転生した異世界が主人公が産まれる2000年前だった 作:yumui
帝国の夜明けは、重苦しい鎧と血の匂いを伴っていた。帝都アーレンフォールでは、かつての栄華の象徴であった大宮殿の尖塔が黒い煙を上げている。王庭シャリアが敷いた圧政は市民を縛りつけ、闇の城壁のように帝国を覆っていた。
その帝国に対し、レイナ、シャリエラ、マリア、リアーネ、カーニャの五人は反乱軍に加わり、王庭シャリアを倒し、民衆に自由を取り戻そうとしていた。
反乱軍の指導者──ルートヴィヒ将軍の前に、五人は剣と意志を示した。シャリアが王都から抜けてから数日、帝国における王庭の支配は強固であり、徹底的な情報統制と暴力によって民は沈黙させられていた。
最初の戦いは郊外の貯蔵都市の奪還作戦だった。砲火と剣火が交錯する中、マリアの盾が仲間を守り、レイナのアムネシアが王庭の騎士団を討ち破った。シャリエラは兵士たちの傷を癒し、リアーネは暗闇を縫うように潜入し、カーニャは跳躍で重装兵を翻弄した。
その功績により、五人は反乱軍の精鋭部隊に組み込まれ、次なる任務を与えられた。
ある任務――奴隷市場の制圧。情報によれば、王室直属の奴隷商人が反逆者やその家族を拉致し、奴隷市場で売り飛ばしているという。
人でごった返す闇の市。連行された囚人たちが鎖で縛られ、痛みと恐怖に震えている。そこで目にしたのは、一人の褐色肌の少女だった。鎖に引かれて売人に連れてこられようとするその瞳は、弱々しいが真剣だった。
レイナが叫ぶ。
「今だ!」
一瞬の混乱で、五人は突入した。マリアが盾で門を塞ぎ、シャリエラの聖光で市など混乱状態に陥れる。リアーネが素早く少女の鎖を斬り、カーニャが剣先を商人の首元へ当てた。その間にレイナが少女の腕を抱きとめた。
救出した少女は、ルシアンと名乗った。長く追い込まれた表情の奥には誇りがあった。
テントへ戻ると、ルシアンは震える声で語り始めた。
「私は……元々帝国の王女の侍女でした。王女マリーナの側に仕え、忠誠を誓っていました。しかし、シャリアの策略によって捕らわれ、奴隷として売り飛ばされました。あの市場で最後の希望を失いかけていた」
シャリアの策略とは、王女マリーナを幽閉し、王位継承を巡る混乱を引き起こすものだった。ルシアンは密かにマリーナの消息を探っており、反乱軍への救出を訴えた。
マリアは息を詰めた。
「王女マリーナを? 本当に、救えるの?」
「困難だけど、私たちなら……」
将軍ルートヴィヒの作戦会議。市場で救出したルシアンが事情を説明し、マリーナ救出作戦の緊急性を訴えた。
「王女を救出できれば我らの正統性が明確になる。民も蜂起するかもしれない。成功すれば大きな転機となるだろう」
反乱の中枢は静かにうなずき、決断を下した。五人はマリーナのいる宮殿深部へ潜入することになった。
夜闇の中、五人は帝都城へ忍び込んだ。身分証や偽装を使い、雑居人として混じりつつ、地下牢へ到達。シャリア直属の華奢な盗賊団を回避しながらも、偶発的に戦闘になった場面もあった。
リアーネは静かに鍵を開け、牢屋の扉を解錠する。そこには細い銀髪をした少女が縮こまっていた。王女マリーナだ。
「ルシアン……あなただったのね……!」
マリーナは静かに涙をこぼし、ルシアンに抱きついた。
「無事でよかった……でも、どうして……」
レイナは優しく剣を納め、マリアが盾を下ろす。
「心配しないで、もう行くわ。安全な場所へ」
そのとき、ハイエル騎士団が宮殿内で動き出したとの情報が入った。敵が迫っている――撤退の時だ。
五人は王女を守りながら宮殿の回廊を走った。魔獣のような王庭の兵士や魔法使いたちが追いかけてくる中、シャリエラの聖歌が仲間を導きつつ、リアーネが影から斬り込み、マリアが盾となって突破口を作る。カーニャが跳躍して門を開け、レイナが先導して敵の包囲を突き破った。
外に出ると、ルートヴィヒ将軍と反乱軍が待っていた。五人と王女を収容車が迎え、混乱する宮殿を後にした。
反乱軍基地で、王女マリーナは仲間たちに深く頭を下げた。
「私を……私の侍女を……本当にありがとう──」
レイナは笑って首を振った。
「もう一度、王家の名に誇りを取り戻す旅。帝国の未来は、あなたたちの手に託されている」
マリーナは目を潤ませながら頷いた。ルシアンも、すっと背筋を伸ばして戦士に戻った。
#
帝都アーレンフォール──鉄と硝煙の匂いに包まれた都の中心に、王庭シャリアの塔が聳えていた。空は鈍色に曇り、空気はまるで何かが終わる前触れのように重かった。
「……いよいよだね」
レイナは静かに剣《アムネシア》を抜き、仲間たちに目を向けた。
「この戦いが終われば、帝国に自由が戻る。私たちの旅の意味が決まる……!」
「行こう、レイナ」と、マリアが隣に立った。鎧は剣戟の跡に刻まれ、それでも瞳は澄んでいた。
シャリエラが両手を合わせ、胸元で祈る。
「この先にあるのは、力だけでは超えられない絶望……でも、あなたたちとならきっと乗り越えられる」
カーニャは大きく頷いた。
「全部、全部ぶっとばすのだ! シャリアも蛇も石も、関係ない!」
「そう……私たちはここで終われない」とリアーネ。
そしてルシアン。元侍女の少女もまた、蒼い魔術書を開いた。
「私も戦う。王女マリーナ様のために、民のために……そして、あなたたちのために」
六人は、王庭の最上階へと続く螺旋階段を駆け上がった。
塔の頂で彼らを迎えたのは、絢爛な玉座と、そこに静かに腰掛ける女だった。
王庭シャリア──蛇の尾を持ち、黒衣を纏い、黄金の瞳を持つ異形の存在。
「……よくここまで来たものね、"勇者の剣"の継承者たちよ」
その声には、どこか人間とは思えぬ冷たさと、濡れたような艶があった。シャリアの背後に絡みつく蛇の尾が蠢き、全身から溢れる魔力は空間を歪めていた。
「民を虐げ、姫を幽閉し、帝国を私物化したお前を許すわけにはいかない!」
レイナが叫び、アムネシアが青い光を放つ。
その瞬間、戦いが始まった。
レイナとマリアが正面からシャリアに挑み、シャリエラが支援魔術を張る。リアーネが後方から奇襲をかけ、ルシアンが魔術で援護する。カーニャは地を跳び、蛇尾を切り裂こうとするが──
「──愚か」
シャリアの目が閃いた。
次の瞬間、レイナの動きが止まった。空気が凍りつくような静寂。彼女の肌が灰色に変わっていく。
「レイナッ!!」
マリアの叫びも届かず、レイナの体は石となり、その場に倒れ込んだ。
誰もが息を呑んだ。アムネシアが地に滑り、鈍い音を立てる。
「お前……っ!」
マリアが怒りに任せて突撃するが、シャリアの蛇尾が叩きつけられ、壁へと投げ飛ばされた。
「いい子にしておけば良かったのに。レイナ──"勇者の末裔"などという呪いに、何の意味がある?」
「撤退を!」
リアーネが叫んだ。マリアを抱き起こし、ルシアンが即座に転移魔術の詠唱を開始する。
「でも、レイナが……っ!」
「生きている。石化だ、殺されてはいない。助ける術は必ずある……でも今は退くしかない!」
シャリエラが泣きながらも、シャリアの眼光を遮るように聖光を展開する。
「時間を稼ぐ。急いで、みんな──!」
カーニャが最後に離脱し、ルシアンの魔法陣が輝いた。
眩い光が彼らを包み、次の瞬間、塔の最上階にはシャリアと、石のレイナだけが残されていた。
王庭シャリアは、レイナの石化した姿を見下ろす。
「なるほど……確かに、"アムネシア"の力……惜しいわね。だが、それも私の計画の一部」
彼女は床に転がった剣を拾い上げた。聖剣は、彼女の手に触れると軋むように拒絶反応を示した。
「ふふ……やはり私には馴染まない。だが──」
シャリアは塔の奥へと、石像となったレイナを運びながら歩き出した。
「いずれ私の子らがこの力を掌握する。世界の理を超えた存在として……"蛇の民"の未来のために」
塔の外では、嵐が起きようとしていた。
一方、撤退した五人は、帝都近郊の廃寺に身を寄せていた。シャリエラは祈りを続け、リアーネは剣を研ぎ続けている。ルシアンは何度も魔術書を読み返し、石化の呪いを解く術を探していた。
「私たちは、まだ終わってない」
マリアが拳を握りしめる。
「レイナは生きてる。絶対に取り戻す……次は、私たちがシャリアを打ち破る番よ!」
「うん、俺も、もう逃げたりしねーよ」とカーニャ。
そして、シャリエラの唇から祈りの言葉が漏れる。
「あなたが戻る日まで、私たちは絶対に諦めない……だから、待っていて、レイナ……」
夜空には、塔の光がひときわ妖しく輝いていた。
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塔の上空に再び、嵐の兆しが渦巻いていた。黒雲の裂け目から、稲妻が帝都アーレンフォールの大地を裂くように閃く。
五人の戦士たちが再び集結していた。
レイナを救うため、今度こそ帝国を解放するために。
「……行くよ。今度は、私たちが"奇跡"を起こす番だ」
シャリエラがそう呟いたとき、かつての仲間の誰もがうなずいていた。
彼女たちは再び、王庭シャリアの塔へと向かう。
――それぞれに覚悟を秘めて。
王庭シャリアの魔塔。そこは未だ異形の蛇の魔力に満ちていた。
先頭に立つのはマリア。銀の剣を携えた彼女の目には、怒りと決意の光が宿っていた。
「今回こそ、決着をつける。あんたを、絶対に許さない」
「そのとおりだな! レイナが石のまま眠るなんて、まっぴらだ!」
カーニャが言い、リアーネとルシアンも剣と魔術を構える。
シャリエラは一歩下がり、仲間に向かって静かに言った。
「私は、レイナを助けに行く。シャリアを引きつけて……時間を稼いで」
マリアは言葉なくうなずき、シャリエラの背を押す。
「行け。あとは任せなさい」
それが合図だった。
塔の玉座の間に入った瞬間、空気が凍りつくような殺気が走る。
「……また来たのね。今度は五人で? 無謀にも程があるわ」
王庭シャリアは玉座の上から見下ろしていた。金の蛇尾が蠢き、視線は冷たく研ぎ澄まされている。
「無謀でもなんでもいい。私たちは、友達を助けに来た!」
マリアが叫ぶと同時に、四人が一斉に飛び出す。
その混乱の中、シャリエラだけがその場から離れ、塔の奥へと走り出した。
塔の地下深く。かつて足を踏み入れることのなかった封印の間。
暗闇のなか、シャリエラは灯りも使わずに進んでいた。
光などなくとも、彼女の"信仰"は迷わぬ道を照らす。
やがて辿り着いた広間には、数十体もの"石像"が立ち並んでいた。
そのすべてが、生きていた者たちの最期を刻んだ悲しき像――帝国の反逆者たちだった。
(ここに、レイナが……)
シャリエラは目を閉じ、静かに手を合わせる。そして、一つずつ像に手を触れていく。
だが、幾度となく触れても、それはレイナではない。
焦燥が指先を駆け巡る。敵が仲間を石に変えて封じたのなら、それを解く鍵も、ここにあるはず──。
「お願い……あなたの魂が、私を導いて」
その瞬間、淡く光る祈りの光がシャリエラの手から広がった。
その光に反応するかのように、一つの像が、青く、微かに輝いた。
「……レイナ!」
シャリエラはすぐさま石像に両手をかざし、解呪の魔術詠唱を始めた。
聖なる言葉が連ねられるたび、石の肌がゆっくりと割れ、ひとりの少女がそこから姿を現していく。
「う……あ……」
「レイナ! 聞こえる? 私よ、シャリエラよ!」
「……シャリエラ……?」
シャリエラの祈りが最高潮に達したとき、ついにレイナがその瞳を開いた。
彼女の剣《アムネシア》が青く輝き、その手に収まる。
「ありがとう、助けてくれて……」
「今は話してる場合じゃない! シャリアは──!」
言い終える前に、レイナは塔の上階へと駆け出していた。
その頃、玉座の間では四人の仲間が必死の応戦を続けていた。
マリアの剣は幾度も蛇尾を斬り裂き、リアーネの突きは的確にシャリアの胴を狙う。
ルシアンの魔術は幾重にも重なり、カーニャは囮となって敵の注意を引きつける。
だが、それでも、シャリアの"蛇眼"の力は強大だった。
「終わりよ。次は、誰が石になる?」
シャリアが瞳を開こうとした瞬間――
背後から、閃光とともに風が吹き抜けた。
「──!?」
「遅れてごめん、シャリア」
レイナがいた。アムネシアを手に、背後からの一閃。
その一撃は、シャリアの背中に深々と突き刺さった。
「ぐっ……があっ……!」
血を吐き、シャリアが叫ぶ。蛇の尾が暴れ、壁を壊し、天井が軋む。
「これが……"勇者の剣"か……!」
憎悪と驚愕の混ざった声を上げながら、シャリアはその場を飛び退いた。
「お前たち……この借りは、必ず返す……!」
蛇尾が渦を巻き、光とともに彼女の姿は塔の外へと消えていった。
静寂が、戦いの終わりを告げた。
誰もが、動けずにその場に立ち尽くしていた。だが、それも一瞬だった。
「レイナ!」
マリアが駆け寄り、強く彼女を抱きしめる。
「無事で……ほんとによかった……!」
「ありがとう、みんな……私、夢じゃないよね?」
レイナが涙ぐみながら、皆を見渡す。
リアーネ、ルシアン、カーニャ、そしてシャリエラが集まり、六人は再び手を取り合った。
塔の外には、帝国の人々が詰めかけていた。
シャリアの魔力が消えたことを感じ取り、民たちは歓声を上げていた。
王庭の呪いは終わったのだ。
その夜、塔の上で灯された篝火のもと、レイナたちは語り合っていた。
「でも、シャリアはまだ生きてる」
「きっとまた現れるのだ」
「なら、準備しておかないとね」
ルシアンが小さく微笑む。
レイナは静かに、アムネシアを見つめた。
「帝国は取り戻した。けど、まだ道は続いてる。私たちはまだ、旅の途中だ」
「次は、どこに行くの?」とシャリエラ。
レイナは少しだけ遠くを見るように言った。
「……公国」