転生した異世界が主人公が産まれる2000年前だった 作:yumui
魔族領。その地に足を踏み入れる者は少ない。瘴気が満ち、空は常に濁った曇天に包まれ、大地からは穢れの煙が立ち上る。だが――。
「行こう。ここまで来たんだ。もう後戻りはしない」
レイナは一歩前へと進んだ。黄金の剣《アムネシア》は彼女の背に光を秘めて揺れている。
魔王討伐隊――レイナ、シャリエラ、マリア、カーニャ、リアーネ、ルシアン。彼女たちはこの地の中心、魔王が棲まうという黒曜の城を目指していた。長い旅の果てに、幾多の戦いと別離の末に、ついに魔王との決着が迫っている。
瓦礫の山を越え、瘴気の谷を抜けたとき、誰かの気配が前方から現れた。
音が鳴った。大地を揺るがすその一歩。前方の黒い崖の陰から、何かが現れた。
「……来たな。ここが貴様らの終点かもしれん」
濁った声とともに姿を現したのは、白い毛並みを持つ巨大な獣――王庭ゲルベス。その体はゴリラのようだが、腕には金属のような鱗があり、尾は蛇のようにしなやかに揺れる。まるで怪物と神獣が混ざったような異形の戦士。
「王庭……?」
レイナが剣に手を添える。
「知っているな。王庭とは魔王に仕える者。私はその一柱、ゲルベス。かつては王のために千の戦場を渡った」
「……なら、通してもらえる理由はないみたいね」マリアが剣を抜く。
ゲルベスはわずかに口角を上げた。笑ったのか、それとも哀れんだのかは分からない。
「貴様らに試練を与える。それを越えられるのなら、魔王のもとへ行くがいい」
そして、戦いが始まった。
ゲルベスの力はまさに圧倒的だった。
その白い拳が地面に叩きつけられるたび、大地が裂け、瘴気が噴き上がる。マリアが前衛で剣を振るい、ルシアンが炎と氷の魔法を次々に放つが、ゲルベスの硬質の毛皮に弾かれてしまう。
カーニャの叫びと共に爆発が起きるが、ゲルベスは片腕で炎を払い、リアーネの風刃を一歩も引かずに受け止めた。
「シャリエラ、回復をお願い!」
レイナが叫び、シャリエラが銀の魔力を帯びた光を放つ。癒しの力が仲間たちの傷を塞いでいく。
「だが……このままじゃ、削りきれない……!」
ルシアンが息を切らしながら叫ぶ。ゲルベスは疲れた様子すら見せない。
だが、レイナは一歩も退かない。
「私たちは……魔王を討つために、ここまで来たんだ!」
彼女は《アムネシア》を高く掲げる。シャリエラがその剣に祈りを込め、剣は眩い黄金の光を放った。
「これで決める!」
レイナは大地を蹴り、一直線にゲルベスへと跳んだ。白い巨体の胸元へ剣が突き刺さる――。
「……!」
だが、その一撃は致命とはならなかった。ゲルベスは血を吐きながらも、レイナを弾き飛ばす。地面に叩きつけられるレイナ。しかし、立ち上がった。
その目に、まだ光は消えていない。
「ふむ……」
ゲルベスは傷ついた胸元を手で押さえた。
「その剣、そしてその意思。確かに……可能性はある」
彼は大きく息を吐いた。
「だが、今のままでは魔王には届かん。覚えておけ」
そう言うと、ゲルベスは背を向け、崖の向こうへと飛び去っていった。
戦いが終わり、レイナたちは荒れた大地に腰を下ろした。
「やっぱり、強かった……」
リアーネが額の汗を拭いながら言う。
「でも、負けたわけじゃない。少なくとも、あのゲルベスが認めた」マリアが言う。
「うん……でも、ゲルベスの言った通り、私たちはまだ弱いのかもしれない」
レイナは剣を見つめながらつぶやいた。
その時、シャリエラが静かに言葉を紡ぐ。
「まだ届かないのなら、届くまで歩み続ければいい。レイナ……あなたなら、きっと越えられる」
その言葉に、仲間たちは頷いた。
そして再び歩き出す。魔王が待つという黒曜の城――その最奥へ。
数日後、彼女たちはついに魔王城へと辿り着いた。
黒き城壁。天を突くような尖塔。空には渦巻く瘴気と雷鳴。魔族の本拠地にして、幾多の人間が挑み、誰一人戻らなかったと言われる死の城。
「ここが……魔王城……」
ルシアンが息を呑んだ。
「魔王がいるなら、ここが最後の戦場だね」
マリアは剣を肩に担ぐ。
「やっと……ここまで来たんだな」
レイナは静かに言った。仲間たちが背に集う。
「行こう、みんな。これが――最後の戦いだ」
六人の少女たちは、重なる足音と共に、黒の門をくぐる。
その向こうには、世界の命運を握る者が待っていた。
黒曜石で築かれた魔王城の最奥、闇が渦巻く玉座の間にて。
その中央には、漆黒の鎧をまとい、深紅の瞳を宿す男――魔王アルヴィスが座していた。
その存在だけで部屋の空気が凍るようだった。
「魔王アルヴィス――あなたを止める!」
アムネシアを構えた レイナ が前に進むと、六人の 魔王討伐隊 が決意を刻むように剣や魔導具を構えた。
「来るがいい……だが、お前たちが想像している“力”など、ここにはない」
アルヴィスの声は重く、無機質で、暗黒の魔力がその言葉に宿っていた。
アルヴィスが腕を振るうたびに、黒い霧と刃が闇を裂く。
レイナが跳躍し、剣を振り下ろす。アムネシアの蒼い閃光は玉座の間の影を切り裂いた。
しかしアルヴィスは一瞥だけで受け止める。
鎧に跳ね返された一撃の衝撃で、レイナは数歩後ろに吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。
「……それが、勇者の剣か」
低く笑いながら、アルヴィスは暗黒の魔術を展開。
黒い稲妻が床を走り、仲間たちを根底から揺さぶる。
マリアは盾で巨大な衝撃波を防ぎ、リアーネが影から刃を刺し込み、ルシアンが氷と炎で魔力を封じようとするが、すべて無効化される。
カーニャの跳躍斬りも、シャリエラの詠唱も、まるで壁に当たる風のように打ち砕かれていた。
アルヴィスの剣技は、まるで悪夢のようだった。
剣が振られるたびに黒い衝撃が生まれ、その刃先には虚空を断つ力が宿る。
リアーネは左腕を切り裂かれ、庇ったマリアも膝から血を流し倒れる。
ルシアンの呪文詠唱は、途中で潰され、口から血煙が上がる。
カーニャは巨大な影の一撃に飛ばされ、剣を落とす。
シャリエラだけが耐え、白い聖光を発して仲間を支えるが、魔力の雨に次第に力が削がれていった。
「……これが、魔王の剣技か……!」
レイナは自らの剣を構え直すが、足元に力が入らない。
視界の端で、仲間たちが倒れていくのを見た。
恐怖以上に、仲間を守れなかった後悔が胸を締めつけた。
アルヴィスは間合いを変えず、剣を振り下ろす。
その刃はまるで世界を切り裂くように重く、全員を貫いた。
アルヴィスが最後の詠唱で光を放つ瞬間――
アムネシアを構えたレイナが、一閃を試みた。しかし、剣はアルヴィスの黒鎧に弾かれ、反動に耐えられず崩れ落ちた。
魔力の嵐が爆ぜる。
紫と赤の煙が立ち昇り、仲間たちは次々と気を失っていった。
レイナが目を開けたとき、胸には深い傷があり、戦場の景色は朧気だった。
彼女は呻くように手を動かし、見ると仲間も傍らに倒れている。
そして、気がつくと冷たい鉄格子に囲まれていた。
彼女たちは複数の小部屋に分けられて牢に囚われていた。
誰かの呻き声、冷たい石の床、鉄格子の冷たさが、自由の喪失を物語っていた。
「レイナ……」
マリアが遠くでかすかに声を上げていた。
リアーネは弱々しく呻き、ルシアンは囚人服に着替えさせられている。
カーニャは胸を抑えながら震えていた。シャリエラだけが鉄格子の前に立ち、沈黙していた。
「……誰か……助けて……」
と弱々しく叫んだルシアン。
しかし返ってくるのは、石壁の無言の冷たさだけだった。
部屋には魔王の守護兵が巡回しており、脱走の気配を絶えず監視していた。
絶望の中、レイナは剣を取り戻すこともできず、ただ意識の端で仲間たちの息遣いを感じながら目を閉じた。
ある夜、守護兵の巡回が少し緩む瞬間があった。
鍵を持つ監視兵が食事の後、網を使い何かを拾うために身をかがめたとき、扉の向こうの影が動いた。
シャリエラが静かに囚人服の裾を引いて小声で囁く。
「今よ……リアーネ、ルシアン、準備して……」
リアーネは鍵の手元に注意を向け、ルシアンが肘で扉の金具を引っ掻いた。
カーニャは鉄格子を揺らし、守衛の注意を引こうとする。
守護兵が顔を上げた瞬間――
ルシアンが鋭く扉を蹴り、鍵穴を弾いて開錠する。
リアーネが瞬時に鉄格子を開けて中に入り、カーニャが影から忍び寄って守護兵の背後を取り押さえる。
シャリエラは手早く仲間への回復魔術を詠唱し、レイナに囚人服を剥ぎ取り、傷を手当した。
重傷を抱えたレイナは呻きながらも剣に手を伸ばし――そこに アムネシア がわずかに光を帯びて見えた。
「皆……ありがとう。行くわ……ここから出るわ」
残るは守護兵との決戦だった。
鉄格子の向こうに、突入する兵士の気配が高まる。
しかし、シャリエラの導く光が細い筒状に伸び、その筋は守護兵の盾を貫いた。
リアーネが刃を振り、ルシアンが魔術を放つ。
カーニャは守護兵の足元を切断し、マリアが素手の拳を振るった。
重なり合う一撃によって、守護兵たちはあっさりと制圧されていった。
仲間たちは静かに出口へと歩き出す。
「急いで、廊下へ」シャリエラが呼びかける。
廊下を抜けると、夜明け前の空気が扉越しに漏れていた。
外では遠く、魔王城の鐘楼が遠く水晶のようにかすかに揺れている。
レイナは瘢痕だらけの手を握り直し、静かに言った。
「……またいつか、立ち上がる。その時は……」
彼女は剣の姿を見つめ、深く息を吐いた。
六人の影が乾いた地面に伸びていく。
「魔王に宣言するわ……私たちは必ず──帰ってくる」
その言葉の先にある決意は、どこまでも揺るがなかった。
魔王城の影から逃れた魔王討伐隊の六人は、闇に落ちた心地を抱えていた。冷たい石畳に並んだ仲間たちの顔には、疲労と絶望が色濃く浮かんでいた。
そんな空気の中で、レイナだけが剣を握り締めたまま立ち上がる。
「諦めたくない。私たちはまだ、戦えるわ」
震える声ながらも、どこか強い意志が宿っていた。マリアが顔を上げ、リアーネとルシアンもその言葉を聞く。カーニャは小さく吠え、シャリエラはその傍にそっと寄り添った。
そのとき、闇を割って現れたのは――
紫の龍に乗り、語る黄衣の男だった。
「…よく言ってくれた」
「それとアンジェラよ! まだ戦えるわよ、女の子たち♡」
ドラゴンは男性のようだが、オカマ言葉で話している。黄衣の男は紫の龍を手綱で引きながら現れた。驚きとともに周囲がざわつく。
「お前たち、もう終わりだと思ったの? 甘いやわね〜!」
アンジェラは、傍らに控える影を呼び寄せた。そして、次々と現れる人々が姿を現す。
まずは、マリアの父――元老騎士団長の レイナール。黒鎧に威厳を宿しつつも、娘と仲間たちを見て微笑む。
次に、吸血鬼の老人テレス。深紅の瞳を光らせて「懐かしい顔が揃った」と小さく呟いた。
さらに、ルートヴィヒ将軍が現れた。帝国の軍服を纏い、静かに敬礼する。
そして最後に、キーラとその娘。キーラは娘を腕に抱きながら、魔王討伐隊の元へ歩み寄った。
一瞬の静寂の後、レイナは驚きと感激の声を上げた。
「みなさん……来てくれたんですね!」
アンジェラは冗談めかして微笑んだ。
「みなさん、旅のお礼に来てもらってるのよ。諦めるなんて認められないわね♡」
こうして、思いも寄らなかった盟友たちが揃った。
夜明け前の草原。その中央、篝火が焚かれていた。盟友たちが円を描き、魔王討伐隊に語りかける。
「我々も昔は君たちと同じように戦った。血を流し、裏切られ、倒れて泣いた」レイナール。
「だが、最後に思い出してほしかった。信じていた者たちの顔を」テレス。
「帝国の未来を託せるのは、君たちだ」ルートヴィヒ。
「私の娘を救ってくれたこと、忘れてないわ、みんな」キーラ。
アンジェラは真顔で締めた。
「あなたたちは、もっと強くなれる。魔王は、その先にいるんだもの♡」
そして修行が始まった。
レイナは黄衣の男に古代の剣技と勇者の剣の真の力を解放する方法を。
マリアは剣と盾を持ち、父レイナールの特訓を受けた。重い鎧の扱い方、剣の連撃、盾を使った防御──その体には徐々に鉄のような佇まいが刻まれていく。
シャリエラはテレスから、闇と血を使う吸血鬼の術と、その裏にある聖歌の力を学んだ。己の聖印を魔力として研ぎ澄ませる秘訣を知る。
ルシアンとリアーネは将軍と共に、戦場の動きを模擬して訓練した。魔術と軍隊の融合、配置の読み、援護術の習得などが続けられた。
カーニャはアンジェラの紫龍に乗り、飛翔の練習と龍術の模倣を学んだ。心を空に飛ばすような感覚が身体に宿り、新たな力の片鱗を感じる。
一週間が過ぎた頃、全員集められた。仲間たちの気配は、以前とは違っていた――鍛え直された者たちのそれだ。
篝火を囲み、盟友たちが静かに告げる。
「君たちは、魔王と対峙できる水準まできた──が、今夜だけは、ひととき休息を」
その言葉に、レイナは剣を背に置く。シャリエラは風を吹かせ、聖光と闇を混ぜた歌を口ずさむ。カーニャは龍の羽音を確かめ、ルシアンとリアーネは地図と魔導書を見つめる。マリアは父の記憶と鏡を見る。
―― 仲間たちが笑い合う夜だった。
アンジェラは眼鏡をずらして言った。
「さあ、明日の朝からは、魔王城よ♡」
盟友たちはそれを見守りながら、静かに頷いた。
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月明かりの下、レイナとシャリエラが夜の草原に佇んだ。
シャリエラが静かに言う。
「レイナ……あの時、セエレは私の正体をほのめかした。でも、意味はわからない。だけど、私は……」
レイナはそっと手を取った。
「あなたが誰であっても、私たちは信じている。だから怖くない」
シャリエラは微笑む。揺れる月光に、その白銀の髪が光った。
他の仲間たちも、星空の下でひとりずつ弱音と決意を抱いていた。
黎明――
盟友たちと共に立ち上がる魔王討伐隊。訓練で刻まれた力と仲間たちの援護を胸に、再び魔王城へと歩みを進める。
レイナはアムネシアを握り締め、黄金の光を湛える。
カーニャは龍術の余韻に揺れ、マリアは父と共に新たな剣舞を思い描き、シャリエラは血と聖なる歌を融合させ、リアーネは影を纏い、ルシアンは炎と氷の呪文を研ぎ澄ませていた。
アンジェラと盟友たちは脇から励ます声を送る。
「さ、いってきなさい♡ 今度こそ、本当に決着をつけるのよ!」
六人の絆は、仲間たちの信頼でさらに強固になった。
魔王城の門の先にあるのは、先日倒せなかった魔王――アルヴィスとの最後の戦い。
その剣と魔力が揺らぐことなく轟く道に、六人は共に一歩を踏み出した。