転生した異世界が主人公が産まれる2000年前だった   作:yumui

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生涯の友

狩りは順調だった。

朝の霧が晴れきらぬ森を踏み分け、獣道を追うのも慣れたもんだ。俺は部族の若者じゃなく、もう一人前の男――そう、獲物を屠り、家族を養う立場になった。

 

鹿の足跡を追っていたときだった。空が、唸った。

 

風が逆巻き、鳥たちが一斉に飛び立った。木々の隙間から見上げると、天が裂けるような光景があった。

 

黒い影――いや、黒い龍が翼を大きく広げて飛び、対するのは紫の鱗に覆われた、ひと回り小柄な龍。両者は空中で爪を交え、牙を剥き、魔力が閃光となって弾け飛ぶ。

 

「……ドラゴンだと……?」

 

俺は息を呑み、思わず矢をつがえた手を止めてしまった。はるか昔の魔獣――この大地の覇者が、今まさに空で死闘を繰り広げている。

 

紫のドラゴンが叫び声をあげ、黒き龍の爪がその腹を裂いた。紫の鱗が風に舞い、血飛沫が空を染めた。

 

そのときだった。

 

紫のドラゴンが、地へと落ちてきた。

 

反射的に俺は走り出していた。森がざわつき、風が逆巻き、落下する巨体の轟音が鼓膜を揺らす。まるで大地そのものが悲鳴をあげているようだった。

 

やがて、見開けた谷間にたどり着いた。そこに、紫の龍が横たわっていた。

 

巨体は半ば砕け、呼吸は浅く、金の瞳だけがかろうじてこちらを見据えている。

 

普通なら、逃げるべきだ。

だが、俺はその場から動けなかった。

 

ドラゴンの金色の瞳が、まっすぐ俺を見つめていた。

 

「……ねぇ、そこの可愛い坊や。お願いがあるの。ちょーっとだけ、命、分けてくれないかしら?」

 

それは、妙な声だった。深く、震えるような咆哮に混じって、人の言葉が聞こえた。

 

「……喋れるのか?」

 

「アンタの中にね、ちょっとだけ響いたの。あたしの最後の魔力、残り火ってやつ? それがたまたま、あんたの魂に引っかかったのよ。運命ってヤツかしら~」

 

ドラゴンは、くぐもった笑い声を漏らした。

 

「名乗っておくわ。あたしはアンジェラ。高貴な乙女(オス)よ。ま、今はこのザマだけどねぇ」

 

「……アンジェラ、俺はヴェルギリウス。狩人だ」

 

「ヴェルちゃん、いい名前じゃない。あたし、好きよ、そういうの。ね、ヴェルちゃん。ひとつ提案があるの」

 

アンジェラの瞳が強く輝いた。すでに身体の半分は潰れ、骨が見えている。それでも瞳だけは、まるで生きている火のように燃えていた。

 

「あたしの心臓と、アンタの心臓。交換しましょ。そしたら、あたしは生き延びられるし、アンタは――そうね、人間の枠を超えられる」

 

「……心臓を?」

 

「文字通りよ。あたしの魔術で、魂をつなげて、心臓を交差させる。簡単に言えば、共生ね。アンタにはドラゴンの力が宿る。そしてあたしは、アンタの魔力で復活できるの、しばらく延命するわけ」

 

俺はその場で息をのんだ。

 

人の道を踏み外すことになるかもしれない。けれど……目の前にあるのは、滅びゆく存在の最後の訴えだった。そして、俺の中の何かが囁いていた。

 

「――わかった。やってみろ」

 

アンジェラはにやりと笑い、その巨大な爪を軽く動かした。

 

「素直な子って、あたし、ほんと好き」

 

魔法陣が、大地に広がった。空気が震え、俺の心臓が灼けるように熱くなる。アンジェラの胸から、紫に光る竜の心臓がゆっくりと浮き上がり、同時に俺の胸からも血に濡れた赤い塊が引き剥がされた。

 

「……ぐ、うっ……!」

 

目の前がぐらつく。意識が遠のく。だが、痛みは不思議と恐ろしくなかった。むしろ、深い井戸の底に吸い込まれるような、静かな感覚だった。

 

そして――

 

気がつけば、俺は地面に倒れていた。

 

胸に、強く脈打つ何かがあった。熱く、鼓動のたびに力が湧く。

 

指先を見ると、皮膚が微かに光を帯びていた。髪を触ると、赤く燃えるような色に変わっていた。水面に映った顔を見て、息をのんだ。

 

目が――金色に、瞳孔は竜のようになっていた。まるで、アンジェラのように。

 

「よぉぉっっしゃァ、成功ォ!」

 

「いや~、これで助かったわ~。ヴェルちゃん、マジでいい子。感謝しかないわ」

 

「……これは、何なんだ?」

 

「その身体に宿ったのは、ドラゴンの心臓よ。あたしのね。つまり、ヴェルちゃんはもう普通の人間じゃないの。血も骨も魔に染まり、老いも病も超えて――不死になる」

 

「……永遠の命、ってやつか?」

 

「あら、説明が早くて助かるわ~。その通り。時間が経てば、傷もすぐに治るし、歳も取らない。ついでに言うと、魔術も使えるようになるわよ」

 

信じられない話だった。けれど、身体の奥から湧き上がるこの感覚は、嘘じゃない。筋肉が裂けるように熱く、骨が震える。だがそれは、苦痛ではなく――進化だった。

 

「ヴェルちゃん、あたしの心臓はまだアンタの中に生きてるの。つまりあたしも、アンタの中に住んでるようなもん。これからちょいちょい話しかけると思うけど、よろしくね~」

 

俺は何も言えず、ただ拳を握った。全身から力が湧き上がり、まるでこの世界のすべてに立ち向かえる気がしていた。

 

人ではない存在になった。

でも、それが悪いとは思わなかった。

 

「いいだろう。俺はこれで――もっと狩れる」

 

「やだァ、ヴェルちゃんったらワイルド!」

 

谷に日が差し込み、赤くなった俺の髪が光を弾いた。

 

金の瞳が、世界を新たに見つめ直していた。

 

#

 

 

「さ、準備はいい? ヴェルちゃん」

 

後ろから聞こえる、どこか楽しげな声。

 

紫色の鱗は陽光を浴びて淡く光り、その金の瞳は空を映していた。

 

「ほんと、久々なのよ。背中に誰か乗せるのって」

 

「本当に……飛べるのか?」

 

「当然じゃない。あたしを誰だと思ってんのよ、紫の乙女竜アンジェラ様よ? あ、でも乱気流には気をつけてね♡」

 

「……お前、ほんとに……」

 

俺は軽くため息を吐いてから、竜の背中に足をかけた。鱗は固く、それでいて暖かかった。手を伸ばして背にしがみつくと、アンジェラが軽く身体を揺らして笑った。

 

「くすぐったいわよ、ヴェルちゃん。でもしっかり掴まっててね。落ちたら……まぁ、今の身体は頑丈だから死にはしないけど、痛いわよ?」

 

「お前が落とさなきゃいいんだろうが」

 

「ほんと、そういうとこ好き♡ じゃ、行くわよ――!」

 

一陣の風が吹き抜けた。

 

大地が急激に遠ざかる感覚。全身が持ち上がる。風が肌を打ち、耳の奥が圧に震えた。

 

地面を蹴り上げたアンジェラの翼が、大空へと俺たちを持ち上げる。

 

俺は空を、初めて飛んだ。

 

「……すげぇ……」

 

下を見ると、森が絨毯のように広がっていた。木々のひとつひとつが、指先ほどの小ささに見える。谷も、川も、獣の気配さえも、ただの模様のようだ。

 

「人間ってさ、ずっと地面にへばりついて生きてきたでしょ? でもドラゴンは違うのよ。あたしたちは空を知ってる。世界を上から見下ろす者として、生きてきたの」

 

アンジェラの声は、風に乗って耳元に届く。

 

「見てみなさいな、ヴェルちゃん。これが世界よ。アンタが見たことのない、もっと広くて、美しい世界」

 

雲を突き抜け、陽の光が乱反射し、視界いっぱいに光が広がる。空の青が深く澄みわたり、遠くには海のような湖がきらめいていた。山々は雲を纏い、渓谷には虹がかかっている。

 

俺は、そのあまりの美しさに、言葉を忘れた。

 

「こんなにも……」

 

息を呑むとは、こういうことか。胸の奥が熱くなる。何かがこみ上げ、気づけば、指先が震えていた。

 

「……こんなにも、この世界は美しかったのか……」

 

「ふふっ、でしょ?」

 

アンジェラが誇らしげに笑った気がした。

 

「だからあたしは、あの黒いヤツらと戦ったのよ。世界を憎んで、壊したがってる連中とね。でも……あたしは信じてた。誰か、ほんの一人でもいい、この世界を守りたいって願う存在が現れるって」

 

「……それが、俺だと?」

 

「そうよ、ヴェルちゃん。運命ってやつよ。あたしはアンタに心臓をあげたけど、それ以上のものをもらったわ。ねぇ、ほんとに……ありがとう」

 

「……礼を言うのは、俺の方だ」

 

俺は、そっと背に手を添えた。

 

「空から見るこの世界……こんなに広くて、綺麗で、あったかくて……初めて、自分が何か大きなものに触れた気がしたんだ」

 

「……あたし、泣いちゃいそう。ヴェルちゃん、アンタ、ほんっとに良い子……!」

 

「オネエってやつは、泣くのも派手そうだな」

 

「やーね、失礼ねぇ!」

 

俺たちは空の上で笑った。

 

雲をすべり、鳥たちと並び、太陽のそばを飛ぶ。重力も、常識も、過去の痛みさえも、この空ではすべて風に溶けていった。

 

「なあ、アンジェラ。これからも、こうして――空を飛んでくれるか?」

 

「もちろんよ。ヴェルちゃんが望むなら、あたし、世界の果てまでだって連れてってあげる」

 

「なら……行こう。世界を見に」

 

風が吹いた。

翼が羽ばたいた。

 

俺たちの旅は、まだ始まったばかりだった。

 

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