転生した異世界が主人公が産まれる2000年前だった   作:yumui

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王庭イービル

巨大な鉄の城門が轟音と共に砕け落ちた。その瓦礫を蹴散らし、黒光りする巨体――王庭イービルが荒れ狂うように突入してきた。金属と鋼鉄の筋肉が見え隠れするその姿は、まさに狂気を具現した化け物そのものだった。

 

城壁上、治療を終えたヴェルギリウスは鎧の袖を力強く締め直しながら、隊を前方に進ませた。全身打ちつくされ、まだ痛みに呻く肋骨をかばいつつ、彼は決意を胸に秘める。

 

突如、エイゲルズが呼び出され、イービルの視界へと押し出された。その小柄な魔族は、先ほどまでの無邪気さが嘘のように険しい表情を浮かべていた。

 

「ハムスター?こいつ……何?」

 

イービルの声が響く。彼の足元で埃が渦を巻く。

 

「実は彼こそが王国最強の戦士なんだ」

 

エイゲルズは困惑していた。

 

「え?どゆこと?」

 

ヴェルギリウスがこっそりエイゲルズに耳打つ。

 

「お前を最強の戦士だと勘違いしたイービルは真っ先にお前に寄生を試みるだろう。そしたら……身体ごと両断する、すまん」

 

戸惑いと恐怖に駆られたエイゲルズは後ずさりし、肩を震わせながら呟いた。「俺は最強になりたかったのに……その夢すら叶えられなくなっちゃうのかよ……」

 

ヴェルギリウスは眉を上げてイービルに小声で返す。

 

「ああ、もしも彼に寄生されたら我々は敗北するだろうなー…多分」

 

城門の破片に瓦礫が舞い、イービルが重い鎖音を伴って一歩を踏み出す。邪悪な笑い声がこだまする。

 

「…ならそいつを殺せば、俺が最強ネ」

 

イービルの声は氷のように冷たかった。そして一瞬の動きで、彼はエイゲルズを吹き飛ばす。その威力は岩壁をもえぐるほどで、エイゲルズは城壁の形を変えながら遠くへ飛ばされた。

 

エイゲルズは地面に激突し、意識を失う。

 

「エイゲルズ!」

 

ヴェルギリウスが一瞬止まり、絶望した。王庭討伐隊全員がその気配を感じて踏み込む。壁際に散らばる数十人が、斬撃に飛び込む。

 

「こうなったらヤケだ!ぶっ殺せ!」

 

ヴェルギリウスが声を上げた。グラディウスは火を吹き、アンジェラの魔術が地面に爆雷を描く。キーラの大剣が地を流れるように動き、ルミナリエの光が閃く。

 

だがイービルの動きは常識を超えていた。全身をしならせながら跳躍し、鋼の拳が隊列を断つ。重心を変えずに動くその戦闘スタイルは、巨大なゴーレムには似つかわしくないほど素早く、パンチの一撃一撃が岩を砕く。

 

キーラの叫びが飛ぶ。だが彼女の大剣は壁となった巨体に砕かれて跳ね返された。

 

ヴェルギリウスが眉を顰める。彼の両腕が震え、足元が重くなる。全身の骨がまた折れるような衝撃を受けながらも、彼は剣を振った。

 

だが拳が彼の腹を貫き、大きな爆音のような音と共に足が崩れる。

 

灰色の空が低く垂れ込める中、城壁の内側には静寂が支配していた。王庭討伐隊の面々は肩で息をし、裂けた鎧を押さえ、血に濡れた武器を地面に突いていた。ヴェルギリウスは壁際に寄りかかり、グラディウスを杖代わりに立っていた。全身の骨は軋み、視界は滲んでいたが、決して目を逸らさなかった。目の前には、未だ倒れぬ敵——イービルがいる。

 

ゴーレムに寄生したそれは、一撃一撃が重戦車の突進のようでありながら、瞬きの間に踏み込む速さを併せ持っていた。鉄の巨体に瞬速の拳。討伐隊の誰もが、限界だった。

 

その時、地鳴りがした。

 

「……っ!? 地面が……揺れてる?」

 

誰かが叫んだその刹那、戦場の一角、崩れた地面が爆ぜるように裂けた。舞い上がる土煙。その中から現れたのは、かつてのゴーレムと同じ姿をした、だがより精緻な装甲を纏う新たなる鉄巨人だった。

 

「まさか……!」

 

「修理が間に合ったのか……!?」

 

鉄の咆哮のような重音が大地を打つ。そこに立っていたのは、竜槍を掲げたドワーフの王女——グリンリル。煤まみれの頬に、決然たる覚悟の色を浮かべていた。

 

「遅れて悪かったな! 神炉の火を使って、ようやくこいつを修理した! 」

 

その瞬間、スペアゴーレムが、イービルへ向かって突進した。轟音とともに鉄がぶつかり合い、イービルの巨体が僅かに揺らぐ。

 

 

イービルが唸り、拳を叩き込む。だが、スペアはそれを受け止めた。いや、受け止めたのではない——抱きしめたのだ。全身のリミッターを外したような強固な拘束。鉄で鉄を封じたのだ。

 

「今だ!!」

 

ヴェルギリウスの叫びに、王庭討伐隊が反応した。キーラの大剣が風を裂き、アンジェラの魔術が紅蓮の雷となって爆ぜる。ルミナリエが輝きを放ち、グリンリルの竜槍が脇腹を抉った。

 

「このまま一気に潰せ!!」

 

討伐隊の怒号と斬撃が、一斉にイービルへと注ぎ込まれる。鉄の装甲に魔術が焼き付き、関節に刃が突き刺さる。スペアは身を挺してその巨体を拘束し続けた。

 

だが——その時間は長くはもたなかった。

 

イービルが唸り声を上げた。

 

 

内側から溢れ出す力。鉄が軋み、火花が散る。スペアの装甲に亀裂が走り、そのまま四肢が引き裂かれた。大音響とともにスペアは吹き飛び、爆散する。

 

その衝撃に討伐隊も一瞬ひるむ。イービルが拳を振り回す。吹き飛ばされる兵士たち。だが、かつてのような圧倒的な力はなかった。

 

「……動きが、鈍い……!」

 

ルミナリエが息を呑む。そう、すでに限界なのだ。連続攻撃による破損、寄生の負荷、そしてスペアによる拘束。その鉄の肉体は、ぼろぼろになっていた。

 

「ここが……とどめだ!」

 

ヴェルギリウスが一歩踏み出した。砕けた脚に力を巡らせ、焦げた手でグラディウスを振り上げる。燃え盛る魔剣が蒼天を裂く。

 

その一閃。グラディウスがイービルの胸を貫いた。内部に隠れていた寄生体が悲鳴を上げる。

 

「ぐああああああああッ!! 貴様らごときがああああああああ!!」

 

断末魔が戦場を震わせる中、王庭討伐隊が再び動いた。キーラの大剣がもう一撃を加え、グリンリルの竜槍が装甲の隙間を突く。アンジェラの呪文が、寄生虫本体に灼熱の炎を浴びせかけた。

 

全方位からの集中攻撃。もはや逃げ場はなかった。

 

 

その声と共に、ゴーレムの巨体がゆっくりと倒れ、地に伏した。金属の重い音が、大地を震わせるように響き渡った。

 

戦いは——終わった。

 

沈黙。誰もがその場に座り込み、剣を落とし、息を吸った。鉄の破片と魔術の残滓が空に舞い、勝利の余韻がじわじわと胸を満たしていく。

 

ヴェルギリウスは倒れたまま、かすかに笑った。

 

「……やった、か」

 

グリンリルが歩み寄り、手を差し伸べた。

 

「お前が時間を稼いでくれたからだ。……よく持ちこたえたな、英雄」

 

彼はその手を握り返す余力はなかった。ただ、静かに目を閉じた。

 

王庭討伐隊。勝利はした。だがその代償は、想像を絶するものだった。多くの仲間が倒れ、エイゲルズは未だ目覚めず、要塞の半分は崩壊し——。

 

それでも、彼らは生き残った。そして、イービルという“災厄”を討ち果たしたのだ。

 

夜が訪れ、戦場に星が灯る。

 

その光の下で、英雄たちは一つの戦いの終わりを、静かに迎えていた。

 

#

 

山裾を淡く照らす月光のもと、荒れ果てた要塞は静まり返っていた。瓦礫が山積みとなった広場には、かつて鋼と魔術が火花を散らした戦場の余韻が漂っている。血と破片の匂いが夜風に溶けて、不気味な静寂を作り出していた。

 

その隅に、ムカデのような影が腰を折り、岩影に潜んでいる。だが、目だけは異様に冴えていた。そこに宿るのは、「──まだ終わらせるわけにはいかない」という不退転の意思だった。

 

王庭イービル――

かつて七メートルの鉄の巨躯となって、討伐隊を粉砕した化け物。その内部で寄生虫として生きてきた彼は、ゴーレムが倒れる前にこっそり逃げ出し、どうにか生き延びていた。

 

「ヴェルギリウス……お前が、最強……?」

 

低く、しかし確かな声でつぶやく。

しかし彼の目は虚ろではなく、いやむしろ、意志によって光っていた。

 

「なら……俺が……お前の“身体”を奪えば……お前が手を伸ばしきれなかった“世界”さえ……」

 

岩力を入れて立ち上がる。

震える声で、彼はつぶやいた。

 

「ヴェルギリウス……お前の脳を奪えば……」

 

そのとき――

地面が、かすかに振動した。

月明かりの下、巨影が視界に滑り込む。

 

黒い影の先端には、硬質な鱗。

それはかつて契約を交わし、そしてアンジェラを傷つけた黒竜の片鱗。

――悪魔セエレは、音もなく岩の上に立っていた。

 

イービルが顔を上げ、白い目でそれを見た。

 

「私はただの通りすがり。お前みたいなのは──鬱陶しいから消そうかと思ってたところだ」

 

間合いも取らず、セエレは最初の一歩を踏み出す。

月光をまとい、鱗が黒い風のように揺れた。

 

セエレの口から、冷たい嘲笑が落ちた。

 

イービルは、寄生しようと触手を伸ばし、攻撃を試みた。

だがセエレはそれを右足で踏みつけるように踏み潰した。

 

「──ガオッ!? があッ……!」

 

骨が砕ける音。

肉体が潰れるのを、闇が包んで吸い込む。

 

呻くように言う。

 

「これが……俺の身体……?」

 

 

だがその言葉は、地に落ちた。

セエレが羽を広げ、深く低く――

その黒き脚が、二度目の踏みつけを繰り返した。

 

イービルの身体は、鮮血を撒き散らし、砕け、崩れ落ち、岩と土と混ざっていった。

 

しかしセエレは足を一度だけ持ち上げ、地面に放り投げるかのごとく、全体重をかけて再び踏み潰した。

その衝撃は夜空と闇を震わせ、寄生虫の軋む叫びだけが長く消えずに響いていた。

 

石と泥に混ざる影。

黒い鱗から滴る赤。それはセエレが一瞬だけ視線を向けた岩の割れ目だった。

――そこに、イービルの最後の細胞が滴り落ちた。

 

底にわずかに染みて流れ落ちる影。

セエレの瞳がそれを見据えた。

 

「………ご苦労だった」

 

そう言い放つと、彼は静かに翼を爪先から振り上げ、暗闇へと消えた。

地鳴りのあと、ただ静寂だけが残された。

 

朝が来るまで、誰もこの岩影に近づかなかった。

月の光が、要塞の瓦礫を冷たく照らす中、赤い影だけが岩と地に――。

 

そして、夜が明けた。

 

#

 

火の粉が散る戦場を、鋼の足音が踏み鳴らしていく。

戦いの決着は、もはやついていた。

王庭イービルが討たれた今、士気を失った魔族の軍勢は蜘蛛の子を散らすように山を駆け下りていた。

その背を追うのは、ドワーフ軍。

かつて奪われた砦、陥落した鉱山、炎に包まれた集落──すべてを取り戻すために。

 

「逃がすな! あの山肌の影に潜んでおった魔族どもを、今ここで地に伏せろ!」

 

ドワーフ王女、グリンリルの咆哮が、軍勢の先頭で響いた。

彼女の髪は血と煤で黒く染まり、かつての金冠は戦場で砕けたままだ。だがその両目は炎よりも燃え、雷よりも鋭かった。

 

「祖国を汚した魔族を、一匹残らず葬れ!」

 

ドワーフたちは声を合わせ、怒号をあげて走った。

かつて父王の下で戦った老兵たちも、炭鉱から武器を取った若者たちも、その全員が同じ目をしていた。

──国を奪われた者の、怒りと誇りの目だ。

 

魔族たちは戦意を喪失していた。

イービルという支配の象徴が消えた今、彼らを束ねる将もいない。

群れで動くことしかできない魔物たちは混乱し、罠に落ち、同士討ちさえ起こしていた。

 

「将を欠いた軍など、ただの肉袋よ。ここで息絶えて、ドワーフの大地の肥やしとなれ!」

 

矮躯の老将軍ウルモがそう言って斧を振るうと、岩陰に隠れていた翼のない魔人が頭蓋ごと砕かれた。

彼は一歩も退かず、前線の真ん中で軍を鼓舞し続ける。

 

「諸君、ここが最後の峠だ。あの峡谷を越えれば、我らの“城都グランザルク”が見える!」

 

兵たちは歓声を上げた。

遠く、雲の隙間から山頂が顔を覗かせる。

あれはかつて、ドワーフの栄華を象徴した神工の都。

イービルの襲撃により瓦礫と化したその都を、今日、取り戻すのだ。

 

ドワーフたちは峠に殺到した。

魔族の残党はそこに最後の防衛線を築いていたが、それは時間稼ぎに過ぎなかった。

矢も魔術も通じぬ重装歩兵が、厚い盾と斧を揃えて突撃する。

 

「――突破!」

 

グリンリルが自ら叫び、戦槌を振るった。

魔族の指揮官だった巨躯のオーガが、それを受け止めようと両腕を交差した瞬間――

 

轟音。

 

山が揺れたような衝撃ののち、オーガの腕は折れ、膝が崩れ、顔面を叩き潰されて沈黙した。

 

「ここを通るのは、ドワーフだけだ!」

 

グリンリルの一言に続いて、前衛が波のように押し寄せた。

矢が飛ぶ。火が舞う。だが兵たちは止まらない。

ドワーフの矜持が、今ここに集い、燃え盛っていた。

 

その日、太陽は高く昇っていた。

 

午後。

城都グランザルク。

 

風が瓦礫の隙間を抜ける。崩れた塔、折れた天蓋、砕かれた城門。

すべてが、静かだった。

 

だが、その静寂を破って、ドワーフ軍が入城した。

 

「……王女様。ご覧ください。これが、かつての都です……」

 

老将軍ウルモの言葉に、グリンリルは無言でうなずいた。

瓦礫の山を越え、広場へ。

そこには、イービルによって貶められた“玉座の間”があった。

もはや屋根すらない空間。

だが、空が見えるということは、自由が戻ったということでもあった。

 

「民よ、顔を上げよ!」

 

王女が声を上げると、各地の鉱山や避難民の村に散っていたドワーフたちが一斉にひざまずいた。

彼らは泣きながら、叫びながら、祈りながら、祖国の再興をその目で確かめたのだ。

 

「この国は、お前たちのものだ。

 汚された地を清め、焼かれた鉱山を掘り直し、奪われた城を建て直そう。

 戦は終わった。ドワーフの時代は、またここから始まるのだ!」

 

その言葉に、誰からともなく拍手が起こった。

やがてそれは万雷のような歓声となり、石造りの城壁に反響した。

 

グリンリルは顔を上げ、空を見た。

そこに、名も知らぬ兵たちの魂が昇っていくように思えた。

 

「……ありがとう、父上。

 私は……この国を、守りきりました……」

 

風が吹いた。

それは、祝福の風だった。

 

その夜。

城都の広場に、かがり火が焚かれた。

酒と肉と歌が並ぶ宴が開かれ、国を奪還した者たちが肩を組み、笑い合い、泣き合った。

 

ヴェルギリウスの姿もあった。

全身に包帯を巻き、グラディウスを脇に置いたまま、火を見つめていた。

 

「英雄様、酒は飲めるか?」

 

そう声をかけたのは、グリンリルだった。

銀の杯を片手に、微笑を浮かべていた。

 

「少しならな」

「それで十分だ」

 

二人は杯を打ち鳴らし、炎の音の中に身を預けた。

 

この夜、ドワーフの国に、久しぶりに平和が訪れたのだった。

 

 

 

 

 

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