工房の扉を開けた瞬間、バナは思わず感嘆の声を上げた。
そこには大小さまざまな機械が並び、蒸気管や歯車の音が心地よく響いていた。無数の工具が壁にかけられ、作業台には見たことのない装置が並んでいる。
「すごい……!」
バナは目を輝かせ、周囲の機械を次々と見て回った。
「これは何ですか?」
「それは古代の蒸気機関をモデルにしたもので——」
「こっちは?」
「それはおじいちゃんが昔作った——」
ロサとバナは夢中で会話を交わし、工房の機械について語り合った。ロサの説明を聞くたびに、バナの興味はどんどん深まっていく。
カルセドとジルコン、アイオライト、エッシェの四人は、そんな二人のやり取りを少し離れた場所から見守っていた。
「ずいぶん楽しそうだな。」
ジルコンが苦笑する。
「まあ、悪いことじゃないしさ。」
カルセドも肩をすくめる。
しばらくして、ロサは何かを思い出したように手を叩いた。
「そうだ、エーメスくんを見せる約束だった!」
そう言うと、ロサは奥の棚から慎重に箱を取り出し、そこに収められていた小さな機械のスイッチを入れた。
すると、棚の影からずしん、と重みのある足音が響き、人型の機械人形がゆっくりと姿を現した。
それは人間と同じくらいのサイズの自動人形で、胴体や四肢にはしっかりとした金属の装甲が施されている。各関節には複雑に歯車が組み込まれ、内部の蒸気管からかすかに熱気が漏れ出していた。
「これが、エーメスくん!」
ロサが誇らしげに紹介すると、バナは思わず息をのんだ。
「すごい……これが、古代の自動人形……」
「うん! もともとはもっとシンプルな造りだったんだけど、博覧会に出したときに改造されて、今では重い荷物を運んでもらったりとか、うちの工房で仕事を手伝ってもらってるんだよ。」
バナが感心して見つめていると、エーメスくんがゆっくりと動き出し、ぎこちないが確かな動作でロサの横に立った。
「この胴体の装甲も本当は無かったんだけどね…でも、歯車がむき出しで、砂を投げればすぐに止まっちゃうから、これで塞いじゃった!」
バナはエーメスくんがすぐ近くに立ったことに驚いたようで目を丸くした後、ふふっと微笑んだ。
「サインをいただいてもいいですか?」
ロサがエーメスくんに筆を握らせ、スイッチを操作すると、エーメスくんはゆっくりと机の上にある紙を手に取り、筆記で文字を書いた。
『ぼくは エーメス くん』
バナは感動したようにそれを手に取り、しばらく眺めていた。
エーメスくんはそんなバナを見て、首を傾け、シューッ…と静かに蒸気を噴き出す。
「……すごい! 本当に、ただの機械じゃないみたい!!」
その言葉に反応したように、エーメスくんはプシュップシュッと頭から次々に蒸気を噴き出す。
そんなエーメスくんとバナを見て、ロサは満足そうに頷いた。
工房での楽しいひとときを満喫した後、バナたちは外へ出た。
日も沈みかけ、空はすっかり夕焼けに染まっている。
「またいつでも来ていいからね!」
ロサが満面の笑みを浮かべると、バナも感激したように頷く。
「本当に素敵な時間でした……! いつか、また…」
しかし、そんな穏やかな空気の中——
パカラッ……パカラッ……
軽快な蹄の音が響き渡る。
カルセドたちは思わず音のする方へと目をむける。 すると…
…現れたのは、一台の白い馬車。
—それは滅多に見られない代物だった。
近年、この国でも蒸気自動車が凄いスピードで普及していっている。
特に商人たちは機動力を重視し、蒸気自動車を選ぶ傾向にある。それでもなお、馬車を使用するのは、基本的には伝統や格式を重んじる、高位の貴族や王族に限られていた。
お金持ちは貴族との付き合いで、馬車を使うこともあると聞いたことがあるから、バナが馬車を使っていたことは、彼女の親である富豪の影響だと思っていた。
だが、この白い馬車はただの貴族のものではない。
純白の車体に施された金色の装飾、細やかな彫刻が刻まれた車輪——それだけでも持ち主の身分の高さがうかがえたが、決定的だったのは扉に刻まれた紋章だった。
それは、王家の紋章。
「……え?」
三人は同時に動きを止めた。
「え? ちょっと待って……!?」
頭が追い付かない三人の前に馬車が止まり、馬車の扉がゆっくりと開く。
そこから現れたのは、一人の少女だった。
夕陽の光を受けて輝く金髪——それはバナと同じ色をしていた。しかし、バナが可憐な花のような雰囲気を持つのに対し、彼女はどこか意志の強さを感じさせる瞳をしていた。
精緻な刺繍が施されたドレスは華やかでありながら動きやすいよう工夫されており、その足取りは王族らしからぬほど軽やかだった。
彼女は一目バナの姿を見つけると、躊躇なく駆け寄った。
「ミラ、大丈夫!? 怪我をしたって聞いて、心配で……!」
その切迫した声が響いた瞬間——バナはつい、大きな声を出してしまった。
「お、お姉さま!」
バナの驚きの声が静寂を破る。
カルセド、ジルコン、ロサは固まったまま、言葉を失った。
——お姉さま?
「ちょ、ちょっと待て……お姉さま? て、ことは…」
ジルコンが戸惑いながらバナを見つめると、護衛の一人が静かに説明する。
「こちらは第三王女・サフラン様。そして……バナお嬢様の本来のご身分とお名前は、第四王女・ミラビリス様でございます」
——王女。
その言葉が、カルセド、ジルコン、ロサの脳内でぐるぐると反響した。
「王族……!?」
カルセドの口から辛うじて言葉が出るが、混乱を隠せない。
一方でロサは、やや納得したような声色で呟いたが、その片手で顔を押さえていた。
「……確かに、育ちがいいとは思ったけどさ……まさか王族だったなんて……」
その指の間から覗く瞳には、驚きと困惑の色が浮かんでいる。
噂に聞いたことがある。第四王女は体が弱く、王位継承権も低い。しかし、姉である第三王女からはことさら大切にされ、誰よりも愛されている——と。
そんな三人の反応をよそに、サフランはバナ——ミラビリスの手を取り、じっと彼女の顔を覗き込んだ。
「本当に無事なのね?」
その目には、安堵の色が浮かんでいる。
「ごめんなさい、お姉さま……心配をかけてしまって……」
「まったく、もう……。ちゃんと予定を組んで、お忍びで出る許可も取ってたし、ちゃんと護衛もつれてるのはわかってはいるけど…怪我なんてするからっ…心配したじゃない…!」
サフランは安心した様子で溜息をついたが、次の瞬間、ぎゅっとミラビリスの手を握る。
「軽い怪我だって聞いてはいたけど、やっぱり顔を見るまで安心できなかったの。」
サフランの表情には、妹を心配する姉の愛情が滲んでいた。
ミラビリスは申し訳なさそうに俯く。
そして、サフランはカルセドたちへと向き直る。
「あなたたちが、ミラを助けてくれたのね。」
その鋭くも真摯な瞳が、三人を見つめる。
「…本当に、ありがとうございました。」
彼女は静かに深く頭を下げた。
王族が庶民に向かって頭を下げる——その異様な光景に、カルセドたちは慌てる。
「い、いやいや! 頭なんか下げなくていいって!」
「そ、そうですよ! たまたま一緒にいただけで!」
「それに、バナ……じゃなくて、ミラ様はすごくいい子だし!」
「サフラン様!! おやめください!!!」
慌てる三人の声が重なるのと同時に、護衛たちの焦った声が響いた。
彼らは一斉に駆け寄り、サフランの横に並ぶと、深く頭を下げながら必死に訴えかける。
「どうかお顔をお上げください! それでは我々の立場が……!」
「どうか、おやめくださいませ……!」
「王族たるお方が庶民に頭を下げるなど、あまりにも……!」
護衛たちは次々に口を開き、まるで天地がひっくり返ったかのような慌てぶりを見せていた。
しかし、サフランは静かに顔を上げると、護衛たちを鋭い目で見渡す。
「いいえ。私は姉として、感謝の気持ちを表したまでよ」
凛とした声音に、護衛たちは思わず息を呑んだ。
「彼らがミラを守ってくれたことは紛れもない事実。ならば、それに対して礼を言うのは当然でしょう?」
サフランの強い言葉に、護衛たちはぐっと口を噤んだ。
一方、目の前で繰り広げられるこのやりとりに、カルセドたちはただただ困惑するばかりだった。
「え、えーっと……?」
ジルコンが戸惑いながらロサとカルセドを見やる。
カルセドも同じくどう反応していいのかわからず、頬をかきながら小声で何か言おうとするも、言葉にならない。
ロサは片手で顔を押さえたまま、小さく息をつく。
「……すごい人ね、どっちも……」
そう呟きながらも、どこか感心したようにサフランを見つめていた。
そんな中、唯一落ち着いていたのはミラビリスだった。
「お姉さま、ありがとう……でも、あまり護衛の方たちを困らせないであげて」
ミラビリスがそっとサフランの袖を引くと、サフランはふっと微笑んだ。
「わかったわ。でも、私はちゃんと感謝を伝えたかったの」
そう言って、再びカルセドたちへと目を向ける。
「改めて、本当にありがとう」
直立不動で、頭を下げているわけではない。だが、まっすぐな瞳に見つめられ、三人は気恥ずかしそうに視線をそらした。
そして、ジルコンが照れくさそうに頬をかきながら呟く。
「……なんか、王族様ってすっげぇんだな……」
カルセドとジルコンは、ちらりとロサを見る。ロサは一瞬何かを考えたようだったが、やがていつもの調子で笑った。
「うん、気にしないで! だって、友達だからさ!」
その言葉に、ミラビリスははっと目を見開く。
そして、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「そう…ですね…ロサ様。それなら王族としてではなく、友達として…妹として、姉のお礼の言葉を受け取ってください。」
サフランもまた、穏やかに微笑みながら頷く。
今まで「バナ」と呼んでいた少女の正体は、王族の一員——第四王女ミラビリス。
そして、目の前にいるのはその姉であり、王族の中でも特に妹を愛してやまない第三王女サフラン。
だが、それでも——今は、王族と平民ではなく、友達として。バナとハグルマ団として、話したかった。
ミラビリスはロサ、カルセド、ジルコンの三人を順番に見つめる。
「……今日は本当に、ありがとうございました」
その瞳には、感謝と、名残惜しさが滲んでいた。
ロサは満面の笑みを浮かべ、彼女の手を握る。
「またいつでも遊びに来なよ! 今度はもっとすごいもの作って見せてあげるからさ!」
ミラはくすっと微笑み、静かに言った。
「それ、とても楽しみです……また、一緒に何かを作りましょう。今日みたいに、わくわくするものを」
ロサは、その言葉を聞いて一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにニヤリと笑い、力強くうなずいた。
「もちろん! 約束だよ!」
ミラは嬉しそうに微笑みながら、今度はカルセドとジルコンの方を向いた。
「お二人も……本当にありがとうございました」
「おう! まあ、楽しかったしな!」
ジルコンが頬をかきながら笑うと、カルセドも手を振って応える。
「いつか…さ。また来いよ!」
「はい……また、必ず!」
ミラは最後にもう一度、彼らの顔をしっかりと目に焼き付けるように見つめた。そして、名残惜しそうにしながらも、馬車へと足を踏み入れた。
扉が閉まり、御者が手綱を軽く引く。馬が小さくいななき、車輪が回り始める。
ゆっくりと、馬車が遠ざかっていく。
………三人は、その後ろ姿をじっと見つめた。
……風が吹き抜ける。
ミラは窓越しにそっと振り返り、最後の別れの視線を送った。
——もう二度と、今のように気軽に語り合える日は来ないのかもしれない。
それはほんの些細な予感だったが、互いの胸の奥で、確かに燻っていた。
自分は王族で、彼らはただの町の子供だ。身分が違う。生きる世界も、背負うものも違う。たまたま巡り合い、たまたま助けた——それだけの関係だったのかもしれない。
けれど、それでも。
せめて今だけは、王族としてではなく、一人の友人として見送って欲しかった。
第三王女ミラビリスではなく、「バナ」として。
そして——対等な友人として。
だから、バナは窓から顔を出し、三人に手を振った。
ロサ、カルセド、ジルコンの三人も、精一杯、笑顔で手を振り続けた。
馬車が、少しずつ遠ざかっていく。
風に吹かれながら、三人はただ、それを見送っていた。
そして、馬車はやがて遠く、地平線の向こうへと消えていった。
…沈黙が訪れる。
誰もがぼんやりと、今までの出来事を思い返していた。
「……なんか、夢みたいだったな」
ジルコンがぽつりと呟く。
「うん……でも、夢じゃない。」
カルセドも静かに同意する。
ロサは腕を組み、いつものようにニヤリと笑った。
「次に会う時は、もっとすごいもの見せてやるんだからっ!」
そう言う彼女の目が潤んでいたことは…カルセドもジルコンも、気づかなかったことにしておいた。
三人は、遠ざかった馬車を見送った達成感と、ほんの少しの寂しさを胸に抱きながら、静かにその場に立ち尽くしていた。
おしまい
おまけ:
名前の由来
第四王女 ミラビリス(バナ・オシロイ)
ラテン語でオシロイバナの事。偽名はそのまんまです。
花言葉は 内気、臆病
第三王女 サフラン
花言葉は 陽気、快楽、歓喜
エッシェ
ドイツ語で トネリコ。
花言葉は 服従・高潔・荘厳
アイオライト
鉱石言葉は 誠実 徳望 貞操
名前のない護衛
常に一歩引いたところから事務的に接する。
実はその理由は、病弱な第四王女など護衛しても左遷されたようなものと考えている為。
ただ、そのせいで今回は暴れ馬相手に四苦八苦する羽目に。
※ この作品は、アークライト様のアナログゲーム「のびのびTRPG スチームパンク」の二次創作です。
イベントや世界観の発想など、「のびのびTRPG スチームパンク」の二次創作であることには間違いありません。
また、この作品はChatGPTを用いて文章を書き、修正・加筆を手作業で行っています。
ゲーム名:のびのびTRPG
ゲームデザイン:今野隼史
発売元:株式会社アークライト
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