転生した異世界が主人公が産まれる2000年前だった   作:yumui

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王庭ガルドス

決戦前夜、天幕の中に響くのは、獣たちの呼吸と、剣の手入れをする音のみだった。

 

ヴェルギリウスは地図を前に腕を組み、険しい表情で思案していた。外では戦の準備が進むが、彼の心にあるのは戦術ではない。「獣人軍に裏切り者がいる」という不穏な噂だった。

 

「アイン、調査を頼めるか」

 

ヴェルギリウスの声に応じて、黒髪の青年は静かに立ち上がる。彼の瞳には知恵と警戒の光が宿っていた。

 

「わかった。獣人の将軍は三人。直接会って話をしてみる。真実は、言葉の端々にこそ滲むものだ」

 

まずアインが訪れたのは【鋼爪将軍マルザン】。百戦錬磨の歴戦の獣人で、部下からの信頼も厚い。マルザンの語る戦略は理にかなっており、裏切りの素振りは見えなかった。だが彼は、獣人軍内部の不協和について少しだけ漏らした。

 

次に面談したのは【黒尾のトゥガ】。俊敏さと諜報戦に長けた将だ。彼の言葉は慎重で冷静だった。家族思いの男でもある。

 

最後に訪ねたのは【牙王グロール】。粗暴な印象の将軍だが、意外にも忠義に厚く、先代獣人王への恩義を語った時には、声が震えていた。

 

アインは天幕に戻ると、ヴェルギリウスに低く告げた。

 

「裏切り者がわかった。」

 

#

 

そして、決戦の日――。

 

〈グルナハン平原〉の大地が震えた。

 

空は曇天。魔族軍十万の咆哮が雷のように響き渡る。対する獣人軍と王庭討伐隊は五万とわずか二百の精鋭にすぎなかったが、その士気は高かった。

 

ヴェルギリウスは最前線で戦う。風にたなびく赤髪と金の瞳が、兵たちの背中を押す。

 

 

討伐隊は中央突破を任され、アンジェラの爆炎が敵陣を焼き、グリンリルの竜槍が魔族の巨兵を突き崩す。キーラの大剣は地を割り、エイゲルズは弱すぎて早々に怪我を負って撤退していた。

 

 

ヴェルギリウスは真っ向から敵将を討ち、討伐隊は最深部まで進軍した。地鳴りのように鳴り響くガルドス軍の咆哮をものともせず、王庭への道を切り開いていく。

 

#

 

〈グルナハン平原〉を駆ける戦火の風が、一瞬だけ静まった。

 

獣人軍の使者が、緊張に満ちた足取りで黒尾のトゥガの陣幕に入った。額には汗、声は慎重だった。

 

「トゥガ将軍、王直々の命令です。右翼の部隊を前に進めてください。中央が突破されれば、全軍が崩れます」

 

だが、トゥガは椅子に深く腰をかけたまま、指一本動かさなかった。

 

「まだ時ではない」

 

「ですが――!」

 

「下がれ。命令ならば、俺が責任を取る」

 

使者は渋々退き、陣幕の外へと消えた。トゥガは深く息を吐いた。

 

「……さて、舞台は整ったか、さらばだ王よ」

 

そのとき、天幕の隙間から一人の兵が入ってきた。手に一通の封筒を持っている。封には、「ヴェルギリウス陛下より」と書かれていた。

 

トゥガがそれを開いた瞬間、彼の瞳が揺れた。

 

――手紙の中身は、妻と子供からのものであった。確かに魔族に人質として捕らわれたはずの家族。その筆跡、癖、呼びかけ。何より、愛する者たちの温もりが込められていた。

 

「……どうして……」

 

裏に添えられたアインの短い追伸が、全てを物語っていた。

 

「あなたの忠義と葛藤に敬意を。家族はすでに我々の手の内にある。生きるべき道を、自ら選んでくれることを祈る」

 

トゥガは震える手で手紙を胸に押し当て、長く黙っていた。

 

やがて彼は、重々しく立ち上がる。

 

「…すぐに全軍に伝令を出せ。突撃だ!!」

 

副官たちは一瞬呆然としたが、すぐに叫び声が上がる。

 

「黒尾将軍、ついに動いたぞ!」

 

〈黒き尾〉の軍団が疾風のように動き出す。獣の咆哮が戦場に轟き、ガルドス軍の側面へと矛先を向ける。不意を突かれた魔族の部隊は混乱し、指揮系統が瞬く間に崩れる。

 

――その報せは、ガルドス本人に届いた。

 

「……黒尾が裏切らなかった、だと……?」

 

蛮骨刀を握りしめる手に力がこもる。ガルドスの口から、獣のような呻きが漏れた。

 

 

怒りのままに号令を飛ばそうとしたその時、彼の足元の大地が震えた。

 

戦況は悪化していた。周囲を見れば、いつの間にか――獣人軍が三方から攻め寄せていた。

 

 

混乱する配下の魔族たち。背後を断たれた状態で戦うには、あまりに分が悪い。

 

そして、その混乱の中。

 

高く響く角笛の音が、空を裂く。

 

〈王庭討伐隊〉――200の英雄たちが、鮮やかな突撃の陣形で戦場に現れた。

 

先頭を駆けるのは、炎の魔剣グラディウスを握る赤髪の若き王、ヴェルギリウス。

 

ヴェルギリウスはガルドスに剣を突きつける。

 

「もう満腹か? それとも……敗北の味をもっと知りたいか」

 

ガルドスはその言葉に唸るように笑った。

 

「貴様ら……どこまで俺を楽しませる気だ……!」

 

こうして、王庭とヴェルギリウスの最終決戦が――戦場の真ん中で、ついに幕を開けた。

 

 

 

ヴェルギリウスは吼え、まっすぐに剣を構えて駆け出した。周囲では王庭討伐隊の兵たちが魔族の将兵と交戦しながら、ヴェルギリウスの突撃路を切り拓いていく。

 

激突の刹那、炎と血が爆ぜた。

 

《蛮骨刀》が唸りを上げて迫る。ヴェルギリウスはそれを受け止めるが、重い。魔剣《グラディウス》で受け流し、隙をついて斬り返すも、ガルドスは一歩も引かぬ。

 

「この剣、ただの刀と思うなよ!」

 

ガルドスが叫ぶ。蛮骨刀が蛇腹剣のようにしなる。見えない一撃が横薙ぎに走り、ヴェルギリウスの頬を浅く裂いた。

 

「ッ……!」

 

その隙を、グリンリルが埋める。「下がれ、王よ!」と叫び、竜槍が突き出される。ガルドスはそれを後退して避けるが、続けざまにルミナリエの魔術が炸裂した。氷の結界がガルドスの動きを縛る。

 

「今ァ!」

 

キーラが突進、大剣を真上から振り下ろす。ガルドスは剣を交差して受け止めるが、その場に膝をつく。彼女の一撃はあまりに重かった。

 

 

怒声と共にガルドスが魔力を爆発させる。地面が砕け、周囲の兵士たちが吹き飛ぶ。しかしヴェルギリウスは踏みとどまり、《グラディウス》を高く掲げた。

 

激戦は数十分続いた。だが決着は早かった。

 

剣が炎を纏い、彼の全身に力が巡る。次の瞬間、グラディウスが唸りを上げてガルドスの《蛮骨刀》にぶつかる。

 

 

金属が砕ける音が響いた。

 

《蛮骨刀》が砕けた。断ち割られた刃が宙を舞い、ガルドスの身体がたたらを踏んだ。その胸に、ヴェルギリウスの剣が深々と突き立つ。

 

「が……ぁ……!」

 

ガルドスは呻いた。だがその目には、なおも殺意が宿る。彼の口元から、鋭い牙がのぞく。

 

「最後の一口……いただくとしよう」

 

ガルドスは牙をヴェルギリウスの首に向けて跳びかかる。その牙には致死の毒が塗られていた。

 

「ヴェルギリウス!! 下がって!」

 

キーラの絶叫が響いた。瞬間、ヴェルギリウスは身を捻り、牙をかわす。だが刹那、ガルドスの足がもつれ、力尽きたように崩れ落ちる。

 

地に伏したまま、ガルドスは空を見上げていた。その目からはもう闘志が消えていた。

 

「……不味かったな。どれも……不味かった……」

 

「……最後に言い残すことは?」

 

ヴェルギリウスが問う。ガルドスは小さく笑い、かすれる声で言った。

 

「……もっと美味いもん、食いたかった……」

 

それが、王庭ガルドスの最後の言葉だった。

 

討伐隊の兵たちが一斉に剣を掲げ、勝利の雄叫びを上げる。空には朝日が昇りはじめていた。夜明けと共に、王庭の影は崩れ去った。

 

燃え尽きたような戦場に、陽光が差し込んだ。王庭ガルドスの死は、魔族軍の背骨を断ち切るに等しかった。

 

それはまるで呪縛が解けたかのようだった。統率を失った魔族たちの軍列は、指揮系統もないまま崩れ始め、各地で自壊し、逃亡が相次いだ。

 

「退けっ、退けぇっ!! 我らを捨てる気か!? 戻れ、戻れぇ!!」

 

狂ったように叫ぶ下級将校の声も、もはや誰の耳にも届かなかった。仲間が逃げれば、次も逃げる。伝染するように瓦解は広がっていった。

 

その混乱を見逃すほど、獣人軍は甘くなかった。

 

「――今こそ、牙を突き立てる時ぞ!」

 

獣人の王の咆哮が戦場に轟く。斧を振るうその姿に兵たちが続いた。

 

「追撃開始! この地から魔族を一掃せよ!」

 

地響きのような怒号と共に、怒濤のように獣人たちが駆け出す。狼、熊、虎、様々な獣の血を引く兵たちが、牙と爪で魔族を狩り立てていく。

 

かつて魔族に支配され、都市を焼かれ、家族を奪われた獣人たちにとって、それは復讐でもあった。奪われた年月を取り戻す、怒りの咆哮だった。

 

王庭討伐隊もまた、追討に加わっていた。

 

「こっちだ! 森に逃げ込んだ魔族を追え!」

 

ヴェルギリウスが声を上げ、隊を指揮する。グラディウスはなおも赤く燻り、その刃は次なる敵を求めていた。

 

キーラは大剣を肩に担ぎ、赤髪をなびかせながら森に突入する。

 

「おっかけっこは嫌いだけど、狩りなら大好きよ」

 

グリンリルの竜槍が、魔族の魔術師の胸を貫いた。ルミナリエは空を駆け、光の矢を降らせる。

 

 

アインは言った。「敵は散った。今こそ、包囲を解き、首都へ進軍する時だ」

 

獣人の首都は、かつて誇り高き王の砦だった。しかし王庭の侵略を受け、城門は黒く焼かれ、民は鎖に繋がれた。あの地を取り戻すことが、この戦いの終着点だった。

 

進軍は迅速だった。瓦解した魔族軍は抵抗らしい抵抗もできず、途中の要所も次々と陥落していく。

 

そして三日後、獣人軍と討伐隊は首都の城壁の前に立っていた。

 

灰色の城壁の上には、わずかに残った魔族兵たちが怯えた目で見下ろしていた。攻撃の合図を待つまでもなかった。白旗が――宙に舞った。

 

城門が軋む音を立てて開かれる。一人の老いた魔族が、震える膝を引きずりながら歩み出てきた。

 

「我らは……降伏する……この地は、お前たちのものだ……」

 

その言葉に、静寂が訪れた。

 

次の瞬間、獣人軍から万雷の歓声が湧き上がった。咆哮のような、涙混じりの叫びだった。倒れ込む者、天に拳を突き上げる者、――

 

誰もが、自らの土地を取り戻した実感に震えていた。

 

ヴェルギリウスは城門の中に足を踏み入れた。そこには、魔族に支配された痕跡が残っていた。かつての獣人王の像は破壊され、広場には魔族の紋章が刻まれていた。

 

それを見た獣人の王が進み出る。

 

「……王庭は滅び、魔族は敗れた。この城も、この国も……今日より、我らのものだ」

 

「ここからが始まりだな」とヴェルギリウスは言う。「焼かれた家も、傷ついた民も、すべてを立て直すには――時間がいる」

 

「だが、立て直すさ」と獣人の王は力強く頷いた。

 

その夜、首都の広場では、ささやかな宴が開かれた。人と獣人と、そして魔族の血を引くキーラやエイゲルズたちも共に囲み、焚き火の周りで笑い声が響いた。

 

苦難の果ての勝利――だが、それは終わりではなかった。

 

ヴェルギリウスは夜の闇を見上げていた。その目は遠く、まだ見ぬ戦いを見据えているようだった。

 

「次は……ドワーフの国だな。」

 

彼の背後で、キーラが笑う。

 

「じゃあ、私たちもついていくってことだね。ね、王様?」

 

グリンリルが腕を組み、「道中、神炉の火は持って行かなくていいのか」と口を尖らせる。ルミナリエは「魔術の書は持ち運びしやすいものに書き直します」と冷静だった。

 

討伐隊は再び一つになった。

 

そして、獣人の国の解放は、長きにわたる魔族支配への決別の第一歩となった。瓦解した魔族は後退し、各地で蜂起が始まる。世界が、再び動き出していた。

 

だが、闇の根はまだ深く、王庭の影はなお地の底に息を潜めていた。

 

ヴェルギリウスたちの戦いは、まだ終わらない。

 

――それでもこの日、獣人の国には確かに、自由の朝が訪れたのだった。

 

 

 

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