転生した異世界が主人公が産まれる2000年前だった   作:yumui

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2000年後

村を囲む木々は濃く深く、昼でも薄暗かった。鳥のさえずりと風のささやきの中に、少女の足音が混じる。

 

 レイナは十八歳。茶色の髪を流し、革の防具と短弓を背負って森を歩いていた。目的は魔物――この辺りに巣くうゴブリンの討伐だった。

 

「……あと一体、か」

 

 今朝、村の子どもが森で見たという情報を聞きつけ、彼女は弓と短剣を持って一人で出てきた。孤児院育ちの彼女は、村に認められるため、そして同じ孤児の弟妹たちに少しでも良い食事を与えるため、自ら剣を取っていた。

 

 倒したゴブリンの死骸を見下ろし、レイナは息を整える。その時――ふと、風が止んだ。

 

「……え?」

 

 何かが視界の端で光った。

 

 そこには、金色の光を放つ剣があった。いや、それだけではない。倒れるようにして地面に横たわる、白い髪の少女がいた。まるで死んでいるように動かない。だがその姿は不思議なほど整っていて、まるで異世界の像のようだった。

 

 レイナは駆け寄り、少女の鼻先に指をあてる。

 

「……息してる」

 

 安堵と共に、彼女の目に剣が映る。それはあまりにも美しく、神聖で――この辺境には不釣り合いだった。柄に刻まれた文様、淡い金色の鍔、そして中心に浮かぶ青い宝石。

 

 彼女は少女とその剣を見比べ、やがて少女を背負い、剣を手にした。

 

 村に戻ったレイナは、孤児院の院長である老女エルダに事情を話し、少女を寝台に寝かせた。村の薬師にも見てもらったが、傷一つなかった。ただ昏々と眠るばかりだった。

 

 二日後、白髪の少女は目を覚ました。

 

「……ここは……?」

 

 目を覚ました瞬間、少女は体を起こそうとしたが、ふらついてレイナに抱きとめられた。

 

「あんた、ようやく目を覚ましたのね」

 

「……私……」

 

 少女は眉をひそめ、何かを思い出そうとするようにこめかみに手を当てた。

 

「……何も……何も思い出せない。名前は……シャリエラ……それ以外は、ただ……」

 

 そう言って、彼女はレイナの持っていた剣に目を留めた。

 

「……それは……!」

 

 レイナは思わず剣を引き寄せた。「あんたの剣でしょ? 倒れてた時、握ってたわ」

 

 シャリエラはゆっくりと首を横に振った。

 

「違う……私のじゃない……その剣は……『勇者の剣アムネシア』。私は……その剣を、“誰か”に届ける使命を帯びていた……でも……それが誰だったのかも、思い出せない……」

 

 レイナは眉をひそめた。「勇者の……剣?」

 

 シャリエラは震える声で続けた。

 

「この剣は……真の勇者にしか持てないはず。誰でも触れられるけど、本当の主が手にした時だけ……光を放つ」

 

「ふーん……それなら、一度やってみる?」

 

 レイナは何気なく剣を握った。途端に、剣が――

 

 黄金の光を放ち、辺りを照らした。

 

 シャリエラは瞳を大きく見開き、崩れ落ちるようにひざをついた。

 

「……貴女、なの……? まさか、本当に……」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 レイナは慌てて剣を手放した。だが、剣は彼女の手のひらに吸い付くように残り、光は収まらなかった。

 

「やめてよ、冗談でしょ? 私なんかが勇者だなんて――!」

 

「違うの。アムネシアが光ったのなら、貴女が……本当の勇者なの。剣が、貴女を選んだのよ」

 

 シャリエラは震えながら、しかし確信に満ちた目でレイナを見た。

 

「勇者は、魔王アルヴィスを倒さねばならない……それが剣に選ばれた者の運命。私の記憶はないけれど、それだけは絶対に、揺るがない真実なの」

 

「……アルヴィス?」

 

「闇の王。世界を蝕む災厄。……世界は、貴女を待ってるの」

 

 レイナはしばらく何も言えず、剣を見つめていた。

 

 自分が勇者? 自分が世界を救う? そんな大それた役目が、ただの孤児院育ちの狩人に?

 

 だが、シャリエラの目は本気だった。剣の輝きもまた、嘘ではなかった。

 

 その夜、レイナは孤児院の屋根裏で一人、剣を前に座っていた。

 

「私はただ……みんなを守りたかっただけ。村を、孤児院の子たちを、あの笑顔を……それで十分だったのに」

 

 レイナは目を閉じた。怖かった。だが、彼女の心には確かに、灯がともっていた。

 

「行くわよ、シャリエラ」

 

 翌朝、レイナは剣を背負い、少女の前に立っていた。

 

「魔王を倒す旅に出る。私が勇者かどうかなんて分からないけど…私は辺境の村の村娘で人生を終えたくない」

 

 シャリエラは目を潤ませ、笑った。

 

「はい。レイナ、貴女とならきっと……」

 

 こうして、辺境の村から、新たな物語が始まった。

 

 茶髪の少女レイナとそして記憶を失ったシャリエラ――。

 

小さな村を出てから、一週間が過ぎた。

 

 朝露が残る野道を、レイナとシャリエラは歩いていた。野営の慣れぬレイナの足取りは重く、荷物も重かったが、シャリエラは意外と健脚で、見た目以上に旅慣れしている様子だった。

 

「ねぇ、シャリエラ。あんた、記憶ないんじゃなかったっけ?」

 

「うん。でも体が覚えてるの。寝る時の火の焚き方、毒草の見分け方……きっと旅をしてた記憶だけ、残ってるんだと思う」

 

「ふーん。便利ね、そういう記憶喪失」

 

「褒められてる気がしないわね」

 

 二人は笑い合いながら、次の目的地――聖王国リューディアを目指していた。

 

 目的は、近々行われる騎士競技大会だった。

 

「魔王アルヴィスは、自身の血を分け与えた“王庭”と呼ばれる者たちを従えている。彼らは人間とは比べものにならないほど強く、狡猾で忠誠心がある」

 

 シャリエラは野営中の焚火を前にして、静かに言った。

 

「そして噂では、その“王庭”のひとり、エイゲルズが今回の大会に姿を現すかもしれないって……。もしそれが本当なら、私たちはこの旅の中で最初の敵に出会うことになるわ」

 

「でも、大会って貴族とか騎士だけが出るんじゃないの?」

 

「例年はね。でも、今年は“特別枠”が設けられたらしい。異民族や傭兵、さらには……魔族まで参加できるらしいの」

 

「……はあ?」

 

 レイナは呆れたように眉をしかめたが、その時、道の脇の草むらから小さなうめき声が聞こえた。

 

「……ぴぃ……ぴぃぃ……」

 

 二人が顔を見合わせて茂みに目を向けると、そこには信じがたい光景があった。

 

 ハムスターのような耳と尾を持ち、丸っこい体型の小さな魔族が、空腹で地面に転がっていた。

 

「……だ、誰か、リンゴの皮だけでも……」

 

「な、なにこれ……かわ……いや、ええと……魔族?」

 

「……誰が“なにこれ”だ……!」

 

 弱々しい声ながら、魔族はレイナを指差して抗議する。

 

「オレはカーニャ様だ! 偉大なる“牙狩りのカーニャ”! 通りすがりの村々では、その愛くるしさに子供が寄ってきては飴をくれるほどの人気者なのだぞ!」

 

「……うさんくさい」

 

「いや、ほんとに。子供に囲まれるの、マジで困るくらいなんだって!」

 

 カーニャは膨れっ面で立ち上がるが、そのお腹はぺったんこで、どう見ても力が出ていない様子だった。

 

「まあ、とりあえずこれ食べなよ」

 

 レイナは荷袋から干し肉と乾パンを取り出し、渡した。カーニャは一瞬驚いたように目を見開いたが、次の瞬間には涙を浮かべながらむしゃぶりついていた。

 

「うぐっ……うまっ……人間も捨てたもんじゃねぇ……!」

 

 ようやく落ち着いたカーニャに、レイナが問いかける。

 

「ところで、あんた、なんでこんなとこで行き倒れてたの? 旅の途中?」

 

「うむ。オレも“騎士競技大会”に出るために聖王国に向かっていたのだ」

 

「ええっ! あんたが!?」

 

「なんだその反応は! このカーニャ様、見た目は可愛くとも、二刀流の使い手なのだぞ。小さな体を活かした跳躍で、狼の牙をへし折ったこともある!」

 

「……へぇ……」

 

 レイナとシャリエラは顔を見合わせたが、シャリエラの表情は微妙に引きつっていた。

 

「それより――お前たちも大会に出るのか?」

 

「まあね。力試しと、“とある人物”を見つけるため」

 

 シャリエラは言葉を濁したが、カーニャはにやりと笑った。

 

「ならちょうどいい。オレ、情報持ってるよ。王庭のひとり、“エイゲルズ”が大会に出るって話、知ってるだろ?」

 

「! やっぱり本当なの?」

 

「おう。リューディアの地下で、魔族が活動してるって情報があってな。聖王国の内部に魔族が入り込んでる可能性がある。で、その中心にいるのが“エイゲルズ”らしい」

 

 シャリエラは唇をかみしめた。

 

「……やっぱり、私たちの旅は間違ってなかった」

 

「オレも大会に出るつもりだし、情報提供の礼として一緒に旅してやってもいいぜ? もちろん、食事と寝床付きでな!」

 

 レイナは笑って手を差し出した。

 

「いいよ。どうせ旅は賑やかな方が楽しいし、あんたみたいなヤツがいた方が飽きなさそうだしね」

 

「おおっ、わかってるじゃねえか、レイナって言ったな? これからよろしくな!」

 

 こうして、旅の仲間がもう一人加わった。

 

 数日後、聖王国の城門が見えてきた。

 

 白い石造りの城壁、塔の上には王家の紋章。街の入り口では長蛇の列ができており、そこには各地から集まった戦士、魔導士、獣人や異形の者たちまで、種族を問わぬ光景があった。

 

「……本当に、何でもアリなんだね、この大会」

 

「ある意味、世界の縮図だな」とカーニャが言い、シャリエラは小さく頷いた。

 

「でも、油断は禁物よ。この中には“王庭”の者がまぎれているかもしれない」

 

「私たちも選手として登録するしかないね……一番目立つやり方だけど」

 

 受付で手続きを済ませ、三人は競技者専用の宿舎へと向かった。

 

 大会の初日は二日後。

 

 魔族と人間、記憶を失った少女、そして選ばれし剣。

 

 聖王国の地で、それぞれの思惑が交差し始めていた。

 世界が再び、動き始める。

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