連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの七海建人と申します。 作:馬鹿め!そっちは本体だ!
南から
呪術師に悔いのない死などない、かつて自分の恩師だった人が常々言っていた言葉だ。
自分の死に様に後悔など無いと言えば噓になるが、どこか諦観に近いような納得はしていた。
この死に様が呪いからも他人からも目を逸らして逃げようとした私への罰だとしても、心の奥底では理解も納得も、受け入れることさえ出来てしまう。
どこか物価の安い国で。
呪いとも他人とも無縁でいられる新天地で。
今までの時間を取り戻すように、フラフラと自分の人生を謳歌する。
それが私の望む理想的な生き様。
逃げるタイミングも引き時も、幾らでもあった。
呪術師に出戻って1級術師に昇格してからの金の入りは驚くほど良く、一般社会で過ごした年数分のそれを短い間で遥かに上回った。自他共に負わなければならない死のリスクと、自らの手を血で濡らすという代償と共に。これだから呪術師はクソだった。
納得のいかない仕事をこなし、寝ても覚めても金の事ばかり考えていた毎日。それと比べてどちらがマシかと考えたことも有ったが、金の入り方の違い以外の全てが同じクソだという結論に至った。
金を稼ぐ場所が変わっただけ……だからここでも適当に稼いでおけばそれで済んだ話だった。
やりがいなんて曖昧な理由で戻って来て、同じ曖昧な理由で続けて。
その結果があの
私は死にたい訳ではなかった。
大小問わず数多の絶望の積み重ねを得てきた私でも、世界や誰かの死に絶望して自ら命を絶つような死に方もしなかった。
正しい死とは何かについて、虎杖君に聞かれたことを思い出す。
誰かのために本気で怒れる彼は、人外魔境と化した新宿での戦いで生き方についての彼なりの結論を見いだせたらしい。
何がしたかったのかすら曖昧で、己の選択全てを呪いたくなるような
それでも、私は孤独では無かった。
どのみち死を待つだけだった自分でも、
最期の最後で
そこだけは、悔いのない死だったと言える。
そんな自分に、もしも”次”があるとしたら私は―――
■
ガタン、ゴトン……ガタン、ゴトン……
車輪とレールの音
どこに向かっているのかも分からない電車の中、色づいた太陽が海辺を照らす。
海を赤らめさせる夕陽の光が、透明なガラスを通じて車内を染めていた。
『……私のミスでした。』
『私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況。』
『結局、この結果にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて……。』
自分の向かいに座る人の肩からは血が流れ、赤が座席から床板まで伝っている。
誰なのかは分からない。だが不思議と初めて会った気がしない。
私とこの人との間で、何があったのだろうか。
『……今更図々しいですが、お願いします。』
『きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません。』
『何も思い出せなくても、おそらくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから……。』
”ありがとう”。そんな何ともない言葉一つで、逃げた場所に出戻ることを選んだ。
やりがいなんて曖昧な理由を、呪術師に出戻る理由にした人間だというのに。
そんな私に、選択といういものは些か荷が重すぎる。
『ですから……大事なのは経験ではなく、選択。』
『あなたにしかできない選択の数々。』
”やりがい”、”生きがい”……そんなものと自分は無縁だと、割り切ることができなかった。
割り切れなかったから、やりがいなんて曖昧な理由で再び逃げるように出戻っただけだ。
結局逃げただけ……出戻ってからは逃げなかったというだけだ。
『責任を負うものについて、話したことがありましたね。』
”―――あなたがどれほど優れていても子供は子供です。”
”私にはあなたを自分より優先する義務があります。”
”自分が子供であることを責める必要はありません。”
”理解してください―――子供であることは決して罪ではないということを。”
ああ……そうだな。確かに私が、虎杖君にも言った言葉だ。
どこかでこの人にも、私はそういう話をしたのだろうか。
『……あの時の私には分かりませんでしたが、今なら理解できます。』
そして、かつて同じようにした私だから分かる。
『大人としての、責任と義務。そして、その延長線上にあった、あなたの選択。』
『それが意味する心延えも。』
『ですから、先生。』
「私が信じられる大人である、あなたなら……。」
この人は、私がかつて虎杖君にそうしたように、
「この捻じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を……。」
「そこへ繋がる選択肢は……きっと見つかるはずです。」
「だから先生……どうか―――
私に、”呪い”をかけようとしている―――
■
―――い、起きてください。先生。」
「―――ですから私は教員では……。」
「七海先生。起きてください。」
聞いた覚えのない、鋭い女性の声で目が覚める。
見覚えのない部屋と、見覚えのない女性。学生服のような服装を身に着けた青い髪の女性が、座り心地の良いソファーに腰を下ろす自分の前に立ってこちらの顔を覗き込んでいた。
「少々待っていてくださいと言いましたのに、余程おつかれだったみたいですね。なかなか起きられないほどに熟睡されるとは……。」
「……いえ。すみません、私も呼ばれておきながら―――」
いや―――違う。私はさっきまで五条さんたちと、灰原と一緒に空港にいたはずだ。そうだ、南行きの便の飛行機に乗ろうとして、搭乗口に行ったことまでは憶えている。そこから先の記憶は完全に抜け落ちている感覚こそ無いが、思い出せない。
そもそも私は死んでいたはずだ。空港にいたのは私たちと、学長。五条さん達が学生時代の任務で関わった星漿体の少女とその付き人くらいで……
「どうかされましたか?」
こちらを心配するような女性の声で現実に呼び戻される。こうして生きてここにいる経緯は一切不明だが、この人は私のことを随分と待っていたように思える。状況を知るためにも先に話を聞いておくべきだろう。
「……失礼。話すと長いのですが、色々ありまして。今ここにいる状況に至るまでの記憶が曖昧なのです。申し訳ありませんが今一度、私がここにいる経緯を教えていただいてもよろしいですか?」
「そうでしたか、混乱されていたのですね……では改めまして、現在の状況についてご説明させていただきます。」
「私は七神リン。学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会所属の幹部です。」
”学園都市”、”キヴォトス”、”連邦生徒会”……呪術界で世界の裏をある程度知っている私でさえ聞いたことのない世界だ。生き返ったわけではない、というより何らかの理由で生き返らされた上に、異界の地に流れ着いてしまった、ということだろうか。私が乗った飛行機は墜落してしまったのかもしれない。それか私だけ五条さんに突き落とされたか、だ。
「フー……少し、考える時間を。そちらも色々あるのでしょうが、私もまだ混乱して状況を飲み込めていないようです。」
「分かります。ですがそれはこちらも同じでして……実は、七海先生がここに来た経緯を我々も詳しくは知りえないのです。”連邦生徒会長”があなたを選出したということしか……」
冗談だろう。この人が連邦生徒会長ではないのか。連邦生徒会長の情報の共有がザルすぎる。
先方もこちらが出向いた経緯を知らないとなれば、今こうして私がここにいる理由がますます分からない。連邦生徒会長が私と面識のある人物である保証もない。
思わず項垂れると、自分がスーツ姿であることに気づいた。
背中の方にも
いつも着けていた眼鏡も胸ポケットに入っていた。
「(……魂の通り道であったあの空港、魂をどうこうする真人という呪霊の影響?いや、しかし奴は虎杖君たちと……夏油さんの死体を操っていた黒幕によって完全に消滅したはずだ。)」
巡り廻り結論の出ない思考の末、今ある情報とこの部屋だけで結論は出ないという結論に至った。
「その、連邦生徒会長、でしたか?その方が私に何かをさせようとして、私がここに来たということで合っていますか?」
「はい、おっしゃる通りです。混乱されているでしょうに、ご理解頂けて幸いです。」
合って欲しくは無かったが合っていた。私を選んだという張本人がこの場にいないことも含めて理解も納得もできてはいないのだが。
「度々失礼ですが、そのことについても追々ご説明いただいてもよろしいでしょうか、その……色々と。」
「勿論です……その、色々大変な中来ていただいてしまったようですね」
目の前の女性……七神さんが申し訳なさそうにこちらの顔色を窺っていた。子供に心配されるとなると、私は相当に情けない姿を晒していたらしい。
「いえ……申し訳ない、呼ばれておきながらこのザマとは。見苦しい姿を見せてしまいましたね」
「仕方ありませんよ。とりあえず、こちらへどうぞ。エレベーターの中で簡潔にですが、キヴォトスをご案内します。」
「ーーーーーというわけでして。このような経緯があって七海先生をご案内している次第です。」
「なるほど……大まかにですが大体
まるで渋谷の時の五条さんのような連邦生徒会長の状況や目的について思考を馳せながら、エレベーターから外の光景を眺める。
ニューヨークや東京のようであって、ハワイのようにも見える美しい空色に満ちた景色と、先ほど七神さんが言っていたような暴動による数々の爆発。
一々驚いて七神さんを庇おうとしていたのが馬鹿らしかったと思うくらいには
それに加えて聞く限りと見た限り、1人分のサンプルしかまだ無いが、頭上に浮かぶヘイローと呼ばれるリングのようなものを始めとし、生徒の中には私とは異なる身体的特徴、部位が多くある生徒も珍しくないようだ。
七神さんの場合、ヘイローに加えて横に長い耳……それでもって生徒、子供たちはみな女性であり、個人差はあれど銃火器に対する耐性が一様に強くあること。
聞いているうちに今からでも南行きの飛行機の便に間に合わないかと現実逃避じみた考えが浮かぶが、彼女らの状況を鑑みるとそういうわけにもいかない。
「先生はどう思われますか?」
「シンプルになぜ私をと思うのと一組織としての権限が強すぎます。組織的に認められた治外法権と言っても何ら過言ではありません。」
連邦生徒会独立連邦捜査部
連邦生徒会という名義ですら介入しづらい諸々の問題に、規約や法律に拘束されることなく関与できる完全な中立の超法規的機関。
連邦生徒会直轄という形でありながら連邦生徒会からの制限もないという、危険因子にすらなり得る、それこそ自分には過ぎた
”先生”というのも単なる名義に過ぎず、実際は組織のトップであるわけだ。
荷が重い以前に、これを完全に部外者だった私に託す意味が理解できない。
「ここで言うのも何ですが、私には連邦生徒会長との接点がありません。例の”やるべきこと”が終わったら話しますが、色々な事情があって私はここにいます。彼女は私の何を知り、私を何とおっしゃっていたのですか?」
「……今はもう時間がありませんが、ただ一つだけ、先生について言っていたことがあります。」
「それは?」
「『先生は私が任せられる、私たちが信頼できる大人です。』、と……」
「……」
「先生?」
「フー……」
完全に体の力が抜けたような感覚だった。エレベーターの手摺に背を預けるようにして天を仰ぎながらため息をつく。
いくら政治を学園単位で行う都市だろうが、
そうか、この子たちには……守ってくれる大人が必要なのだな。
連邦生徒会長という人がどれほど私の本質を知っているか定かではないが、随分と殺し文句が立つようだ。
我ながら、自分の単純さには呆れてしまう。
「……わかりました。シャーレの活動については追々聞くとして……」
驚きと期待の混ざった七神さんの目線が私に向かう。私自身、こう言わされるとは思いもしなかった。
「このキヴォトスにおける先生という業務、引き受けましょう。」
「使わているのは拳銃だけですか?」
「いえ。小銃や散弾銃、機関銃にロケットランチャー、戦車やドローンも含めて幅広く使われています。」
「……噓でしょう。」
サバゲ―感覚で銃火器が使われてるキヴォトスで七海は五体満足で南まで耐えられるのか……?