異世界迷宮ちゃんは入り組み惑っている 作:yubeshiski
風変わりな野良パーティ
クーラタルの迷宮の最高到達記録は91階層で、初代皇帝パーティーが成し遂げた、とロクサーヌは言った。
クーラタルの迷宮は、帝国でもっとも古くから存在している迷宮のひとつだ。
一般に広く知られており、攻略地図があったり、低層の魔物部屋は攻略済みであるなど、安全度が高いため、常に賑わっている。
現代でも、80階層まで行ければ十分に一流と認められるらしいのだが、初代皇帝が持つ最高到達記録は91階層。初代皇帝、どんだけつえーのよ。
80階層であっても相当に手ごわいだろう。理由のひとつとして、魔物の数が挙げられる。
迷宮で一度に現れる魔物の最大数は、2の累乗と関わりが深い。
1階層では1匹、2階層では2匹、4階層では3匹、8階層では4匹、16階層では5匹、32階層では6匹、64階層では7匹だ。
つまり、80階層では7匹が同時に出現する可能性がある。これはきつい。パーティを組めるのは6人までなので、どうしても1匹は余る。複数の魔物を同時に相手取る必要が出てくる。
しかし、一般的なジョブのうち、複数の魔物に攻撃する手段を持つことで知られているのは、魔法使いや魔道士だけだ。パーティに魔法使いがいないと、一度に現れる魔物の数が増える高層では、後列の魔物にダメージを与えられない。つまり、殲滅速度は下がっていく。
殲滅速度が下がると、必然的に戦闘時間は長くなる。23階層以上の魔物は全体魔法を使うようになるので、戦闘時間が長引けば被弾数は増えて、ダメージが蓄積されることを意味する。
また、長引くことで戦闘途中でも別の魔物が追加でエンカウントしてくる恐れが高くなる。殲滅速度が遅くなるということは、加重的に危険度マシマシになるということなのだ。
魔法使いはパーティーのメイン火力だ、とクーラタルの防具商人ルークも言っていた。
迷宮討伐を目指すには、パーティに魔法使いが必須といわれる由縁だ。
しかし、貴族や大商人の後ろ盾がない野良のパーティでは、魔法使いをメンバーに加えることは夢の話だ。
現実的な線では、ビーストアタックを持つ獣戦士、スラッシュを持つ剣士、ラッシュを持つ戦士など、大ダメージを与えるスキルを持つジョブを前衛に置いて、できるだけ強い武器を揃える、というところが一般的だ。
そして、物理耐性を持つグミスライムの階層あたりで苦戦をする、というところまでがセットだ。ぴえん。
だが、これから紹介するパーティはセオリーとは異なる生存戦略を取っていた。
そのパーティのメンバーは、海女、森林保護官、探索者、旅亭、僧侶、神官。
魔法使いがいないのは仕方ないにせよ、戦士すらいない。
回復役がふたりいるのはよくある編成だが、なぜか戦闘に役立つスキルを持たない旅亭がいる。
謎の構成のパーティは、70階層以上あることで知られているキフヌヘイムの迷宮の48階層に到達していた。
* * *
ネペンテス4匹とブラックダイヤツナ2匹の魔物の群れは、48階層を回遊していた。
ネペンテスはサラセニアの上位の魔物で、大きなウツボカズラだ。ツタや葉や根を使って、よたよたと器用に移動する。毒性があるので攻撃で毒を受けることがあるし、壺から消化液を飛ばす攻撃もあなどれない。
ブラックダイヤツナは、体長1メートル以上もある空中を泳ぐ魚の魔物だ。突撃のスピードは速く、全体水魔法のスキルも使う。
移動速度ではネペンテスとはかなり差があるので、ツナは群れの前後をゆらゆらと行ったり来たりしながら、植物たちに歩調を合わせて迷宮をさまよっていた。
ツナが急旋回するときは、胸ビレや尾ヒレを激しくばたつかせるので、びちびちと音がする。しかし、空中をゆったりと進むぶんには実に静かだ。
そして名前が示すとおり全身真っ黒なカラーリングは、仄暗い迷宮の中では天然の迷彩色となり、隠密性が高い。しかし見つかりにくい反面、ブラックダイヤツナは警戒心が薄い性質を持った魔物でもあった。
ツナ2匹が、ネペンテスたちからやや先行して十字路に差し掛かったときも、もちろん奇襲を受けるとは微塵も考えていなかった。
一閃。
左側のツナは、床に叩きつけられていた。
何が起こったのか理解できていない左ツナ。
左の通路の死角から、海女♀が鋭く飛び出し、剣を打ち下ろしたのだった。
海女のスキルは〈対水生強化〉で〈腕力小上昇〉も持っている。左ツナにとっては奇襲のうえ、想像以上に攻撃が重かったことだろう。
〈漁師/海女〉
・猫人族の種族固有ジョブ
・スキル:対水生強化
・効果:体力中上昇、HP小上昇、腕力小上昇
右側のツナは慌てて、左ツナをフォローしようと向き直る。
そんな右ツナの動きをあざ笑うかのように、背中を向けることになった右側の通路の死角から、探索者(男)の剣がツナをうがった。
視野外からの攻撃に、右ツナは態勢を大きく崩す。
そんなツナ2匹に、海女♀と探索者(男)の背後に隠れていた旅亭♀と僧侶♀のリーチの長い槍が追い打ちをかけた。
魔物の群れの動きを事前に察知して、十字路の左右に分かれて待ち伏せした奇襲は、完全に成功した。
「詠唱!
呼びかけたるは我が
すぐさま詠唱を完結した探索者(男)の持つ〈
水生の多くは土属性が弱点で、ブラックダイヤツナも例に漏れなかった。
〈
・〈豚のスキル結晶〉を武器に融合すると得ることができる、土属性の初級魔法剣のスキル
・使用すると一定時間、武器が土煙に包まれて、土属性が付与される
水生に強い海女♀と探索者(男)がツナ2匹の正面に立ち、優勢を保つ。
たまらず天井近くまで飛び、全体水魔法で趨勢を変えようとしたツナだったが、僧侶♀の〈強権のダマスカス鋼槍〉で突かれスキルキャンセルされる。
天井まで上がる→全体水魔法、というのはブラックダイアツナの動作パターンだ。初見だと、見上げた結果、地面に現れる魔法陣を見逃しがちで、魔法を喰らうことが多い。僧侶♀が対処できていたことは、このパーティの経験の積み重ねを物語っていた。
ツナ2匹はことごとく先手を打たれ、劣勢を余儀なくされていた。
ツナのヘイトが海女♀と探索者(男)に集まっている隙に、その脇をすり抜けた森林保護官♂は、ようやく追いつこうとしているネペンテスたちの前に立ちはだかっていた。
ネペンテスは図体が大きく、通路に3匹並ぶことはできない。森林保護官♂はひとりで2匹を相手取る格好だった。
こちらはスマートな攻防ではない。シンプルな殴り合いだ。
ネペ2匹の攻撃を被弾しつつも、森林保護官♂は両手剣である〈
森林保護官のスキルは〈対植物強化〉に加え〈腕力小上昇〉も持っている。ネペンテスへの与ダメージは大きく、武器についた〈HP切削〉の効果で回復するHPも比例して大きい。一歩も引くことはなく、ネペンテスたちを足止めすることに成功していた。
〈森林保護官〉
・エルフの種族固有ジョブ
・スキル:対植物強化*2
・効果:敏捷中上昇、器用小上昇、腕力小上昇
〈HP
・〈つぼ式食虫植物のスキル結晶〉を武器に融合すると得ることができるスキル
・与えたダメージの一定割合を自分のHPとして回復する
・〈HP吸収〉の下位スキル
最後方から神官♂が声を上げる。
「詠唱ーッ!
詠唱が終わるや否や、ツナにもネペンテスにも火の粉がまとわりついた。
彼が持つ〈
たまらず身じろぎするネペンテスたち。植物の多くは火属性が弱点なのだ。
〈
・〈ハイコボルトのスキル結晶〉と〈上位トカゲのスキル結晶〉を融合すると得ることができる、火属性の上級魔法剣のスキル*3
・使用すると一定時間、武器が炎に包まれて、強い火属性が付与される
・また、使用した直後に、ファイアストームと同等の全体火魔法を放つ*4
先制攻撃から続いたイニシアティブは、戦闘が終わるまで覆ることはなかった。
* * *
このパーティの生存戦略の柱は3つ。
1つめ。
水生と植物の魔物に対して強いパーティ構成であること。
水生に対する与ダメージが増加する海女♀がいる。
水生の魔物の多くは弱点が土属性だが、探索者(男)が持っているのは土の初級魔法剣だ。
植物に対する与ダメージが増加する森林保護官♂もいる。
植物の魔物の多くは弱点が火属性だが、神官♂は火の上級魔法剣を持っている。ファイアストームと同様の攻撃を放つことができる。
この2つのカテゴリの魔物だけであれば、魔法使いがいないにも関わらず、このパーティの殲滅速度は速かった。
2つめ。
攻略は、水生と植物が固まって出現する迷宮と階層に限定していること。
1階層から33階層に出現する魔物のうち、水生は7種類。コラーゲンコーラル、マーブリーム、ケトルマーメイド、クラムシェル、タルタートル、ブラックフロッグ、ケープカープ。
そして植物は6種類。ナイーブオリーブ、ニードルウッド、サラセニア、フライトラップ、ラブシュラブ、ハーフハーブ。
合計13種類ということは、33階層の4割近くにあたる。
探索者ギルドで迷宮情報をあたれば、水生と植物が連続して固まっている迷宮と階層を探すことはたやすい。
例えば、彼女らが11階層から17階層を攻略していたときの迷宮は、こんな構成だった。
9階層:ニードルウッド(植物)
10階層:コラーゲンコーラル(水生)
11階層:ナイーブオリーブ(植物)
12階層:ケトルマーメイド(水生)
13階層:ラブシュラブ(植物)
14階層:マーブリーム(水生)
15階層:サラセニア(植物)
16階層:クラムシェル(水生)
17階層:フライトラップ(植物)
その階層で出現する魔物は、2層下までの魔物であることがほとんどだ。
つまり、11階層から始めると、出現する魔物はほぼ水生か植物となる。有利なまま経験を積み、階層を上がっていく。
そして17階層を楽に回れるようになった後は、遠い土地に拠点を変えた。わざわざ拠点を変えてまで入っていた迷宮はこんな構成だ。
16階層:ハットバット
17階層:マーブリーム(水生)
18階層:ラブシュラブ(植物)
19階層:フライトラップ(植物)
20階層:クラムシェル(水生)
21階層:ケトルマーメイド(水生)
22階層:サラセニア(植物)
23階層:ケープカープ(水生)
24階層:ハーフハーブ(植物)
25階層:タルタートル(水生)
26階層:ブラックフロッグ(水生)
引き続き、ほとんど水生と植物の魔物だけが出現する中、優位を保ったまま経験を積む。
このように、自分たちが十分に強くなったら、少し上層に水生と植物で固まった階層がある迷宮を探し、拠点を移す。
一般的なパーティが、拠点を中心にして近くにある迷宮に入り、苦手な階層に当たっても時間を掛けて何とか進むのに対し、地縁を捨てるリスクとトレードオフではあるが、合理的な手段を取っていた。
また、種類を絞ることによって、敵の攻撃の属性を絞ることができるのもメリットだ。
水生は基本的には水属性魔法しか使わないし、植物も水属性魔法を持つ種が少しと、あとは毒や麻痺攻撃があるくらいだ。例外的にケープカープは4属性全ての魔法を使うが、それでも攻撃の際に水属性を選択することが多い。
つまり、極端な話、水属性と毒と麻痺への備えだけで済む。そろえる装備が少なく抑えられるので、お財布にも優しい。
3つめ。
索敵に優れた特殊な能力を持つ旅亭♀の存在。
全ての旅亭がこの能力を持っているわけではないが、このパーティの旅亭♀は、迷宮の中であれば多少離れていても周囲の状況を知覚することができた。詳細はまたの機会に譲るが、効果としてはロクサーヌの優れた嗅覚に近い。
周囲の状況を知覚できるので、どの辺りにどんな編成の魔物やパーティがいるか把握することができる。どこにいるかわからない魔物を探してうろうろし、時間を浪費することがない。効率的に稼ぐことができる。
得意ではない魔物の群れであれば、会敵を回避することもできる。
奇襲を受けることはない。むしろ、進路を予想して待ち構え奇襲をかけることができる。
魔物と戦闘中に他の群れが近づいてきても事前に察知できるので、安全な逃走行動を取ることができる。
エンカウントをコントロールできることは、安全で効率的な迷宮攻略の大きな助けになる。
強みを知っている、という強みを、このパーティは持っているのだ。