転生した異世界が主人公が産まれる2000年前だった 作:yumui
大会が進むにつれ、観客の熱気は高まり、街全体が祭りのような空気に包まれていた。
レイナとマリアのペアは順調に勝ち進んでいた。連携も研ぎ澄まされ、二人の剣は戦場でより鋭さを増していった。シャリエラは歌で支え、カーニャは観戦席から奇声を上げて応援する。
「いけええ! 跳躍剣術奥義・空想炸裂斬りを見せてやれー! って、それオレの技だけど!」
「はいはい、応援ありがとね」
レイナが笑いながら言い返す中、彼女の心の奥には、ある影が忍び寄っていた。
“王庭の一角・エイゲルズ”
未だ姿を現さぬその存在が、次第に大会の噂話の中心になり始めていた。
「異形の者が城下町に現れたらしい」
「鎧を纏った獣、背に双剣を携え、王の血の気配を纏っていたとか」
断片的な噂が集まるたびに、シャリエラの表情は険しくなり、カーニャはいつになく沈黙を守るようになった。
その夜、レイナはマリアと共に街の屋台通りを歩いていた。
「久しぶりに、こういうのもいいね」
「うん。少しだけでも、剣を抜かない時間が欲しかったから」
二人は焼き串を片手に歩く。通りは提灯の明かりで照らされ、人々の笑い声と香ばしい匂いが満ちていた。
ふと、前方の屋台でひときわ異様な空気が漂っていた。
周囲の客が数歩離れている中、ひときわ異様な風体の人物が無言で串を頬張っていた。
獣のような姿。狼に似た輪郭に、鈍く光る黒銀の鎧。背中には、二振りの大剣。
何より、ただそこにいるだけで、空気が張り詰めるほどの「力」が漂っていた。
レイナの足が止まった。
「……あれは」
男――否、獣が、ちらりとこちらを見た。
深い赤い瞳。理性を宿しながらも、奥底に獣性の狂気を滲ませる、異形の目だった。
そして、静かに口を開く。
「久しいな、カーニャの仲間よ」
「……!」
レイナは即座に右手を剣の柄に伸ばしかけた。
「待て、戦うつもりはない」
獣の声は低く、だがどこか飄々としていた。屋台の主人が慌てて逃げる中、彼は鉄串を地面に突き刺して立ち上がった。
「……お前、エイゲルズ、なの?」
「いかにも。二千年前は、カーニャと同じく丸っこい愛され体型だったが……なに、2000年かけて成長したのさ」
「“王庭”が、なぜこんな場所に……大会にまで出る理由は?」
エイゲルズは、肩をすくめるような仕草で言った。
「決まっているだろう。名声、金、女――この三つのためさ」
「……ふざけてるの?」
「いや、至って真面目だ。人間どもが祭りのように騒ぐ舞台で、異形の力を堂々と見せつける。民衆の中に、王庭が紛れている。気づかず、称賛し、賞賛する。皮肉な話だが……心地よい快感でもある」
マリアが口を挟んだ。
「なぜ、名声などを求める? “王庭”ならば、戦乱と恐怖を広めることが役目では?」
「それもまた一つの解釈だが……魔王の血を継ぐ我らにも、“楽しみ”は必要だろう?」
エイゲルズはゆっくりと歩み寄る。レイナは緊張を隠せない。
「だが、ひとつ言っておく。レイナ、お前の噂はすでに聞いている。」
レイナは言葉を選ぶ。
「だったら……なぜ、敵として出てくるの? もし“名声”が欲しいだけなら、共に戦う選択だってあるはず」
「フフ……」
エイゲルズの喉の奥で、重く笑い声が響いた。
その瞬間、周囲の空気が一変した。レイナの肌が泡立つ。
「お前と俺が、真に交える時――久方ぶりに、剣を楽しめる気がしてな」
そして、彼はゆっくりと背を向けた。
「……決勝で会おう。もし、その高みに登れたなら、な」
その背中には、圧倒的な存在感があった。
――戦わずとも分かる。
エイゲルズは、確かに“本物の怪物”だ。
ただの力ではない。知性、技量、そして千年を超える経験。
人間が相手にして良い存在ではない。
マリアが言う。
「……あれが、王庭。父の書庫で読んだ記録に、“黒き獣の剣王”とある。あれは、本当に……生ける災厄よ」
レイナは無言で剣の柄を握りしめた。
剣は微かに、震えていた。
だが、恐れではない。
――“答え”を問われているのだ。
「私は……」
レイナは剣を腰に戻し、空を見上げた。
「……あんな化け物に、負けるつもりはない」
その言葉に、マリアが微笑んで頷いた。
「なら、私もあんたの盾であり、剣になるわ」
遠く、鐘が鳴った。
明日、準決勝。次の相手も手強いらしい。
だが、彼女たちの視線の先には、もはや決勝の影しか見えていなかった。
#
決勝戦の朝、聖王都セリオスは霧の帳に包まれていた。
だが、その白いベールを破るかのように、王立闘技場には観客の歓声が満ちていた。今や「謎の勇者候補」レイナと「少女騎士」マリアのペアは、群衆の注目の的であり、対する相手――“王庭”の名を持つ異形の男、エイゲルズとそのペア・影の従者ディールは、恐怖と畏怖の象徴となっていた。
「……行くぞ、マリア」
「ああ。やってやろう」
剣を抜いた二人の少女の前で、異形の獣が微笑む。
エイゲルズの銀色の鎧には傷一つなく、巨大な双剣が背に十字に構えてあった。ディールは一言も発せず、闇のマントのような布をまとったまま佇んでいる。
「レイナ、マリア。お前たちは強かった。だが――この試合で、俺が“最強”であることを証明する」
試合開始の鐘が鳴った。
一瞬の静寂の後、地が裂けたかのような衝撃。
――エイゲルズの剣が振り下ろされる。
マリアが即座に盾で受け止めたが、その威力は想像を遥かに超えていた。盾がきしみ、彼女は数歩押し戻された。
「くっ……これが、化け物の一撃か!」
レイナはその隙を突いて、懐に飛び込む。アムネシアの剣が蒼く輝き、エイゲルズの首元を狙って放たれる。
――だが、双剣のもう一振りがそれを受け止めた。
重々しい金属音とともに、レイナは空中で弾かれた。体勢を崩すことなく着地したものの、腕に痺れが走る。
「おもしろい。いいぞ、もっと来い……!」
獣のように跳躍したエイゲルズが、マリアの背後を襲う。が、そこへレイナが割って入る。
鋼の剣とアムネシアが何度もぶつかり合い、火花を散らす。その間にマリアが体勢を立て直し、横合いから斬撃を加える。
「喰らえっ!」
だが、エイゲルズは斬撃をものともせず、剣で弾く。受け流すのではない、まるで力そのものを捻じ伏せるかのような暴力的な剣術。
それでも、レイナとマリアの連携は崩れなかった。何度も何度も攻撃を重ね、傷を与えていく。やがて、エイゲルズの鎧に初めて亀裂が走った。
「……やるじゃないか」
彼は笑う。だが、その笑みの奥に、なにか複雑な影が揺れた。
そして、一瞬、動きが止まる。
遠い過去。まだ彼が小さな魔族であった頃の記憶。
王庭として仕えることになった日。魔王から血を与えられた日。
戦いを重ね、友を喪い、剣の先にしか価値を見出せなくなった日々。
――それでも、どこかで追い求めていた。
「最強になりたい」と。
ただ、それだけを願っていた。
「そうか……忘れていたよ、オレは」
ゆっくりと目を閉じ、開く。
「オレはただ、“最強”になりたかった」
次の瞬間、空気が凍った。
エイゲルズが“本気”になった。
地面を爆ぜるような速度で間合いを詰めると、マリアの盾を一閃で砕く。斬撃は彼女の肩口を浅く裂き、マリアは悲鳴を上げて吹き飛ばされた。
「マリアッ!!」
レイナの叫びが響く。
怒りを宿した剣が唸るように輝き、エイゲルズへと突進する。
「アアアアアァァァァアッ!!!」
全力の一撃。アムネシアの刃がエイゲルズの胸部を深く斬り裂いた。
だが――
「それでこそ……勇者だ」
獣は、その傷をものともせず、剣を振り下ろす。
レイナは防げなかった。
――視界が暗転する。
数秒後、レイナは地面に倒れていた。剣は手から離れ、視界の端に血を滲ませていた。
マリアも、既に立ち上がれない。観客席の声が遠ざかっていく。
「勝者――エイゲルズ!!」
審判の声が響いた瞬間、エイゲルズは静かに剣を背負い直す。
レイナに近づき、しゃがみ込む。
「悔しがるな。お前は強かった。マリアも、良い騎士だった。……だが、今のオレを倒すには、少しばかり足りなかった」
「……く、そ……」
「また強くなってこい。お前なら、もっと上を目指せる」
エイゲルズはそう告げ、顔を上げた。
「……もし、本当に魔王を倒す覚悟があるなら――魔王城で待っている」
その背に、双剣が静かに揺れる。
会場の中央を、静かに、そして堂々と歩き去っていく異形の背中。
それを誰も止められなかった。
レイナは目を覚ましたのは、夕暮れの控え室だった。
マリアが隣で肩に包帯を巻かれている。
シャリエラが静かに言う。
「勝てなかったね……でも、あなたたちはあそこまで戦えた。あれは、人の限界の、その先だった」
カーニャが涙を浮かべながら言う。
「アイツ……エイゲルズは、ずっと本心を見失ってた。でも、今のあんたらを見て……少しだけ、変わったんだと思う」
レイナは、立ち上がる。
剣を持ち直し、震える手で鞘に納める。
「行こう……次は、王国だ」
マリアもゆっくりと頷いた。
「ああ……あの化け物にも、魔王にも、次は勝つ」
それが、敗北の中で得た決意だった。