転生した異世界が主人公が産まれる2000年前だった   作:yumui

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魔王カイムア

終わりなき戦いの果てに、ヴェルギリウスの王国、エルフの里、ドワーフの王国、そして獣人の国は、ついに魔族の支配から解放された。

 

王庭討伐隊による血戦の連続は多くの犠牲を払いながらも、確かな勝利の連鎖を築いていた。希望は人々の胸に戻り、破壊された地に再建の火が灯り始めていた。

 

 だが、その希望は唐突に潰える。

 魔王が動いたのだ。

 

 その存在がただ目覚めただけで、世界は揺れた。闇が空を覆い、地は軋み、命あるものすべてがその足音に震え上がった。

 

 ヴェルギリウスの王国の王都、エルフの神木の里、ドワーフの砦、獣人の草原の首都――あらゆる地に突如として現れたその巨影は、誰にも止められなかった。

 

 軍隊は、数で勝っていても意味を成さなかった。幾万の兵が、一撃で、あるいは一瞬で、なすすべもなく消し飛ばされていった。

 

 魔王カイムア――その名を知る者は少ない。だが、ひとたびその姿を見た者は、もはや語ることもできぬまま灰となる。

 

 ヴェルギリウスたちは、王国北方の砦に追い詰められていた。わずかに残った兵と共に、王庭討伐隊が最後の防衛線を築く。

 

「……来るぞ」

 

 グリンリルが震える声で呟いた。戦場にはまだ姿は見えない。だが、空気が凍り、風が止み、大地が唸り始めていた。

 

 そして、それは現れた。

 

 空間が引き裂かれるような音と共に、黒き巨影が地平の彼方から現れる。その身体はまさに竜の如き威容。全身を覆う黒鱗は夜よりも暗く、その鱗の隙間からは赤い瘴気が漏れ出している。だが、毛皮のような獣の体毛も混じり、野性と異形が同居する体躯。

 

 そして、その胸元から突き出すように伸びた上半身。薄紅の唇と銀色の髪を持つ女の姿。だがその顔には生気がない。瞳には光がなく、皮膚には血の流れが感じられず、人形のように冷たい。

 

「魔王……カイムア……」

 

 誰かが呟いた。

 

 その名を、ヴェルギリウスは知っていた。いや、彼の中のドラゴンの血が、戦慄と共に記憶していた。太古、神々と竜すら恐れた魔の王。

 

「来たか……」

 

 ヴェルギリウスはグラディウスを握りしめ、仲間たちを背後に庇うように前に出た。

 

「ようやくここまで辿り着いたか、人間ども」

 

その声は空を揺るがすほど深く、そして冷たかった。討伐隊の面々は立っているのがやっとだった。すでに彼らの背後には何もない。エルフの森は焼き払われ、ドワーフの砦は崩され、獣人の国も魔軍の蹂躙を受けた。希望は一つ。目の前の怪物を討つこと。

 

だが、その存在が放つ気配は、王庭とは比べ物にならなかった。

 

カイムアはゆっくりと双剣を雪上に突き立てた。天地が揺れるような音が、響く。

 

「王庭を倒したのは見事だった、ヴェルギリウス。人間にしては奇跡の連続と言ってよい。だが、それでも……」

 

その目が、赤く光った。

 

「お前が私を倒す確率は、百回戦って――わずか二回に過ぎん」

 

言葉は静かでありながら、全軍を覆う圧倒的な絶望を孕んでいた。討伐隊の中には、思わず膝をつく者すらいた。だが、その中で一人だけ、カイムアの前に歩み出た。

 

ヴェルギリウス。

 

血のように赤い髪。金の瞳には恐怖ではなく、確かな意志が燃えていた。彼の持つ魔剣グラディウスは、未だに炎をまとっている。氷の大地に熱をもたらすように、彼の存在だけが冷気に抗っていた。

 

「……二回、か」

 

ヴェルギリウスはゆっくりと剣を肩に担いだ。

 

「そのうちの一回が今日だ。俺は……お前を倒す」

 

静寂が走る。

 

討伐隊の誰もが、カイムアの圧に震える中で、ただヴェルギリウスだけが、猛獣の前に立つ狩人のように凛としていた。

 

カイムアは面白そうに笑った。彼の女の上半身が、口角をわずかに持ち上げる。

 

「いい目をしている。その目を潰すのは惜しいが……それもまた運命だ」

 

そして、大地が崩れた。

 

――それは、まさしく終末の戦いだった。

 

 黒い空に紅が差す。燃え上がる炎と、砕けた大地の叫び。北の大地を覆う冷たい風さえも、立ち昇る魔の熱に押されて後退しているかのようだった。

 

 王庭討伐隊の陣は、すでに形をなしていなかった。

 

 カイムア――魔王。

 

 白金の鎧を纏う巨体は黒き竜のごとく、腰には炎すらも裂く巨大な双剣。首元からは、血の気を一切持たない美しい女性のような上半身が生え、無表情のまま天を仰いでいた。瞳は空を見ていない。ただ無機質に、冷たく、生命の色を欠いた視線を漂わせている。

 

 彼が双剣を振るえば、大地が砕け、兵士数十名が吹き飛ぶ。空を裂いた闇の魔術は、漆黒の雨となって討伐隊の頭上に降り注ぎ、そのたびに燃え上がる炎が絶叫をかき消した。

 

 どんな傷も、すぐに癒される。魔王自身が唱える治癒の魔術は、かつてないほど精度が高く、肉が裂けようが、骨が砕けようが、次の瞬間には再び完全な肉体が戻ってくる。人間ではない。神でもない。まさに災厄そのものだった。

 

「駄目だ……あれは……」

「こんなの……敵じゃない……」

 

 兵たちの顔に、絶望が広がる。

 

 アンジェラは炎に焼かれた兵士に覆いかぶさり、必死で回復の魔術を放つ。だがそれすらも追いつかない。

 

 エイゲルズは砕けた槍を捨て、剣に持ち替えて再び突撃しようとする。グリンリルは炎の中に踏み込み、ドワーフの誇りを胸に竜槍を振るい、キーラは大剣を振るい続ける。

 

 それでも、刃は届かない。

 

 ヴェルギリウスは、ただ見ていた。

 

 ――この力の差は、なんだ。

 

 これまで倒してきた王庭たちの強さは確かだった。何度も命を落としかけ、そのたびに仲間たちと共に這い上がってきた。だが、カイムアの前では、すべてが無力だった。

 

 

「俺は、お前を倒す……!」

 

 ヴェルギリウスが叫び、赤く燃える魔剣《グラディウス》を構えた。

 

 その剣には力が宿っている。数々の戦いを超えてきた剣だ。

 

 そして、仲間たちの想いが、その剣を支えている。

 

 カイムアが動く。双剣を一閃。空間が裂け、ヴェルギリウスの背後の兵士たちが吹き飛ぶ。焼けた鉄の匂いと血の香りが入り混じる。

 

「燃えろ」魔王の女性の口が初めて呪文を紡いだ。

 

 闇が波のように押し寄せる。ヴェルギリウスはそれを飛び越え、地を蹴った。その瞳には、もう迷いはなかった。

 

 仲間たちが、再び立ち上がる。

 

 グリンリルが叫ぶ。「ここで引いたら、ドワーフの名が廃るぞ!」

 

 エイゲルズが笑いながら突進する。「何度でも立つ、俺は不死身なんだよ!」

 

 アンジェラが呪文を紡ぎ、魔王の回復魔術を封じる術を発動する。

 

 ルミナリエが、魔王に向けて最後の矢を放った。

 

 

 剣が、魔王の中心を貫いた。

 

 同時に仲間たちの魔術が炸裂し、傷口に焼ける光が流れ込む。

 

 魔王の上半身が、初めて顔を歪めた。感情のない瞳が、わずかに震え、唇が僅かに開く。

 

「この……私が……!」

 

 叫びと共に、魔王の身体が崩れ落ちた。竜のような脚が砕け、鎧が四散し、空を覆っていた暗黒が、音もなく消えていく。

 

 ヴェルギリウスは、その場に崩れ落ちた。

 

 何が起きたのか、理解できていなかった。耳が遠く、目が霞む。全身に痛みが走り、手の中の《グラディウス》は、静かに光を失っていた。

 

「……勝ったのか?」

 

 呆然と呟くヴェルギリウスの周囲に、仲間たちが駆け寄ってきた。

 

「やった……やったぞ、ヴェルギリウス!」

 

「魔王が……倒れた! カイムアが死んだ!」

 

「終わった……終わったんだ……!」

 

 歓声が、次第に大地を満たしていく。

 

 ヴェルギリウスは、仲間たちの顔を見渡した。

 

 エイゲルズの顔に血が滲み、アンジェラの手は焼け爛れていた。グリンリルの竜槍は砕け、ルミナリエの矢筒には一本も残っていなかった。

 

 それでも、彼らは笑っていた。

 

 その笑顔を見て、ようやく――

 

「ああ……」

 

 ヴェルギリウスの顔に、涙が流れた。

 

「本当に……終わったんだな……」

 

 空は、澄んでいた。

 

 長い戦いの果て、静けさが戻っていた。

 

 魔王カイムアは、もういない。

 

 王庭も、崩れ去った。

 

 そして人類は、ついに、魔の時代を超えたのだった。

 

 

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