転生した異世界が主人公が産まれる2000年前だった   作:yumui

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死別

王都の空は、かつて見た灰色ではなかった。

50年の歳月は、焼け焦げた瓦礫の都に、豊かさと美しさを取り戻していた。

 

石造りの建築が並び、中央広場には噴水が立ち、王国の象徴たる宮殿が朝日を反射して光っている。

市場には各部族の特産が並び、冷やされた魚介を扱う棚のそばで、鉄の鍋が音を立てて煮えている。

 

ヴェルギリウスはその光景を、宮殿の高台から見下ろしていた。

 

彼の身体は老いを知らない。

アンジェラの心臓によって与えられた「永遠の命」は、今も変わらず彼の血を巡っていた。

 

だが――変わらないのは身体だけだった。

 

かつて一緒に闘った21の部族長たちは、そのほとんどが老衰で世を去った。

子孫たちがその力を受け継ぎ、各地の守護となっていたが、

同じ時代を共に語れる者は、もう数えるほどしかいなかった。

 

そして今日、また一人――かけがえのない存在が、去ろうとしていた。

 

 

病床の母、ライナ。

あの夜、死産だとされていた彼を抱き、

「お前は死んだ子じゃない、生まれてきた我が子だ」と言ってくれた――彼のすべての原点となった女性。

 

その肌は、もはや皺だらけで、声も細くなっていた。

 

「お前は……ほんとに、立派になったねぇ……ヴェル……」

 

「……母さん」

 

ヴェルギリウスはそっと手を握る。

その手はかつて、彼を叩き、抱き、守ってくれた。

 

「王になって……国を守って……でも、まだ一つ、私……気がかりがあってねぇ……」

 

「……言ってくれ」

 

「ヴェル……お前……まだ嫁を取ってないじゃないの」

 

「……」

 

「お前みたいな立派な男が、独りで老いて……国だけ遺して……そんなの、母さん……耐えられないよ……」

 

掠れた声。

その目から、涙がひとしずく流れ落ちた。

 

ヴェルギリウスは、何も言えなかった。

戦いの中で命を賭けることはできた。

だが、心を誰かに預けることは――この五十年間、一度もできなかった。

 

あの時、心臓を交換したことで、自分はもう「人間」ではない。

誰かと同じように生き、同じように老い、同じ時間を刻むことができない。

 

そのことが、いつしか心の中で「誰かを好きになる」ことへの恐怖に変わっていた。

 

「ヴェル……私の……お願いを、聞いてくれるかい……?」

 

「……ああ、必ず……見つける。愛せる相手を」

 

ライナの目が、かすかに潤んで微笑む。

 

「……それでこそ……ヴェル……。あの夜……命を吹き返してくれた……不思議な子……」

 

「……母さん」

 

「幸せに、おなり……よ……」

 

そう言って、母の瞳が、静かに閉じられた。

 

窓の外で、春の風が吹いた。

薄桃色の花びらが、舞い込んでくる。

 

#

 

王都の西、果てしない森林地帯の彼方に、獣のような牙を持つ戦士たちの部族があった。

人間と異なる骨格と鋭い爪、狼や虎、熊の面影を持つ獣人たち――その長である獣王ガルザークは、誇り高くも力を何より重んじる族長だった。

 

そして今――ヴェルギリウス率いるギャラルホルンと、獣人族の精鋭部隊が戦場で激突していた。

 

 

「王よ、敵は高地に陣を構え、我らの進軍を阻んでいます!」

 

「構わん、突破する。俺が先陣に立つ!」

 

ヴェルギリウスは赤髪をなびかせ、金の瞳を燃やして大地を駆けた。

彼の後ろには、部族の血を引く戦士たち――ギャラルホルンの精鋭が続く。

 

大地は揺れ、槍が飛び、咆哮が木霊する。

 

獣人たちの戦士は、雷のような脚力と怪力を持ち、鉄を素手でへし折る者もいた。

対するギャラルホルンは、魔力と技術で鍛えられた武器、統率された動きで応戦した。

 

刃と爪が交わり、火花が散る。

血と汗が、地に染み込む。

 

その最中――

 

「来い、人の王!! 俺と決着をつけようではないかァ!!」

 

獣王ガルザークが、黒鋼の戦斧を肩に担ぎ、戦場の中心に現れた。

身の丈3メートルを超える虎のような風貌。鋭く光る獣眼。

筋肉に刻まれた戦傷の数が、そのまま栄光の証だった。

 

「望むところだ、獣王!」

 

ヴェルギリウスもまた剣を抜く。

その姿にギャラルホルンの戦士たちは道を開け、獣人の戦士たちも静まりかえった。

 

王と王――二つの魂がぶつかる。

 

 

斬撃と斧撃が交差するたび、大地が震えた。

剣は炎を纏い、斧は雷鳴を呼ぶ。

 

「ぬううおおおおおおお!!」

 

「はあああああああっ!!」

 

何十合も交えた末、互いに大きく距離を取り、膝をつく。

 

「……くくっ……見事だ、ヴェルギリウス……! これほどの戦い、久しく味わっていなかった……!」

 

「……同感だ、ガルザーク……! お前の一撃は、どれも心を震わせる!」

 

戦場が静まりかえる。

王同士の戦いは、勝敗ではなく――互いの器を試すものだった。

 

そして、勝敗は――

 

「引き分け、か」

 

「ああ……だが、貴様は敵とは思えん。血は流したが、今なら分かる。お前は国を想い、民を背負って立つ王だ」

 

「……ならば」

 

ヴェルギリウスは剣を地面に突き刺した。

 

「友となってくれ、ガルザーク。血で争うのではなく、知恵と力で共に歩もう」

 

「……ッ。ふはははは! 良いぞッ、ヴェルギリウス! ならば、証を交換しようではないか!」

 

ガルザークは腰から一振りの剣を引き抜いた。

黒曜のような刃が、炎をまとい、獣の咆哮のような音を立てる。

 

「これこそ、我ら獣人の聖具。燃える魔剣グラディウス。この地に最初に現れた赤き狼の魂が宿る剣だ。お前にこそ、ふさわしい」

 

ヴェルギリウスは剣を受け取ると、礼をもってその刃を掲げた。

 

「では俺も、王都より黄金百石を贈ろう。王国と獣人族の友好の証として、民の繁栄のために使ってくれ」

 

「はっはっはっは! 燃える剣に、輝く金! なんと相性の良い贈り物だ!」

 

二人は笑い、手を取り合った。

 

その光景に、獣人たちは咆哮を上げ、ギャラルホルンの戦士たちは剣を掲げた。

戦の終わりを告げる、誇りと祝福の声。

 

 

その後、ヴェルギリウスは王都に帰還し、獣人の使者を迎え入れ、正式な国交の調印式を行った。

新たな道は敷かれ、貿易が盛んになり、王国はさらなる繁栄を迎えることとなる。

 

ガルザークとは定期的に親書を交わし合い、時には互いの領地を訪れる友情を深めていった。

 

そして――

 

燃える魔剣グラディウスは、ヴェルギリウスの愛剣になる。

「戦いではなく、友情を結ぶために振るわれた剣」として語り継がれることになる。

 

――この国の、もう一つの黄金の伝説として。

 

#

 

夜の帳が落ちる頃、魔族の王都――の深奥にある漆黒の城砦、その最奥には誰もが恐れ敬う存在が座していた。

 

“魔王”。

 

人知を超えたその姿は異形そのもの。

巨大な竜のごとき黒鱗の身体には毛皮が生え、白金の鎧を身にまとい巨大な双剣を携えている、首元からは、美しい女性のような上半身――だが、そこには肌も瞳も死に絶えたような、血の通わぬ肉体がひとつ生えていた。

それは魔王の「意思」そのものが形を取ったとされる、人のようでいて人に非ざるもの。

 

この日、“王庭”と呼ばれる魔族最強の部族長たちの中でも、特に古き存在――吸血鬼の女王リヴェリア・ノスフェラトゥが呼ばれていた。

 

城の中庭に現れたその姿は、時を止めたような美貌と艶やかさをまとい、背に蝙蝠のような翼をたたえ、紫黒のドレスが夜風に舞っていた。

その唇から笑みが浮かぶ。

 

「お呼びですのね、我が王。夜の帳を超えて我が美しさを欲したかしら?」

 

「……リヴェリア。来たか」

 

魔王の声は幾重もの音が重なるように響く。

その言葉一つで、大地にいる下級魔族たちが無意識に震える。

 

「人間の地――ヴェルギリウスという王を知っているか?」

 

「あら……聞いたことがあるような、ないような。若い王でしょう? 人間にしては少しだけ骨のある」

 

魔王の竜頭がゆっくりと動き、遠く西の方角を見る。

そこには、数十年前に陥落したはずの人間の王都――ヴァルハルドがあった。

 

「グオネラが討たれた」

 

その言葉に、リヴェリアは一瞬だけ瞳を細めた。

だが、すぐに軽く笑い、首を振る。

 

「あの巨人の大王が? まあ、馬鹿で力任せなだけの巨塊だったもの。不思議ではないわ」

 

「だが、倒したのは人間だぞ。ヴェルギリウスとその戦士団、“ギャラルホルン”」

 

「……ふうん?」

 

リヴェリアは顎に手をあて、考え込む素振りを見せる。

 

「そのヴェルギリウスが、私たち魔族にとって脅威だと?」

 

「お前に訊いている。警戒すべきか?」

 

魔王の声が低くなる。

問いではあるが、その声には判断の基準が含まれていた。

王庭に属す者にとって、軽はずみな言葉は即ち命を賭けることを意味する。

 

だがリヴェリアは動じない。

不老の吸血姫は、千年に渡り魔族の血脈を守り続けた者。

今さら魔王の問い一つで言葉に詰まることなどない。

 

「正直に申し上げて、今は“取るに足らない”と思うわ」

 

「……」

 

「確かに、グオネラを討ったのは立派。でも、あれは魔族の中でも落ちこぼれの王。

私たち“王庭”の真の力、知恵と魔法と血脈の深さを知らぬ凡俗に過ぎない」

 

リヴェリアはゆっくりと足を運び、魔王の座の前で一礼する。

 

「けれど、もし我が王がそこまで気にされるのなら――私が自ら、見に行きましょうか。

“人間の王”とやらが、どれほどのものか、このリヴェリアの瞳で確かめて差し上げますわ」

 

魔王の頭上にそびえる翼が一瞬だけ広がり、風が吹く。

 

「お前が行くなら、それでよい。だが、探るだけだ。討つな。

まだ、今は……機が熟してはいない」

 

「わかっておりますわ。我ら魔族は、ただ力に従う愚者ではありませんもの。

我が王が動けと命ずる時まで、私は美しく舞い、血の香りを嗅ぎながら静かに見定めましょう」

 

その言葉とともに、リヴェリアはくるりと身を翻し、夜の空へと飛び立った。

 

紫の翼を広げたその姿は、夜空を切り裂く一筋の影となり、遥か西へと飛翔してゆく。

 

 

 

 

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