転生した異世界が主人公が産まれる2000年前だった 作:yumui
ヴェルギリウスの王国、その南方に位置する古城カッセリア。この地はかつては辺境防衛の要として機能していたが、近年は人の手も離れ、半ば廃墟と化していた。
そこに、突如として王庭の一人、リヴェリアが姿を現す。
血と死を纏いし吸血の女王。漆黒のドレスを風に靡かせ、長い銀髪を揺らしながら、彼女は堂々と城門を歩いてくぐる。同行していたのは八人の魔族のメイドたち。いずれも人間の姿をしているが、その目に宿る光は獣のそれだった。
「ふふ、案外悪くないじゃない。瓦礫にしては趣があるわ。ねえ、誰か、まずはこの埃臭いカーテンを引き裂いてちょうだい」
リヴェリアの言葉に、角の生えた猫耳の少女がすぐさま跳ねるように反応する。「かしこまりましたお嬢様!」
瞬く間に城内は改装されていった。荒れ果てていた大広間には豪奢なシャンデリアが吊るされ、冷たかった床には赤い絨毯が敷かれた。厨房には毒草と血肉が並び、地下のワインセラーはリヴェリアのために新たな“血液の保管庫”とされた。
リヴェリアは玉座に脚を組んで座り、くつろぎながら紅茶――否、赤黒く濁った血のような液体を口にする。
「この国は静かね。だけど、その静けさはまやかし……彼が生きている限りは」
彼とはもちろん、ヴェルギリウスのことだった。己に一撃を与えた男。あの忌々しい赤髪の戦士を思い出しながら、リヴェリアの喉がくく、と鳴った。
そのとき、城の外門に重い足音が響く。
「来たわね」
リヴェリアが呟いた直後、重厚な扉が開き、姿を現したのは一人の魔族の将軍だった。
全身を黒い鎧で包み、角を持つ巨体の男。その名をバアルと言う。魔族軍の副司令官にして、冷徹さで知られる戦略家だ。
「リヴェリア様……南方に侵入とはまた大胆な」
「ふふ、あなたに言われる筋合いはないわ。ここ、空いていたの。誰もいないなら、私が住んで何が悪いのかしら?」
リヴェリアは椅子から身を起こし、階段を一段ずつゆっくりと降りてくる。その足音に合わせて、メイドたちも一斉に整列した。
バアルは眉一つ動かさず、低く告げた。
「お気をつけください、リヴェリア様。……ヴェルギリウスは、侮ってはならない」
「当然よ」
女王は微笑みを浮かべたが、その目には確かな警戒の光が宿っていた。
「でも……あの子、いい匂いがしたのよ。甘い血の香り。噛み砕きたくなるくらいに」
「彼はただの人間ではない。竜の心臓を宿し、竜をも屠る力を持っている」
「だからこそ、興味があるの。ねえ、バアル。もし彼がここに来たら、どうする?」
「全力で戦っても勝てる保証はないです。……撤退が最善かと」
「ふふっ。つまらない答えね。私の性に合わないわ」
リヴェリアは踵を返し、再び玉座に腰かける。そして、赤黒い杯を再び口元へと運んだ。
「彼を迎える準備は整えなきゃね。せっかくの客人だもの。最高のおもてなしをしてあげないと」
その言葉にメイドたちは声を揃えて答える。
「御意――お嬢様」
こうして、王庭のリヴェリアはヴェルギリウスの王国の南方を占拠し、魔族の拠点とした。だが、静寂に包まれたその古城の中で、彼女の心は奇妙な期待と緊張に満ちていた。
やがて現れるであろう、あの赤髪の戦士。
リヴェリアの視線は、遠く王都の方向へと向けられていた。
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南方の王国領は今、魔族の支配下にある。風の流れがどこか淀み、遠くに見える丘陵地帯もかつての豊かさを失っていた。王庭討伐隊は、黒き夜に覆われたその地を慎重に進んでいた。
エイゲルズが立ち止まり、仲間たちに向き直っ
た。「ひとつだけ忠告しておくぜ。夜のリヴェリアとは絶対に戦うな」
「どういうこと?」とキーラが問う。
「昼の彼女は確かに強いが、弱体化していた。だが夜、彼女の本領は現れる。吸血鬼としての真の力だ。あの時、お前が生き延びたのは偶然にすぎねえよ」
ヴェルギリウスは頷いた。「昼に突入する。速攻で城を制圧するしかない」
陽の高いうちに、討伐隊はリヴェリアの拠点となっている南方の城へとたどり着いた。
かつて王国の防衛拠点であったその石造りの城は、今や不気味な沈黙と魔の気配に包まれている。門は開かれていたが、誰も彼もが入ることを拒んでいるかのようだった。
内部に入ると、早速違和感が襲いかかる。廊下が妙に曲がっていたり、扉を開けると同じ部屋に戻ってしまったり、まるで迷宮のようだった。
「結界だ……この城そのものが魔術で組み替えられている」とアインが呟いた。
「リヴェリアの術か?」とグリンリルが問う。
「いや、おそらく彼女と、あのメイドたちの連携だ。彼女たちにもただの使用人以上の力がある」
突如、廊下の奥から影が現れた。ひとりの魔族のメイドだった。白いフリルに黒のメイド服、だがその手には鋭い刃のような魔力が宿っている。彼女は何も言わず、空間をひと振りした。
次の瞬間、隊の半数が別の部屋へと転送された。ヴェルギリウス、キーラ、アイン、そしてグリンリルが一つの部屋に取り残される。
「くそっ……離されたか!」とアインが唸る。
グリンリルが壁を拳で叩いた。「この部屋……さっきと同じに見えるが、寸法が違う。まるで移動しているようだ」
ヴェルギリウスは剣を構えた。「出口を探せ。昼のうちにリヴェリアに辿り着けなければ、夜になる」
その後も討伐隊は城の迷路のような構造に翻弄され、罠や幻影、メイドたちによる妨害に遭いながら少しずつ進んでいく。
リヴェリアは城の最上階、玉座の間に腰を下ろしていた。窓から差し込む陽光にやや顔をしかめつつ、紅茶を傾ける。周囲にはメイドが静かに控えていた。
「彼ら、予想以上に苦戦しているわね。時間を稼げば……夜が来る。ふふふ」
一方、ヴェルギリウスたちはついに合流に成功し、正面の大階段へと到達する。だがその時、空が徐々に赤く染まり始めていた。
「まずい……日が落ちる」とキーラが呟く。
「間に合うか……!」とヴェルギリウスは叫び、階段を駆け上がった。
扉の向こうには、すでに立ち上がったリヴェリアの姿があった。頭上の太陽は沈みかけ、部屋の影が濃くなっていく。
「いらっしゃい、討伐隊の皆さん。ようこそ、私の居城へ」
ヴェルギリウスは叫んだ。「リヴェリア! 俺たちはお前を討ちに来た!」
リヴェリアはにっこりと微笑んだ。「もう少し早く来れば良かったのに。時間切れね、もう夜よ」
そして、部屋の灯が一斉に消えた。
「ここまで来たのは褒めてあげるわ、坊やたち」
と、リヴェリアは艶やかな笑みを浮かべて言った。細身の体に黒と紫の装束をまとい、背後には八人のメイドが沈黙したまま控えている。
「ここで終わらせる。お前のような化け物に、俺たちの世界は渡さない!」と、ヴェルギリウスが剣を抜いた。黄金の瞳に炎が宿る。
リヴェリアは片眉を上げ、つまらなそうに肩をすくめると、霧のように揺らめく黒い魔力を身に纏っ
た。
「では、お遊戯の続きを始めましょうか」
第一撃はエイゲルズだった。突進するが、リヴェリアの影が滑るように避け、返す刃のごとき一閃で彼の肩を裂いた。
続けてルミナリエが弓を放つ。だが、放たれた光の矢は霧に紛れて拡散し、彼女に傷一つつけることすらできない。
「全然効いてないわよ!」と叫んだのはキーラ。彼女の大剣も、リヴェリアの周囲に巻く闇の霧に呑まれてしまっていた。
「この程度で、私に勝てると思って?」
リヴェリアの指先が動くたびに、闇がうねり、鋭い血の槍が空間から生成される。それは正確に隊員たちを襲い、肩や太腿に深い傷を与えていった。
「こいつ……本気だ」ヴェルギリウスは唇を噛みしめる。「ここで倒さなければ、王国は終わる」
彼は突き進む。グラディウスの刃が紫電のように閃き、ついにリヴェリアの頬をかすめた。
「やるわね……!」
リヴェリアの口元から血が一筋こぼれた。その目に、初めての殺意が灯る。
「ここからは少し、本気で行かせてもらうわ」
次の瞬間、彼女の身体が崩れるように霧と化した。
「消えた!? いや……周囲にいる!」
アインが目を凝らすも、霧となったリヴェリアは攻撃を受けつけず、気配すら感じ取れない。だが、リヴェリアの攻撃は止まらなかった。霧の中から伸びる無数の血の刃、地面から這い出す黒い手、空間を裂くような斬撃。
「うあああっ!」
キーラが叫び声を上げて膝をつく。右足を深く斬られ、立っていられない。
エイゲルズも再び肩に傷を負い、動きが鈍っていく。
「まずい、このままじゃ全滅だ……」
ヴェルギリウスは霧の中に身を投じ、全力で剣を振るう。しかし手応えはなく、切り裂いた先に敵の身体はなかった。
「ヴェルギリウス!」アインの叫びが響く。「引くんだ!」
その言葉に、彼の中で冷静さが戻った。
「……くそっ、今日は退く! みんな、撤退だ!」
「でもヴェル……!」
「今は勝てない!」
王庭討伐隊は、満身創痍の身体を引きずりながら、黒き迷宮のような城を抜けていく。
背後からリヴェリアの笑い声が追いかけてきた。
「また遊びましょう。貴方達が諦めるまでね」