死んでもおかしくない男の死は誰もが覚悟していたことだ。
だからこそ、彼との別れを向き合うことができた。
「ヒロト。帰るよ」
「いいの?」
後ろにいる母が帰ろうとする。
「うん……あとはおばあちゃんに任せることになってるの」
「最後の水入らずってやつかね」
「ええ…2人にさせてあげましょう」
数時間に及ぶ祖父の葬式は終わった。
帰宅後、夕食は自然と和食を食べようという話になった。
「明日は遺品整理だっけ?」
「ええ、今日は忙しかったからね。頼むわよ」
「分かった」
そう言う母だが、視線は1つの写真に向けられている。
死者という単語から1人の人間を連想してしまったのだろう。
「親父も早く帰ってくるといいんだけどな」
「まあ…お仕事が忙しいのよ」
ヒロトの父は商社の男である。
自分が生まれる前から単身赴任を繰り返していた父。
彼は7年前に1つの書置きを残していた。
『ITサービスを世界に広げてくる。5年は戻らない』
書置きの5年から2年過ぎている。
この事実は警察を動かしたが、現在でも見つかっていない。
「とりあえず早く寝なさい。クマが出たら怒るからね」
「分かったよ。おやすみ」
「ええ、おやすみ」
自室へ戻る。ヒロトの部屋は不自然なほど綺麗だ。
幼少期からの思い出のおもちゃ。最近買った日用品。
普通の学生ならばあるはずのものが部屋になかった。
「随分と広い部屋だな」
祖父の部屋を思い返して、改めて思う。
死んだ祖父は様々な趣味を持っていた。釣りや旅行などの健全な物もあれば、酒やタバコ、ギャンブルなども行っていた。
だからこそ、趣味のものが溢れかえっていたのだ。
汚い場所であったが、新鮮なものを求めるのであれば祖父の部屋は最適に近い場所であったのだ。
「母さん。ちょっと散歩に行く」
「今?…あまり遠くに行くんじゃないわよ?」
歩く。歩く。歩く。
家から遠ざかるにつれ、自分の中にある恐怖が消えていく。
ふとした瞬間、警察が罰しに来るかもしれない。周囲の目が変わるかもしれない。
ヒロトと呼ばれる人間は自分の家に対して不法侵入しているという感覚を抱いていたのだ。
「……忘れられないかな、忘れられねえか……」
自身の中にある暗い過去。前世の記憶とも呼ばれるアイデンティティは現在のコミュニティに対して罪悪感を抱かせる困難となっていた。
(家族ってなんだろうな?)
生まれながら、周囲に隠し事をする自分。
嘘つきのことを受け入れる人間がいるのだろうか?
自分ならどうだろう?
初めて会った時から周囲を騙し続ける人間。不気味だと思うだろうか?信頼できないと思われるのではないか?
この悩みは家族に対して負い目を抱くようになった。
だからなのだろう。地面に落ちたものを見つけたのは必然だったのだ。
「スマホ?」
地面に落ちていたのは、1つのスマホだった。
拾ってみると中古ショップでも取り扱ってないだろう古い品だ。
「警察はどこだったけか?……」
反射的な行動だった。落とし物を届け出るために近くの警察を探す。心のどこかでは善行によって自己肯定したかった部分があったのかもしれない。
この思いが非日常へと向かわせるきっかけとなったのであった。
──新規ユーザーを確認 マッチング&ファイト起動します──
「は?」
異変が起きたスマホを手放そうとするが、肉体の動きを超えるスピードで電子は襲う。
ヒロトは自身が現実世界から消える感触を感じながら、意識を失った。
目が覚めた空間には数式が流れている。
自身が死んでいないことに安堵しながら、ヒロトは起き上がった。
「おかえりなさいませヒロト様、AIナビのマナビでございます」
「初めましてじゃないの?」
「AIですので融通が利かないのです。許してください」
「許してって言われると虐めたくなるな」
「ふふ、ひどい人ですね」
AIを名乗る謎の人物。ヒロトは非現実的な現象から目をそらすために、冗談を話してみる。しかし、緊張の糸はまったく緩まない。
「その様子ですと、説明が必要だと思われます。チュートリアルを再生しますか?」
「うん。お願いします」
AIを名乗る少女、マナビがヒロトの反応を汲み取り、提案をする。
ヒロトは混乱しつつも説明を求めた。
「では最初に、当サービズの概要からお話させていただきます。マッチング&ファイトとは男女が出会うためのツールとして作成されました。男性の会費は3万。女性の会費は0円となっています」
法外な値段だ。しかし、それ以上に気になるのが名前の方だ。
「ファイトってことはコロシアムみたいなことをするってこと?」
「はい。電子の体を使い、仮想空間で殺し合いをします。勝者は金・女・名誉すべてが手に入ります」
「なるほど」
サービスの内容からして日本で完結していることはないだろう。随分と危なさそうなものだ。
「しかし、やはり3万円は高いもの……そのため、マッチング&ファイトでは電子体を利用したお仕事を提供させていただいております」
「仕事を紹介?」
普通のマッチングアプリに戦闘を加えた程度に考えたが、それ以上のものらしい。
「はい。建設・農業・漁業・林業。こういった危険もマッチング&ファイトの転送機能を使えば遠くからでも安全に簡単に達成することが可能です」
「なるほど、瞬間移動を使った人材派遣もやってるのね」
さきほど体験した仮想空間への移動。これを応用すれば、会費など問題にならないな。
「ちなみに電子体について教えてもらえる?気になるんだけど」
極秘情報についてダメ元で聞いてみる。しかし、教えてもらえることはなかった。
「さて、今度は本来のサービス…戦いについて解説します」
沈黙が場を支配する。
無縁すぎる戦いに対して反応できなかったのが原因だ。
「正確にいうのであれば男性同士のマッチングによる戦闘です」
「あーうんだよね」
ほほえみを絶やすことなく、ヒロトを見つめるマナビ。
笑みは変わっていないはずなのにもかかわらず、非常に不気味だと感じる。
「金を賭けた仮想の殺し合い。勝った者はすべてが手に入ります。金も女も…力も」
歩み寄るマナビ。
彼女の手には1つのタブレットがあった。
甘い蜜のように吐き出された言葉。
誘惑とわかったヒロトだが、後ろに下がることはできなかった。
「退屈じゃありませんか?縛られ、禁止され、命令され、強者の理不尽に巻き込まれる。羨ましくないですか?」
タブレットに指を滑らせ、画面を転換させる。
彼女が指差す場所には空欄があった。
「あなたは強者になることができるんです」
得体のないサービスの説明に息を吐き出す。
こんなものに接点を持ちたくなかったものだ。
「なあ、出たいって言ったらここから出れるか?」
「もちろんです。すでにヒロト様の端末にアプリが入っています。入りたいと思えばすぐに入れますよ」
思わず乾いた笑いが出る。入りたい時はいつでも入れるらしい。
「じゃあね。金が困ったら来るよ」
「はい。お待ちしています」
そうはならないように頑張ろう。ヒロトは社会の闇から目を背けながら現実へと帰還した。
「ヒロちゃん!おじいちゃんの部屋を片付けて頂戴」
昨夜の出来事を思い返していた意識が祖母の声によって現実へと戻る。
ヒロトは祖母の家で遺族の部屋を掃除していた。
「分かった。どっから掃除した方がいい?」
「そうねえ……じゃあ軽いものから整理してくれる?本とかはたくさんあるから早めにやった方がいいわよ」
「りょうかい!」
言われたことを淡々とこなす。最初は専門書などの大きな本を片付け、徐々に手紙などの紙を別の場所へ置く。この作業を進めること30分ほど、ちょっとした魔が差してきた。
(日記だ…)
祖父が遺した日記。作業の途中で見つけたものだ。
自分よりも長い年月を生きた人間の赤裸々な本音や人生。ちょっとした好奇心で読みたくなったのだ。
「………………」
ぱらり、紙をめくる。数十年にわたって刻まれた軌跡。時間はないため、所々読み飛ばす。
だが、指が止まる場所があった。最近になって知った単語だ。
「マッチング&ファイト……?」
昨晩に見た謎のサービス。不穏な気配を感じたことから逃げたのだが、こんな場所で名を聞くとは思わなかった。
「これはは7年前?」
父がいなくなった時だ。読み飛ばした前のページも見るが、なにも書いてない。ただ酒の席で父が仕事としてマッチング&ファイトに関与していたという2行しか分かることはない。
父の行方はマッチング&ファイトの先にあるかもしれないという考えが浮かんでくる。
「─────」
「ヒロちゃん、どうしたんだい?」
「いや、なんでもない」
呆然としていると、祖母の声で正気に戻る。
今は部屋の掃除をしよう。
「…………」
黙々と手を動かす。徐々に減っていく荷物。
しかし、頭の中にある考え事は作業を進めるごとに増していくのだった。
「ありがとねーヒロちゃん」
「大丈夫だよ!!また手が必要だったら言って!」
大きく手を振りながら、家へと帰る。
寄り道せずに進む場所は自宅だ。時間にして十数分。母がご飯が作って待っていた。
「お疲れ様。ご飯はできているから食べちゃいなさい」
「うん…ありがとう……」
手のひらを合わせ、食事を食べる。
母は洗濯物を干していた。恐らく、ヒロトの食事が終わったら食器洗いへと移るのだろう。
「なあ…かあさん」
「んー?どうしたの」
「父さんに会いたい?」
思わず口に出した疑問。
父が戻ると言った5年を過ぎてから考えていたことだ。
「……そうねえ……また…一緒にご飯でも食べたいわね」
短い一言。しかし、母が父との再会を望んでいること。心配であるということは容易に察することができた。
「お帰りなさいませ。ヒロト様」
「昨日の今日で悪いな」
「いえ、AIですので大丈夫ですよ」
昨日には決別した場所へと舞い戻る。
マッチング&ファイトは入会者を拒むことはない。
「1つ聞きたいことがある」
「なんでしょうか?」
「全てが手に入るって言ってたよな?運営に関わっている人間の情報も知れるのか?」
どう考えても許可されるわけのない発言。
しかし、マナビはあっけらかんと答える。
「可能です。希望でしたら会うこともできますよ」
「……分かった」
目の前に展開される電子書面。
入会の意思を問うものに対して躊躇いなく指は動いた。
「俺は親父を取り戻す!それがここに参加する理由だ!!」
マナビが笑みを深めた。
「了解いたしました!マッチングを成立します!!」
電子体が移動する。
視界が戻った先には1つのリングがあった。
「ハローエブリイワン!!今日もやっていくぜ!マッチング&ファイト!!実況は超1流芸能人福寺ショーでよろしくぅ!!」
「なにが超1流だ!自称1流の間違いだろー!」
「ふざけんな!?正真正銘の1流だぜ!!初見のリスナーは勘違いしないでくれよ!」
観客席で眺める大勢の観客。彼らは実況の言葉にヤジを飛ばす。
慣れたように返すショーの姿から普段通りの光景だということが分かる。
「さあ、今日のファイターを見よう!右ラウンド!ロシアの革命児にして犯罪難民!27人を殺した殺人鬼ロマノフだ!!」
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
筋肉に溢れた男が雄叫びを上げる。
溢れ出した体毛は野生の波動を感じさせる。
「すごいな。あれと戦うのか」
「大丈夫ですよ。所詮は同じ電子体。見た目ではなく、内蔵されたデータ量と使い方で勝利は決まります」
ぼやきに反応するマナビ。彼女は最初と変わらず微笑むだけだ。
「装備はいりますか?」
「ああ、頼む」
「では初心者用の剣を用意します」
手渡される剣。装備を保存するページを確認するが、この剣しかなかった。
「じゃあ、行くか」
「行ってらっしゃいませ」
舞台へと上がる。
ショーはヒロトの存在を視界にいれる。
「やってきたぁ!!左ラウンドの野郎は見慣れねえな!ヒロトだ!!」
相対する少年と巨漢。
「ずいぶんと小せえな。何年帰ってねえ?」
「数時間さ。初心者だけど勝つぞ俺は」
「ハハっ!おもしれえ!開始5秒で負け腰になるなよ!!」
戦闘前の僅かな会話が終了する。
彼らの間には絆はない。だが、密接な時間を過ごす相手としての挨拶はあるのだ。
「さあ、始めよう!マッチング&ファイト!!レディー&ゴー!!」
ゴングが鳴り響く。戦闘が始まる。
赫熱の叫びは金属音すらもかき消した。
「おいおいおい!?嘘だろ!!わずか1分!されど1分!!僅かな激闘の勝者はヒロトだアアアア!!」
勝ちであると認められ、口座に金が振り込まれる。
普通では見ることのできない世界を確認した彼の姿は静かに佇んでいた。