転生した異世界が主人公が産まれる2000年前だった 作:yumui
蒼穹の下、六人は広大な草原を渡り、公国へと向かっていた。旅の途中、レイナがふと思い立って口を開く。
「そういえば、私たちのチーム名、決めてなかったね」
シャリエラが穏やかに微笑み、他の一同に頷きかけた。
「“魔王討伐隊”っていうのはどうかしら? 目的がはっきりしていて――覚えやすい」
カーニャは跳びはねて賛同した。
「うん! 魔王をぶっ倒すんだから、それがいいのだ!」
リアーネとルシアンも満面の笑みで頷き、マリアは静かに剣を握りながら言った。
「私たちの旅の宣言みたいなものね――魔王を討つために集まった仲間」
レイナは照れくさそうに顔をほころばせた。
「よし、それで決まり。私たちは“魔王討伐隊”だ。みんな、よろしく」
五つの頭がそろって頷き、旅の結束が静かに固まった。
公国の都が近づくにつれ、旧時代の荘厳な遺跡が目に入ってきた。
そこにはかつてこの地を統一した覇王ヴェルギリウスの記憶が眠っていた。さらにその妻であった“パルテニアス”の墓が、今でも地元民に大切にされているという。
「パルテニアス様の墓を訪ねたい」とシャリエラが呟くと、住民の一人が静かに頷いた。
「彼女は古の時代に、民心をひとつにした覇王の妻でした。その徳は今日まで語り継がれています。どうぞ、彼女の墓を訪ねてください――"]
六人は小さな丘を登り、石造りの簡素な霊廟へたどり着いた。
そこには白い百合と薔薇の花束が手向けられており、風に揺れていた。
「なんて凛とした空気……まるで時を隔てて祈りだけが生きているみたい」
リアーネがつぶやく。墓碑にはパルテニアスの名と、その人柄を称える碑文が淡く刻まれていた。
すると、その墓前にひときわ異質な影があった。
黄衣の外套を纏い、燃えるように赤く輝く剣を腰に下げた男が、一輪の花束を静かに墓に手向けていた。
彼の佇まいは、混じりけのない祈りのようで、けれど剣の重みが戦いの匂いを放っていた。
シャリエラは一歩、声をかけようとしたが、男がこちらへ振り返り、静かに彼女を見据えた。その視線には説明できないほど深い感情が宿っていた。
そのまま彼は踵を返し、霧の向こうへゆっくり歩いて去っていった。
燃える剣の柄がわずかに揺れ、丘の花が一斉に風に揺れた。
六人は息を呑み、誰もその場を離れられなかった。
宿へ戻る道すがら、リアーネが思わず呟いた。
「……あの人、一体誰だったの?」
カーニャは眉をひそめ、慌てて跳びながら答えた。
「燃える剣なんて久しぶりに見たのだ! つねるような光だし!」
ルシアンが落ち着いて続けた。
「王庭か、あるいは別の…でも、あの視線は敵意ではなかったわ」
マリアが静かに剣を見つめる。
「でも、シャリエラを見つめたということは……彼女に対して、何か強い因縁があるのかもしれない」
シャリエラは無言で墓を振り返った。
「……あの方には、何か思い出があるのでしょうか?」
シャリエラは石碑を見つめてしばらく沈黙していた。
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淡いランプの光と樹脂の煙が漂う酒場の奥。旅人や傭兵、商人たちが疲れた笑顔を交わすその一隅、魔王討伐隊と名乗る六人は木製の長机を囲んでいた。彼女たちの名は、レイナ、シャリエラ、マリア、リアーネ、ルシアン、カーニャ。
そこで一人の赤いドレスの女性が立ち止まった。腰には大きな両手剣を担ぎ、瞳には悲しみと決意が混じっていた。
「そちらが、魔王討伐隊の皆さんですか…?」
声の主は、自らをキーラと名乗った。魔族であるというその女性は、柔らかで低い声にわずかな震えを含ませた。
「悪魔“セエレ“に娘を攫われました。あの迷宮の奥へ、連れ去られてしまったのです」
話を遮るように、彼女は剣を強く握りしめた。その手にわずかに残った紅い血色は、失われた者への想いの色――。
魔王討伐隊は、沈黙の中で顔を見合わせた。やがてレイナが口を開いた。
「私たちに、協力させてください。あなたの娘さんを、取り戻しましょう」
キーラは驚き、そして深く頷いた。
「ありがとう…その娘こそ、私の全てです」
その夜、キーラが魔王討伐隊の新たな仲間として加わった。彼女の名もまた、誓いの仲間となる。
翌朝、旅は迷宮の入口へと続いた。古い石の門が、苔と血の痕をまとって静かに開いていた。鐘のような金属音とともに、霧が足下を包む。入口に立つキーラは、娘を思う眼差しを迷宮へと向けた。
「セエレは黒き竜の如き姿をしていると聞いています。それでも――」
その言葉に、仲間たちは固く剣を握り直した。
迷宮内部は巨大な縦穴と通路、無数の死角が連なる構造だった。空気は冷たく、魔力の残滓が蛇行するように漂っている。リアーネとルシアンが先行して罠を調べ、カーニャが地面の裂け目や魔石の匂いを探知した。
「この先……魔獣の気配が濃い。注意するんだ」
カーニャの声に緊張が走る。マリアは剣を構え、シャリエラは松明を掲げ、光を灯した。そしてレイナが前に進む。
やがて広い祭壇のような空間に出た。そこには黒く巨大な竜、セエレが威圧的にうずくまっていた。人間の姿を彷彿とさせる邪なる顔と角、爪、そして紅蓮の瞳。背には闇を纏った翼が広がり、口元には微かな嗤いが浮かんでいる。
「キーラよ、娘はここにいる。命を取り戻したければ、この私を倒せ」
その呼び声に、キーラは怯えながらも前に出た。
「…お前の罠にはもう惑わされない。必ず娘を取り戻す」
戦いの火蓋が切られた。
レイナはアムネシアを構え、セエレの核心を狙う。
マリアは盾を掲げ、セエレの前足から仲間を守る。リアーネは影を使って奇襲を仕掛ける。ルシアンは魔術で闇の竜の翼をけん制し、シャリエラは聖歌の旋律で祈りを護る。カーニャは飛び跳ねながら竜の腿を斬り裂き、意思的に敵を攪乱した。
セエレの咆哮と暗黒ブレスが祭壇を震わせる。天地が歪むような圧力に、レイナは一歩も退かず、剣を振るった。刃先に宿る蒼い輝きが、竜の鱗を貫き裂く。
キーラは手を振り、高らかに叫ぶ。
「レイナ…頼もしい…!」
やがて、全員が一斉に攻撃を仕掛けた瞬間。セエレは咆哮をあげ、混乱の中で攻撃が炸裂した。炎の竜撃が辺りを焦がし、石壁が崩れ落ちる。
しかし、それでもレイナは立っていた。アムネシアを握りしめ、剣閃と共に最後の一撃を放つ。
「これで終わりだ、セエレ…!」
迷宮の最奥、闇の祭壇。
激しい戦いの果て、魔王討伐隊の刃がついに悪魔セエレの胸を貫いた。
黒き竜の巨体がゆっくりと崩れ、翼が震え、溶けるように黒煙となっていく。血のように赤黒い霧が地に流れ、炎のような瞳が震えていた。
セエレは膝をつき、やがて崩れる寸前、目を伏せた。そして、静かに顔を上げた先に立っていたのは、白銀の髪を持つ少女――シャリエラだった。
「貴様……その瞳、その気配……」
セエレの声は、死にかけた悪魔とは思えぬ、恐怖と驚愕の入り混じったものだった。
まるで、この世界の秩序そのものを見たかのように。
「まさか……まさか、お前が……」
黒竜は言葉を紡ごうとする。だがその喉からは血が流れ、声がかすれていく。
「彼女がまだ……生きて……いや、宿ってるのか……?」
シャリエラの表情は凛としていた。問いには答えなかった。ただ一歩、セエレに近づいた。
「貴方は……何を見たの?」
その問いに、セエレは微笑む。己の死を悟った者の、あまりにも静かな笑みだった。
「ふふ……ああ、やはり……“あの時代”の記憶は……間違いではなかった……」
「お前があの……」
セエレの口がさらに動こうとしたが、その言葉は届かなかった。
彼の喉は切れ、影と共に肉体が朽ちていく。
セエレの姿が完全に崩れると、彼の落とした爪が黒い宝石となって砕け散った。
沈黙が降りた。迷宮の最奥には、もはやただ冷たい風と魔力の余韻だけが残っていた。
その場にいた者たち――レイナ、マリア、ルシアン、リアーネ、カーニャ、キーラ――はシャリエラの方へと視線を向けた。
「シャリエラ……今、あいつ……」
レイナが問う。だがシャリエラは、微笑むことも悲しむこともせず、ただ静かに首を横に振った。
「何でもないわ」
だが彼女の手は、微かに震えていた。
心の奥底に響いたセエレの言葉。その意味は、彼女自身がいまだ理解しきれていないのかもしれなかった。
リアーネがそっと肩に手を置いた。
「私たちは、あなたを信じてる。何があっても」
「うん……ありがとう」
それだけ答えると、シャリエラは歩き出した。
まるで、何かを振り払うかのように。
その背中に、誰も言葉をかけられなかった。
戦いを終えた魔王討伐隊は迷宮を後にし、朝の光が差す外界へと出た。
キーラは無事救い出した娘を抱きしめて涙し、マリアは満足げに大剣を背負い直す。カーニャは空腹を訴えて耳をパタパタと動かし、ルシアンとリアーネは共に空を仰いだ。
レイナはシャリエラに隣に並び、問いかける。
「ねえ。セエレが言ってた“彼女”って……」
「……わからない。でも、たぶん……」
一瞬、シャリエラの瞳に“蒼い光”が宿った。
「私は、まだ全部を思い出していないの」
「……そっか」
「ママ…ごめんなさい…怖かった…」
キーラは駆け寄り、娘をしっかりと抱きしめた。涙が頬を伝い、その手は震えていた。
「大丈夫よ、生きていたのね…ありがとう、本当に…」
魔王討伐隊は静かに、その抱擁を見守った。闘いが、誰かの帰還を導いた奇蹟のようだった。
キーラは隊に深々と頭を下げた。
「娘を…返してくれて。本当に、感謝しています。もしもまた必要なときは…魔王討伐隊に頼らせてください」
少女は母の胸に顔を埋め、しっかりと笑った。
マリアが言った。
「私たちは、あなたの味方です。それが、私たちの役目です」
ルシアンは微笑んで剣を納めた。
「これからも、たくさんの人を救いたい。だからこそ、私たちは魔王討伐隊として、強くあらねば」
レイナはアムネシアを見て、感謝の言葉を込めて短く告げた。
「ありがとう。私たちを信じて来てくれて。絶対に裏切らない。その刃で、救うから」
風が吹き抜け、娘の髪が揺れた。
夜明けの空には、一粒の光が見えた。それは、新たな希望を象徴するようだった。