連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの七海建人と申します。 作:馬鹿め!そっちは本体だ!
盗聴されるのも致し方あるまい。
「いいわけないでしょう。」
津田健次郎さんの声をAIに学習させて収益を得るという悪逆非道な行為をする輩がいるそうですね。私もショートで流れてきたことがあります。
あんなにセクシーで艶のあるバリトンボイスが普遍的な男性の声なわけあるか。
なあコタマ。
「ふぅ……」
副部長からの外出命令が出てしまったため、私たちヴェリタスの3人は用事も無いのに昼過ぎまで外で過ごさなければなりませんでした。マキとは久々にグラフィティを描きに行くとやらで早々に別れ、ハレは妖怪マックスのキャンペーンがあるとかでカラオケに行くようです。ハレに付いて行こうとも思いましたが、ふと街中の音を久しく録ってないことを思い出し、私も1人でどこかに行くことにしました。
ですが思いの外良い音には出会えず、結局こうして学園内の敷地に戻ってきてベンチで空を仰ぐ次第に……環境音で無くても声でも良いから何か良い音に出会えないでしょうか。この外出命令が骨折り損のくたびれ儲けになることだけはごめんです。
「……そういえばユウカがシャーレの先生はすごく良い声だったとか言っていましたね。」
誰かの声や回りの音にも音楽にも特段興味の無いユウカがそう言っていたのですから、余程良いものなのでしょう。偶然か否か、たまたま盗み見ていた情報では、今日は確かシャーレの先生がセミナーを訪れる日だったはずです。
「(時間潰しがてら、セミナーの近くまで寄ってみましょうか……)」
「失礼、そこの生徒の方。セミナーの部室はどこにあるか知りませんか?」
「ひゃアッ!?!?」
「……すみません。急に後ろから声を掛けられたら驚きますよね。」
立ち上がってセミナーの棟へと向かおうと立ち上がった時、後ろから聞こえてきた低い声に驚いて思わず悲鳴を上げて飛び上がってしまいました。
白いスーツを綺麗に着こなした長身の大人。副部長に近いような雰囲気の人でした。
「あ、いえ、私もちょっとボーっとしていました……セミナーの方に用事ですか?セミナーの部室でしたらあっちの方です。」
「アレだったのか……すみません、自己紹介がまだでしたね。私は七海建人。連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの先生をやっています。」
「シャーレ……あなたがユウカが言っていた”先生”なんですね。はじめまして。私は音瀬コタマと申します。」
「音瀬コタマさんですね。先ほどはすみません。同じような建物が多くて迷ってしまいまして……」
そして話している内に分かりました。ユウカの言う通り、確かにシャーレの先生の声は凄まじく”良い”です。バリトンボイスというのはこの人のような声のことを言うのでしょうか。
ただ低いだけでは無くて、安心感を与えてくれるような穏やかな話し方。耳から体の内側に抜けて行ってお腹の中で反芻するような……。心地よさを覚える、とにかく聞いていて落ち着くような魔法のような声でした。
ユウカたちはこの声で指揮を受けていたんでしょうか。すごく羨ましいです。
この声に出会えただけで、副部長に部室から追い出されたことにも価値があるほどです。
今日は私にとって最高の日と言っても過言ではないでしょう。
「……折角ですから、私がセミナーまで案内します。ミレニアムサイエンススクールは比較的新しい学校ですが、ゲヘナやトリニティにも引けを取らない学校です。その分敷地も広くて建物も多いので、案内がてら色々ご紹介しましょう。」
「いいのですか?さすがにそこまでしてもらうわけには……」
「問題ありません。今日は私も手持ち無沙汰で暇しているので。」
「……そういうことでしたらお言葉に甘えます。よろしくお願いします、コタマさん。」
帰ったら、新しく精度の良い録音機を探さなければ。それまではこの耳で、思う存分先生の声を堪能することにしましょう。今日という日は私にとって最高の日になりました。副部長に感謝ですね。
■
「着きました。ここがセミナーの部室です。」
「ここが……案内してくださってありがとうございます、コタマさん。」
「いえいえ。どうでしょうか、ミレニアムサイエンススクールは。私にとっては見慣れたものですが、先生にとっては物珍しいものも多かったのではないでしょうか。」
「ええ、私も先生としてここに来る前は首都圏で仕事をしていたので大都市には慣れていたつもりだったんですが……こんな近未来的というか、科学的な街並みは初めてだったので面白かったですね。」
コタマは七海をセミナーの部室に案内する道中で見れるだけの建物や設備を解説していた。
トリニティやゲヘナ、シャーレ周辺の街並みともまた異なる近未来的なそれは七海にとって初めて見る光景であった。
まるでSF映画のような光景が現実に広がる様子を未だ飲み込めていない様子を、コタマは微笑ましく見守っていた・
「それは良かったです。今日に限らず、是非ともミレニアムには何度も足を運んで来てください。先生と話していると私も楽しいので、先ほど交換したモモトークでも積極的にお話、通話もしましょう。」
「それは良いんですが……よろしいのですか?こんなおじさんと話していても特に得られるものは無いと思うのですが……」
「先生は、先生が言ったり思ったりするようなおじさんではありません。それに、むしろ先生のお声を聴けるのは私にとって大きなプラスですので……」
「声なんてどれも同じでしょう。多少声が良いとは、言われたことも無くは無いですが……」
「いえ。大変良い声なので誇ってください。」
「……まあお好きなように。声が聴きたいだけなら構いませんから。」
「その言葉、確かに記憶しましたからね。たくさん聴かせて頂きますのでよろしくお願いします。」
「はあ……ま、お手柔らかにお願いしますよ。」
自分の声に、声そのものに耳を傾けて熱心に語る様子に七海はやや引き気味に応えた。
声の質のそれや話し方に、感情の機微と性根の良し悪しの多少の違いや見分け方はある程度存在すると思ってはいても、自分の声に執着されるというのは何とも不思議な気分らしい。
「では私はこれで失礼します。お仕事の方、頑張ってください。」
「ありがとうございます。コタマさんもお元気で。また来ることがあればそちらにもいずれ顔を見せます。」
コタマがどこか浮き足立った様子で駆けていくのを横目に、七海はセミナーのドアの前に向き合った。しばらく経つとドアの横のコンソールの電子音が鳴った。
”認証開始……”
”連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの先生 七海建人”
”認証完了 ロックを解除します ようこそ 七海先生”
ロックが解除されて自動ドアが開くと同時に、菫色の髪を持つ生徒が奥から現れた。
「……時間ピッタリですね。改めまして、ミレニアムサイエンススクールにようこそいらっしゃいました!先生!」
「お久しぶりです、ユウカさん。少々迷ってしまったのですが、何とか間に合ったようでよかったです」
彼女の名は早瀬ユウカ。七海がキヴォトスに来た際、一番最初の仕事であったシャーレの施設奪還に大きく貢献した立役者の一人である。
本来戦闘が得意なわけでは無いが、前線を張れるほどに実力も高い。
金の動く規模が大きいミレニアムサイエンススクールにて会計の仕事を任せられるほど、その計算能力は群を抜いて高い。金に関する知識やスキルも高く、資産運用によってかなりの貯蓄や資産も持つ稀有な生徒である。
七海自身、そんな彼女から資産形成や資産運用についてのアドバイスを受けたり、慣れない形式の書類仕事に苦戦していた時に助け舟を出してもらっていたりもしたため、今現在でもかなり交流の深い、リン以外では最初に交流した生徒の一人である。
「それと……お隣の方は?」
「はじめまして、シャーレの先生。セミナー書記、2年生の生塩ノアと申します。ご活躍のほどはユウカちゃんからそれはもう熱心に、ええ。何度も聞いております♪」
「ちょっとノア!?そんなに何回も話してないでしょ!?」
七海を出迎えたのはユウカともう1人、セミナー書記の生塩ノアである。
物腰も口調も非常に丁寧で礼儀正しいが、常に浮かべられている余裕のある笑みはある者には恐怖をもたらす……という雰囲気のある生徒である。
驚異的な記憶能力を持ち、一度見たことは完璧に記憶して絶対に忘れないというレベルである。
その能力は日々の業務に活かされており、彼女の前にはあらゆる噓や誤魔化しが通用しない。
「なるほど。確かにユウカちゃんの言う通りのカッコいい大人の方ですね。なるほど、ユウカちゃんはこのような大人の男性がタイプ、と……」
「ノア!?ちょっと、先生の前で本当にやめて!?恥ずかしいから!」
「そして、確かに良いお声をお持ちですね。百聞は一見に如かず、と聞きますが確かに先生のお声はとても”良い”ですね♪」
「それさっきも言われたんですが、私の声ってそんなに良いものなのですか?自分で聞いている分には変にガラガラした声だと思うのですが」
「自分の耳で聞くのと、他人が聞くのとでは音の伝わり方も違いますから。先生のお声はとてもよく聞こえます」
そしてこのように、彼女は案外イタズラや揶揄いといったちょっかいを好み、現にユウカはその被害に思いっきり遭っている。理由は単純、「反応が面白いから」である。
人は見かけによらないとはまさに彼女にも当てはまる。
「無駄話はその辺にして頂戴。時間は有限なのだから。特に今日はシャーレの先生の貴重なお時間を頂いているのよ?」
「あっ、会長……」
その話を遮るように、凛とした声が聞こえてくる。
声の持ち主はその声に違わぬ、同じく凛とした雰囲気の長身で、黒く長い髪と赤い瞳を持った生徒であった。
「話の腰を折るようで悪いけど……はじまして、シャーレの先生。私は調月リオ。セミナーの会長をやらせてもらっているわ」
「はじめまして、連邦生徒会、独立連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの七海建人と申します。私は気にしていないので大丈夫ですよ」
「そう……よかったわ。2人とも。少し私は席を外すから、その間をよろしく頼むわ。先生、ついてきて頂戴」
リオは自己紹介もそこそこに、七海を連れて応接室に消えていった。
あまりに早い、合理性を重んじるリオらしいその対応に2人は複雑な心持ちであった。
「リオ会長……なんだか最近は特に切羽詰まってるように見えるのよね」
「そうですか?私にはそのようには見えませんでしたが……」
「何となくよ?まあ、先生が来たからとかそういう理由じゃないでしょうけど」
「あらあら♪先生が会長に取られそうで不安なんですね♪」
「だからそうじゃないって!」
■
「とりあえずは、シャーレの業務を安定して執り行えるよう準備が整ったようね。ご苦労様だったわ、先生」
「不慣れな部分は未だ多いですが、まあ優秀なアシスタントもいるのでその辺は何とかなっています。その子がいなければこうはいかなかったでしょうね」
七海とリオはセミナーの部室に隣接された、防音性の高い応接室に移動していた。
機密事項の含まれた内容を話すことも多いため、その目的に合わせて作られた合理性が極まった部屋である。
「”その子”というのは?」
「どういうわけか、姿や声も私以外には認識できないようなんですが……連邦生徒会より貸与されたこの”シッテムの箱”のAIです」
「シッテムの箱……初めて聞く名前だわ」
「連邦生徒会長が遺したものらしいのですが……どうも出自の全てが不明という、私が使うまでは起動すらできなかったらしいですね」
「ちょっと見せてもらってもいいかしら?」
「ええ。一応、今は電源が点いています」
リオは手渡されたシッテムの箱を手に取って色々触ってみるも、何も反応は起きなかった。
『リオさん!こんにちは!七海建人先生の秘書をやっている、アロナと申します!』
アロナが元気にリオに向かって挨拶をして礼儀正しくお辞儀をするも、リオの目には真っ暗な画面のみが写っていた。
「……私には何も写っていないように見えるわ」
「やはりそうですか。一応空色の髪の子供が確かに画面の中にいるんですけどね」
「その子がそうなのね。ふむ……興味深いわ」
「一応、連邦生徒会からの支給品なので貸し出したりすることはできません、そこはご了承ください」
「分かっているわ。ありがとう、先生」
リオが七海にシッテムの箱を返すと、アロナは少し寂しげな様子であった。
『うーん……他の生徒さんとお話できないのは少し残念ですね。ちょっと寂しいです』
「私もまさか、あなたの姿や声が私以外に見えないとは思いませんでしたよ」
「……揶揄っているわけでは、ないのよね?」
「はい、幻覚を見ているわけでもありません。私は至って正気です」
「疑っているわけでも無いのだけれど……」
傍から見ると、何も写っていないタブレットと会話(独り言)している様に見えるため、リオの反応は真っ当なものであった。
七海自身、最初は自分が正気なのかどうかをそこそこ悩んでいたのはここだけの話。
「まあそれは後でもいいわ。災厄の狐もシャーレで匿っていると聞いたけれど、それはどうなの?」
「今のところは問題ありませんよ。それと、ワカモさんについては匿っているのではなく無期限の保護観察下にあるというだけです」
「……驚かないのね」
「それを聞かれるのはこれで3度目ですから。一応は矯正局の方とも合意を取っているので、極秘ではありますが認められていることです。公表されるのは困りますが、公表すべきであるとそちらが判断したのであれば、私に弁明する余地はありません」
「そうだったのね。ごめんなさい、色々と嗅ぎまわれられるのは気分が良くなかったでしょう。ミレニアムサイエンススクールの代表として謝罪するわ」
「別に。私からも話すつもりではあったので、そちらから聞いてくれたお陰で切り出す手間が省けました。詳細不明の、権限だけが独り歩きしているような組織について独自に調べ上げることは何ら間違った行為ではありませんよ。むしろ当然されるべきことです」
「……そう」
「ええ。あなたの行動は間違っていませんよ。寧ろ正しいことだったと言っても決して過言ではなありません……先ほども述べた通り、トリニティでもゲヘナでも同じことを聞かれましたが、私の仕事はシャーレを信用される組織にして、現在行方不明の連邦生徒会長を捜索することにリソースを割かなければならない連邦生徒会に代わり、キヴォトス各地で起きる問題の数々を何とかするというものです」
当初のリオは、七海建人がどのような人間かを見極める以前に警戒していた。
キヴォトスの外から来た大人、神秘とは異なる詳細不明の力を扱う生徒にも引けを取らないという強さを持つという、キヴォトスでも異色の存在。
合理性に基づく以前に、彼女にとってシャーレの先生は十二分に不穏分子になりうる存在だった。
しかし、臆することも、隠すことも、誤魔化すこともしない七海の姿勢や態度を見ると、その疑りは必ずしも正しくないと考えを改めたようだった。
実直。強い責任感。それに基づく行動や心構えも持っているであろう目の前の大人は、自分の疑心暗鬼による無礼も受け入れてしまったのだ。
「正しいとまで言ってフォローしてもらえるとは思ってもいなかったわ。私はあなたを偏見で見てしまっていたようね、先生」
「誰だって最初は偏見でしか何かを見れないものです。気にしてなんかいませんよ」
「あまり感情的になるタイプではないのね」
「事実に即し、己を律する、それが私ですから」
リオの中での七海に対する評価は爆上がりしていた。
合理性を求める自分の価値観に理解を示し、自身と近い考えを持つ大人に出会ったのは生まれて初めてであったからだ。
「公人のあるべき姿勢として素晴らしいと思うわ。ミレニアムサイエンススクールまで顔を出してくれたこと、感謝します」
「そう言ってもらえると幸いです」
「……今日はこの辺りで締めくくりましょうか。先生、今後とも相談したいことがあるの。もし時間が空いていれば……」
「よう、シャーレの先生ってのはアンタか?」
―――――――
「シャーレの先生ってのはアンタか?」
「……ネル」
リオが話を切り上げるのと同時に、応接室の扉がノックも無しに乱暴に開け放たれた。
七海が振り返った先には、小柄で目つきの鋭いスカジャンを着た生徒がサブマシンガンを2丁持って仁王立ちしていた。
「……そうですが、あなたは?」
「おっと、そうだったな。まずは自分から名乗んねぇとな……」
「アタシは美甘ネル。まあ、このミレニアムで一番強いやつって覚えてくれて構わねぇ」
「知っているようですが一応私も。連邦捜査部シャーレの七海建人です。はじめまして、ネルさん」
美甘ネル。ミレニアムサイエンススクール3年生にして、同学園のエージェント組織である
依頼成功率は100%であり、エージェントナンバー
「おう。へぇ……近くで見ると思っていたよりデケえじゃねえの」
「
「ん……確かにそうだったな、悪い悪い」
「ちょっと!ネル先輩!まだ先生とリオ会長は会談中です!」
恐らくネルは強引に来たのだろう、後ろからユウカが息を切らしながら応接室に駆け込んで来ている様子から容易に想像できた。
「構いませんよ。ちょうど今終わったところですから」
「ならいいじゃんかよ、お前はケチケチしすぎなんだよ、ユウカ」
「たまたまタイミングが合っただけです!本当にもう……!」
「ネル、あなたが来るなんて珍しいわね。それに今日は任務が多く入っていたのでは無くって?」
「おう、シャーレの先生ってのがどんなのか見に来たくなってな。ソッコー終わらせてきたわ」
七海はどことなく、ネルの言動や雰囲気に僅かながら
「でよ?終わったんなら今ヒマだろ?ちょっと手合わせして欲しいんだが……イヤか?」
「別にやぶさかではありませんが、ここでやる気ですか?」
「お?意外と乗り気じゃねーの。でも流石にこんな狭い所でやりたかねーから、場所は移すけどな」
「ちょっと先生!?ネル先輩と本当に戦う気ですか!?」
「ユウカの言う通りよ。先生、あなたが生徒相手にも立ち回れるといっても、ネルはあなたが思っているレベルの強さを遥かに超えているわ」
存外やり合うことに否定的ではない七海にネルは驚くも、それ以外の面々はそれどころではなかった。
ネルの強さを間近で見て知っているリオとユウカは、七海がタダじゃ済まない重傷を負うリスクを想定して止めようとするのに必死だった。
「でしょうね。この人が強いのは私から見ても充分理解できます」
「分かった上で乗り気かよ。言っちゃ悪いけどブッ飛んでんな、アンタ」
「
「ハッ!ますます面白いじゃねーの。アタシはもうアンタを気に入ったぜ、シャーレの先生」
ネルは早々に、目の前の大人が強者であることを感じ取り、久々に己の内で闘争心が昂る心地よさを感じていた。
七海もまた、その気に当てられたのかため息交じりだがやる気があるようだった。
ここで断るよりも乗ってやった方が早く終わるだろうとも考えているようではあるが。
「リオ、心配しなくても弾は全部ゴム弾にしてるから問題ねーよ。このためにスペアのマガジン含めて全部それにして来てんだ、じゃねーと出費が無駄になっちまうからな」
「そこまでされているのであれば、断るにも断りづらくなるでしょう」
「ほ、本当にやるんですか!?」
「……いいわ、演習場を取っておくわね」
「リオ会長!?このままやったら先生が無事じゃ……」
「ゴム弾なら痛みはともかく、死ぬこともないでしょうし、こうなったらネルも聞く耳を持たないのは貴女もしっているはずよ」
「っ!……ああもう!流石に無理だと判断したら直ぐに止めてもらいますからね!」
「ええ。責任は私が負うわ」
かくして七海の、キヴォトスでは初となる生徒との手合わせが始まった。
■
「部長!どうしたの?いきなり私たち全員、この演習場に呼び出して!」
「ああ、オマエらに審判頼みたくてな。アタシらの動きを見切るのにリオやユウカだけじゃ心もとねえと思って呼んだんだ」
使用許可を取れた広々とした演習場には、ネルや七海たちの他に、メイド服を着た生徒たちが3人集まってきていた。
「ネル先輩が演習場に呼び出して来たからてっきり私たちとの手合わせかと思ったが……そういうわけではないみたいだな。武器も持ってきちゃったんだけど」
「噂に聞くシャーレの先生、どうやら巡航戦車を拳1つで破壊したと聞きますが、果たしてどうなのでしょうか?」
地面に付きそうなほどのアッシュグレーの髪の生徒はコールサイン
「審判役はその方々ですか?」
「あっ!ねえねえ!あなたがシャーレの先生?」
「いかにも。連邦捜査部シャーレの七海建人と申します」
「へ~!カリンちゃんやリオ会長より背が高い人って初めて見た!私は一之瀬アスナ!これからよろしくね!ご主人様!」
「……はい?」
七海はキヴォトスに来て初めてズッコケそうになった。
メイド服を着ているとは言え、初対面の生徒に”ご主人様”と呼ばれたのだ。
誰だってそうなるだろう。
「すまない、先生。私たちには一応、ミレニアムに奉仕するメイドとしての側面もあるんだ。アスナ先輩が言うのもそれだと思う。私は角楯カリン。よろしく、先生」
巨大なライフルを軽々と担ぐ褐色肌と、鷹の目を思わせる黄色い瞳の生徒はコールサイン
「呼ばれたのはあなたと部長の手合わせの審判役の為だったのですね。それならそうと言って下さればいいのに……申し遅れましたが、私は室笠アカネと申します。今後ともよろしくお願いしますね、ご主人様♪」
「……あなたもなんですか」
柔和な雰囲気の眼鏡をかけた瀟洒なメイドを思わせる生徒はコールサイン
「だがアタシらはそんじょそこらのメイドとは一味違うぞ?ご主人サマ?」
「もうそのノリやめてくれませんか」
「ハハハ!おいおい始める前からグロッキーじゃんかよ!頼むぜ先生?」
「誰のせいだと……」
始める前からどっと疲れが出たような雰囲気の七海をネルは笑い飛ばしていた。
七海は久しく感じることのなかったダル絡みによる疲労でもう帰りたそうである。
「まー冗談はその辺にしてだ、審判役も揃ったし、そろそろやろうぜ。もう楽しみでウズウズしてんだ!」
「それはよかったですね。私は今さっきのやり取りでもうヘトヘトですが」
「おー、そりゃ災難だったな。誰にやられたんだ?アタシがぶん殴っといてやるよ」
「鏡ならお手洗いにありますよ。それとご自分の体は大事にした方がいいかと」
七海にとネルは双方、軽口の応酬を終えると装備を整えて向き合った。
七海は背中から呪具を取り出してネクタイを緩め、ネルは愛銃のツインドラゴンに初弾を送り込んで確実に装填されたことを確認した。
「で?そのスーツのまま戦うのか?」
「ええ。これが私の戦闘服ですから」
「ハッ!いいねえ!」
「2人ともー!準備オッケー!?」
「いつでもいいぜ?」
「同じく」
「じゃあ行くよー!せーのっ……はじめっ!」
■
「オラァッ!」
「ッ!!」 ブンッッ!!
「すごっ!部長の初撃を、初見で避けた!」
「しかもそれに合わせてカウンターも狙ってきた!あの人、相当強いぞ!」
合図と同時。ネルは地面を強く踏み込んで七海に飛び蹴りを浴びせようとしてきた。
七海はそれを呪力で強化した身体能力で真上に飛び上がって避けると同時に、呪具をネルに向かって振り下ろすも避けられてしまう。
「へえ……!やるじゃねえの!」
「あなたこそ。もう少し遅れていたらあのまま食らってましたよ」
「それはどっちがだよ?」
「お互いにです」
「だなッ!!」
ネルはバックステップで、離れていた距離をさらに離すと、2丁のサブマシンガンによるフルオート射撃で七海を狙った。
七海もそれから逃れるべく、ネルが照準を合わせるよりも早く走り出した。
(今考えうるのは相手の銃の弾切れまで逃げ切ること。しかし彼女がそれをさせてくれるとは考えにくい)
(弾切れを狙うつもりだろうな。けどよお先生!そんなザコの考えるような方法でアタシを倒せるなんて思ってねえよなァ!?)
「ハハッ!!やっぱそう来るよなァ!?最ッ高だぜ先生!!」
「いきなり狙わせてはくれませんかッ……!」
鉄と鉄が激しくぶつかり合う音が響き渡る。
七海の呪具とネルの愛銃同士を繋ぐ鎖がぶつかり合った音だ。
僅かにせめぎ合ってお互い後に引いた後。2人は再びぶつかり合った。
「いいねいいねェ!!アタシの間合いでここまで生き残れたヤツは初めてだ!!」
互いの踏み込みや攻撃による衝撃で、次々と演習場の床は削れてクレーターになっていく。
お互い拮抗しているようで、それぞれダメージが蓄積していた。
(ゴム弾とはいえ、エアガンとは違ってダメージが桁違いにある……このまま逃げ回っても先にバテるのは私だということも目に見えてる。こうして逃げ回るのとダメージ覚悟で突っ込むこと、どちらが得策か……)
(クソッ、思ったより一撃一撃が重てえ……!今んとこ動きに問題はねえが、弾切れしちまえったらアタシが不利……!ここまでキてんだ、当然負けたかねえ!)
(捉えた……!)
「引っかかったな!」
「それも踏まえた上です」
「なっ……!?」
(あの鉈で防いで……!?コイツ、分かってて……!)
「これで終いです」
ネルが撃った、薬室内に残っていた1発ずつを呪具で防ぐと、七海はそれをネルの眼前に突きつけた。
弾切れを装って、突っ込んできたところを薬室内に残した1発で不意打ち。できる時間は僅かだが、それだけの時間があればリロードし直して相手をノックアウトするのには充分だった。
しかし七海もまた長い間修羅場を潜り抜けてきた
相手がフェイントをしかけてくる可能性を考慮した上で突っ込み、当たりこそしなかったがその一撃で終わらせる算段が成功した。
「両者、そこまでー!お疲れ様ー!」
「はぁ~……マジかよ……」
「お互い狙いは分かっている状況。仕掛けて来れるのはあなたしかいない。そして、その状態でしかけられるフェイントは弾切れのフリ。狙いは完璧でしたよ」
「ったく、まさかアタシが一本取られちまうたあ……ナマったかあ?」
「私もあのままでは負け筋でしたので。賭けが成功して心の底から安心してますよ」
アスナの呼びかけにより、短くも苛烈な2人のぶつかり合いは幕引きとなった。
座り込むネルに対して、七海は膝を折って語り掛ける。
「か~ッ!!また今度!また今度だ!次は勝ってやるからな!」
「こんなに疲れるのは今回だけで沢山です、が……」
「楽しかったですよ」
「ッ!ははッ、なんだよ。充分その気じゃねえか」
「すごーい!部長に勝っちゃった!」
「部長相手にあれだけ動けるとは……すごいな」
「まさか勝ってしまうとは……私がお守りするまでも無いのかもしれませんね」
「シャーレ奪還の時もすごかったけど、先生が本当はこんなに強かったなんて……!」
「これは予想以上だわ……まさかネル相手にこうも立ち回るなんて」
■
「先生、今日はありがとな!久々に動けて楽しかったわ!」
「ご満足いただけてよかったです。もうこれっきりにしたいですが」
「んだよー、先生も楽しかったって言ってたろ?ツレねーなあ」
「それとこれとは話が別です。あなた相手に何度もやってたら体が持ちませんから」
「あーはいはい!分かった分かった!じゃ!また今度な!」
「話聞いてました?」
七海は先程の戦いで完全にネルに気に入られたらしく、事が済んでミレニアムから帰るまで、正面玄関の方まで付いて来ていた。
「つっても先生、まだ本気出してないんだろ?」
「私はずっと全力だったんですけどね」
「いや、ユウカが言ってた戦車ぶっ壊したパンチ。アレ使ってこなかっただろ」
「使えなかったんですよ。生徒相手に使うには殺傷力が高すぎるので、手合わせくらいでは決して使いません」
「ちぇっ、まあそんだけ言うならよっぽどなんだろうな。あーあ、いつか戦車ぶっ壊すパンチ見てみたいわ」
「キヴォトスでならいくらでもその機会がありそうなのがイヤなところですね」
「ははっ、まーな。じゃ、先生、気を付けて帰れよ!」
「ええ。お見送りまでして頂きありがとうございました」
「いーって!ミレニアムに来るときはアタシらのところにも顔出せよな?アイツらも先生とはまた会いたいってさ」
「分かりました。暇があったら寄るようにします」
「おう!またな!仕事頑張れよ!」
「……赤ちゃん、プレイ」
「はい。私を赤ちゃんだと思って、甘やかしたりあやしたりしてください。今回はそれをテーマにASMR、もといシチュエーションボイスを録音したいので」
「あの、気は確かですか」
「需要も希望者も多く存在します。収益は全部先生にお渡ししますので。はい、私は今から赤ちゃんです」
「……世も末ですね」
こっちのコタマは生成AIなんて紛い物よりリアルの生声を追及しています。
すぐに会えるイケボがすぐ近くにいるので。