転生した異世界が主人公が産まれる2000年前だった   作:yumui

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脅迫状

王都アラセリアは、黄金の塔と瓦礫の影が交錯する不思議な街だった。

 

 レイナ、マリア、シャリエラ、そしてカーニャは、エイゲルズとの死闘を経て、ついに魔王を討つ旅の次なる目的地──古の王国跡地にして、今は王国の心臓であるこの街へとたどり着いていた。

 

「ここが……かつての覇王が治めた都……」

 

 シャリエラが静かに語る。

 

「この地はかつて、人類を統一した偉大なる覇王により築かれた王国の中心だった。彼は恐れられ、崇められた。だが、その栄光は永遠ではなかった」

 

 瓦礫の中に、今も天に突き立つ黒ずんだ剣があった。

 

「あの剣は、天使たちがもたらした終焉の証。覇王の堕落を見た天は、地上に裁きを下した。王国は滅び、天使たちは姿を消した」

 

 シャリエラの目に、どこか懐かしさと哀しみが交差していた。

 

 そんな折、一行のもとに王都の警備兵が駆けつけた。

 

「そこのお方がた! 王女殿下がお呼びです」

 

 通されたのは王城の謁見の間。レイナたちは、荘厳な玉座に座る少女の王女と対面する。

 

「旅の勇者よ、よくぞ来てくれました」

 

 王女イリスは、長く白銀の髪を垂らした少女で、柔らかい声とは裏腹に、その瞳には政治を背負う気高さが宿っていた。

 

「この王都で……今、連続殺人事件が起こっています」

 

 その一言に、空気が凍る。

 

「既に四人の貴族が、夜毎に首を刎ねられ、遺体はまるで爪に貫かれたかのような傷跡を残していたのです」

 

「……爪?」と、シャリエラが囁いた。

 

 王女は頷く。

 

「だからこそ、貴方たちのように外から来た者に調査を頼みたい。もし、怪物が今もこの地にいるのならば、貴方たちの剣が必要になるでしょう」

 

「やってみせます」

 

 レイナは答えた。

 

 こうして、一行の“王都連続殺人事件”の調査が始まった。

 

王国の首都。かつて天使に滅ぼされた覇王の都の跡に建てられたこの街は、荘厳な城壁と大聖堂が聳え立ち、いまや王国の中枢として栄えていた。しかし、レイナたちが訪れたこの時期、街は不穏な噂に包まれていた。

 

「また死体が見つかったそうです。今度は市場の近くです」

 

 

王女の依頼により、レイナとマリア、そしてシャリエラは事件の調査に乗り出した。シャリエラの聖なる感覚によれば、この地には人間ではない者の強い気配が残っているという。

 

「この痕跡……おそらく“王庭”の者だわ」

 

王庭——魔王に仕える、選ばれし魔族の精鋭たち。その名がシャリエラの口から告げられたとき、レイナの胸に重く冷たいものが落ちた。

 

数日間に渡る聞き込みと調査の末、彼女たちはとある古びた教会跡に辿り着いた。夜の帳が降りる中、教会の奥、かつて聖堂であった場所に佇む影があった。

 

白銀の長髪と真紅の瞳。端整な顔立ちと異様な気配を放つその存在は、明らかに人ではなかった。

 

「王庭、テルシス……」

 

名を呼ぶと、影がゆっくりと振り返った。全身を黒い法衣で包んだ吸血鬼の男は、怜悧な目でレイナを見つめる。

 

「……貴様が、“勇者”か」

 

「どうして人を殺したの?」

 

レイナの問いに、テルシスは何の感情も浮かべず無言で見返した。そして、静かに剣を抜く。

 

「答える気はない……お前には関係ないことだ」

 

紅蓮の魔力が爆ぜる。テルシスが繰り出す斬撃は鋭く、速い。剣を交えるレイナはすぐに悟った。彼は強い。ただ強いだけではない。無駄のない動きに、一切の情がない。まるで使命のように、何かに突き動かされているようだった。

 

一度、二度、三度。レイナの防御は打ち崩され、ついには膝をつく。

 

「ぐっ……!」

 

その瞬間だった。突如、赤い光が視界を切り裂いた。割って入ったのは、一人の少女。

 

長く艶やかな黒髪、夜の闇のように冷たい瞳。その姿はテルシスと同じ吸血鬼であった。だが、彼女は剣をテルシスに向けた。

 

「やめて、テルシス!」

 

「リアーネ……なぜここに」

 

「あなたがこんなことをするはずがない……人を無意味に殺すような人じゃない!」

 

テルシスの瞳が微かに揺れる。それでも彼は一歩も退かない。

 

「リアーネ……お前は知らなくていいことだ。戻れ」

 

「そんなの勝手すぎる! あなたの剣が、あなたの心が、叫んでるのがわたしには分かる。誰かを守るために戦ってるって!」

 

リアーネの叫びに、テルシスの剣先が初めて揺らいだ。だが彼は何も答えず、踵を返すと夜の闇へと溶けていった。

 

静寂が戻る。リアーネはレイナに手を差し伸べた。

 

「ありがとう、助かったわ」

 

そう言うと、リアーネはゆっくりと首を横に振った。

 

「テルシスは……もとは優しい人だった。孤児の面倒を見て、傷ついた仲間を手当てして……私も、あの人に助けられた。でも、王庭に入ってから、変わってしまったの」

 

「なぜ連続殺人を……?」

 

「分からない。でも、あの人がただの殺戮者になるわけがない。きっと理由があるはずなの」

 

リアーネは拳を握り締める。

 

「だからお願い、勇者レイナ。あの人を、倒す前に……真実を探してほしい」

 

レイナは黙って頷いた。剣を抜いて向き合った者の中に、確かに葛藤と悲しみがあった。敵ではなく、問いかけなければならない何かが。

 

その夜、彼女たちは再び調査を再開した。事件の背後に何があるのか、テルシスの行動の意味は何か、そして王庭という存在が抱える闇の深さを探るために。

 

#

 

王都アラセリアの夕暮れは、粘りつくような蒸気と灰色の雲に包まれていた。高い尖塔の影が石畳を裂き、街路には人々のざわめきと遠く鐘の音が重なって響く。だが、レイナたちが向かう先は、そうした喧噪とは無縁の場所だった。

 

「王都の北東、城壁の外れに、古い吸血鬼が住んでいるらしい。テルシスと何らかの関係があると、王女殿下の側近が言っていた」

 

 マリアの報告に、レイナはうなずいた。

 

 連続殺人事件の犯人とされる吸血鬼・テルシス。その目的は不明のまま、レイナとの戦闘を経て姿を消していた。だが、ただの快楽殺人者とは思えない。あのとき、自らを庇った吸血鬼の少女──名はリアーネ──も言っていた。

 

「テルシスは、そんな無意味な命を奪うような男ではない」

 

 真実を求めて、一行は王都の外れに向かった。

 

     *

 

 城壁の際、雑草に覆われた古びた屋敷が一つ。門も塀も朽ち果てていたが、その中庭で静かに花の手入れをしていたのは、痩せた背中をした老人だった。

 

 白く長い髭と、透き通るような蒼白の肌。レイナたちを一瞥したその瞳は、赤黒く光っていた。

 

「……なるほど。テルシスを追ってきた者か」

 

 吸血鬼の老人は、ゆっくりと立ち上がると、まるで来客を迎えるように頭を下げた。

 

「名をテレスという。テルシスの……古い友人だ」

 

「なら、テルシスのことを知ってるんですね」

 

 レイナが一歩踏み出すと、テレスはうなずいた。

 

「知っているとも。あやつは、かつてこの地に己の家を持っていた。人間の暮らしに馴染もうと努力していた……たとえ、それが血を分けた家族にすら拒まれる選択であったとしても」

 

「テルシスの家、今もあるのか?」

 

 マリアが尋ねると、テレスは庭の奥に続く小道を指さした。

 

「あの小道を抜けた先、森の縁に、ひとつだけ残っておる。もう誰も足を踏み入れんが……君たちなら、入ってよかろう」

 

     *

 

 重苦しい沈黙のなか、レイナたちは小道を進んだ。

 

 森の入り口に立つ屋敷は、時の流れを静かに飲み込まれていた。石造りの壁は苔に覆われ、窓は割れ、鉄の門扉は錆びついて軋んでいる。

 

「誰も住んでないのか……」

 

 シャリエラがつぶやくと、カーニャが地面の匂いを嗅ぎながら言った。

 

「でも、人の匂いが微かに残ってる。かなり最近まで……誰かがここにいた」

 

 玄関の扉は無施錠だった。軋む音とともに扉を開け、屋内に足を踏み入れると、かつて誰かが確かに生活していた痕跡が、静かに残されていた。

 

 机の上には食器が置かれたまま。階段の手すりには、真新しい拭き掃除の跡。だが、それらはどこか「中断された生活」の名残だった。

 

「テルシス……ここで、誰かと暮らしてたのか?」

 

 マリアが寝室を調べていたとき、棚の奥に一通の封書を見つけた。

 

「……手紙?」

 

 封蝋には、黒い蔦を模した印章が刻まれていた。レイナが慎重に封を解き、中を読み上げる。

 

「『お前の恋人は我々の手にある。逆らえば命はない。従えば、命は助けてやる』」

 

 部屋が凍りついた。

 

「……これって……」

 

「脅迫状だよ。差出人は……わからないけど」

 

 カーニャの声が震えていた。

 

 レイナは紙を握りしめた。筆跡は黒々と太く、所々に擦れた痕がある。血のような汚れが滲んでいた。

 

「テルシスは、命令に従って殺してたんじゃない。従わなきゃ、恋人が殺されるから……!」

 

 マリアの拳が震える。

 

「ふざけてる……そんな理由で、人を殺させるなんて……!」

 

「でも……その恋人って、誰なんだろう?」と、シャリエラが問う。

 

 すると、扉の奥から、微かに足音がした。

 

「知ってる」

 

 吸血鬼の少女──リアーネだった。

 

「彼の恋人は、人間の女性。名は、リゼット。テルシスがまだ血を好まず、人として生きようとしていた頃に出会った、彼のすべてを受け入れた人間の女性だよ」

 

「じゃあ……リゼットさんが、今……」

 

「誰かの手の中に囚われてる。テルシスは、彼女を守るために……すべてを引き換えにした」

 

 フロスティアの目に、涙が浮かんでいた。

 

「ねぇ、レイナ。お願い。テルシスを……助けて。殺さないで」

 

 レイナは剣に手を添えたまま、何も言わずに空を見上げた。

 

 空は曇り、日はすでに落ちていた。

 

 だが、彼女の瞳には、決意の光が宿っていた。

 

「行こう、テルシスを……救いに」

 

 

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