連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの七海建人と申します。 作:馬鹿め!そっちは本体だ!
ナナミンってモテるんすね。
シャーレの奪還から少し経った頃。
備品の整理や書類の形式を確認しながら、身の回りを整えていた七海の手を止めたのはメッセージアプリの通知であった。
勝手の違うSNSに最初は苦労したが、蓋を開けてみると自分が以前使っていたものと大差は無かったことに安堵したのはつい最近のことだ。
メッセージの送り主は早瀬ユウカ。シャーレの奪還の際、手を貸してくれた生徒の1人。
内容はシャーレ奪還の時に使用した弾薬の経費が振り込まれていないということであった。
呪術師に復帰してからはデスクワークから離れていたものの、社会人時代の経験を思い出しながら事務作業をこなしていたが、銃に関する経費の手続きは一切経験がなかった。消耗する武器を使っていなかったこともあり、その手の庶務に不慣れだったこともある。*1
その諸々をユウカに問うと、二つ返事で請求書のひな形を持ってきて手伝ってくれるとのことだった。
「失礼します。先生、この間お話した請求書のひな形を持ってきましたよ……先生?」
ユウカが執務室の扉を開けると、中には誰もいなかった。
代わりにバターの良い香りがほんのりと部屋の中で広がっていた。
「あれ、いい匂い……」
「ああ。こんにちはユウカさん。お忙しいところ来ていただいたのに、お待たせしてしまい申し訳ありません」
執務室と繋がっているキッチンからトレーを持ちながら出てきた七海からもその匂いが漂っていた。
「いえ、私もたった今着いたとこです。今からお茶するんですか?」
「ちょうど焼けたので……手ぶらでお招きするよりかはいいかと」
七海の持つトレーの上には綺麗に盛られたクッキーと、紅茶が入ったカップが二つ。
甘い匂いと奥深い香りを立てながら並べられていた。
「え!?このクッキー、先生の手作りですか!?」
「一応。他のがよろしければ別でお茶請けは用意しますが」
「あ、そういうことじゃなくて!いや、すごく美味しそうだったので……」
「全部同じ味ですが、味の方は保証できますよ」
シンプルな小麦色のクッキーは、どこも欠けたり歪んでいる部分がなかった。均一な正方形に焼きあがったクッキーは七海の几帳面さを表すようで、どこか温かみを感じさせた。
「ああ、忙しいのでしたら無理に手を付けなくても……」
「いえっ!大丈夫ですから!今はそこまで忙しくありませんし、先生が作ってくれたものですからちゃんと食べて行きますので!」
「ソファーの方で話しましょうか」
「あ、はい!失礼します……」
ユウカがソファに座ると、トレーをマットの敷かれたガラステーブルの上に置いた七海もその対面に座った。まさかお菓子をご馳走になるとは思っていなかったユウカは、肩を張って手を膝に置いていた。
「ミルクや砂糖もお好きなようにどうぞ……学校の方には私から連絡しておきましたから、終わった後で請求書について話しましょうか」
「お、お気遣いありがとうございます。では……!?先生、これすごく美味しいですよ!市販のどころか、お店のより美味しいかも……!うわ、紅茶も良い香り……クッキーに合っていて美味しいです!」
七海の気遣いや行動の数々に緊張していたユウカも、クッキーを口に入れた瞬間に目を輝かせた。
くどくない丁度良い甘さと、バターと小麦の深い香りと味わいが口いっぱいに広がり、ほんの少し入っているであろう塩の風味が美味しさの強度を底上げしていた。
シンプルだが、茶葉から抽出されたダージリンもまた非常に香りだってどちらが主役か甲乙つけがたい美味の組み合わせがユウカの頬を緩ませていた。
「こんな美味しいクッキー初めて食べたかも……先生ってお菓子作りすごい上手なんですね!正直今まで食べた中で一番でしたよ!」
「口に合ったようでしたら何よりです。お菓子と言っても作ってるのはまだコレくらいですよ……
目を輝かせながら羨望の眼差しで見るユウカを余所に、七海は若干クッキーに入れた隠し味について考えていたようだった。最近は塩を入れるかどうかで悩んでいるらしい。
「それでも中々食べられない美味しさでしたよ?先生って以前はお菓子屋さんだったんですか?」
「自炊が趣味なだけで本業の方々とは比べ物になりませんよ。実際に料理よりお菓子を作る方が遥かに難しいですし」
「へ~。自炊とかもちゃんとやってたんですね。執務室も綺麗で書類もまとめられてますし……も、もしかして主夫ですか!?」
「私はずっと独身でしたよ。生活が破綻しない程度に家事ができるだけです」
勝手にありもしない妄想を浮かべて頬を赤らめるユウカに対しても七海は冷静に返しながら、空になったカップと皿を片づけていった。ユウカが大きく貢献していたようだ。
「お時間を取らせてしまい申し訳ありませんが、仕事の方に移りましょう。ユウカさん、よろしくお願いします」
「はい!任せてください!」
ソファから立ち上がった七海につられる様に勢いよく立ち上がったユウカの元気な返事が業務開始の合図となった。
■
「助かりました。お恥ずかしながら、銃弾の請求書は完全に予想外でしたので」
「仕方ないですよ。先生のいたところはそもそも銃を持つことが禁止されてたんですよね?」
「少なくとも経費になるほど銃撃戦も起きませんでしたから」
ユウカの手助けもあり、想像以上に請求書の件は早く終わった。
最初は銃弾の種類自体が分からず混乱していたが、ユウカが根気強く1つ1つ教えていったことでそれも解消されたようだった。
「よし、これでそちらに経費が振り込まれたはずです。そうだ、トリニティとゲヘナの方にも……」
「よろしければそちらもお手伝いしましょうか?」
「いえ。大体は掴めたのでそこまで手伝ってもらう必要はありませんよ。後は私で充分片付きます。本日は大変お世話になりました」
「こちらこそ。まだ慣れない業務かもしれませんが頑張ってください!何かあったらまた連絡してくださいね!手伝いに来ますから!」
「そこまでしてもらうわけには……」
「私がしたいだけですよ!気にしないでください!
……あ、先生。なんか落としました、よ……???」
ユウカは七海のデスクからひらりと舞い落ちた一枚の書類を手に取った。内容を見るつもりはなかったが、”領収書”と書かれた紙と、紳士服の専門店の名前。そして
「ひゃ、150万円!?」
「うわっ、どうしたんですか急に……」
「こ、ここ、この領収書は……!?150万円って、一体全体何を買ったんですか……?」
「はい?……ああ、これですか。私が注文したスーツの領収書ですね。*3少々値は張りましたが、予備も含めてコレだったので充分良い買い物でしたよ」
ユウカは偶然にも目にした七海宛の領収書に目が飛び出す勢いで絶叫し、七海は驚くも内容を知るとそんなことかと言わんばかりに淡々と説明した。
「で、ですが150万円なんて大金……」
「私も全ては出していただかなくても良いと連邦生徒会に言ったんですが……」
最初は普通に自費で全部出そうとしていた七海だったが、どこからかそれを聞きつけた財務室長の扇喜アオイが経費で落とせることを進言してきた。一部だけ落としてもらおうとした七海だったが、強引に納得させられて結局七海の財布から出た金額は0だった。
「私も前職の稼ぎも含めて資産は多くあるので心配しなくても大丈夫ですよ」
「す、すみません……値段が値段だったのでつい……うん?先生は資産運用の方もされているんですか?」
「いえ。ここに来る前は多少やっていたのですが、来てからはそういうのに手は出していませんね」
「あ!それでしたら私が教えられますよ!こう見えても私、資産運用で結構稼いでますから!」
「いえ、そこまでして頂く義理こそ流石に……」
「大丈夫です!先生は何かと物入りでしょうし、むしろこういう事に関心があることは素晴らしいことなんですよ!将来のことも考えている立派な大人として尊敬できますから!」
「……そこまで言われるのでしたら、はい。ユウカさん、是非ともご教授お願いします」
「分かりました!今度来た時に私の記録を持ってきて教えますね!」
ユウカは偶然にも七海と会う口実を見つけることができて上機嫌で声のトーンが上がっていた。
七海はユウカの押しと、資産運用に関する関心に負けるも、これはこれで己の先生としてのスキルアップに繋がるとして真剣に聞くことにしたようだ。
シャーレの当番以上の、七海と会う理由が自分の得意分野だっただけにユウカはセミナーの業務効率を上機嫌でブチ上げていた。それをノアに見られて揶揄われていたことは言うまでもない。
〇おまけのノア
「先生はユウカちゃんと当番の時にどんなお話をされているんですか~?」
「主に資産運用についての相談と議論ですね。非常に為になっています」
「……」(色気の欠片もない内容に絶句)
「む……クッキーが焼けたようです。ノアさんもいかがですか」
「あ、それはもちろん頂きますね♪」
色々としっかりしてる七海ではユウカの地位も危ぶまれるかと思われましたが、まさかの資産運用という点で繋がりを作ることができました。
冥さんと違って手数料無料の善意で教えてくれるから良かったねナナミン。今度はOn Fire(半身焼き)するより先に南にFIREすることも叶いそうだね!
〇アオイ室長とのやり取り
「先生。それは先生が仕事で使うためのスーツかしら?」
「ええ。破損することも考慮して3着ほど。生地の良さの割に色々とオーダーメイドしてもこれくらいで済むので良心的ですね」
「そう……ところで先生はそれを着て前線に出て戦うのよね?」
「ええ。学園を回る際はスーツで無ければいけませんし、戦うたびに着替えるのも面倒ですから」
「だったらシャーレの経費で落とせます。領収書を出してくれたらこちらで処理するわ」
「いえ、制服とは違い私のオーダーメイドですしそもそも値段が……」
「できるわ」
「しかし値段が」
「リン先輩からも許可は取りました。領収書を渡して頂戴」
「……分かりました」
ちなみにアオイはリンや連邦生徒会の負担を減らすために仕事をバリバリやっていた七海には最初から好印象です。倒れそうな勢いでやってたし今でも多すぎるくらい(アロナ談)引き受けているため、感謝を通り越して色々と心配されています。
「先生、総決算の時期が近いから手伝いに来たわ」
「以前の総決算から四半期どころか半月も経っていませんが?」
〇おまけのおまけのコユキ(脱走)
「仲間の数と配置は!?」(コユキの頬を軽く引っ張る)
「ゆふかへんはい!いはいへふ~~~!!!(ユウカ先輩!痛いです~~~!!!)」
「ユウカちゃん、段々と先生に似てきちゃいましたね♪」
「私のこと何だと思ってます?」