転生した異世界が主人公が産まれる2000年前だった   作:yumui

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美食家

ヴェルギリウスは、ドワーフ王国から譲り受けた水晶竜の心臓を手にしていた。しかし、これはリヴェリアの血に蝕まれており、その毒が完全には抜けていなかった。その毒こそが、永遠の命を希求するパルテニアスに使うには危険であることを、アンジェラと共に心臓を加工する途中で気づいていた。

 

「やっぱり、あの毒……呪縛はまだ完全じゃないわね」

 

アンジェラが心配そうに首をかしげる。

 

「毒を祓うには、エルフの里の神官が扱う古の祝福でもないと無理だわ。あなた、行くなら急いだほうがいいわよ」と続けた。

 

ヴェルギリウスは頷き、アンジェラの背に飛び乗る。巨大な翼が揺れ、紫の鱗が朝日に反射する。

 

「エルフの里までは5日で着けるだろう」

 

「ふふ、ま、毒干物女に比べたら空の旅なんて朝ごはんよね。じゃ、任せなさいよ!」

 

彼らが空を舞う頃、雲の切れ目から地上を見ると、そこに小さな魔族が、二匹のゴブリンにいじめられている姿が見えた。あまりにも小柄で、ふかふかの毛に覆われているその子を見て、ヴェルギリウスは思わずその胸を締めつけられた。

 

「ちょっと、待って!」

 

アンジェラも翼をたたみ、急降下する。着地するや、ゴブリンたちは剣を構えて向かってきたが、アンジェラの一喝とヴェルギリウスの威圧で逃げ出していった。

 

「おい、大丈夫か?」

 

ヴェルギリウスが魔族に声をかけると、その子は目をきらりと輝かせた。

 

「俺様はエイゲルズ! いずれ最強の魔族になる男さ!」

 

小さな体だが自信満々で、誇り高く胸を張った。毛皮のような赤色の毛並みに尖った耳、大きな赤い瞳が印象的なハムスターのような魔族だった。

 

「助けてくれて、ありがとな」

 

その声は元気いっぱい。エイゲルズは剣の真似をしてポーズを取り、勇ましそうに見せた。

 

「危険な場所だったから、今は里に戻ろうか」

 

ヴェルギリウスはそう言ってエイゲルズの手を取る。

 

「エルフの里に来るんなら、俺様が案内してやるぜ!」

 

エイゲルズはふかふかと胸を叩き、嬉しそうに答えた。

 

アンジェラは苦笑しつつ、「まあ…王様の旅のお供なら、快く供いたいわ」と言いながら、空へと羽ばたく。三人は空に向かい、雲の中を滑るように進んでいった。

 

翌日、森の奥深くにあるエルフの里が見えてきた。葉を編んで作られた橋、清流を渡る石畳、透明な石の家々。白樺の間を優雅に飛ぶアーチが印象的だった。

 

「里の神官たちにこの心臓を見せれば、呪いを解いてくれる」

 

ヴェルギリウスは剣を収め、エイゲルズに説明する。

 

「何か手伝えることはあるか?」

「俺様は知識万能、エルフの里に関しては誰より詳しいぜ。どんな秘密もお任せあれ!」

 

#

 

霧深き森を抜けた先、古の歌が今も風に漂う場所――そこに、エルフの里はあった。高くそびえる銀葉の木々に守られるように建つ白木の館。鳥の囀りと水のせせらぎが調和を奏でるこの地に、ヴェルギリウスはアンジェラの背に乗って降り立った。

 

 「ふふっ、まるでおとぎ話の世界ねぇ。あたしが火を吹いたら全部炭になりそう」

 

 空を舞う竜アンジェラが、くるりと一回転して戯けたように言う。彼女の姿は今、紫紺の鱗を纏った美しいドラゴンでありながら、その声は相変わらずのオネエ言葉だった。

 

 ヴェルギリウスはため息をつきながら、「頼むから大人しくしててくれ。ここは俺たちの目的地だ」と言い残し、エルフの里の門へと歩みを進めた。

 

 出迎えたのは、細身で端正な顔立ちをしたエルフの青年。銀色の髪と翡翠の瞳が特徴の彼は、王に仕える側近――ライミエルと名乗った。

 

 「王が、お待ちです。こちらへ」

 

 導かれたのは、木の根と枝が絡まり合って形成された王の館だった。自然と共にあるその姿に、ヴェルギリウスはどこか神聖さすら感じる。

 

 館の奥には、威厳ある佇まいのエルフ王が待っていた。年齢は見た目にはわからぬが、眼差しには幾千年を生きた者だけが持つ静かな強さが宿っていた。

 

 「ようこそ、人の王。そなたが、竜の心臓の解呪を求めて来た者か」

 

 「そうだ。俺の持つ心臓は、恐らく“王庭”の毒に犯されている。解呪には精霊魔法が必要だと聞いた」

 

 王はしばし黙し、厳かに頷く。

 

 「たしかに。だが、今、我が里は一つの問題に直面している。そなたに力を貸す前に、頼みを聞いてもらいたい」

 

 ヴェルギリウスは黙って先を促す。

 

 「この森で、近頃“料理に長けたエルフ”が相次いで姿を消しているのだ。その数、既に十を超えた。そして最後に消えたのは……我が娘、ルミナリエだ」

 

 その名に、ライミエルが顔を曇らせる。

 

 「ルミナリエは、我が娘であると同時に、森における最高の治癒魔術の使い手。彼女がいなくなってから、病も傷も治せぬ者が増えている。誰かが意図的に、我らの手を削いでいるのだ」

 

 「料理が得意なエルフが狙われるのは偶然じゃないと?」

 

 「そう思わざるを得ない。彼らの共通点は、癒しの力と食を通じて精霊との結びつきを持っていたこと。おそらく……それを狙う何者かがいる」

 

 ヴェルギリウスは顎に手を当て、考え込む。毒を解呪するためにはルミナリエのような術者が必要。しかし彼女は今、何者かに囚われている。

 

 「……つまり、俺がその行方を探し出せば、解呪を引き受けてくれるんだな?」

 

 王はうなずいた。

 

 「娘の身の安全を最優先に願う。力を貸してほしい」

 

 ヴェルギリウスは黙ってグラディウスの柄に手を置いた。剣が、意志を持つかのように熱を帯びる。

 

 「いいだろう。だが一つだけ確認させてくれ」

 

 「何だ?」

 

 「その娘……ルミナリエは料理も、うまいんだな?」

 

 重苦しい空気が一瞬だけ揺れた。王は唇を少し緩め、初めて感情を覗かせた。

 

 「人の王よ、そなたには想像もできまい。ルミナリエの作る“月光のミスリルスープ”の味を……」

 

 背後で聞いていたアンジェラが、感嘆の息を漏らす。

 

 「ちょっとあたし、今ので決めた。ルミナリエちゃん、絶対助けなきゃダメよ。食の才能は守るべき世界遺産なの」

 

 「……本当に、お前は何なんだ」

 

 ヴェルギリウスは呆れつつも、剣の鞘を鳴らして館を後にした。

 

#

 

「ヴェル坊。オレ様の鼻が言ってる。これは……ただの誘拐じゃねえな」

 

エイゲルズは森の地面に顔を近づけ、獣のように嗅ぎ取っていた。

 

「何か見えたのか?」

 

「見えたっていうか、臭うのさ。スパイスと油と……それと、人間の匂いだ」

 

ヴェルギリウスは目を細め、手元の地図を広げた。失踪が確認された場所を一つひとつ確認していくと、いずれも北西の方角に共通していた。森の最奥、エルフすら近づかない瘴気の山――名もなき古火山だ。

 

「山か……魔力の流れも、そこへ吸い寄せられている」

 

「決まりだな。犯人はきっと、山の中でエルフに料理を作らせてるに違いない!」

 

「なんでそんなに断言できるんだ……?」

 

「だって、オレ様の鼻が、あの山からシチューの匂いがするって叫んでる!」

 

ヴェルギリウスは苦笑しながらも、彼の勘の鋭さには信頼を置いていた。山へ向かう道は急で、獣道を越えるには慎重な足取りが必要だったが、ところどころに人為的な足跡や轍が残されていた。明らかに何者かが、繰り返しこの山を利用している。

 

やがて、岩の裂け目から奥へと続く洞窟が姿を現した。入り口には二人の魔族の兵士が警備についている。仮面の下には王庭の印章を模した紋章が刻まれていた。

 

「“王庭”……またか。こいつら、どこまで人の領域を侵すつもりだ」

 

ヴェルギリウスは一歩前に出ると、刃を抜かずに兵士を一撃で昏倒させる。音もなく倒れる二人を見て、エイゲルズは小さく息を呑んだ。

 

「相変わらず手際がいいな。で、中に突入するんだな?」

 

「慎重に行く。ここはただの隠れ家じゃない」

 

洞窟の奥へ進むにつれ、空気には次第に香ばしい香りが混ざってきた。香草、焼いた肉、甘い果物の匂い。異様なことに、食欲をそそるその香りが、岩壁に反響しながら広がっていた。

 

通路の先に広がる空間――そこは、巨大な地下厨房だった。

 

鍋の音、調味料の瓶が振られる音。数十人のエルフが、無言のまま手際よく料理を続けている。全員、腕に細い呪縛の鎖をつけられ、その表情は疲労と諦めに満ちていた。

 

「……こいつは、冗談抜きで厨房要塞だな」

 

「ルミナリエもいる」

 

その中央、白銀の髪を揺らす一人のエルフがいた。繊細な手つきで香草を刻みながら、周囲の調理指示までこなしている。だが、その手首には他の者と同じ鎖が巻かれていた。

 

捕らわれのエルフたちの背後、洞窟の一角に褐色の肌をした男が座っているのが見えた。彼は腰に大きな蛮骨刀を下げ、目の前の山盛りの食事をむさぼっていた。鋭い眼光と豪胆な風貌が、ただならぬ威圧感を放っている。王庭の一員、その中でも特に恐れられている男だった。

 

ヴェルギリウスはその姿を見て、胸の奥に眠っていた古い伝説が甦った。自分がこの世に生まれるずっと以前、同じように部族を率いて王庭と戦った王がいたという。その王は、百年間は人間と戦争をしない契約をする代わりに魔王から血を受け取り、王庭の一員となったのだという話だった。彼は飽くなき食欲を持ち、大食いとしても名を馳せていた。

 

「……お前が、かつてのあのガルドス王か?」

 

ヴェルギリウスは言葉を潜めて男の前に進み出た。男はスプーンを休め、重い声で答えた。

 

「そうだ。俺はかつて部族の王であり、今は王庭の一角を占める者だ。血を受け継ぎ、魔王に忠誠を誓った。エルフ達を攫ったのも美食を追求するためだな」

 

ヴェルギリウスは静かに問う。

 

「捕らえられたエルフたちを、なぜ解放しない? 彼らは無実だ。料理は技術と心の結晶だ。それを奪うことは許されない」

 

男は薄く笑い、山盛りの皿からまた一口を口に運んだ。

 

「なら提案をしよう。簡単なことだ。もしお前が、俺と大食い勝負に勝てば解放してやるよ」

 

ヴェルギリウスは驚きつつも冷静に応じた。

 

「大食い勝負……か。ならば受けて立とう。だが、お前の力や策ではなく、純粋に食の力で勝負する」

 

男はうなずき、周囲の兵士たちもその勝負を見守るために身を引いた。こうして、山中の洞窟はかつてないほどの緊張に包まれた。

 

勝負は次々と皿が運ばれ、山盛りの肉、香ばしいパン、甘い果実や濃厚なスープが二人の前に積まれていく。ヴェルギリウスは鍛え抜かれた身体を活かし、冷静に食べ進める。一方、ガルドスも底知れぬ胃袋で次々に料理を平らげた。

 

勝負は激しく、壮絶なものだった。ヴェルギリウスは己の鍛えた身体と強靭な胃袋を駆使し、次々と料理を平らげていく。一方のガルドスも、怪物の如き大食いぶりで山盛りの肉や濃厚なスープを喰らい尽くした。

 

時折汗が滴り落ち、二人の呼吸は荒くなる。しかし、どちらも決して譲らず、食べ尽くす皿の数はほぼ互角。激闘は長時間に及んだ。

 

やがて、両者は最後の皿を平らげ、疲労困憊の中で立ち上がる。互いの眼差しは、深い敬意と認め合いの念を含んでいた。

 

「引き分けだな」ヴェルギリウスが言葉を絞り出す。

 

「そのようだ、ヴェルギリウス。お前の食の力は俺の期待以上だった、俺のいた時代には思うほどの大食いはいなかったよ」ガルドスはゆっくりと頷いた。

 

「これ以上の戦いは無意味だ。今日は引き下がろう…」

 

 

ヴェルギリウスは仲間たちと共に、捕らわれのエルフを助け出す機会をうかがうため、いったん撤退する決断をしたのだった。

 

 

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