連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの七海建人と申します。 作:馬鹿め!そっちは本体だ!
大人や目上の者としてあるべき姿以上に甘そう。甘いという自意識はありそうだけど実態はもっと甘いと俺が嬉しい。
生徒がヘマして捕まった時は爆速で敵を全員ブチ転がしながら助けに行きそうだし。
遅れ申しあそばせましたがゲヘナ編です。ミレニアムが終わったらようやっとアビドスに入ります。アビドスも序盤はプロットができたのでそこからは多少早くできると思います。
「う、うう……お腹が……お腹が空いたわ……」
誰かにとっては何でも無い一日でも、人によってはそれが生きるか死ぬかの瀬戸際に立つような重大な、あるいは危機的な一日である可能性もある。
ある生徒がいつも通りの時間に起きて、いつも通り学校に出向いて授業に励んで友達と駄弁っているその間にも、明日食べる物にすら困っている生徒がどこかに存在しているのかもしれないのだ。
ファー付きの派手なコートを羽織るような敏腕若手女社長のような見た目の生徒であっても、その日食べるものに困っている可能性も無くは無いのだ。
「ここ一週間猫探しの依頼すら来ないなんて……依頼が無ければ報酬も来ない……報酬が無ければご飯も無い……うう、こんなハズじゃなかったのにぃ……」
ファー付きの派手なコートを羽織って嘆く少女の名は陸八魔アル。
学生の身でありながら便利屋68という名の会社を立ち上げた異色の経歴を持つ生徒である。
もっとも、学生サークルの規模ではあるが。
それでもある程度は表社会でも裏の界隈でも名は知られており、依頼も決して少ない数が出されており、得られている報酬額も同じように少なくは無い。
しかしアル本人の見栄っ張りな性格や、それを面白がる親友兼社員の焚き付けによって自転車操業もとい赤字に陥ることが頻繫にある。
今回はそれに加えてまる一週間は何一つ、猫探しのような小さな仕事すら来ない日々も続いて便利屋68の財政はカツカツ、というより破綻寸前であった。
他の3人いる社員も今日はそれぞれ分かれて何とか仕事にありつこうとしているのである。
「はあ……何でも良いから何か食べたいわ……」フラフラ……
「っ!きゃっ……!」ガシッ!
空腹により真っ直ぐ歩くことも叶わなくなってきたアルは運悪く、いつの間にか近くを通り過ぎようとしていた長身の大人にぶつかってしまった。
体格以上に体幹も良いのか、ぶつかったアルの方が思わず後ろに倒れそうになった。
それでも倒れることが無かったのは、その大人が咄嗟にアルの腰に手をまわして自分の方へ引き寄せたからである。
「お体に触れてしまい申し訳ありません。お嬢さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よ!それより私の方こそごめんなさい、目の前に気づかないでぶつかったのに助けて貰っちゃっ、て……」
「構いませんよ。それより足元が覚束ないご様子ですが……お嬢さん?」
アルがまだその大人の腕の中に収まったままで顔を上げると、そこには白いスーツ姿に身を固めた大人の男の顔があった。
自分たちの年代の生徒よりも精悍で、彫りの深い顔立ち。切れ長の目にオリーブ色の瞳とすっきり通った鼻筋。そして綺麗に整えられて纏まった七三分けの金色の髪。
この大人こそが連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの先生。七海建人その人である。
酸いも甘いも数多く、酸いを割合少し多めに経験してきたであろう、仄かにダークな雰囲気を纏うその大人にアルは自分の憧れるハードボイルドを見出していた。
「(こ、この人!最高にハードボイルドな雰囲気……!)
え、ええ……まだ何も食べてなくて、少しお腹が空きすぎちゃってそれで……」
「まだって……もう昼過ぎですが。それにそんな様子では低血糖かもしれません。本当に何も口にしていないんですか?」
「そ、そうなんだけど!ちょっと訳があって……」
「あ、あうう……」
「……」
特大の腹の虫がアルの弁明を遮った。そのまま下を向いて泣きそうな顔の少女の様子を見て、七海は少し考えた後、口を開いた。
「……その様子だと本当に訳ありのようですね。ここだと人目に付いてしまうので、どこかファミレスにでも入りましょうか。この時間ならまだランチタイムも間に合うでしょう」
「そんな!私からぶつかったのにご馳走になるなんてできないわよ!それにお金もちょっと手元に無くって……私以外にもお腹を空かせてる子たちがいるから私だけって訳にも……」
「でしたらその人たちも呼んでくださって結構です。人数にもよりますがあなたも含めて5人分程度なら問題ありません。私はもう食べてますし」
「そ、それでも……」
「単純に私がこのまま去るのが嫌なだけです。あなたがこの後倒れたりしたらと考えると、この後の仕事にも手が付きづらくなってしまうので」
憐れみによるものでは無いことをキッパリと言った後、自分以外に頭数も増えようと問題ないと言われた手前、逆に断りづらくなってしまったアル。それでも腹の虫は正直で、何でもいいから腹に入れろと再び声をもって主張しようとしてきていた。
「う、うう……私含めて4人もいるんだけれど、それでもいいのかしら?」
「構いません。あそこのファミレスでいいですか?」
「ほ、本当に良いの!?その、私たちそこそこ、いやかなりお腹空いてるから沢山食べちゃうかもしれないのよ!?」
「低血糖なり貧血なりで何処かでぶっ倒れられるよりマシです。私が後で引きずったまま仕事をしないで済む対価と思えば妥当でしょう」
半ば脅しのように自分たちのハングリーさについて語りかけるも目の前の大人は歯牙にもかけない様子で、それよりもこの後の自分の仕事について心配する有様ですらあった。
「わ、分かったわ……今からあの子たちに連絡を入れるから!本当に!良いのよね!?」
「ボックス席が他の客で埋まってしまわないうちにお願いしますよ。私は先に名前を書いてきますので」
「ちょっと!?」
さっさとファミレス内に入っていく後ろ姿をアルが追いかけるのと、自身の社員たちに呼び出しのメッセージを送り終えたのは同時だった。
■
「なるほど、アルさんは起業されていたのですね。その歳の頃の私には到底無い発想でした。勇気のいる決断だったでしょう」
「いずれはキヴォトスに名を馳せる一大起業に成長していく手筈よ!だけどまだ従業員はさっき呼んだ3人だけなのよね……日々の暮らしにすら苦労するから、最近は本当に参ってるの……」
「なるほど……経営も苦労が絶えないのですね」
「そうなの!って、奢ってもらえる立場で言うことでも無いのだけれどね……」
店内に入って自己紹介を終えた2人の会話は思いの外弾んでいた。
奇しくもシャーレという大組織を運用する最上の立場になった七海は、まだ学生の身分でありながら起業して試行錯誤しながらもビジネスをするアルの行動力に感心しているようだった。
自分に付いて来てくれている仲間を大切にする目の前の少女の姿勢も、七海の中で高く評価されていた。経営能力はともかく、経営者としての姿勢は完璧だったからだ。
ついつい、財布の留め口が大きく外れそうになるのも致し方無い。
そうしている内にアルと七海の座るボックス席に3人の人影が集まって来ていた。
「やっ!アルちゃんと奢ってくれる大人の人お待たせ~!やるねえアルちゃん!こんな太っ腹なイイ人捕まえるなんてさ!ねえねえ、どんな風に脅したの?」
「ちょ、ちょっとムツキ!人聞きの悪すぎることこんな場所で言わないで頂戴!”先生”は善意で私たちにご馳走してくれるって言ってくれてるんだから!」
「わ、私なんかにも食事をご馳走してくださるのですか?」
「あなたも含めてご馳走してもらえるのよ!ハルカ!」
「”先生”?社長、もしかしてこの大人って……」
人聞きの悪すぎる爆弾発言をする小柄な少女、自信なさげにオドオドした少女、目の前の大人がどういう人間か吟味しているシャープな目つきの少女。
それぞれがアルを社長とした便利屋68の社員であり、固い絆で結ばれた仲間でもある。
「これで全員ですね。便利屋68のみなさん、はじめまして。座ったままで失礼します」
「私は七海建人。連邦生徒会、独立連邦捜査部シャーレの顧問です。このキヴォトスで先生を務めております」
「へぇ、あなたが例のシャーレの先生だったんだ!へ~、カッコいいじゃん?ね、アルちゃん」
「なんで私に振るのよ!?」
「別にぃ~?私は浅黄ムツキ!ムツキちゃんって呼んでもいいよ~?」
「遠慮しておきます」
「む~?ツレないけど、あなた面白いね!くふふっ♪これからもよろしくね?先生!」
アルを揶揄うような言動が多いこの少女は浅黄ムツキ。アルとは幼馴染であり、室長という肩書を持っている。
悪戯好きではあるが、人を傷つけるような悪戯や揶揄いは決してしないという線引きも持っておりアルのことを気に入っている。
「これからもって……また奢ってもらうつもり?」
「可愛い女子高生にならいくら奢ってもプライスレスだし何ならお得でしょ~?ねぇねぇ、先生?」
「その言い方やめてください。状況が状況なので、私が援助交際を疑われかねません」
「はあ……私は鬼方カヨコ。食べるものに困っていたのは事実だから、今日はありがとう。でも本当によかったわけ?4人もいるのにご馳走してもらって」
「目の前でフラフラになるほど腹を空かせた子供を放っておくと後々気分が悪いので。色々と心配でしょうが、あくまでも私本位な理由なので遠慮しないでください」
ため息交じりにムツキに苦言を呈するダウナーな雰囲気の大人びた少女は鬼方カヨコ。
便利屋68で最年長の社員であり、課長という肩書を持っている。
他の社員たちの暴走やアルの見栄っ張りな部分に振り回されている苦労人にして数少ない常識人でもある。
過去の経歴には不明な点が多いが、それでも便利屋68の仲間として受け入れられているのは確かだ。
「……そういう理由なら、お言葉に甘えようかな。ごめんね、あんまり警戒されると気分も良くなかったでしょ?」
「警戒するのはもっともでしょう。得体の知れない大人に対する態度としてはそれで正解です。何も謝られることなど私はされていませんよ」
「ありがと。そう言ってもらえると助かるよ……よっと。ハルカも、ずっとそこ立ってないで座りなよ。いつまで経っても食べられないし、そこ通る人も困っちゃうから。」
「ご、ごめんなさい!失礼します……」
無言で立ち尽くして一番最後に席に座った少女は伊草ハルカ。
便利屋68の中では新入りで、最年少である。
過去のとある出来事からアルに対する忠誠心が凄まじく、便利屋絡みのトラブルには大抵彼女の暴走が関わっている。
態度や言動から察せられるように、極端に自分に対する評価が低く自分を一番下に見る傾向があるが、便利屋68では末っ子のような感じで全員に愛されている。
「す、すみません先生。私だけ自己紹介がまだでしたね。わ、私は伊草ハルカです。便利屋68の一番下の平社員です……あの、先生。私は水だけでいいので、その分みなさんが多く食べられるようにしてください」
「でしたら私は既にお昼を食べてきているので、その分ハルカさんが多く食べてください。それでいいでしょう?」
「え……いいん、ですか?」
「もちろん。あなたも含めて全員に食べてもらうために来ているのですから。みなさん、お好きなものを食べれるだけ注文してください」
「わーい!じゃあみんなで食べるフライドポテトと~、フライドチキンボックスと~……私はこの厚切りステーキのライスサラダセット、ドリンクバー付きで!ライスも大盛りで頼んじゃっていいよね?」
「どうぞ。取り分ける用の小皿も頼んでおいてください」
「くふふ~♪さっすが~!よっ!気遣いも欠かさないイイ大人!」
「お褒めに預かり光栄です」
「はあ……私はトマトとバジルのパスタ……ごめん先生、私も大盛りでいいかな?」
「ええ、サラダとスープのセットもあるんですね。欲しければドリンクバーも付けて構いませんよ」
「いいの?じゃあまたお言葉に甘えてそれも付けるね。先生も何か頼む?」
「私は自分で選ぶので大丈夫ですよ。ハルカさんは決まりましたか?」
「じゃ、じゃあ私は一番安いほうれん草のバターソテーで……」
「それじゃ足りないでしょう。アルさん、彼女の分も何か適当にお願いできますか」
「わ、私!?えーっと……このデミグラスハンバーグランチセットならどうかしら?ほら、セットだから割安だしランチタイムでお得に食べれるから良いんじゃない?」
「えっと……先生とアル様が良いとおっしゃるなら、それでお願いします」
「私はこの、ビーフシチューオムライスで!その、私も大盛りでお願いしてもいいかしら……?」
「食べれるのでしたら構いませんよ。早いとこ注文しましょう」
各々が注文をタッチパネルで済ませると、注文が厨房へと送信される軽快な音が鳴った。
これで後はそれぞれの料理が届くのを待つだけである。
「ねえねえ先生?」
「何でしょう。他に注文したいものでもありましたか?それでしたら追加注文で頼んでおいてください」
「そうじゃなくってさあ?優しい先生はムツキちゃんが食後のデザートをお望みならどうするのかなあって?」
「食事を食べ終わってもまだ入るのであれば頼めばいいでしょう。食べきれないのに注文されるのは困りますが」
「む~。思ってた反応とちがう~!」
「私に何を求めているんですか……みなさんもデザートが食べたいのであれば注文してください。食事が足りない場合も遠慮せず言ってください。お金の心配はせずとも結構です。使おうにも使ってないまま貯まっていた貯金がそこそこあるので」
「お~!いよっ!太っ腹~!」
「中年太りが怖くなってくる年齢になって来たのでその言い方やめてください」
「ブフッ!?」
「アル様!?」
「……ごめん先生、今のはちょっと面白い。ふふっ……!」
「くふふ~!やっぱり先生って面白いじゃん!」
噴き出したアルをハルカが心配して世話したり、それを見て笑うムツキや呆れながらもツボに入ってお腹を抑えるカヨコを眺めているうちに、七海も自然と頬が緩んで口角が上がっていた。
そうこうしている内に、配膳ロボットに載せられた料理の数々がテーブルに続々と到着した。
『お待たせしましたたワンね~。お料理を取ってほしいですワン』
「ん……こういうタイプでしたか。すみませんがハルカさん、取って渡していただけますか」
「は、はい!ムツキ室長のはこれで、カヨコ課長のはこれですね。このポテトとフライドチキンは……」
「テーブルの真ん中にでも置いておいてください。それと取り皿も同じように……」
ナイフ、フォーク、スプーンに箸をそれぞれに渡し終えると、便利屋にとっての久しぶりのまともな食事の時間が始まった。
「久々のお肉だ~!わ~い!いっただきまーす!」
「ん~!最っ高~♪ソースも美味しい~!」
ムツキが厚切りのステーキを大きく切り分けると、赤味の残った絶妙な焼き加減の断面が露わになる。肉汁は溢れることなく閉じ込められ、肉自体の旨味も相当なものでった。
そのままでも絶妙な塩加減の味を楽しめる他、玉ねぎと醬油のソースもステーキの美味しさに拍車をかけていた。ムツキの感動は言うまでもない。
「これくらいしっかりした食事は本当に久しぶりだね。うん、美味しい」
音を立てないように綺麗にソースの絡んだスパゲティを口に運ぶカヨコも、久々の温かい食事に舌鼓を打っていた。仄かに酸味の残るトマトソースに、バジリコの葉っぱの爽やかさと、旨味の凝縮されたチーズが合わさってシンプルだが豊かな味わいが口の中に広がる様子はもはや言うまでもないだろう。
「こ、こんな美味しいものを私なんかが食べてもいいのでしょうか……」
控えめにナイフフォークでハンバーグを切り分けて食べるハルカも、温かい食事に対する感動のあまり手が止まりかけていた。牛ひき肉100%で作られた大きめのハンバーグと、濃厚なデミグラスソースの組み合わせは万人受けする人気の味わいだ。それとライスとの組み合わせも言わずもがな良い。
「はうぅ……こんな美味しいの久々すぎて泣いちゃいそうだわ……」
アルは震えかけた手でオムライスにスプーンを入れただけで感極まっていた。半熟の卵でコーティングされた上からビーフシチューを掛けられたらチキンライスの味わいたるは想像に難くない。そのままでも美味しいオムライスが倍美味しくなっているのだ。
急いでいたわけでも無いのに、皿の上はあっという間に空になっていた。
ムツキの頼んでいたホットスナックの数々もいつの間にか無くなっており、彼女たちが如何に空腹だったのかを示していた。
「はー……美味しかったー!あ!デザートにパフェ頼んじゃおーっと!いいんだよね、先生♪」
「先ほども言いましたが食べきれるなら構いませんよ。皆さんも食べたければ好きに頼んでください」
「じゃあ私も……ムツキ、私ティラミスね」
「私はプリンアラモードにしようかしら。ハルカはどう?私と同じものにする?」
「で、デザートまでなんて私なんかが恐れ多いです……先生にも申し訳ないですし……」
「遠慮する必要は無いですよ。もう食べれないのであれば無理強いしませんが、食べたいのであればお好きなものを」
「で、ではアル様と同じものを……ありがとうございます、先生」
「構いませんよ」
その後、食事会はもうしばらく続いた。
食べ残しもなく全ての器が空になった後、会計を済ませた七海は4人をシャーレへと連れて行った。
■
「ほ、本当に良いの?食事を奢ってもらっただけじゃなくて、住む場所まで貰っちゃって?」
「空きばかりで使い道のない部屋がどういうわけだか沢山あるんですよ。良ければ使ってください。部屋の中で銃を撃ったり爆弾を爆発させたりはご遠慮願いますが。それと、時間があればですが、食事も私が用意します」
シャーレの応接室に案内されるや否や、住む場所にも困っていた自分たちに衣食住を提供する旨の提案を受けたアルたち便利屋68の面々は今度こそ面食らったようだった。
「至れり尽くせりだね……どうして見ず知らずだった私たちにシャーレの大人がそこまでしてくれるの?はっきり言って、私たちはそんな褒められた人間でも無いのに」
「シャーレを直接どうこうしようとしない限りはどうでもいいです。多少リスクがあることよりも、住む場所にすら困って路頭に迷って明日どころか今日食べるものも儘ならないあなた達を放っておくことの方が私にとって心理的なデメリットですので」
「はあ……何だかんだ先生ってお人好しが過ぎるんだね。災厄の狐……ワカモもここで暮らしているなんて聞いた時は正気を疑ったよ」
警戒心こそ無いが困惑を隠せない様子のカヨコが語る内容にも、七海は意にも介していなかった。まあそれ以上のもっとでかい爆弾であるワカモを住まわせていることもあるのかもしれないが。
「ワカモさんについてですが、私から説明をしておくので大丈夫です。一応は彼女も私のために大人しくしてくれるという約束の上でシャーレでの保護観察という形になっていますから。彼女からそちらに危害を加えるようなことは無いので安心してください」
「随分とワカモを信用しているんだね?」
「とりあえず、彼女を迎え入れてからは彼女も何一つ問題を起こすことなく過ごしてくれていますから。このことはくれぐれも、内密にお願いします」
「くふふ~♪まるでハーレムだね?先生っ♪」
「その言い方やめてください。下心であなた達を迎え入れたわけではないことだけは留意しておいてください」
「せ、先生に対してそのようなことは思っていませんが、もしそう思わせるような態度を私が取っていたのであれば、責任を持ってこの命でお詫びしますから……!」
「その必要は無いのでやめて頂けると助かります。普通こういった話は怪しまれるのが普通なので気にしてなんかいませんよ」
揶揄ってくるムツキや、やはり自己肯定感が地の底すぎるハルカを諫めながら七海は続けてこう言った。
「まあいつまでいてくれても構いませんが、引っ越したくなったらいつでも言ってください。こちらでも丁度いい物件を探すことは可能ですので」
「そ、そんなに良くしてもらえても、返しきれそうにないわ……」
「返す必要も、返さないといけないと思い込む必要もあなた方にはありません。先ほども申し上げた通り、あなた達をこのままホームレス同然に生活させるのは私の気分が悪いだけですから。これらは全て私の都合と勝手です。責任は私にあります」
「オフィスの方にも空き部屋があるので、そこを事務所代わりに使っていただいて構いません。こちらからあなた達に仕事の手伝いを依頼する可能性もありますが、無理には言いません」
「そこまで言われたら、逆に断る方が無礼に当たるだろうね。どうする?社長。先生の人柄も分かったし、これは受けておいて得だと思うよ」
「みんなでテント生活ってのも悪くはないんだけど、一旦定住できる場所を確保するのもアリかもよ?アルちゃん」
「わ、私はアル様とご一緒できるなら何処へでも……!」
「う、うーん……」
3人がアルに判断を任せると、アルはうんうんと唸りながら考え込んでいるようだった。
「(先生にそんな気はないのは充分分かってはいるのだけれど、それでも誰かに借りを作るのは私の求めるアウトローではない……けど、社員たちの生活も考えると……)」
「この場で即決していただく必要のある内容ではないので、必要とあれば一度持ち帰って社員のみなさんと協議し合って決めてください。一応、部屋だけは確保しておきますが」
「……分かったわ。大丈夫、これ以上先生に手間をかけさせることはしないから、大丈夫よ」
「先生の提案、受け入れさせてもらうことにしたわ。私のプライドにみんなを巻き込んで不便な生活はさせたくないもの」
「ただし、この借りはキッチリと、倍にして先生にお返しするわ。あなたが必要ないと言っても、これは私がしたいことなの。その時になったらきっと受け取ってもらうから。それでいいわよね?こういうのはギブアンドテイクにしておきたいの」
「取引成立ですね。まあ無理に応える必要は無いので本業のついでで程々にという具合にお願いしますよ」
居住区の契約書をアルと社員たちによく読み込ませた上で、アルがそれにサインしたのを確認すると。七海はそれを丁重にファイリングした。
「ああ、そうでした。とりあえず生活必需品を揃えに行く必要もありましたね」
「そ、そんなに貰ったら本当に返しきれないわよ~!?」
コミカルに白目をむきながら叫ぶアルの声が、応接室に響き渡った。
――――――――――
『先生が優しいのは分かりますけど、ここまで生徒の皆さんに甘いと心配になってきちゃいますよ!シャーレの仕事に加えて4人も面倒を見るなんて!』
「お金の心配でしたら不要です。貯金も充分にありますし。連邦生徒会より頂いている給料やこの先始めるカフェやレストランなどの経営による見込みなど、マイナスになる要素はほとんどないので」
便利屋68の面々をシャーレに迎え入れて数日後。
七海はゲヘナ学園の方へと足を運んでいる道中だった。
ゲヘナ学園の生徒会である
その道中で、七海はアロナに苦言を呈されていた。
アロナ曰く、七海は生徒に対して些か甘すぎると。
生徒の為に身を削る姿勢は評価できても、身を削り過ぎるところがあること。
七海自身が勤勉で優秀であるが故にこなせているが、最近のそれは充分ハードワークに値しているのも事実であった。
『それもありますけど、私は先生の負担が増えてしまうことが心配なんです!せっかく業務上の負担を減らせたのに、こんなにたくさん背負い込んだりするんじゃキリが無いですよ!』
「彼女たちもある程度自立して生活できるので、アロナさんが思っているほどの負担にはなっていませんよ。私自身驚いていますが、こうして生徒の為に動くのは思っていたより疲れたりしないので」
『もう……先生って人は生徒の為、生徒の為に色々しちゃうんですから……そろそろゲヘナ学園の正面入口に着きますから終わりますけど、帰ったらまたお話の続きをさせてもらいますからね!』
「あなたの言うことも事実なので肝に銘じておきます。私のためにありがとうございます、アロナさん」
『い、いえそんな……って、スーパーAIのアロナちゃんは誤魔化されませんからね!』
「誤魔化したつもりは毛頭ないのです、が……」
シュルルルルルルッ、パタンッ、
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、
チャキッ!ダンッ!
ビシィッ!!
「……もしかしなくても私の出迎えですか。これ」
『す、すごく歓迎されていますね……何なのでしょうか……』
七海がゲヘナ学園の校門に足を踏み入れた瞬間、レッドカーペットが足元ギリギリのところまで流れ込んで来た。
それに反応するより早く、レッドカーペットが流れてきた方向から幾人もの儀仗兵が現れ、見事なパフォーマンスを見せた後、背筋を真っ直ぐ伸ばして七海の方に敬礼した。
「…………」
『わ、わ~……』パチパチパチ
困惑のあまり完全に言葉を失う七海と、呆気に取られて七海以外には聞こえない拍手をしだしたアロナの元に、自信ありげな力強い足音が向かっていた。
「キキキッ、ご足労いただき感謝する!シャーレの先生!」
男装の麗人を思わせるような大人びた雰囲気の生徒が余裕たっぷりに、されど力強く奥から歩いてきていた。表情にも歩き方にも、それに負けず劣らずの力強い言動からも相当な自信家であることは明らかであった。
「私は羽沼マコト。
「はじめまして、マコトさん。連邦生徒会、独立連邦捜査部シャーレの七海建人と申します」
「フッ。そう堅苦しくする必要など無い。シャーレと万魔殿は他のどんな学園よりも親密な関係をこれから築いていくのだからな。まあその話は後でいい。とりあえずは友好の握手と行こうじゃないか」
「ええ」
差し出されたマコトの手を握ると、力強い手付きで握り返される。
闇雲に力を込めているわけではなかったが、大きな野望を持つ者の力強い握手だった。
「……なるほど、これがトリニティの巡航戦車を殴り潰してスクラップにしてやった右手か。キキッ。ヘイローも無い身でよくそこまで動けるものだ」
「ある程度は通用するというだけです。あと、殴り潰してスクラップにしてはいません」
「謙遜も過ぎればイヤミになるそうだぞ?先生?だが、ブチ壊してバラバラにしたのは事実だろう?」
「……まあ、そうですが。」
「キャハハッ!風紀委員会の役立たず共より、先生1人の方が余程強そうに見える!」
「そういう褒め方もどうかと思いますが」
自身が最大の目の敵にしている風紀委員会を引き合いに出して七海の実力を褒め称えるも、他者を貶める形で評価されるのにあまりいい気はしていなかったようだった。
「キキッ、気を悪くしたのであれば謝ろう。まあ立ち話もなんだ。早いとこ議長室に案内してやる。どうだ?手を繋いだまま案内してやってもいいぞ?」
「結構です。エスコートをするのもされるのも慣れていないので」
「キキッ、つれないな。だがそういう所、気に入ったぞ」
マコトは七海の右手を離すと、その手で儀仗兵に向けて合図を出した。
それに従って儀仗隊は校舎内へと向かう七海とマコトの背に向けて姿勢を正して再び敬礼した。
■
「改めて歓迎するぞ、シャーレの先生。今日はよく来てくれたな」
「私には過ぎた歓迎ですね。わざわざあれだけの人数を、私1人に割いたんですか」
「キキキッ!ああ、そうとも。キヴォトス各地で多発していた前代未聞の暴動を収めた功労者である先生に、並の歓迎をしていてはゲヘナ学園の名が廃るというものだ」
「暴動を治めたのは各地の治安組織であって私ではありません。私が大きく動いたのはシャーレ奪還の時だけですよ」
「そういうわけでもないさ。貴様がシャーレの動乱を収めたからこそ、各地の暴動もそれに比例して収まっていったのだから、実質七海先生の功績と言っても過言ではない!さっきも言ったが、過ぎた謙遜はイヤミになりうるぞ?先生?」
高級そうな革張りのソファーに座らされ、その対面で優雅に足を組みながらこちらを品定めするような目つきのマコトに七海は内心居心地が悪かった。
不快感などは無いが、とにかく面倒くさいなというのが羽沼マコトに対する七海の第一印象であった。間違いとも言い切れなのが残念なところである。
「他の議員の方は本日はいらっしゃらないのですか?」
「ああ、是非とも紹介したいところだが、今日はサシで話したかったからな。他のメンバーはまた後日紹介させてもらおう。みんな優秀な部下たちだからな!」
「そういうことでしたらまた訪れましょう。それで?1対1で話したいというには何か内密にしておきたいことでもあるのですか?」
「キキキッ!それは貴様の方であろう?シャーレの先生!」
「こちらで無期限の保護観察下という形でシャーレに非公式で籍を置いている狐坂ワカモさんのことですか?」
「そう!無期限の保護観察下という形でシャーレに非公式で籍を置いている災厄の狐こと狐坂ワカモについてだ!……って、え?は?」
「どうせある程度は割れてるとは思ってましたよ。カマを掛けられているだけだとしても、どの道話すつもりの内容だったので秘密にしていることでもありませんし」
自信たっぷりに追求しようとしていたところを思いっきり出鼻を挫かれたマコトは帽子がずり落ちそうなほどに困惑し、動揺し、フリーズした。
対する七海はどこ吹く風とでも言わんばかりに出された珈琲に口を付けていた。
「ん……この珈琲おいしいですね」
「あ、ああ。普段から私も愛飲している豆でな。今日は私手ずから淹れてやって……ってそういうことではなァい!!」
「あなたが淹れてくれたんですね。ありがとうございます。すごく美味しいです」
「ま、まあな……?」
案外マイペースな様子の七海に、今度はマコトが振り回されている様子であった。
突きつけてやろうとした衝撃の事実が不発に終わり、荘厳な雰囲気は崩れ去ってしまっていた。
「話は戻りますが、本日はシャーレの稼働開始の目途が立ったことも伝えに参りました。今後、ゲヘナ学園もとい
「う、うむ!そうだな、これからシャーレと我がゲヘナ学園はどんどん親密になっていくからな!今後ともよろしく頼むぞ!先生!」
「フー……まあ色々あったが、今回話したかったのはそんなことではない。私と貴様とでこのキヴォトスを掌握する、偉大な話をしようではないか!」
「結構です。私はキヴォトスを掌握するつもりはありません。お1人でどうぞ」
「そ、そんな~~!?!?」
マコトは先生が誰であっても、迎え入れる時はめちゃくちゃド派手にやりそう。風紀委員会の削られた予算の行き先はこういうところだと思う。