転生した異世界が主人公が産まれる2000年前だった 作:yumui
ヴェルギリウスは、玉座の間でアインの助言を静かに聞いていた。朝の光が宮殿の高窓から差し込み、長く伸びた影が床に落ちる。アインの語る言葉は、平易ながら確かな重みを持っていた。
「魔族というのは、非常に厳格な縦の社会だ。強者の命令には絶対服従、逆らえば即座に粛清。だからこそ、奴らの“王庭”……魔王カイムアの直轄軍を率いる王庭を討てば、方面軍の士気は一気に崩壊するだろう」
「王庭を叩けば、魔王軍全体が瓦解する……か」
「ただし、王庭はそれぞれが国一つを滅ぼせる程の化け物だ。並の兵では近づくことも叶わない」
「だから、我々の狙いは一点突破。最精鋭の選ばれし者だけで、王庭を直接討つ」
ヴェルギリウスは静かに頷き、立ち上がった。
「……わかった。各種族に伝えろ。“王庭討伐隊”を結成する。選抜された者のみを集め、俺がその先頭に立つ」
こうして、歴史に刻まれる伝説の部隊「王庭討伐隊」の編成が始まった。
まず動いたのはドワーフの王国だった。グリンリルと彼女自らが鍛え上げた重装騎士たち――火山の鉄で鍛えられた鎧を纏い、魔法すら弾く盾と斧を持つ精鋭。名を「炎鎚団」と呼んだ。
次にエルフ。ルミナリエ姫と共に来た森に住まう影の弓使いたち――百発百中の射を持つ「風牙の精鋭」が結集。森の精霊と契約し、矢に宿る魔力は龍の鱗すら裂いた。
獣人たちは、森林の部族と雪原の遊牧民から十六名の戦士が選ばれた。彼らは「牙の兄弟」と呼ばれ、咆哮と共に突進し、群れのように連携して獲物を仕留める。
さらに、ヴェルギリウスの王国から、部族長の血を継ぐ若者たちとギャラルホルンの精鋭――彼に修行を受けた弟子たちが集まった。
「ヴェルギリウス!ちょっと紹介したいやつがいる!」
振り返ると、そこにはエイゲルズと並んで立つ一人の少女がいた。肩まで伸びた赤髪は陽光を浴びて燃えるように輝き、背丈に比べてあまりにも大きな大剣を背負っている。その姿はまるで絵本の中の戦士のようだったが、瞳はまっすぐで力強く、威圧よりも意志の強さを感じさせた。
「……魔族か?」
「うん」とエイゲルズはうなずく。「この子、キーラっていうんだ。俺の幼馴染でさ、昔は村の外れで一緒に木の実とか集めてたんだけど、魔族と人間が対立してから会えてなかった。でも最近、偶然また会えてさ」
「……よろしくお願いします、王様」と、キーラが深く頭を下げる。「魔族の端くれだけど、私も魔王を許せない。だから、お願い。私を王庭討伐隊に加えてください」
その声には怒りも、悲しみも、覚悟も混じっていた。
「その剣は……自分で振るのか?」と、ヴェルギリウスは尋ねる。
「もちろん」と、キーラは胸を張った。「子供の頃からずっと鍛えてきた。重くて苦しかったけど、王庭に奪われたものを取り戻すために、私はこの剣を使うって決めたから」
エイゲルズも言葉を継いだ。
「キーラの家族も、村も、全部、魔王にやられたんだ。俺の大事な友達をこんな目に遭わせたあいつらを、今度こそ終わらせるべきだろ?」
ヴェルギリウスはしばし沈黙し、キーラの真剣な瞳をじっと見つめた。そして小さく、だが確かにうなずいた。
「いいだろう。お前たちも来い。――戦う覚悟があるなら、誰であれ歓迎する」
キーラの顔が明るくなった。
「ありがとう、王様。私、命を懸けて戦います!」
「俺もよろしくな!」と、エイゲルズも声を上げる。
こうして、王庭討伐隊にはまた一人、強く、そして失うものの多い戦士が加わった。
すべてを束ねた精鋭は、総勢二百人。
ヴェルギリウスは彼らの前に立ち、燃えるような瞳で叫んだ。
「諸君。これより我々は、魔王軍の心臓を討ちに行く。誰一人として、この戦に名を残さぬ者はないだろう。我らの名は、永遠に語り継がれるだろう」
空気が震えた。剣が掲げられ、叫びが天に届いた。
こうして、王庭討伐隊は出陣した。ヴェルギリウスを中心に結集したその軍勢は最初の烽火だった。
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獣人の国〈グルナハン平原〉は、遠くからでも見渡せる広大な草原だった。そこに立つ風の香りは、血と鉄の気配をすでに帯びている。王庭討伐隊――ヴェルギリウス率いる二百名の精鋭部隊は、エルフ、ドワーフ、獣人、人間の誇りを背負い、すでにいくつもの戦場を駆け抜けていた。
最初の激戦は〈獣骨の谷〉。谷を守っていた魔族の将軍ザルカスは、全身を岩の鎧で覆った巨漢だった。獣人の斥候による裏道情報をもとに、ヴェルギリウスは夜襲を決行。闇を切り裂くアンジェラの魔炎と、キーラの大剣によってザルカスの巨体は崩れ落ちた。
二人目は血槍の女将軍メリア。血を操る戦技で数十人を一瞬で貫いた彼女には、アインの策とルミナリエの結界が功を奏した。魔法障壁で動きを封じ、ヴェルギリウスが燃える魔剣〈グラディウス〉で心臓を一突きにする。
三人目の将は氷の獄長ネビロス。この将軍は冷気で部隊の動きを封じ、前線を氷の檻に変えてしまう冷酷な男だった。しかし、ドワーフの鍛冶士たちが用意した耐寒の甲冑で身体を温め、突破口を開いた。最終的にはグリンリルの投擲槍がネビロスの眉間を貫いた。
四人目と五人目――獣人の国境に現れた双子の魔族将軍ライアとリクス。絶妙な連携を誇る彼らに討伐隊は翻弄されたが、獣人族の戦王ガルヴァと、その娘ライナの参戦で形勢が逆転。部族の伝統武術と獣の嗅覚を駆使した戦いで二人を討ち取ることに成功する。
討伐隊の進軍は、勝利と犠牲の繰り返しだった。幾度も仲間を失い、幾度も誓いを新たにしながら、王庭の核に迫っていった。
――そして今。
王庭ガルドスはついに、獣人の大地に軍を結集し始めていた。かつてヴェルギリウスと大食い勝負を繰り広げた、あの褐色肌の大男。今や魔族たちをまとめ上げる最高司令官を名乗っていた。
獣人の首都〈ラーグナス〉近郊には、黒き甲冑に身を包んだ魔族軍十万。ガルドスの巨躯はその中央に立ち、凄まじい覇気を放っていた。
一方、獣人王ガルヴァが指揮する獣人軍五万も、討伐隊と合流し、決戦への準備を整えていた。空には戦の鼓動が響き、大地には獣たちの咆哮が轟いた。
その陣営にて、ヴェルギリウスは馬上に立ち、地平線の向こうを見据える。隣にはアンジェラ、アイン、グリンリル、ルナミリエ、キーラ、エイゲルズ――幾多の戦を共に越えてきた仲間たちがいる。
「……いよいよだな」
アインがつぶやく。彼の黒髪が風に靡いた。
「この戦、勝てば王庭は崩れる。奴を倒せば、魔族の心も揺らぐはずだ」
ヴェルギリウスは静かにうなずいた。
「あの時は、大食い勝負だったが……今回は違う。剣と魂で、決着をつける」
アンジェラが笑った。「ふふん、いいわねぇ。やるなら、ド派手にぶちかましてあげる」
そしてキーラが、身の丈に合わない大剣を地に突き立てた。
「……この剣は、仲間の命の重さを刻むためにある。絶対に、終わらせる」
決戦の時は、目前だった。
――運命を懸けた大戦、その幕が上がろうとしていた。