転生した異世界が主人公が産まれる2000年前だった   作:yumui

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2000年前

片倉修一、35歳。都内の中堅印刷会社に勤める、ごく普通のサラリーマンだ。特に目立つスキルもなく、出世もしていない。彼女いない歴も35年。趣味は図書館通いと古代文明の読書、くらいのものだった。

 

その日も遅くまで残業し、終電ギリギリに駆け込んだ。電車の中でふと目を閉じたその瞬間、意識がすっと遠のいた。

 

気づいたときには、あたりは真っ暗だった。いや、違う。目の前にあったはずの吊り革も、車内の音も消え、代わりに聞こえてきたのは——

 

 

地響きのような叫び声と共に、全身を締め付けるような感覚。空気が熱く、粘ついている。何よりおかしいのは、自分の身体が異様に小さいことだ。

 

「オギャアア!! オギャァアアア!!」

 

(あれ? 俺……赤ん坊になってないか?)

 

意識はある。しかし言葉が出ない。筋肉も制御できない。ただ泣くしかできない。

 

「オオ……ヴェルギリウス……!」

 

唸るような声で、誰かが自分を抱き上げた。目の前には、灰色の髪を編み込んだ獣じみた女がいた。その額には骨の飾り。そして、腕に刻まれた無数の焼印。

 

(……ヴェルギリウス? 俺の名前?)

 

かくして、平凡な男の人生は、原始のような異世界で「ヴェルギリウス」として再スタートを切るのだった。

 

#

 

ヴェルギリウスが生まれたのは、「タカル族」と呼ばれる原始部族の集落だった。言葉はまったく分からないが、断片的な観察で分かったのは以下のことだった。

 

・この世界には火を扱う文化が存在しない。

 

・食事はすべて生食。肉も魚も果物も、生のまま齧っている。

 

・道具は石器と木材が中心。金属は存在しない。

 

・空には二つの月が浮かび、夜になると星が鮮烈に輝く。

 

・神話や儀式の文化はあるが、記録手段(文字)はない。

 

ヴェルギリウスは、赤ん坊でありながら元サラリーマンの理性と知識を活かし、必死にこの世界を観察していた。

 

(これは……おそらく、文明が発展する「前」の段階の世界だ。縄文よりさらに前か……)

 

この世界の人々は「火」を恐れていた。雷が落ちて木が燃えた時も、誰も近づかず、祈るだけで見ていることしかできなかった。

 

「火を制する者が、世界を変える」

 

本で読んだ言葉が、彼の脳裏に浮かんだ。

 

(この世界で火を起こし、それを人々に教えることができれば……)

 

彼は思った。かつての人生では“何者でもなかった”自分。しかしこの世界でなら、何かを「始める」ことができるのではないか。

 

 

ヴェルギリウスは成長した。5歳になる頃には、簡単な言葉も覚えた。

 

そして、彼の中には強い欲望が宿っていた。

 

——火を起こす。

 

そのために、彼は密かに「道具」を作った。小さな弓と棒、そして乾いた草。

 

(原始的な火起こし法……ボウドリル式なら、いける)

 

彼は石で小さな受け皿を削り、摩擦で火を起こす準備を整えた。何度も失敗し、手は血まみれになったが、ある夜、ついに——

 

 

草が、赤く灯った。

 

「ついた……!」

 

幼い彼の目に、炎がゆらりと立ち上がった。温かく、眩しく、命のような光。

 

その夜、彼は火を携えて村に戻った。

 

村人たちは恐れた。武器を構え、逃げ出す者もいた。しかし、ヴェルギリウスが手をかざし、火に触れても傷つかない姿を見せると——

 

「カミ……」

 

誰かが、そう呟いた。

 

タカル族は火を「神の裁き」として恐れていた。しかし、火を操るヴェルギリウスを見て、その考えは変わり始めた。

 

ヴェルギリウスは火の使い方を少しずつ人々に教え始めた。

 

・肉を焼くことで腹を壊さなくなる。

 

・水を煮沸すれば安全に飲める。

 

・夜に火を焚けば、獣が近づかない。

 

・石を焼けば硬くなり、武器に向く。

 

 

人々の生活は劇的に変わっていった。

 

#

 

焚き火の周りに集まったタカル族の子どもたちは、みな父親の話に耳を傾けていた。

 

「いいか、お前たち。戦とは、ただ力を振るうものではない。獣も、木も、風も、みな“気”を持っている。剣を握る者は、その気を読み、断つことを知るのだ」

 

その言葉を語ったのは、村の戦士の一人であり、ヴェルギリウスの父——バルドだった。鋭い目と大きな体、背には獣の骨で作られた二本の剣が交差するように背負われている。一本はすでに摩耗し、刃先が欠けていた。もう一本は、まだ白く、未使用のように見えた。

 

「この白い剣は、お前のものになる。ヴェルギリウス」

 

火のゆらめきの中で、ヴェルギリウスは父をまっすぐに見つめていた。炎の影が、父の頬を照らし、獣のような彫りの深さを浮かび上がらせる。

 

「俺が……剣を?」

 

「そうだ。お前は“火”を与えた。今度は“力”を持て。火が知を導き、剣が命を守る」

 

それが、ヴェルギリウスが初めて剣という名の力に触れた瞬間だった。

 

「ヴェルギリウス、お前に与える剣は、タカルトの牙から削ったものだ。あの獣は、かつて我らの村を三度襲った」

 

バルドは、夜明けの森で一本の骨剣を差し出した。タカルトとは、この地の原始時代に生息する巨大な獣であり、サーベルタイガーに似た牙を持つ捕食者だった。骨は分厚く、中央に亀裂が走るが、見た目以上に硬い。

 

「鉄など、この世界にはない。だが骨は削れ、形を与えれば刃となる」

 

剣は全長60センチほど。片手で持てる軽さ。柄には皮が巻かれ、しっかりと握れるよう工夫されていた。刃は細かく研がれ、先端はわずかに湾曲している。

 

「この形……斬るというより、突くためのもの?」

 

「気づいたか。骨の剣は斬れない。刃ではなく“意思”で戦う」

 

ヴェルギリウスは黙ってうなずいた。

 

その日から、父のもとでの訓練が始まった。

 

 

剣の修行は、意外にも静かだった。

 

「まずは立て。剣など、足腰がなければ振ることすらできん」

 

森の中、バルドは剣を構えながらゆっくりと足を運んだ。動きはまるで舞のように流麗だったが、一つ一つに重みがあった。

 

「重心は“後ろ足”に置け。前に出るときは必ず“引き”を意識しろ。突けば、すぐ退け。斬れば、すぐ引け」

 

ヴェルギリウスは見よう見まねで動きを真似たが、すぐに体勢を崩した。

 

「剣を振るな。“打て”。“撃て”。だが、“投げるな”。命の重さを剣に乗せろ」

 

バルドの指導は厳しく、しかし一本芯が通っていた。決して怒鳴らず、間違いをすぐに訂正し、理由を語る。

 

「剣は力ではなく、意志で振るうものだ。お前が剣に“殺すな”と言えば、それは守る剣となる」

 

原始の時代にあって、バルドの剣術は哲学に近かった。

 

「タカル族の剣は、二本の骨で構成される。ひとつは獣の骨。もうひとつは、人の骨だ」

 

「……人の骨?」

 

「つまり、お前の心の骨格だ。この剣をどう使うかは、お前の中の人間性が決める」

 

ヴェルギリウスは、言葉の重さに息を呑んだ。

#

 

ある日、森で“リムノス族”と名乗る集団がタカル族の領域を侵犯した。彼らは火を持たない部族であり、タカル族の技術と食料を求めて略奪に来たのだった。

 

その夜、村に警鐘の角笛が鳴り響いた。

 

「ヴェルギリウス、お前も来い」

 

バルドは短く言った。

 

「俺が……戦うのか?」

 

「戦わずして、剣は持てぬ。お前が何を守るために剣を学ぶのか、己の剣で確かめよ」

 

ヴェルギリウスは、タカルトの骨剣を握りしめた。手が震えていた。生まれて初めて、人に剣を向けるのだ。

 

森の外れで遭遇したリムノス族の偵察兵。五人。槍と棍棒を持ち、獣皮の鎧を着ていた。

 

「下がれ。話を——」

 

ヴェルギリウスが口を開いた瞬間、槍が飛んできた。バルドがその一撃を骨剣で弾き、反撃に転じる。

 

「今こそ、剣の意味を知れ!」

 

父の叫びと共に、ヴェルギリウスは前に出た。

 

槍を持つ敵に飛び込むのは危険だとわかっていた。だが彼は、父の教えを思い出した。

 

——重心は後ろ。突けば引け。

 

ヴェルギリウスは槍の間合いを見切り、踏み込みと同時に剣を突き出した。

 

「はっ!」

 

骨剣の先端が敵の脇腹に突き刺さる。裂けたのは肉ではなく、獣皮の装甲。そのまま跳ねるように後退。

 

敵は一瞬の痛みに驚き、退いた。

 

「……やれた」

 

その感覚は、火を初めて灯した時と似ていた。

 

父が横に立ち、微笑む。

 

「これでお前は、剣を持った」

 

戦いのあと、村に平穏が戻った。ヴェルギリウスの剣は血を流すことなく、相手を退けた。

 

数日後、バルドはヴェルギリウスを呼び寄せた。

 

「剣は、これからもお前と共にある。だが、これを忘れるな。剣は壊れる」

 

そう言って、父は自分の古い骨剣を差し出した。刃は欠け、柄は摩耗している。

 

「これはお前が生まれる前、俺が三年使った剣だ。だが、壊れたからといって、意味が消えるわけではない」

 

「……この剣には、父さんの生きた時間がある」

 

「そうだ。剣はお前の歴史だ。これから先、お前が誰かを守るたび、この剣に時間が刻まれていく」

 

ヴェルギリウスは黙ってうなずき、骨剣を腰に差した。

 

#

 

この村に、ヴェルギリウスという名の少年がいた。

 

彼は火を起こし、骨の剣を学び、そして——今、母から“治癒の魔術”を教わっている。

 

「いい? 魔術というのは、言葉や形じゃなく、“心”から生まれるの。治したいという気持ちが、体に触れ、力に変わる」

 

母、ライナはそう言った。彼女の手は静かで温かく、何よりも優しい。だが、その手がかつて——我が子を“死んだもの”として抱いた手であることを、ヴェルギリウスは知らなかった。

 

彼が生まれた日、ライナは産声を聞かなかった。

灰色の肌、冷たい体、動かぬ瞳。

産婆も、村の巫女も言った。「この子は生まれてこなかったのだ」と。

 

だが、次の瞬間。

 

 

赤子が息を吹き返し、弱々しく泣いた。

 

それを見た村人は、「神の加護」とささやいた者もいれば、「異形の子」と恐れた者もいた。

だが、何より戸惑ったのは——母であるライナ自身だった。

 

「どうして……死んだはずなのに……」

 

その日から彼女の目に、我が子は“生者”と“死者”の間にあるものとして映り続けた。

 

 

「魔術は“術”ではなく、“祈り”なの」

 

ライナは、傷ついた小鳥をそっと抱き上げると、手のひらをかざした。

彼女の指先から、柔らかな光が漏れ、鳥の折れた羽が少しずつ元の形を取り戻していく。

 

「お母さん……どうしてそんなことができるの?」

 

「私は、癒やしの魔術師だったから。ずっと昔、まだタカル族が炎を知らなかったころ、私は植物の力や言葉で命を繋いできたの」

 

「ぼくにもできる?」

 

ライナは少し微笑んだが、その目にはためらいがあった。

その一瞬の影に、ヴェルギリウスは気づかなかった。

 

「やってごらん、ヴェル」

 

彼女がそう呼ぶときだけ、ヴェルギリウスは自分がこの家族に“受け入れられている”と感じられた。

彼女の目に宿る過去の恐怖はまだ消えていないと知りながらも、彼はその名を大切にしていた。

 

 

ある日、ヴェルギリウスは村の広場で、倒れた子どもを見つけた。蛇に噛まれたのだ。村人たちは騒然とし、誰かが巫女を呼ぼうと走り出した。

 

(母の癒やしの力があれば……!)

 

ヴェルギリウスは咄嗟にその子に近づき、母に教わった通りに両手をかざした。

目を閉じ、心で願う。

 

「治れ……治ってくれ……!」

 

すると、手の中が熱を帯び、淡い緑の光がほとばしった。

村人たちが息を呑む中、子どもの顔色は戻り、痙攣が止まった。

 

「まさか……ヴェルが癒やした……?」

 

「本当に魔術だ……!」

 

だがその瞬間、誰かがつぶやいた。

 

「……やっぱりあの子は、人じゃない。死から蘇った子だ。だから死を引き寄せも、追い払うこともできるんだ……」

 

その言葉は、村人の不安を再燃させた。

 

ヴェルギリウスは立ち尽くし、母が来るのを待った。

だがライナは、彼の前に現れなかった。

 

その夜、彼は母の小屋に駆け込んだ。

 

「母さん! どうして来なかったの!? ぼく……ちゃんと癒やしたのに!」

 

ライナは炉の前で黙っていた。

やがて、ぽつりと呟いた。

 

「あなたは……死んで生まれた子よ。正直、最初は……抱くのが怖かった。何か“別のもの”が乗り移っているように思えたから」

 

「……」

 

「でも、あなたは泣いて、笑って、転んで、風邪をひいて……」

 

「……」

 

「気づけば私は、あなたをちゃんと“息子”として見てた。でも、どこかでまだ……自分を責めてた。あなたを疑った自分を、ずっと許せなかった」

 

ヴェルギリウスはそっと母の手に触れた。

小さな手だった。だが、その手には魔術以上の温かさがあった。

 

「ぼく……母さんに生かされたんだと思ってる」

 

「え……?」

 

「神様でも、奇跡でもなくて、母さんが“生きて”って思ったから、ぼくは泣けたんだ。違う?」

 

ライナの瞳に、光が宿った。

 

「……ずるいわ、そんなこと言って」

 

その夜、母は初めて、彼を強く抱きしめた。

 

 

それからの日々、ヴェルギリウスは本格的に癒やしの魔術を学んだ。

ライナは植物の調合、手の動かし方、心の集中法などを一つ一つ丁寧に教えてくれた。

 

彼の魔術は不思議な色を持っていた。

一般的な癒やしは緑だが、彼の魔術は、時に青く、時に金色に光った。

 

「……あなたの力は、私よりも深く、優しい。きっと命そのものに触れているのね」

 

ヴェルギリウスは頷きながら、ある日小さく呟いた。

 

「母さん……前に言ってたよね。私の中にまだ恐れが残ってるって。もう……残ってる?」

 

ライナはしばらく黙り込み、そして首を振った。

 

「今の私は、あなたの母であることを、誰よりも誇りに思ってる。あの日、死んだと思ったあなたを抱きしめることができたのは……人生で一番怖くて、一番大切な選択だった」

 

そして、彼女は手のひらを差し出した。

 

「これからは、あなたの手が命をつなぐ番よ、ヴェル」

 

彼はその手を取った。

小さな、でも確かな、命の光がそこにあった。

 

 

 

 

 

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